いよいよ田中奈々が自白するのか
「では、田中奈々さん、この心優しき名探偵が、あなたに自首をするチャンスを与えましょう」
「えっ! じ、自首? 自首って……。ははあー、その日記帳は太郎丸のかもしれないけど、私の不利になる事なんて書いてないのね。それで……」
「なるほど。太郎丸は、あなたの秘密事項を日記帳に書いてないと、田中奈々さんは思うわけですね。あなたからの指示やうっかり立ち聞きした内容を。なるほどなるほど。まあ、あなたの気持ちは分からなくもないですね。だけど、根っからのバカの太郎丸のバカさ加減は、母親であるあなたなら、痛いほどに身にしみてますよね?」
「た、確かに、太郎丸は想像を超えたバカな真似をするのが日常茶飯事よ。だけど、母親の私が不利になる証拠なんて……いえ、そもそも私は何の悪いこともしていないのよ。だいたい、いきなり自首を促すなんて怪しいにもほどがあるわ。怪しいというよりも、稚拙と言うべきかしら。にわか探偵さん、でしたっけ?」
おおー、いいぞ、田中奈々。そうだそうだ。自首を勧めるなんて、証拠がないと言ってるようなものだからな。これが、聞きしに勝る本物の名探偵なら、相手が勝手に何かあると思ってくれる。面の皮が厚い田中奈々といえども、口に出してまで、自分の不利になる証拠なんてない、だなんて言わない。せいぜい、冷や汗をかきながら、言い逃れをするか白状するかを沈思黙考する程度だ。
それを、『にわか探偵』とか言って煽ってくるだなんて……。いいぞ、田中奈々。にわか探偵をとっちめてくれー。じゃなくて、引き伸ばしてくれ、だった。ついつい、本音が……。
しかし、どうして、にわか探偵だと分かったのだろうか。『素人』とか『能なし』とか『へっぽこ』とかだったら、阿部君がどうこうではなくて、念の為にもう一度、阿部君が素人とか能なしとかへっぽこではなくて、負け犬の遠吠えのただの悪口として受け取れる。だけど、悪口として『にわか』を使うということは、阿部君の探偵歴を調べられたのかもしれない。田中奈々の財力を持ってすれば、できる。
私が再考した推理の証拠集めのために、田中奈々には悪あがきをして時間を稼いでほしかったが……。田中奈々は、警部補君の監視にもめげずに、太郎丸はもちろん周囲にも知られずに万全の対策を講じていたのだろう。いや、万全ではないか。しらを切り続ける忍耐力を高めるのと、相手を怒らせてペースを乱す方法くらいだな。だからこそ、太郎丸の日記帳は知らなかったのだな。
では、どうして、阿部君がにわか探偵だと気づいたのだろうか、とさっきも言ったような。フフッ、私や田中奈々の世代では、どうやら『にわか』と付けるのがなかなかの悪口のようだな。
よし、引き続き、田中奈々よ、あがいておくれ。そして、にわか探偵よ、キレてはいけないぞ。
阿部君は、ああ、名探偵ひまわりは、全くキレていなかった。太郎丸を思い通りに落としたことで、探偵ズハイになっているのだ。容疑者の抵抗はもちろん、罵詈雑言までもが楽しいのだろう。『にわか』の意味を知らなくて、怒っていいのかどうかを決めかねている可能性もないとは言えないが。
うんうん、もう少し決めかねておくれ、阿部君。じゃなくて、探偵ズハイが継続してくれますように。
「では、この『にわか探偵』が、自首を勧める理由を説明してあげましょう。基本的に私は罪を憎みますが人を憎まないのです。人が犯罪に手を染めるのには、やはりそれなりの事情がありますからね。田中奈々さんは、田中太郎のようなイカれた夫とダメ人間の太郎丸に囲まれているという、誰もが同情する不幸を持ってますよね? それで自首を促したんですけど」
「ふんっ。あなたに私の何が分かるっていうのよ。太郎丸は騙されても、私はそういうわけにはいきませんよ。それは、太郎丸の日記帳ではありません」
阿部君は、分かりやすく待ってましたの顔になる。太郎丸は、母親の田中奈々が言っていることもあり、すがるような眼差しを向けるのが精一杯だ。私は、少し不安だ。阿部君が知っている太郎丸の日記帳の内容のストックが、残りわずかなのだから。なくなったらなくなったで、阿部君は創作するだろうが。そして、太郎丸は書いてないことでも信じるだろう。田中奈々は、それを見て、疑心暗鬼だ。
阿部君、創作は、太郎丸が書きそうな事だけにしておくれよ。「テストで100点を取って、友達に自慢した」なんてことは創作だと確実にバレてしまう。
「パパが『神のゲンコツ』をなかなか貸してくれない。AやBはともかく、あの教授にだけは何としてでも見せないと。人の足元を見やがって。見せないなら単位をくれないなんて、最低野郎だ。ちょっとママに相談してみよう」
「やめてくれー!」
「うるさいわね、太郎丸。今、いいとこなんだから、じゃましないの。では、田中奈々さん、自首する最後のチャンスです。私はいつまでも待ってあげてもいいんですけど、そろそろ死に損なったリーダーの検査の時間なんです。それまでに解決してなかったら、最後まで聞きたいと駄々をこねるに決まってます。すると、ケガが悪化するかもですよね。もしかすると、田中奈々さんは、そういうとどめの刺し方を画策しているのですか? お生憎様でしたね。ここには、リーダーのわがままをこれっぽっちも許さないマリ先生がいるんですよ。リーダーを殴る蹴るの暴行で気絶させて、明智君に車イスを押すように言ってくれます。そしてリーダーは、名探偵ひまわりの推理ショーを最後まで見られなかった八つ当たりを、当たりやすい人物にするでしょうね。そう言えば、つい先日、リーダーの暗殺を企てた不届き者がいましたね、太郎丸?」
「ぴゅー、ひゅー、ふー……」と太郎丸は分かりやすく口笛を吹いた。私がどこまで掴んでいるか敵情視察に来た時に、暗殺をほのめかしたのは事実だ。しかし証拠は全くない。だけど、犯人を逮捕できるだろう。勝手に自滅してくれるからな。ちなみに、太郎丸の独断ではなく、田中奈々の指示だ。なので、この時点では、完全に太郎丸も共犯になっている。知らず識らずのうちに犯罪に協力していたというレベルではないので、前科は付くだろう。私が公にするかどうかだけど。
「リーダーの八つ当たりは、なかなか陰険ですよ。情状酌量を一切認めないと、必要もないのに100枚ほど宣誓書を提出するでしょうね。冗談ではなく、リーダーはそういう人です」
ううー。否定したいが、阿部君のために私が泥をかぶってやろうじゃないか。私がそんなひどい人ではないと、世間の人は認知しているし。実績作りのために、私の暗殺未遂事件の方は泣く泣く黙っておくか……。いや、泣く泣くじゃない。聖人君子の私は、罪を憎んで人を憎まないのだ。阿部君も言っていたような気がするが、やはり心のどこかで自分たちが怪盗だという気持ちがあるようだな。
それはともかく、田中奈々よ、もう少しあらがってくれるかい。折り返しで小林に警視長からの連絡がまだ来ていないのもある。なによりも、私が書いたメモ用紙を、明智君が手にしたまま未だに動けないでいるのだ。確かに、今の阿部君に声をかけるのは、普通に自殺行為だ。阿部君のためにとはいえ、じゃまされたと必ず思うからな。明智君が渡そうとするメモ用紙なんて目に入らずに、ノールックで明智君に裏拳だろう。
仕方がないから、明智君を軽く蹴飛ばしてきっかけを作ろうか。明智君もそれを期待しているかもしれない。最初の一歩が出れば、あれよあれよと進めるものだからな。と、私が名案を思い浮かべると同時に、阿部君が畳み掛けた。まずい、阿部君が得意とする最後通告だ。田中奈々には反撃できる材料がない。終わった……。
「というわけで、残り10秒で決断していただきましょう。ちなみに、私の10秒は、時に2、3秒になりますけど、異議申し立ては一切認めません。では、10、7、3……」
「私は、田中太郎の殺害を計画しま……」
万事休すか、と私が今日の晩ごはんは何かなと現実逃避にシフトチェンジしようかと思ったら、この推理ショーの会場である小児病棟の大部屋の病室の扉が遠慮なく開いた。阿部君以外の皆は何事かと目を向ける。推理ショーの中でも1、2位を争うほどの見せ場を台無しにされたと思った阿部君は、分かりやすく舌打ちだ。
舌打ちで済んで良かったが、阿部君の右手にあったボールペンは飛んでいく一歩手前だった。ぎりぎりで入ってきた人物を、阿部君は視認できたからだ。代わりに、より大きな舌打ちをしたが。さすが、阿部君。人を見た目や階級や社会的地位なんかでは差別しないのだ。
それなら、なぜボールペンミサイルを発射しなかったのかと説明しよう。名探偵ひまわり及び警視として、好き勝手に自由気ままにできなくなるからだ。だって、入ってきたのは、私たちの後ろ盾を公に公表してくれている警視長なのだ。新黒幕候補の五十嵐を引き連れて。もし五十嵐が前にいたなら、今ごろボールペンか五十嵐が粉々だっただろうな。
警視長と五十嵐の乱入は、待てば海路の日和を、明智君にもたらした。ここぞとばかりに、私のメモ書きを阿部君に届ける。警視長が冷やかしで来たわけではないことくらいは、阿部君は舌打ちをしつつも理解していたのだろう。当たり前にメモ書きを受け取る。
メモ書きといっても、なかなかの大作なので、読み終わるまで時間がかかるだろう。書いた内容を簡潔に説明すると、こうだ。
黒幕は、田中奈々ではなく、五十嵐かもしれない。といっても、田中奈々が五十嵐をかばっているとかではない。田中奈々は自らが意識しないところで、五十嵐に操られていた可能性がある。催眠術や魔術や忍術の類ではないだろう。田中奈々が自発的に計画したものだと思い込むように、言葉巧みに導いたのだ。なぜ今ごろそう思ったのかと言えば、ふと、私が田中太郎に刺される少し前の記憶が蘇ったからだ。あの時、五十嵐は、我々怪盗団が奪った田中太郎の隠し財産について、田中太郎を問い詰めていた。ということは、五十嵐のそもそもの目的は、田中奈々と結ばれることではなくて田中太郎の隠し財産だったのだ。田中太郎のホテルグループの総料理長なのだから、それなりに収入はあるのだろう。だからって、お金に困ってないという保証はない。
警視長には、そこの所を詳しく調べてくれるように頼んだ。そして警視長は、私の期待に応えて、この短時間で見つけてくれた。聞いてもないのに、なぜ分かったかというと、簡単だ。見つけてなかったなら、五十嵐、警視長の順番で入ってきたはず。いや、入ってこないか。五十嵐が入ってすぐにドアを閉めて、自分は全速力で逃亡しただろうな。
それを、いかにも自分の手柄って感じで五十嵐を引き連れて入ってきたのだから、絶対的な証拠を見つけたのは間違いない。推理ショーの主導権を握るまであるだろう。阿部君もそう感じたかもしれない。私のメモ書きを、珍しく必死で読んでいる。しっかり把握して、意地でも主導権を渡さないつもりなのだ。
だけど、私は想定済みだ。「美味しいところは、何が何でもひまわり探偵社が死守してあげるからね。もちろん名探偵ひまわり一人だけの功績になるから、安心しておくれ」と、メモ書きの最後に書いておいた。阿部君の険しい顔が笑顔に変わるまでは、まだしばらくかかるだろう。その間に、明智君に頼み、警視長を連れてきてもらった。
「警視長、五十嵐が主犯となりえる証拠は見つかりましたか?」
「主犯とするのは、今のところはまだ難しいですね。だけど、お金を必要としている証拠は見つけましたよ。僕の優秀な部下たちが。後は、この警視長様が話術で落として見せます。なので、推理ショーを引き継ぎますね」
「警視長……さま、忠告として聞いてください。推理ショーの主役の座を阿部君から奪ってしまうと、警視長は不幸な余生を送ることになりますよ。そして、その余生は、推理ショーが終わったと同時に始まります。具体的にどのような流れでそうなるのか想像できませんが、結果だけは見えてます。阿部君を敵に回すということは、そういうことです。それでも、推理ショーをしますか?」
警視長は何も言わず、五十嵐の不利になる証拠とやらを速やかに私に渡してくれた。これをそのまま阿部君に渡しても、今の阿部君は頭がこんがらがっているので、有効に使えない。冷静だったら使えるのかと聞かれれば、聞いてきた奴を私は無視するだけだ。
まあ、そういうわけで、私が証拠品を少しづつ精査するしかないだろう。そして、少しづつ言伝てしてくれるように、明智君に頼む。阿部君は手持ち無沙汰の時間が度々訪れるだろうが、自慢のハッタリを駆使して間を埋めておけばいい。得意だろ?
私のこの計画をアイコンタクトで阿部君に説明した。阿部君は、理解してくれたかどうかは別として、涙目で何かを訴えていた。




