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初老新米大怪盗の終わりなき探偵事件簿with見習い怪盗の阿部君とゴールデンレトリバーの明智君  作者: バスバスキヨキヨ


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田中奈々の思惑

「そ、そうですね。警察官を殴ってまで取り返すくらいなら、最初からマッサージチェアーなんかに隠さずに、さっさと自宅にでも持っていけば良かったのにとは思いますけど。犯罪者の心理は難しいですね」

「ということは、金庫から盗ったのも、何らかの理由でマッサージチェアーに隠したのも、五十嵐だと、奈々さんは思ってるのですね?」

「他には考えられないですよね? もしかしたら、私に近づいたのも……。いえ、私は五十嵐を信じますわ」

 他には考えられない、か。ここまで白々しいと、なんか拍子抜けだな。まあ、田中奈々は太郎丸の日記帳の存在はおろか、それを私が握っているなんて想像の片隅にもないだろうから、そう言うしかないのだろうけど。

 それに、五十嵐は自分を利用していたかのように、私に思い込ませようとしたのも、またまた白々しいぞ。自分が金庫から盗ったのがバレた時に備えてだな。五十嵐に頼まれたと言えばいいだけだ。

 だけど、今は言えない。自分が関わっていたとなっては、警察や田中太郎が絶対に怪しむから。田中奈々が関わっていたことに気づかれた場合に備えて、五十嵐とは口裏を合わせてあるだろう。二転三転する五十嵐が警察の取り調べに耐えられるかどうかは半信半疑なのだろう。

 そこで、五十嵐を信じているアピールをしたのだな。五十嵐は、警察相手にしどろもどろになっても、田中奈々の事は一切話さいない。田中太郎との離婚が成立したと、田中奈々は言ったが、どうせまだ口約束の範囲だ。有利な条件で離婚が決まるまでは、何が何でも五十嵐が粘ってくれるように祈っているだろうな。

 ちょっと、ビビらせてやるか。私の事を、面白い顔の探偵さんだなんて言った、仕返しではないぞ。

「一つはっきりしておきましょうか。『神のゲンコツ』を警察官から強奪したのは、もちろん五十嵐です。その警察官の手に渡る前に、私たちがマッサージチェアーの中で発見しましたが、隠したのは、もちろん五十嵐です。だけど、金庫から盗ったのは、五十嵐ではありません。まだ捜査中なので、詳しくは話せませんが、五十嵐でないのは自信があるというか確定しています」

「まだ捜査中? 仮に、仮にですけど、金庫から盗ったのが五十嵐でないとしましょうか。宅の田中太郎は訴えを取り下げると思いますよ。『神のゲンコツ』が戻ってきた今となっては、これ以上、事を荒立てたくないので。捜査は、もう必要ないと……」

「まあ、『神のゲンコツ』盗難事件の方は、いずれにせよ身内が……。あっ、いえ、そうですね。『神のゲンコツ』の方は立件はおろか誰をも咎めることはないでしょう。だけど、そんな身内のお遊戯会なんかとは比べ物にならない凶悪な事件が、まだ解決していないのです。そう、警察官襲撃事件と田中太郎殺人未遂事件です。ちなみに、私への傷害事件は、田中太郎が犯人ということは確定してます」

「えっ……」

 おっ。言葉が続かないようだな。さらにビビらせてやる。

「ああ、そうそう。田中太郎には、社会的制裁があるだろうし反省もしていると思うんです。なので、被害者の私は、情状酌量を提案されたなら、承諾する用意はできてますよ。私にしたらかすり傷だし、不起訴確実でしょうね。場合によっては世間からの同情が集まり、社長を辞任まではしなくてもいいかもしれないですね」

「そ、そうなんですの? あ、安心しましたわ。離婚するとはいえ、必要以上に惨めな思いをさせるのは後味が悪いので」

「そうですか。田中太郎が社長を辞任しないとなると、持ち株を売却する必要もないと思うんですけど。そうなると、財産分与も期待できないかもしれないですね。田中太郎が一財産を作ったのが、結婚前か結婚後にもよるのでしょうけど」

「えっ! あっ……いえ……私は別に……」

「愛しの五十嵐と一緒になれさえすれば、いいですよね?」

「そそそそうですわ。お金なんて……。あれば嬉しいですけど、なくても……。それに、いずれ息子の太郎丸が相続するので、太郎丸がかわいそうな母親に少し融通してくれるでしょう」

「それはどうでしょうね。田中太郎が遺産相続に関する遺言を作っているなら、必ずしも太郎丸が相続人にはならないですよ。あこぎな方法で蓄えた人って、案外、死後はどこかの慈善団体に全額寄付するんですよね。もしくは、自分の名を冠した環境保護団体を作って、未来永劫、地球を守ろうとするものです。運が良ければ、太郎丸君はそこの営業係長くらいには抜擢されるかもしれないですよ。かわいそうな母親に毎月3000円くらいは仕送りしてくれたら嬉しいですよね」

「そ、それは……」

「まあ、今のは架空の話ですし、他人様の財産分与に野次馬根性でとやかく言うのは、私の趣味の中では上位には来ません。それで話は戻りますが、五十嵐が警察官に重傷を負わせてまでして、『神のゲンコツ』を取り返した動機が気になるのです。この安楽椅子探偵ならぬ、ふかふかベッド束の間寝たきり名探偵としては」

「ふかふかベッド束の間寝たきり面白顔? まだ動くのは難しいんですの?」

 こ、こいつ。まだ私を侮辱するなんて。まさかとは思うが無意識で他人の悪口を言ってしまう病気なのだろうか。いや、ビビらせ足りないのかもしれない。

「体は動かないですけど、脳細胞は変わらず元気です。なので、もう少しだけ詳しく話しますね。五十嵐の動機とは、五十嵐個人の動機ではないと、私は踏んでいます。簡単に言うと、五十嵐は誰かにお願いもしくは命令されて犯行に及んだのです。そして、その誰か、いわゆる黒幕ですね、に私は目処がついています。こんなことを黒幕に聞かれたら、襲ってくるのかな。もしそうなったら、身動きできない今の私は、為す術もなくあの世へまっしぐらかもしれませんね、へへっ」

 これは早まったか。足がつくような分かりやすい凶器なんかを使って襲ってこないだろうけど、点滴に何かを入れられたなら、私は……。

 ナースコールで助けを呼ぼうか。いや、だめだ。私がいたずらで押したと決めつけて無視するだろう。もしくは、最悪、マリ先生が点滴に何らかの毒物を入れかねない。いやいや、さすがにそれはないな。せいぜい無視か、私の病室のナースコールのスイッチを切ってあるくらいだ。

 それにしても、まいったぞ。お願いだから、田中奈々よ、早まらないでおくれ。私に時間を。ああ、そうだ。対応策がここまで出ているんだ、なんて口に出すのもありかもな。ハッタリは得意だ。

 あー、閃いた。ハッタリというバックボーンを思い出したら、気持ちに余裕が出たようだな。ハッタリが本当に役に立つなんて……。

 ハッタリの重要性を説いている時間が惜しいので、私が閃いた名案を実行しないといけない。こういう特殊な病室には、きっと監視カメラがあるものだ。いつ何時容態が急変するか分からないからな。と、無理やりこじつけて、私は集中力を視力に全振りした。

 どこだ? 探せ、探せ。ああー、あったー。本当にあったぞー!

 感動している場合ではない。私は分かりやすく監視カメラを凝視した。口に出した方が早いだろなんて言わないでくれるかい。集中力を視力に全振りした影響で、喉が言葉を発する状態にまだないのだ。これは、私の歳になれば分かるだろう。

 歳の割に若い私の愚痴はいいとして、田中奈々よ、私の視線を追っておくれ。突然、目を逸らしたのだから、違和感が湧いただろ? 

 私の命がけの迫真の演技に、感覚的には日が暮れたかもと思ってやっと、田中奈々は気づいてくれた。なんて鈍感なやつなんだ。阿部君や明智君よりは……。話を逸らせている場合ではないな。阿部君明智君、邪魔しないでおくれ。

 田中奈々は、持っていたハンドバッグに突っ込んでいた右手を、ゆっくりと上げた。ま、まさか……。いや、何も持ってませんよとばかりに、私に見せつけ、冷たく微笑する。

 えっ! その思わせぶりな動きは……。ほほほ本当に何らかの毒物を点滴に入れようとしたのだろうか。私の取り越し苦労ではなかったというのか。ちょっとハードボイルドぽっく自分を追い込んで楽しんだだけだったのに。ハードボイルドの説明はしないぞ。知らないとかではないし、ハードボイルドって言葉の響きが気に入ってるとかではないからな。ほ、本当だぞ。

 とりあえず、ハードボイルド名探偵は一旦長期休暇を取って、平均以下の探偵を演じておくか。追い込むのは、少なくとも抵抗できる体力が戻ってからにしよう。

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