名探偵ひまわりの活躍には、私と明智君が不可欠なのだ
「阿部君、五十嵐が捕まった時点で、名探偵ひまわりの推理ショーを諦めただろ?」
「はい。せっかくの私の見せ場がなくなったから、リーダーに八つ当たりをするしかないですね。すごく画期的なのを考えるので、早くケガを治してくださいよ」
「いやいや、それは必要ない。名探偵ひまわりの推理ショーは、予定通りに開催だ。手柄だけは、警部補君に譲ってくれると嬉しいけど。いいかい?」
「私は別に目立てれば、手柄なんて……。そんな物欲しそうな目で見ないでよ、警部補君。いいわよいいわよ。今回だけだからね。でも、推理ショーをやりたくても、田中奈々を追い込む証拠というか手段が、まだ見つかってないですよ。チビっ子探偵団と隠れんぼをしながらも、みんなで隈なく田中太郎の屋敷を探して、何もなかったんだから。名探偵ひまわりが断言しましょう。田中奈々が黒幕となりえる物的証拠は皆無だと」
何も見つけられなかったくせに、長々と堂々と名探偵気取りをしやがって……なんて言うと、今日が私の命日になってしまう。警部補君も、今度は助けてくれないだろう。口出しすらしない。手柄を譲ってくれる阿部君のやる事は、例え人の道に外れていようとも、見て見ぬ振りをするに決まっている。
そんな自殺行為を想像している時ではないな。明智君は、五十嵐を追跡するという見せ場をすでに作ったし、阿部君にも推理ショーという見せ場を提供できるのだ。本物の名探偵のリーダーの見せ場があってもいいじゃないか。そして、それが、今だ。今回の事件が解決したら、みんなの記憶に残るのは、きっと私だろうな。
「フフフフフフフフフ……」と意味ありげに笑いながら、私はなんとか動く両手で、太郎丸の日記帳をおもむろに掲げた。
私の演出が気に入らなかったのだろうか。阿部君は完無視だ。いや、無視というよりは、いわゆるドン引きだ。血まみれの日記帳を、私が狂ったように笑いながら見せたのが、普通に怖かったのだろう。
少し整理しようか。今ここにいる、阿部君、明智君、警部補君、マリ先生の4人が、阿部君と同じ表情をしている。違う意味で、みんなの記憶に私が残ることになってしまった。お、おい、マリ先生はこの血まみれの物が何かを知っているじゃないか。いや、詳しくは知らないか。知っていても、私の行動は悪い意味で人間離れしているのだろう。みんなの表情を見て、薄々だけど、私も理解してきたし。
1分1秒でも早く説明しないといけない。でないと、精神的に病気になったと決めつけられて、地の果てのどこかの脱走不可能な非合法の病院に強制的に入院させられてしまう。
私の人生で一番の何事もなかった感を出して、淡々と、手に持っているおどろおどろしい物体の説明をした。
「これは、太郎丸の日記帳だぞ」
「それが、何か?」
くうー。飲み込みの悪いやつはこれだからな。こんな時に小林がいないなんて……。あれ、トラゾウもいないな。もしかしたら……。
「そう言えば、小林とトラゾウが見えないじゃないか。あいつらは真面目だから、まだ捜索してるのか?」
「そんなわけないでしょ。子供たちを病室まで送ってるんです。小林は責任者だし、トラゾウは友達なんだから、当然ですよね。それくらい、説明しなくても分かると思ったんですけど。まあ、ケガしてしばらく寝たきりだったから、ただでさえちっぽけな脳細胞が働いてないとしてあげますよ」
な、なんで、私の方がバカにされないといけないんだ。悔しいから……ちきしょー、体がまともに動かない今の私では何の仕返しもできない。元気になってから、まとめてやってやる。陰険な私が簡単に忘れると思うなよ。
それよりも、今現在できること、かつ、やらなければならないことを早々にしないといけなかった。そう、太郎丸の日記帳の持っている意味の説明だ。効果的な使用法と驚くべき結果を。
「阿部君、この太郎丸の日記帳は、名探偵ひまわりの名声をさらに高めてくれる魔法を宿してるんだぞ。この逃げも隠れもできない私が、冗談を言ってないことは分かるな?」
「はいっ!」
「よーし、そうと決まれば、名探偵ひまわりの推理ショーを今すぐに田中太郎の屋敷で開幕だー!」
「だめー!」「ワンー!」「ふざけないで!」「……あっ、えーと……あーそうそう、リーダーさん、まだ安静にしていないと。たぶん……」
ああ、そうか。何気に私の体を気遣ってくれているのだな。警部補君以外は。
しかし、私の回復を待っている間に、田中奈々は高飛びしないだろうか。それに、よく考えれば、阿部君のための推理ショーなんだぞ。私がいなくても……阿部君と明智君だけでは厳しいか。小林と警部補君ではフォローに限界があるだろうし。阿部君と明智君がどうとかではなくて、小林と警部補君の能力に難があるとかではない……警部補君は例外か。
私が立ち会わないといけない理由は、いたってシンプルだ。阿部君と明智君と私の3人そろえば、どんな困難でも乗り切れるから、万一に備えてだな。もし田中奈々が素直に口を割らなかった時に、私に全責任を負わせるためではない。
「だけど、その小汚い太郎丸の日記帳で、本当にあの小賢しい田中奈々が罪を認めるんですか?」
「ああ、もちろんだ。時間はたっぷりあるから、推理ショーまでに事細かに説明してあげよう」
やはり疑っているようだな。まあ、私自身も希望的観測というか楽観視しているという自負がないこともない。具体的に何も教えられていない阿部君なら尚更だろう。そう言えば、阿部君どころか、誰にも何も発表していなかったような。それは、推理ショー当日までの楽しみに取っておいてくれるかい。一つだけ言えることは、太郎丸の日記帳をCTスキャンにはかけないぞ。
阿部君を指導する前に、田中奈々が自白するのをシミュレートもしくはイメージトレーニングをやっておくか。じゃまされたくないので、みんなには帰ってもらおう。
田中奈々の見張り役に警部補君を任命してからだった。普通は言われなくてもするが、警部補君が思いつくわけないからな。だけど、警部補君はあっさりと田中奈々を見失うだろうから、小林にも手伝わせるか。
それと、田中奈々が私の口封じをするために、夜な夜な襲ってこないとも言えないな。トラゾウはこの病院が我が家のようなものだから、念の為にこの病室にいてもらおう。世界一の用心棒だ。
「じゃあ、かいさーん!」
「はーい!」「……」
「どうしたの、明智君? ああ、そうか。帰っても誰もいないもんね。うちに遊びに来る? 明智君がリスクヘッジのために保管してあるドッグフードもあるし」
「…………」
明智君は一番大好きな私と一緒にいたいようだな。推理ショーのイメージトレーニングはどうせ夢の中でするから、明智君がいてもじゃまにはならないか。怖いのは、田中奈々が美味しいドッグフードで手懐けると、田中奈々の味方になってしまうことだな。
いや、私は明智君を信じるぞ。明智君は美味しいドッグフードはきちんともらうが、寝返りはしない。たぶん……。
「明智君、ここにいるかい?」「明智君、寂しいなら、今日はウチに泊まりにくる? ドッグフードはないけど、私の手料理でいいなら」
私とマリ先生が同時に提案してしまった。マリ先生、すまないが、明智君は私が大好きなんだよ。
「ワオーン!」と明智君は叫びながらマリ先生とそそくさと一番に出て行った。これが合図かのように、みんないなくなる。ふうー、静かになって清々するなー。
あっ、大事な事を忘れてた。間に合うだろうか。間に合わせてみせる。間に合うように……くだらない事を呟いてないで、即行動だな。
「トラゾウに来てくれるように、誰か伝えてくれよー!」と、私は弱りきった体力をすべて使って声を絞り出した。返事は帰って来なかった。
ポジティブになる時のようだ。トラゾウは優しいから、誰に何も言われなくても、私の看病を兼ねて様子を見にきてくれる。その時に、用心棒を頼めばいい。それと、田中奈々は一度は私を襲おうとしたが、さらにもう一度、そのリスクを取るとは思えない。そのつもりはなくても、警部補君が分かりやすく見張っているのだ。あまりに分かりやすいので、逆に裏があると勘ぐってくれるだろう。迂闊なことはしない。せいぜい、身を隠す程度だな。
よし、夢の中のイメージトレーニングはきっと上手くいく。でも、トラゾウ、私の期待に応えておくれよ。万が一、私が田中奈々の手に落ちたなら、真っ先にトラゾウの前に化けて出てやるからな。




