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初老新米大怪盗の終わりなき探偵事件簿with見習い怪盗の阿部君とゴールデンレトリバーの明智君  作者: バスバスキヨキヨ


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太郎丸の日記帳は解読できるのだろうか

 田中奈々が犯行を計画して太郎丸に何らかの指示をしていたなら、太郎丸は日記帳に記録していたはずだ。バカだから、言われた内容をすぐに忘れてしまうからな。そして、バカだから、後々証拠になるなんて考えない。さらに、バカだから、ちょっとおだてるだけで、素直に認めるぞ。母親の田中奈々が恐ろしくて、バカなりに言い逃れをしようとしても無駄だけどな。もっと恐ろしい、阿部君と明智君にかかれば……ヒヒヒ。

 実の息子が口を割れば、田中奈々といえども……。いえども、あんなバカ息子のことなんて、あっさり切り捨てるかも。罪が増えてしまうだけが理由で、殺してまでは口封じはしないだろうけど。手足となって動いてくれる五十嵐もいないし。泣きながら罪を認める太郎丸の前で、太郎丸の日記は創作だと堂々と言い張るくらいか。

 今なら、せいぜい殺人を企てただけの『なんとか罪』だけで済むのだ。こんな追い込まれた状況で新たに罪を犯すのはリスクしかない。実の息子をあっさり切り捨てる田中奈々の話を聞いて、五十嵐だっていつまでも口をつぐんでくれるか不安にもなるだろう。有利な条件の離婚を諦めるしかないが、刑務所に入るよりはマシだ。

 うん、時間をかければ、田中奈々は罪を認める。この太郎丸の日記帳次第だけどな。

 見たところ、包丁で刺され私の血がこびりついているが、読んで読めなくもないだろう。この前は一刻を争っていたからほんの2、3ページしか見ていないが、きっと何らかの決定的な情報が書いてあるに違いない。と大きな期待を込めて日記帳を開こうとすると……開かない。

 そら、そうだ。私の血がべっとりと付き、その後で乾いて固まっているのだ。無理に開こうとすると、日記帳はボロボロの粉々の幻になってしまう。

 これは……まいったと言いたいところだけど、最先端テクノロジーを駆使すれば見られるかもしれない。幸い、ここは病院だ。MRI検査とかレントゲンなんかを駆使すれば見られると思う。果たして協力してくれるだろうか。

 そうだ。別になんともないが、体のどこかが痛いと訴えたら調べてくれるかもしれない。その時に気づかれないように日記帳を持ち込めば、一緒に撮影される。それから結果を覗き見すれば……。

 何もそこまでしなくても、素直に話し必死にお願いすれば、嫌な顔を満面に表して協力はしてくれるだろう。ただ、それで万が一何も証拠になるようなことが書いてなかったなら、表情だけでなくはっきりと罵詈雑言を浴びせられる。正攻法で調べるのは最終手段だ。

 まずは、さり気なくMRI検査に……。いや、待てよ。何もそんな面倒なことをしなくても、太郎丸を脅せば内容を白状するかも。日記帳を読ませてもらったとハッタリをかまし、阿部君と明智君が今にも暴力に訴えかけるような雰囲気を醸し出しておけば、太郎丸は田中奈々が立てた計画をペラペラと……。

 うーん……。自分で書いたこととはいえ、バカな太郎丸が内容を覚えているだろうか。そもそも、太郎丸が本当に日記帳に書き記していたかも怪しい。もし何も書いてなかったら、田中奈々が主犯とする証拠が皆無だ。太郎丸を脅して証人に仕立てても、バカだから理路整然に証言できないし。

 やはり、きちんと日記帳を確認したうえで、方針を決めた方がいいかもしれないな。証拠となるような覚え書きがあれば言うことなしだ。だけど、なかったなら……。あっ、阿部君と明智君とトラゾウと小林とついでに少年探偵団が田中太郎の屋敷を捜索中だ。あいつらなら何か見つけてくれる……とは思えない。前提として、田中奈々が証拠になるような何かを残してる可能性が極めて低い。飽きっぽい阿部君明智君は論外。肝心の小林とトラゾウはクソガキどもの面倒を見るのでいっぱいいっぱいだ。

 よし、腹は決まった。私の迫真の演技でMRI検査室に直行だ。私は弱々しくナースコールを押した。うん? 弱々しく押す意味があったのだろうか? まあいいか。早めに準備するのは良いことだからな。さあ、来い、素直な看護師さん。

 …………。うーん、誰も来ないぞ。忙しいのだろうか。いや、それでも、この瀕死の名探偵が苦しんでいるんだ。他の入院患者は適当にあしらって……こんな事を言ったら私の好感度が下がってしまうな。あー、弱々しく押したから、ボタンを反応しなかったのか。

 よし、今度はしっかりと押すぞ。迫真の演技なんて、看護師さんが来てからで十分だからな。私は、阿部君と明智君を思い浮かべて、ボタンを押した。念のために、2回。

 ………………。なるほど。この瀕死の名探偵の大怪盗のブルジョアの……ブルジョアはブルジョア丸だけのものだな、とにかく私を待たせるなんて。怒り狂った私は、ナースコールのボタンを連打した。これは、私がバテるか、ボタンが壊れるか、看護師さんが来るかの、三つ巴の聖戦だ。

 私はバテなかった。ボタンを押してるだけだからな。

 ボタンも壊れなかった。そんな簡単に壊れていい代物ではないからな。

 看護師さんは来なかった。理由は分からない。知りたくもない。

 だけど、聖戦は終わった。マリ先生が入ってきたからだ。まあまあお怒りの顔で。

「なによー!」

「あ、あの、なんだか苦しくて痛くて……」

「なんでよー!」

「そ、それは……」

「私の執刀に文句でも?」

「あっ、いえ、その、MRI検査で……」

「バタンッ!」

 マリ先生は勢いよくドアを閉めて、どこかへ行ってしまった。勇気ある私でも、再度ナースコールを押すことはないだろう。太郎丸の日記帳の解読を素直に頼むのも、おそらくできないだろう。でも、悪いのは私なのだろうか。ただ、ナースコールを押しただけなのに。尋常じゃない押し方をしたし、どこも痛くも痒くもないのは確かだけど。

 私が本当に瀕死の状態だったなら……。と想像するのは、体に悪いだけだな。マリ先生は名医だから、一目私を見て急を要しないと判断したのかもしれないし。大好きな私のことは、なんでも見通しってやつだ。

 マリ先生の天邪鬼的な私への恋心を考えている時ではなかった。この日記帳の中身を確認する術がなくなったということは、太郎丸を追い込めない。ひいては、未遂に終わったとはいえ殺人事件を計画主導した『なんとか罪』で立件できなくなってしまった。

 一縷の望みが、素直になれないマリ先生のせいで消えてしまうのだろうか。少し間を置いて……いや、100年経っても、私にはナースコールを押せない。わ、私は恐くないんだぞ。ただ、マリ先生を殺人犯にしたくないだけだ。

 あー、阿部君と明智君が帰ってきたら、頼めばいいじゃないか。二人が頼めばマリ先生は素直に協力してくれるのだから。そうと決まれば、もう一眠りするか。あと数時間は誰も入ってこないだろうし。

「コンコン……。コンコン……」

 なんだ? キツネさんか? …………。私のナイスジョークで笑ってくれたかな? 名探偵の私は即座に病室のドアをノックしている音だっていうくらいは分かったが、少しおどけてみたい年頃だから、ついつい。ほ、本当だぞ。あっ、ノックしている人に応えないと。

 しかし、私の知り合いにノックをするような清楚な人がいただろうか? 気さくな警視長は、ノックとは無縁だ。がさつな警部補君は、ノックというものを知らない。他の私の知り合いは、田中奈々を主犯とする証拠の捜索を、絶賛体験中だ。あー、マリ先生だな。大ケガを負って死の淵を彷徨った私に対して、酷い態度をとってしまったことを謝りにきたのだ。大好きな私に嫌われたくないもんな。

「どうぞ」と、人間ができている素直な私は、ほんの少しだけいじけた感じで返事をした。そしてすぐに反省した。せっかく謝りに戻ってきてくれたのに、これで怒らせたら、阿部君と明智君が頼んでも太郎丸の日記帳を調べてくれなくなるかもしれない。マリ先生は、私のいじけた感じを、ただ単に腰の傷が痛むのだろうと察してくれたと期待しよう。とりあえず顔だけでも作ったところで、ドアは開かれた。ふうー、ギリギリセーフだ。

 さあ、マリ先生、謝っていいぞ。私は素直に許す準備はできている。ついでに、太郎丸の日記帳を調べてくれるようにたのんでみてもいいか。案外、その方が償いの気分が出て、マリ先生も喜ぶだろう。阿部君明智君、もう少し探偵ごっこをしていてもいいぞ。

 しかし、マリ先生は全然謝ろうとしないな。普段から謝り慣れていないというか、謝ったことがないから、なんて言ったらいいか分からないのだろうか。それとも、マリ先生ではないのだろうか。確認すれば済むことだな。

 腰の傷が痛いフリをするために顔を作っているので、私は目をつぶったままだったのだ。私はしかめっ面を維持しつつも、ゆっくりと目を開けた。

 ええー! な、なんと、そこには……。確信を持てない私は、全力で目を開けた。

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