お膳立ては完了したぞ、名探偵ひまわり
私は、阿部君を元気づけるために、明智君に車イスを押してもらって、阿部君の隣に陣取った。私、明智君、阿部君という伝言ゲームのタイムラグを無くすためというのが大きいが。なので、明智君はすぐに私の膝の上に乗ってくる。
それなら、直接、私が阿部君に伝えればいいのではと思う人も少なからずいるだろう。囁き声でも届く距離なのだから。簡潔に説明するなら、あからさまだからだ。阿部君が私の操り人形に見えると、私は悲しくなるかもしれない。具体的には言わないぞ。私自身も、どんな不幸が襲ってくるのか分からないし、考えたくもない。考える必要なんてないがな。私から明智君、明智君から阿部君への伝言ゲームは、ひまわり探偵社の社訓の表紙に大きく書かれているのだ。今のところ、表紙以外はまだ白紙だけど。
おそらくだけど、1ページ目に書かれる内容はできている。横着者の……が書いてないだけだ。その横着者は、書かなくても絆があるからで片付けるのが、得意技と言ってもいい。軽く皮肉を言って日頃の恨みを解消できたようなので、ひまわり探偵社の社訓の幻の1ページ目を説明しよう。
私たちの伝言ゲームは、推理ショーの観客に気づかれてはいけない、だ。私たちにしたら簡単なミッションなので問題ないだろう。私は、明智君に世間話でもするかのように囁くだけなので、じゃまにならないし、阿部君へのアドバイスをしているようには見えない。明智君は、まるで歌でも歌っているかのように「ワワンワーン♫」と、私が言ったことを鳴くだけでいい。明智君の「ワワンワーン♫」を理解できるのは阿部君だけなのだから、周囲に聞かれてもいい。
ただ、推理ショーの観客に説明は必要だろう。突如として私と明智君が、さもアドバイザーかのように阿部君と横並びになったのだから。この場で、それも阿部君に対して、揚げ足を取るようなイカれたやつはいないとはいえ。口に出しては言わないが、心で思っている人は少なからずいるはずだ。私の完璧な言い訳で、みんなの疑問不安不審を払拭しようじゃないか。
「どさくさに紛れて、すいません。そろそろクライマックスに入るかと思うと、居ても立っても居られなくなりました。私にも、ひまわり探偵社の社長として、みなさんからの称賛を浴びさせてください。瀕死の重傷を負った老いぼれのささやかなお願いです。阿部君、いいかい? みんなからの光り輝く称賛のおこぼれでいいから、私も浴びても? 一生のお願いだよ」
阿部君は、しっかりじっくりと考える。なんか癪だけど、即断すると怪しいからということにしておくか。まさか本当に、私にはおこぼれすらもあげたくないなんて……阿部君なら思うだろうな。だからって「別に向こうでうたた寝していてもいいんだぞ。なんだか傷口が痛くなってきたしなー」なんて言う気は毛頭ない。私の傷口がもう一度開いてしまうからな。
おっ、私と阿部君の猿芝居が再開するようだ。いくらなんでも私を追い払いはしないだろう。ただ、阿部君のために来た私に対して、ありえない暴言は吐くに決まっている。それでも好感度が下がるのは、私なのだ。フッ……。明智君がいてくれて本当に良かった。八つ当たり要員の、明智君が。
「まあ、いいでしょう。名ばかりの社長で助手のうえに伸びしろが皆無とはいえ、参加することに意義がありますからね。経験というよりは思い出にしかならないけど、老い先短いリーダーを邪険に扱うなんて、心根の優しい私には無理だし。でも、じゃまだけはしないようにしてくださいね。何か疑問があったら、明智君に相談してください。明智君がズバリ答えてくれることでしょう」
私は、阿部君が言ったことがほとんど聞こえなかったので、全く怒り心頭に発しなかった。野生の勘が働いた明智君が、私の耳を抑えたからだ。なので、私は平常心で阿部君というか明智君に、修正した推理を伝える。
「阿部君、さっそくだけど、本当の黒幕は五十嵐だ。田中奈々は自分も意識しないうちに……」
「ワンオンワワン……」
「えっ! ちょ、ちょっと、一つづつ話してくださいよー」
阿部君は、こういう時のために腹話術を会得していた。どうせ努力するなら、推理の勉強をしてくれと思うが。もちろんそんなアドバイスは全くしないで、阿部君の腹話術に拍手喝采をしてご機嫌取りをしていた。ちなみに、明智君は阿部君の腹話術の人形代わりになって、口をパクパクしていた。練習時も、今も。阿部君は小声で腹話術をしているので、みんなは明智君が濁った声で「ワンワン」と鳴いているように聞こえていることだろう。例えはっきりとした日本語に聞こえても、明智君ならありえるかもと思ってくれるはずだ。なので、阿部君が私に何かを言っているなんて、誰も気づかないというか思わない。
「それは、私が書いて明智君に届けてもらったメモ用紙に書いてあっただろ?」「ワンワワン……」
「そうでしたね。なんですか、その目は。私は全然パパパパパニックになんて、せいぜいパパパニック程度で……」
「すまない。私がもっと早くに気づいていれば良かったんだけど」「ワンワン……」
「そんな心にもないことよりも、あらすじはきちんとできてるんでしょうね?」
「いや……。我々が得意とする、いきあたりばったりで臨むつもりだ。だけど、それこそが、私たちの真骨頂だろ?」
「たたた確かに。で? 次は誰を責めたらいいんですか?」
「そうだな……。田中奈々に質問してみようか。あなたは今自白しようしましたね? だけど、自分でも何か違和感があるのではないですか? 言い逃れをしろとは言いません。ただ、素直に話す気になったあなたの気持ちを、正直に話してくれませんか? とかいうのを、阿部君の言葉で」
「ははははい。ほんのちょっと長いので、落ち着くまで、リーダーが先導してくださいね。明智君は、コンマ3秒以内に伝えるんだよ」
「あ、ああ」「ワ、ワン」
「では、始めましょうか。確か、田中奈々に、えっとー……」
「あっ、その前に、五十嵐の登場をみんなに説明しないといけなかった。雰囲気で、予定通りだったというのを匂わせつつ、言葉でも伝えておこうか。事情があって遅れて登場することになっていた、事件関係者の五十嵐ですと、だけでいいぞ。間違っても、黒幕候補だなんて言わないでくれよ。五十嵐に警戒されると、考える暇を与えてしまうからな。あくまでも、田中奈々の証言の整合性を確認するためです、と。ああー。警視長も一応紹介してくれるかい? まあまあ頑張って情報を集めてくれたみたいだし、主導権も譲って……まあ、少しだけでもご機嫌取りを頼むよ」
「は、はい……」
突然の結末変更は、やはり阿部君には相当重荷なのだろうか。気持ち震えていなくもない。未だに涙目だし。簡単に励ましておくか。阿部君なんて簡単だからな。
「大丈夫だ、名探偵。私と明智君がついている。トラゾウだって見てくれてるじゃないか。怖いものなしだろ?」
「はいっ!」
阿部君の涙目は瞬時に乾いた。不安で震えていたのに、武者震いとなっているし。そして、王が民衆を見渡すかのように推理ショーの観客の全員に目を向ける。うん、もう大丈夫だ。さあ、結末へレッツゴーだ、阿部君。
「田中奈々さん、自白はちょっと待ってくださいね。私が念の為に呼んでおいた最後のピースが、今登場したので。来なくても解決はできましたけど、せっかく来てくれたのだから、話だけでも聞きましょうか。では、紹介します。警察の中でも何番目かに偉い警視長と愉快な仲間……じゃなくて、とりあえず警視長はただの見学者なのでいちいち覚えなくて結構です。最後のピースとは、何の縁もありません。愉快な仲間の方……あっ、違う違う。仲間でもなんでもないですね。警視長が連れてきてくれた人物こそが、この推理ショーに立ち会った方が本人のためと言っていい、最後のピースさんです。面と向かって反論したいでしょうから。ねえ、真の黒幕の、五十嵐さん?」
えっ……。五十嵐が黒幕だと言ってしまった。私の中では、まだ黒幕候補だというのに。田中奈々が言いくるめられているというのは、可能性の一つなのだ。全く同じ責任の二人の共犯というのも捨てきれないし。
はたして田中奈々はどう出る? 五十嵐は? 私は、警視長が持ってきてくれた五十嵐が不利となる証拠を、急いで精査するとしよう。したところで、五十嵐が積極的に田中太郎殺害計画に参加したのが分かる程度だろう。だから、後は、阿部君のハッタリの見せ所だぞ。自分で巻いた種だ。水と肥料は、私と明智君とトラゾウが担当してあげるが、収穫だけは頼んだぞ。




