太郎丸は、どうせ時間の問題
阿部君は一連の動きをしっかりと見ていながらも、再度、太郎丸に質問した。さっきまで気絶していたことになんて、まったく気遣わないで。阿部君が冷たいというのもあるが、明智君のドロップキックをかわせるくらいなのだから、簡単な会話くらいはできるだろう。できなかったなら、明智君のドロップキックなんて比べものにならない何かが飛んでくると、太郎丸のようなチキンは敏感に感じ取っているし。
「太郎丸、もう一度聞きますよ。これに見覚えは、あるわよね?」
「そ、そんな気味の悪いものなんて……。ははあ、僕を怖がらせようとして作ったんだなー。残念でしたー! 今までの人生で数え切れないくらい怖がらせられた経験は伊達じゃないんだから……。あっ、僕が怖いもの知らずだから、果敢に挑むつもりで、バカなクラスメートたちが怖がらせただけだぞ。僕の反応が面白いだなんて、誰も……」
阿部君が太郎丸の能書きを長々と聞くわけがない。私と明智君は、太郎丸が無様に自滅する様を眺めて笑いたい気持ちもあった。阿部君も普段だったら、イスに座ってくつろぎ、お菓子でもつまみながら、コメディ映画を観る感覚で楽しんでいただろう。
だけど、名探偵ひまわりの推理ショーの主役を譲るのは嫌なのだ。バカ丸出しの見本のような太郎丸の能書きに聞き入る自分を必死に説得して、阿部君は割って入る。声量は太郎丸よりも小さくても、十分に太郎丸の耳に届く。蛇に睨まれた蛙状態と言いたいが、阿部君を蛇に例えると、私は……。阿部君の話を聞くとしよう。
「外見は気味が悪いけど、中身はそうでもないかもしれないわよ。だって、これは日記帳なんだから」
「に、にっきちょー! も、もしかして……。いや、でも、あれは……」
「太郎丸、どうしたの? まさか思い当たる節でもあるというの?」
「うん、ママ。大きさだけなら、僕の日記帳と同じだけど」
「日記帳なんて、どれもさほどかわらないわよ。あなたから、あることないことを引き出すために用意したダミーに決まってるじゃない。だから血のりか何かで分からないようにしてあるんじゃないの」
「なるほど。ほんと、その通りだよ。さすがママだね。危なかったー。あれには、ママから言われたことを忘れないように、いろいろと書いてあったから。あっ、でも、あの事件の日からは全く更新してないから安心して。もし僕の日記帳だとしても、信じられないお願いを僕にしたことは書いてないから。そこの車イスに座っている探偵もどきに、とどめを刺してきても良いような悪いような、というママの独り言は」
「…………。ホホホホホホホホホ、こんな時に冗談を言ってはダメよ、タローマルウー」
「えっ? じょ、冗談なんて……。ああー! だだだだって、言い訳言い訳言い訳……何か天才的な言い訳を閃くぞー。僕ならできる。・・・、・・、・、閃いたー! ヒッヒッヒッ。僕の天才的な言い訳を聞いて驚けー。ああー、自分の才能が恐い」
「そういうのは口に出して言わない方がいいわよ、バカの天才の太郎丸。まあ、でも、その閃いた言い訳を聞いてあげるわ」
阿部君、ありがとう。私も聞きたいと思ったんだ。明智君は、さっきのドロップキックの件があるから、笑いたくてウズウズしているし。ああ、そうか。それで明智君を喜ばせてあげようと、阿部君が気を利かせてくれたのだな。本当なら「太郎丸は質問に答えるだけでいいの。バカなんだから」と冷たく言い放ったところだ。せっかくだから、私もおもいっきり笑うぞー。太郎丸、間違っても「場を盛り上げるために、とっさに嘘をついてみただけだ」なんて言うなよ。白けるでは済まないかもな。
「ふんっ、そんな上から目線でいられるのも今のうちだからな。今のは、ただの冗談だ」
「……」「……」「……」
えっ? それだけ? それで終わり? あんなタイミングで、なんで冗談を言ったのかを、言い訳しないとだめじゃないか。こっちは、その太郎丸流のバカな言い訳で笑いたかったというのに。
阿部君は、なんとなく分かっていたのだろう。すぐに続ける。
「そっちの件は、後ほど話すとしましょうか。今は、田中太郎氏殺害計画に決着をつけましょう」
「そっちもこっちもないんだよっ! それが僕の日記帳だという証拠でもあるっていうのか? あるなら見せてみろよ」
「残念ながら。固まってしまっているので、無理に開こうとするとボロボロになるでしょう。だけど、これは太郎丸の日記帳だと自信を持っていえますよ。この名探偵ひまわりが保証します」
「そんなこと言って……。この太郎丸様にハッタリが通用すると思うなよー。断言してやる。それは、僕の日記帳じゃないっ!」
太郎丸の日記帳なのは間違いないが、内容はほとんど知らないので、ハッタリと言われればハッタリなのだろう。だけど、ハッタリをふっかけているのは、阿部君なのだ。嘘は苦手でも、ハッタリは得意な特異な体質の持ち主の。詳しいメカニズムは全く分からないが、阿部君のハッタリスイッチがオンになると、阿部君自身も真実だと思うのかもしれない。そして、そんな阿部君に逆らえる者など、おそらく地球上にいない。は、言い過ぎだけど、これくらいの私のハッタリは許しておくれ。
それはそうと、正真正銘の太郎丸の日記帳だというのは大きい。阿部君のハッタリに全く隙がない。田中奈々が太郎丸に田中太郎殺害計画を話して、それを太郎丸が日記帳に書いたなんて、一言も言ってないからだろう。簡単に言うと、阿部君は嘘をついていない。ついでに言うと、ハッタリは太郎丸に対してではない。太郎丸なんて、軽く叩けば言いなりになるのだ。
そう、ハッタリの対象は、田中奈々だ。ただ、その前に、太郎丸に自分の日記帳だと認めさせなければならない。田中奈々が見てるので、力づく以外の方法で。息子がボコボコにされて、田中奈々が悲しむとかではないぞ。言わずもがなだけど、一応言っておくと、目の前で無理やり言わされている証言を、信じるわけがない。むしろ逆効果で、本当に本物なのに、完全に偽物だと思い込んでしまう。
そうなると、厄介なのだ。それこそMRI検査をして太郎丸の日記帳だと証明しないといけなくなる。それ自体は問題ない。本物だからな。だけど、中身が問題なのだ。事件の詳細な内容は、太郎丸の記憶力や語彙力からして、書いてないのは確実だ。田中奈々が計画を話したとも思ってないし。
期待している内容は、例えば、『神のゲンコツ』を五十嵐に預けるとか、五十嵐と田中太郎が揉めていても仲裁しないとか、田中太郎が虫の息状態なのを発見しても救急車を呼ばないとかを、田中奈々に言われた、というやつだ。もしくは、田中奈々がうっかり口走ってしまった殺害計画を、立ち聞きしてしまい、やむにやまれず日記帳に、だな。
だけど、はっきり言って、田中奈々に不利な事なんて書いてあるわけがない。見なくても分かる。田中奈々がバカ太郎丸に手伝わせるとは思えないのだ。かわいい息子だからとかではない。バカだからだ、の一言で十分だろう。なので、以前にも言ったと思うが、この日記帳で普通に追い込むのは至難の業なのだ。
田中奈々も、冷静に考えれば、太郎丸の日記帳なんて怖がらなくていいのだ。ただ、田中奈々は非公認とはいえ自白している。そう、黒幕なのには違いない。そして、犯罪者心理で、うっかり太郎丸に話してしまったかもとか、もしかしたら太郎丸は田中奈々と五十嵐の会話を立ち聞きしたかもと考えてしまう。太郎丸がバカだと、田中奈々は誰よりも知っている。記録として残すことがどんなに危ういかなんて、太郎丸が考えるはずがないと決めつけるだろう。
そんな田中奈々の様子を見て、田中奈々に不利な証拠を何か書いてしまったかもと、太郎丸が思い込んでしまうのだ。バカだからだ。それでも、書いていないとは言い張るだろう。口を震わせながら。実際には、日記帳を確認してみないと、書いてあるか書いてないかなんて分からない、というのが私の本音だ。本当に書いてあるのかもしれないが、99、9パーセント書いてないだろう。普通の人でも、日記帳に何を書いたかなんていちいち事細かに覚えてないだろう。それが、バカとなると、覚えてないどころか、書いてしまったと信じ切ってくれる。顔面蒼白になって、言い訳に説得力はなく、田中奈々を見ることもできないだろう。
それを見た田中奈々は、とうとう認めるしかなくなる。「このバカ息子は、私が黒幕になりえる証拠をしっかりと記録したようね、フフッ」と。
さあ、もう一押しだぞ、阿部君。
「ちょっと血みどろになっているからって、自分の日記帳か分からないくらいにバカだったとは。予想通りね、おバカ丸」
「バカ、バカ、バカって。自慢じゃないが言われ慣れてるから、それくらいで怒らないんだからな。日記帳に悪口を書けば、気持ちよく忘れられるんだぞ。冷静沈着丸様が、再度、聞こう。それが、僕の日記帳だと証明したまえ、じゃじゃ馬探偵さん。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……勝った」
なんか、太郎丸を応援している私がいる。もっともっと阿部君に悪口を言ってくれないだろうか。日頃の恨みと言えば、全世界の人が納得してくれるだろう。バカによるバカ丸出しのバカな悪口って、案外ムカつくから効果てきめんだぞ。と、思った私は小さかったようだ。人間的にではないぞ。考えの幅がだ。今回に限ってだけど。ケガの影響かもしれないな。
えっ? ということは、田中太郎殺害計画も再考した方がいいのだろうか。
あー!
「こ、小林?」
「リーダーさん、何か? 名探偵ひまわりさんの推理ショーも佳境なので、しばらくおとなしく……」
「このままだと、名探偵ひまわりに初黒星が付いてしまう。紙とペンを貸してくれ」
「は、はい。どうぞ」
私は、サッサッと2枚の紙にメモを書き、一枚を警視長に知らせる内容を小林に、一枚を阿部君に渡してくれるように明智君に託した。阿部君にはわざわざメモを書かなくても、明智君が伝えた方が早いのは知っている。だけど、この佳境で明智君が話しかけると、明智君は木っ端微塵になってしまうかもしれない。例え、名探偵ひまわりの初黒星を免れるためだとしても、後の祭りになるのだ。明智君もそれは知っているので、断固拒否するだろう。メモを渡しに行くのすら往生している。メモを渡さないで阿部君が赤っ恥をかくと、明智君の全責任になるぞと脅して、渋々嫌々……それでもまだ動けない。気持ちはわかるぞ、明智君。もう2、3分なら猶予はあるから、じっくり考えておくれ。ちなみに、小林は気配を消して警視長に私のメモの内容をメールしてくれている。
阿部君に話を戻そうか。太郎丸の悪口が心地良いスパイスになったようで、実に楽しそうだ。ただの太郎丸ではなく、有頂天になった太郎丸に、とどめを刺せるのだからな。さすが、阿部君だ。
「今日、Aにブルジョア丸と言われた。明日は無視してやる。もちろん『神のゲンコツ』を見せる候補から脱落だな。思い知れ。ついでに、おしっこを漏らしやがれ」
阿部君は、一言一句違わずに太郎丸の日記帳のある日の内容を、棒読みした。太郎丸以外のみんなは、何がなんだか分からない。太郎丸は、一言一句覚えているわけがないが、なんとなく自分が書いたかもと思ったようだ。太郎丸以外のみんなの顔には疑問が浮かんでいるが、太郎丸の顔には動揺が現れた。ただ、全員が無言というのは同じだ。太郎丸の無言には、何か言いたいが言葉が出てこない、とはっきり聞こえるが。
そんな太郎丸に気づいた田中奈々が、静寂を壊した。
「どうしたの、太郎丸? まさか、今のって、あなたの日記帳の内容なの?」
「…………」
それでも、太郎丸はまだ認めない。認めたくないのだろう。誰だって自分の日記帳を他人に見られたくないのに、大勢の前で発表されたのだ。それだけでも十分に認めたくない。それに加えて、書いた可能性が限りなく低い田中奈々黒幕説の内容を、太郎丸は書いてしまったかもと信じている。黙っているのが精一杯だ。そして、それが答えなのに、阿部君は畳み掛ける。まあ、私でも、そうしたがな。だって、後で言った言ってないで揉めたくないだろ? 太郎丸をいじめたいとかではないぞ。ほ、本当に。
「まだ読みましょうか?」
「ダメだー!」
「では、これは、太郎丸、あなたの日記帳だと認めるの?」
「…………」
「Aの奴が一方的に話しかけてきた。僕は『鉄鉱石』じゃなくて『鉄の石』でもなくて『鉄の意志』だったかな、で無視をし続けた。だけど、どうしても無視をできない案件を、Aは囁いてきた。なんと、Bが陰でブルジョア丸だと言ってるらしい。密告してくれたので、Aには『神のゲンコツ』を見せてやるか。無視も、明日には解禁してやろう。ついでに、Bへの仕返しをAに相談しようか」
必死に止める太郎丸の声を無視して、阿部君はまたもや一言一句違わず、ある日の内容を発表してしまった。なぜか止める太郎丸の大声に全く干渉されずに、みんなの耳には届いたようだ。田中奈々すらも含めて、太郎丸を蔑んだように見ている。
「太郎丸、認めますか?」
「はいっ!」
何も言わないと、まだまだ読まれると思ったのだろう。太郎丸は間髪を入れず返事する。わざわざ元気よくなのが、太郎丸だな。しかし阿部君も大した記憶力だ。確か一度見ただけだと思うが。内容が面白かったから、頭に残っていたのだろうか。
「何を認めるのか、はっきりと言いなさい」
「はい。それは、僕の日記帳に間違いありません」
ふうー。日記帳のMRI検査は免れたぞ。よし、ここから攻勢に出るぞ、と言いたいが、再考した田中太郎殺害計画の全容を、阿部君はまだ知らない。私のメモを握った明智君が、二の足を踏んでる真っ只中だからだ。そんな明智君を蹴飛ばしてでも、阿部君に送り込みたい気持ちがないわけではない。が、飛んでくる明智君を茶色い何らかの物だと思った阿部君が、蹴り返すだろう。すると、明智君だけじゃなくて私までもが木っ端微塵だ。明智君の勇気が限界突破するのを待つか。そして、田中奈々が悪あがきをして引き伸ばしてくれるように願おう。頑張れ、田中奈々。簡単に落ちるなよ。




