阿部君の独壇場継続中
「私が捜査に当たったきっかけだけは話しておかないといけませんね。結局、それが、田中太郎氏殺害計画立案罪に繋がるのですから。ひまわり探偵社が、警視長たっての希望で捜査に当たった事件は、言うまでもなく田中太郎氏殺害計画立案罪ではありません。なので、それに関連している、五十嵐による警察官襲撃事件も違います。まして、その流れで起きてしまった、田中太郎がうっかりついついリーダーを包丁で刺してしまった事件でもないです。なんと、非常に地味な宝石盗難事件を解いてほしいと、名探偵には少々物足りなくあまりに稚拙な依頼が始まりでした」
ここで阿部君は一区切り付けた。そして、みんなの反応を見るかのように見回す。サービス精神のつもりか、チビっ子探偵団には手を振っている。すると、チビっ子探偵団と今日初めて阿部君を見たであろう子供たちが声を揃えて、阿部君に掛け声をかけた。
「よっ、名探偵!」
えっ! 別におだてるのは構わないが、名探偵らしいことは、まだ何も話していないぞ。子供だから、さほど考えずに盛り上げようとしたのだろう。でも、阿部君はひねくれているから、バカにされたと思うかもしれない。子供だろうが病人だろうが自分の勘違いだろうが、ためらうこともなく遠慮もなく気持ちよく仕返しをするかもしれない。トラゾウが悲しむじゃないか。
優しいトラゾウなら、身を挺して守るのではと、想像力の乏しい人たちはごくごく当たり前に考えるだろう。しかし、嫌がらせをする時の阿部君を前にしたら、例えトラゾウでも、借りてきた猫状態になるのだ。ちなみに、私はケガが完治していないとか関係なく、阿部君には逆らえない。明智君も右に同じだ。
チビっ子探偵団よ、ひまわり探偵社に入る気なら、阿部君を知る良い機会だと思って、粛々と嫌がらせを受けておくれ。警察官もいることだし、大仰な暴力は振るわない。油性マジックで顔に落書きする程度だ。ヒヒヒ、あのクソガキどもめ、私をバカにしたり相撲で何度も投げ飛ばした償いだと思って、親にいちいち告げ口するんじゃないぞ。
流れ弾予防のために、気を利かせて明智君と一緒に油性マジックを探しに行こうかな。芸術的センスゼロによる阿部君に落書きされたクソガキどものバカ面を想像して、自然とニヤついてしまった私の顔が引きつるまではさほど時間を必要としなかった。
阿部君が嬉しそうに、まあまあ落ち着きなさいよというかのように両手で押すようなジェスチャーを、クソガキ……チビっ子たちに向けてやったのだ。うん、お子様たちは、阿部君の指示のもと動いていたようだな。チビっ子たちが凄惨な嫌がらせに合わなくて、心底良かったと、私は思う。ほ、ほ、本当に……。
あっ、阿部君が続けるので、しっかりと聞こうか。阿部君、頑張れー。チビっ子たちが応援しているぞ。
「まず、名探偵の私は、部屋に入ってすぐに、盗まれた宝石、通称『神のゲンコツ』の在り処に気づきました。それは、並の名探偵では目にも入らない場所ですけど、名探偵オブザ名探偵の私からは逃れられません。というわけで、隠し場所である部屋の中央に鎮座しているマッサージチェアに、私は向かいます。まあ、ざっと見ただけでは、見つけられなかったでしょう。犯人は一応隠していたのだから。だけど、私の頭脳と技術をもってすれば、マッサージチェアがまるで透明かのようです。たわいなかったですね。こんな事を言ってはなんですけど、興ざめでした。ついでに、犯人も分かりました。もちろん、名探偵の私だからです。ものは見つかったのだから、犯人に情をかけて、めでたしめでたしで終わらせてもよかったのでしょう。しかし、天才名探偵の私の脳細胞は、私に言いました。非常に凶悪な犯罪が計画されてるわよ、と」
「おおー!」と、チビっ子たち。
あ、阿部君……。あまり調子に乗らない方がいいと、思っているのは私だけだろうか。うん、そうだな。まあ、根拠を示せと言うような命知らずはいないだろう。仮にいたところで、阿部君のことだ。ゴリ押しするか、駄々をこねるか、その命知らずに命の大事さを教えるように私と明智君に指示するだけだな。簡単に言うと、私と明智君は、その命知らずにささやかな暴力を振るうということだ。もちろん私は手加減できるが、明智君は……だぞ。
警告はしたからな。悦に浸り中の阿部君が続けるから、相槌係のチビっ子たち以外は大人しくしていておくれ。
「一足飛びに説明しても、理解できない人もいるでしょう。それは別に恥ずかしいことではありません。私が名探偵すぎるのです。なので、親切名探偵でもある私が、『神のゲンコツ』がマッサージチェアに至った経緯を簡単に説明しますね。『神のゲンコツ』は金庫に保管されていたんですけど、決して厳重にというわけではありません。金庫が安っぽいとかではなくて、鍵をかけられていなかったのです。うっかりではありません。田中太郎氏の慣習で、田中太郎氏曰く、盗人は鍵がかかっているという先入観があるから、裏をかくために鍵をしないそうです。一理ありますけど、結果として盗まれているので、これからは気をつけるように……といっても、ここにはいないようですね。田中太郎氏への忠告は後ほどということで、あの金庫に鍵がかかっていないのを知ってる人物がもう一人いました。そう、田中太郎夫人の田中奈々さんです。夫婦ですから、当然といえば当然ですね。だけど、それで何十年も何事もなかったので、田中太郎氏も無警戒だったのでしょう。田中奈々さんはあっさりと『神のゲンコツ』を手に入れますが、自分が欲したとかではありません。ブルジョア丸? おバカ丸? 太郎丸? 次郎丸? おそらく……じ……た、うん、太郎丸です。その太郎丸が友達に見せて自慢したいがために、母親である田中奈々さんにお願いしたのです。父親の田中太郎氏に何度も頼んでも断られたのでしょう。田中太郎氏は太郎丸のバカさ加減をよく理解していたということでしょうね。太郎丸に貸せば、失くすか、友達に騙し取られるか、ダイヤモンドなのに粉々にするかだと。まあ、それはそれとして、その時に田中奈々は閃きます。偶然に見せかけて、自分は全く関与しない形で、夫の太郎氏を亡き者にできる方法を。自分に惚れている五十嵐を利用して。五十嵐には正当防衛になるからと、方法も事細かに説明したとは思います。簡単に言うと、田中太郎氏が殺意を持って五十嵐を襲ったところを、五十嵐が返り討ちにする方法ですね。確かに田中太郎氏は自制心に欠けるところはあります。実際にその場面に遭遇して、うちの社長兼リーダーが犠牲になりました。リーダー、天国でいつまでも見守っていてくださいね……」
えっ! わ、私は本当は死んだのか? 阿部君とはいえ、いくらなんでも、こんなシリアスな場でふざけるわけないもんな。でもまあ、こうやって、お化けになって永遠の命を手に入れたのだから……。
「ひまわりっ! ふざけない。死の淵から生還したばかりの患者は、ただでさえ精神的に不安定なの。おまけに、リーダーはバカなんだから。冗談か事実なのかが判別できてないのよ。ほらっ。バカリーダーっ! 目を覚ましなさい。バンバンバンバン……」
私はマリ先生の往復ビンタで、この世に踏みとどまったようだ……。違う違う。ビンタなんてしなくても言葉で言えばいいじゃないか。ちきしょー、命の恩人だからって、なんでも許されるとおもうなよ。それに、またもや、私のことをバカだって言いやがって。よし、今日こそは私の恐ろしさを……。
「明智君、そんなに往復ビンタをしたらだめじゃないの。せめて2往復までにしておきなさい」
「ワーン」
そうかそうか。ビンタをしたのは明智君だったのか。ふうー、よかった。キレた勢いでマリ先生に罵詈雑言を浴びせていたら、私は本当にあの世だったかもな。明智君、ありがとう……違う違う。バカ犬め、私が完治した暁には、画期的で凄惨な嫌がらせを食らわせてやるからな。いや、でも、そもそもの原因は阿部君か。
うーん、明智君にチャンスをあげよう。明智君が阿部君に、画期的で凄惨な嫌がらせを食らわすなら、明智君には画期的な嫌がらせだけで済ませてやろうじゃないか。どうせ誰もが、そんな事は不可能だろうと思っているだろうな。私を侮るんじゃないぞ。私は、明智君と阿部君を痛めつける想像だけでも、実際に行った85パーセントの満足を得られるのだ。明智君と阿部君との長い付き合いで身に付けた神業の一つだな。
おっ、阿部君が続けるから、今は大人しくしておくか。騒いだら、阿部君に画期的で凄惨でこっ恥ずかしい嫌がらせを受けてしまう。待てよ。私の膝の上にいる明智君の尻尾をおもいっきり握れば、明智君は驚いて走り出して暴れまわってのたうち回って、結果、阿部君に踏みつけられるかも……。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……。
私の右手が明智君の尻尾までほんの数ミリまで行ったところで、マリ先生の左手の妨害が入った。恐くてマリ先生の顔は見られないが、殺し屋の目になっているのは間違いない。明智君、命拾いしたな。阿部君、続きを話していいぞ。私を含め、みんなが聞く気満々だ。




