五十嵐は食えないやつだ
田中奈々は分かりやすく思案顔だ。警察が、証人として五十嵐を呼んだのだろうか、と。はたまた、自分を庇うために、五十嵐が警察に直訴して連れてきてもらったのだろうか、と。しかし、すぐに無表情を作る。もちろん、無言だ。
せっかく自分を後回しにしてくれたのだから、今は高みの見物でもしてようと決めたのだろう。何より、ここで何かを言おうものなら、あの探偵もどきの小娘がネチネチと嫌味を言ってくると確信したのだ。
田中奈々、的確な判断だぞ。そして感謝もしよう。あなたは嫌味を言われるだけだけど、阿部君の手の届く範囲にいる私と明智君が物理的な八つ当たりを受けるとこだったからな。
五十嵐を黒幕と言い切ってしまったのだ。田中奈々は静観を英断してくれたし。私と明智君に対して意味のない暴力を振るう理由は全くない。さあ、阿部君、ちまちまやってないで、一気に決着をつけるぞ。
阿部君は、私の、いや、私と明智君の希望を叶えてくれた。チラッと私と明智君に目を移したと思ったらすぐに、五十嵐に正対する。ただ、少し斜に構えるために右足を動かした時に、偶然、私と明智君がいる車イスの車輪を蹴飛ばしてしまった。私と明智君は傍目に見ても分かるくらいにビクッとする。わざとではないので、イラッとはしなかった。わざとではないのが分かったのは、阿部君の右足が気持ちプルプルしているからだ。まあまあ痛かったのだろう。蹴る意思があって蹴ってもさほど痛くないが、うっかり当たると痛みが倍増だからな。
推理ショーには全く影響がないので、阿部君は何事もなかったかのように、五十嵐に話しかけた。一応、明智君は軽くポンポンと叩かれたが。阿部君なりの謝罪だろう。私に対しては、もちろん何もない。車イスが近寄りすぎなんだよ、と怒られないだけで十分だ。
「五十嵐さん、何か言うことはありますか?」
「何か? 最初から言ってるだろ。この俺が、すべてを計画して実行に移した、と。警察が何も教えてくれなかったのか? 素人バカ探偵に教える義理も暇もないか」
い、五十嵐……お前、死刑になりたいのか? ただでさえ、警部補君に重傷を負わせたことで、明智君の怒りを買っているんだぞ。その上、阿部君を怒らせようとするなんて。それに、私はお前を田中太郎から守って死にかけたというのに。
我々怪盗団兼探偵団が結束すれば、裁判官の口を自由自在に操れ……はしない。それでも、罪が重くなるように仕向ける自信はあるんだぞ。そんな強気に自分が黒幕だと言い放つなんて、良い弁護士を雇って、執行猶予がつくと踏んでいるのだろう。二人の警察官を襲ったのと、田中太郎への殺人未遂なら、ありえる。
それでも、ギリギリなはずだ。なのに、我々怪盗団兼探偵団の裏番長と言ってもいい阿部君に、喧嘩を売るなんて。獄中で毎日毎日四六時中、反省文を書きながら後悔するだけだぞ。だからって、いちいち書いた反省文を送ってくるなよ。私たちが読まないのは当たり前なうえに、不快に感じて、ストーカー行為にあっていますと冤罪を企てるだけだからな。
うん? 阿部君が、なぜか私を睨んでいるじゃないか。おいおい、睨むなら、五十嵐だろ。素人バカ探偵と言ったのは、五十嵐じゃないか。
あー、次の言葉だな。それくらい自分で考えろなんて、これっぽっちも思わない。謝る時間も惜しい。早く次の言葉をと、潤んだ瞳で訴えている明智君に、私は簡潔に伝えた。よく見ると、明智君の尻尾が阿部君に握りつぶされ……る寸前だった。
阿部君は警告のつもりか、明智君の尻尾は離さない。緩めただけだ。そしてそのまま、私が瞬時に考えた言葉を五十嵐に浴びせた。素人バカ探偵と言われたことは、気にしてないのか気づいてないのか、全く触れなかった。どうやら、名探偵ひまわりは、名探偵ひまわりを演じるのでいっぱいいっぱいのようだ。もしくは、五十嵐の懲役100年を確定させたのだろう。
「すべて、というのは?」
「事故に見せかけて、田中太郎を亡き者にすることだよっ!」
「なるほど。具体的には、どのような計画だったのですか?」
「チッ……。まずは、マッサージチェアでくつろぎながら、あいつが大事にしている『神のゲンコツ』を眺めるんだ。あいつは極端な短気だから、それだけでキレる。なりふり構わず、俺に猪突猛進だ。そこを、足を引っ掛ければ、見事にすってんころりん。そのままの勢いでガラスケースに頭をガツンで、あの世に行ってらっしゃいじゃないか」
「あのー、そんな計画が本当に上手くいくと?」
「知るかっ! 考えたのは、俺じゃ……。いや、上手くいくに決まってるだろ。田中太郎はバカだからな」
「そうですか。でも、考えたのは、あなたではない?」
「そんなのどうでもいいんだよっ、事故に見えりゃ! あいつが、短気でバカでどんくさいのは、周知の事実なんだから。あの部屋で俺があいつをとっ捕まえて、ガラスケースにガツンとしてもいい。要は、少々疑わしくても辻褄が合う証言を用意するのが大事だからな。疑わしきは罰せずで、俺は無罪放免だ」
「まあ、あなたの言うことにも一理あるのでしょう。それはそれとして、再度聞きますけど、その杜撰な計画を考えたのは、あなたではないと? ということは、消去法を駆使した結果、計画したのは、田中奈々さんということになりますね。合ってますか?」
「………………」
「黙秘権ですか。肯定しているようなものですけど。どうせ黙秘権を行使するなら、最初からあらゆる質問に対して行うべきでしたね。とりあえず、残酷な拷問を浴びせましょうか。と言いたいところですけど、警視長が両手でバツ印を作ってますね。警部補君と小林なら、分かりやすく見て見ぬ振りをしてくれるのに。警視長って、融通が利かないというか空気が読めないというか、本当にじゃまですね。そういうわけで、口を閉ざした人は、とりあえずほっておきますか。では、殺害を計画した、田中奈々さんに聞きますね。なぜ、そのような事をしたのですか? 今となっては、すべて正直に話してくれますよね?」
「は、はい。確かに、殺害計画は私が立てました。ただ、信用してもらえるかどうかは分かりませんが、当初はそんな事は全く思ってもみませんでした。そんな危険な橋を渡らずとも、私は莫大な財産を得ることになっていたので。と言いますのは……その前に、実は、私と太郎との間では太郎丸が大学を卒業したら離婚することになっていたのです。大まかな条件として、財産は折半にするのだけは決まってました。私と五十嵐さんの仲を知っていたかどうかは分かりかねますが、知っていたとしても、そうしたでしょうね。太郎は、人を人と思わないような、ろくでもない人間です。だけど、お金にだけはきっちりとしてましたので。だからこそホテル王と呼ばれるほどの地位まで昇り詰めたのでしょう。それはともかく、円満離婚で財産分与で揉めることもないだけでなく、何よりも太郎丸の父親です。当初は、殺意というのは、一切なかったと断言できます」
「そうですよね。では、どうしてですか? どうして、殺害計画を立て、未遂とはいえ実行に移すまでに至ったのでしょう?」
「顧みますと……五十嵐さんに……」
「五十嵐さんに、何ですか? 本人がいると話しづらいですか? 頭をガツンとやって、意識を失わせましょうか?」
「そんな、そんなひどいことを……」
「そんなひどいことを、その五十嵐は私たちの大事な友人にしたん……うん? リーダー、こんなことわざわざ言わなくてもいいじゃないですか。今は関係ないでしょ」
「関係ないかもしれないが、私と明智君のためだと思って。警部補君はまだしも、小林には色々とお世話になっているじゃないか」
「はいはい、分かりましたよ。田中奈々さん、あちらにいる小林は重傷を負い、警部補君に至っては一時命の危険にさらされました。どこかのバカが『神のゲンコツ』欲しさに、急襲したからです。警部補君に対しては仕返しもあったのでしょう。公然の場で漏らすという恥をかかされたのが大きかったのでしょうか、今はお口にチャックの五十嵐さん? ヒヒッ」
ありがとう、阿部君。きちんと笑い声まで伝えてくれて。とりあえず五十嵐はほっておいていいぞ。後は裁判所で証人としてあることないこと話して、最低でも懲役100年を勝ち取ってやる。もちろん明智君も一緒に証言台に立つから、懲役100年の収容先は、上手く行けば身寄りのない動物たちのお世話をする施設だ。懲役なのだから、時給は10円だからな。




