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初老新米大怪盗の終わりなき探偵事件簿with見習い怪盗の阿部君とゴールデンレトリバーの明智君  作者: バスバスキヨキヨ


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五十嵐の手に『神のゲンコツ』が渡るだけの下りを、阿部君が長々と話すをのを邪魔してはいけない

「田中奈々さんは、自分の関与を限りなく少ない形で五十嵐の手に『神のゲンコツ』が行き渡る方法を、日夜考えていたのでしょう。だけど、そんな都合の良い名案なんて、そうそうあるわけがありません。まあ、私くらいの知能指数があれば、100万通りの方法を提案できるのですけどね。あいにく、私は生まれ持った正義の味方なので、相談されたところで丁重に断ったことでしょう。そして、田中奈々さんは人並みの知能指数なので、いつまで経っても名案なんて思い浮かばず時間だけが無意味に過ぎていってました。そんな時に、太郎丸に相談されたのです。パパの田中太郎さんに『神のゲンコツ』を貸してといくら言っても、全く聞いてくれないと。太郎丸にしたら、ただ口添えを期待したのでしょう。だけど、田中奈々さんは、この時、パッカーン……ドッカーン……ヒッヒーン?」

「名探偵ひまわりさん、ピッカーンと言うのが一番伝わり安いよ」

 ああ、そういうことか。しかし、チビっ子探偵団はなかなかの名推理じゃないか。度胸も大したものだし。私なら、阿部君の報復が恐くて、例え阿部君が何で悩んでいるか分かっても、一緒に考えるふりをするのがせいぜいだぞ。さすがに病気の子どもたちに何らかの報復は……。阿部君のあの不気味な笑みは……何らかの報復というか嫌がらせを思いついたようだな。安心しろ、チビっ子たち。実行されるのは、ひまわり探偵社に入社後だ。

「まあ幼稚な擬音は名探偵にふさわしくないので。田中奈々さんは、この時、閃いたのです。ちなみに、たった今、私も、ある事を閃きました……ヒヒヒヒヒヒ。私のことはさておき、田中奈々さんは、太郎丸を利用して『神のゲンコツ』を五十嵐に渡せると思いました。と言っても、太郎丸には何も説明しません。なので、この時点では、太郎丸は無罪放免です。この時点では……。田中奈々さんは鍵のかかっていない金庫から『神のゲンコツ』を取ってきて、太郎丸に渡します。田中太郎には内緒よ、と釘を刺して。太郎丸の足りない頭でも、田中奈々の独断で取ってきたことくらいは分かります。だけど、何の躊躇いもなく、太郎丸は受け取ります。太郎丸ですから、と言えば説明は十分ですね。そして、太郎丸は嬉々として『神のゲンコツ』を、友達もどきや、大学で卒論を肩代わりしてくれている教授に見せて有頂天を満喫します。後は、田中太郎に気づかれる前に、田中奈々に返せば無事に完結でした。実際はどうか分かりませんが、田中太郎は毎日のように『神のゲンコツ』を確認していたらしいので、一刻の猶予もありません。太郎丸は田中奈々さんに『神のゲンコツ』を渡そうと急いで帰ってきたことでしょう。田中奈々さんが待っていると思って。だけど、田中奈々さんがいません。太郎丸は必死に探したことでしょうね。それでも見つかりません。それはそうです。田中奈々さんは、そのつもりで避けていたのですから。太郎丸はどんどんチキン丸になりつつありました。このまま自分が持っていたらと思うと、不安を通り越して恐怖を感じたかもしれません。そんな時に目に入ったのが、田中太郎のホテルチェーンの総料理長でもあり田中邸の専属シェフでもある五十嵐です。まあ、どうせ田中奈々さんの差し金でしょう。屋敷の中に大きな野良犬が迷い込んだみたいだから、探し出して追い出して、とか言われたのでしょう。もともと五十嵐は田中邸を自由に行動できる立場だったので、家中くまなく田中奈々さんを探している太郎丸とは会った可能性は大です。だから、偶然かもしれませんが。田中奈々さんにしてみたら、必然だったのです。『神のゲンコツ』を所持している太郎丸と五十嵐が出会うのは。五十嵐は仕事の関係で田中奈々に接する機会があるに違いないと、太郎丸は無理やり理由をつけて、『神のゲンコツ』を五十嵐に預けます。一刻も早く自分の手元から遠ざけたい一心で。五十嵐にしてみたら、当たり前にこれ幸いと思いました。田中奈々さんの計画だとは薄々気づいたでしょうけど。田中奈々さんは、太郎丸なら絶対にそうするという確信があったのです。そして、いよいよ田中奈々さんの希望が叶い、一見自分が協力しない形で、『神のゲンコツ』が五十嵐の手に渡りました。解明してしまえば、なんだそんな単純な仕組みだったのかと感じた人もいるかもしれません……」

「そんなことないよー! もしそうだとしても、名探偵ひまわりにしか解けないし、名探偵ひまわりが分かりやすく説明してくれたからこそだよ。だから、早く続きをお願いー」

 チビっ子たち……。いつの間に阿部君と練習したんだ? ああ、私の推理を聞くために見舞いに来ておきながら、しばらく姿を消していた時か。てっきりマリ先生と遊んでいるだけだと思っていたが、よくよく考えたら明智君は私の病室にいたもんな。マリ先生と遊ぶなら明智君だって一緒に行くに決まっているじゃないか。それに何より、マリ先生は暇ではないだろうし。

「はいはい。あとは、五十嵐が『神のゲンコツ』を手にマッサージチェアでくつろいでいるところに、田中太郎さんが意気揚々と登場するだけです。田中太郎さんは『神のゲンコツ』にそこまで興味がないように私たちには振る舞っていましたが、絶対に嘘です。毎日と言っていいほどに『神のゲンコツ』を見て悦に浸っていたことでしょう。私の確かな人間を見る目なら、はっきりと分かります。田中奈々さんが計画していたことからも、間違いないでしょう。五十嵐も、来ると信じて、正当防衛で田中太郎さんをあの世に案内するシミュレートを重ねながらまだかまだかと待っていました。だけど、順調なのは、ここまででした。この日に限って、待てど暮らせど、田中太郎さんがやって来ません。理由は至って単純でした。うちのリーダーの傷害致死……傷害事件の情状酌量に協力してあげる約束で、田中太郎さんに聞いてみると、なんだかお腹の調子が悪くてトイレに閉じこもっていたそうです。私は、太郎丸が苦肉の策として、トイレに閉じ込めたのではと疑っていますけどね。田中太郎さんは、どうやら閉じ込められやすいようなので。私たちが盗みに入った時も……」

「あ、阿部君っ! 田中太郎のことよりも、五十嵐はどうしたんだい?」

「リーダー、そんな大声を出さないのっ! まだ完治には程遠いのよ。明智君、ちょっとリーダーの体に教えてあげて」

「ガブッ」

 私の大声で、それまで気持ちよく寝ていた明智君は目を覚ました。寝起きなので、不機嫌さんだ。マリ先生に言われなくとも、私を噛んだことだろう。

「いてー! 本当に噛まなくていいだろ、このバカ犬……じゃなくて、明智君。マリ先生もひどいですよ」

「そうね。明智君、ごめんね、私のせいでバカリーダーに怒られて」

「いやいや、謝るなら、私にです」

「ワオンオンワンワワン、ワンワンワワワンオンオワン」

「ありがとう、明智君」

「明智君は何と?」

「内緒」

 絶対に通じてない。だけど、わざわざ言わないでおくか。マリ先生はさておき、じゃましたことで、阿部君がものすごい目で私を睨んでいる。私たちが怪盗だと言いそうになったことなんて反省もせずに。

「あ、阿部君、それで、五十嵐はどうしたのかな?」と、次は囁くように聞いた。マリ先生に怒られるからだ。そして、囁き声なんて、阿部君に伝わることもなかった。別にいい。一度大声で伝えているし、流れで阿部君が話すだろう。流れで、田中太郎の屋敷から脱税した大金を奪った事を話さないでおくれよ、阿部君。心配だ。こんなにハラハラドキドキして、私のケガは悪化しないのだろうか。阿部君、早く安心させておくれ。

 私をたっぷりと5秒ほど睨んでから、阿部君は続けた。私史上一番の生きた心地がしない。しかし、きっかけを作ったのは阿部君なのに、全く顧みずに私に全責任を負わせようとするなんて。まして、私は絶賛重傷を負ったケガ人だというのに。羨ましいじゃないか。

「五十嵐は待ちくたびれました。忍耐力がなかったのです。だらしないですね。もし、ひまわり探偵社の誰かが待ちくたびれて職場を放棄したなら、3日で5キロほど痩せるかもしれないですよ。ねえ、そこのリーダー?」

「えっ! あ、明智君、私たちの話をすると、どこかでボロを出して怪盗団の存在に気づかれてしまうからと、阿部君に事件の話に集中してくれるように低姿勢で頼んできてくれるかい? 明智君も、3日間もご飯を食べられないなんて、酔っ払った阿部君の説教よりも辛いだろ?」

「ワー……」と叫びながら、明智君は阿部君の方まで足を空回りさせながら急いだ。普通に歩いた方が早いくらいだけど、誰も笑わない。田中奈々も太郎丸でさえ。明智君のあの必死の形相を見て笑えるような人でなしは、この世にはいないのだ。やっとのことでたどり着いた明智君は、すぐさま阿部君に訴える。

「では、続けますね。その前に、リーダー、約束は絶対ですからね」

 私は右手の親指を立てるにとどめておいた。このやり取りが2度目というのもあるが、さっきの大声で少々疲れていたのだ。マリ先生に怒られるのが恐くて声が出なかったとかではない。しかし、さっきといい今といい、阿部君があっさりと受け入れるだなんて。明智君は何と言ったのだろうか。内容の衝撃で私のケガが悪化しないように祈るのみだな。

「待ちくたびれた五十嵐は、部屋を出て様子を見にいくことにしました。『神のゲンコツ』を手にうろちょろするのは危険なので置いていきます。田中太郎に見られるなら、現場がマッサージチェアの部屋から場所が変わるだけで、近くに硬いものがあればいいだけでした。壁でも十分でしょうね。だけど、硬いものがあるなしに関わらず、もっと大きな不安要素のために、あえて『神のゲンコツ』はマッサージチェアに隠しておいたのです。そう、太郎丸の存在です。意図的ではないにしても、『神のゲンコツ』を五十嵐に渡すという形で協力してくれたのに、今度は邪魔な存在になるなんて。まさに太郎丸って感じですね。ちなみに、なぜそうなるのか説明しておきますね。想像してみてください。もし『神のゲンコツ』の片手にうろちょろしているところに、太郎丸に出くわしたとしましょう。太郎丸はここぞとばかりに嫌味タラタラで晩ごはんの用意ができるまで付きまとうに決まってます。そんな場面で田中太郎さんに出くわしたなら、怒りの対象が太郎丸になります。それはそうです。太郎丸が『神のゲンコツ』を勝手に持ち出して、五十嵐に怒られていると判断するのが、人として当たり前だから。というわけで、マッサージチェアに隠しておくしかなかった」

「名探偵ひまわりさん、マッサージチェア以外の場所はなかったの?」

「良い質問ね。あのマッサージチェアは一見、田中太郎が使うものだと思われてます。だけど、田中太郎は一度も使ったことがありませんでした。ゴマすりもあって田中太郎を楽しませるために設置した五十嵐は、面白くなかったでしょうね。それでも使う時はやってきましたが、少なくとも、五十嵐が待ち伏せしていた日までは見向きもしなかったのでしょう。ちなみに、田中太郎のマッサージチェアデビューは、自棄気味の五十嵐の襲撃にあったあの日が初めてなのです。なぜ知っているのかは、いちいち説明しません。企業秘密とだけ言っておきますか。ねえ、リーダー?」

 あ、阿部君……。私、ぎりぎりで踏みとどまりましたよアピールそのものが、そもそも余計なんだぞ。と、ダメ出しなんてするわけがない。

「明智君明智君……。阿部君に、我々怪盗団が田中太郎邸から大金を奪った時の内容を具体的に話さなかったことを褒め称えてから、阿部君の軽快な名推理をみんなが続きを聞きたがってるよ、と伝えてきてくれるかい?」

「ワンワン」

 私の伝言を明智君が阿部君に伝えると、阿部君は満面の笑顔を見せてくれた。嘘をつけない阿部君だから、もちろん心からの笑顔だ。褒められて伸びるタイプの扱いほど簡単なものはない。阿部君は実際に成長を見せるから、お世辞だろうがなんだろうが、私も褒めがいがあるというものだ。

 おっ、阿部君が続きを話したくてうずうずを体中で表している。そんな阿部君のじゃまにならないように、明智君が物音一つたてずに私の膝の上に戻ってきたのを合図とばかりに、阿部君が話しだした。

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