小さな光でも暗闇でははっきりと見えるのだ
「あれ? なんか子どもたちの声がするじゃないか。トラゾウと遊びに来たんだな?」
「違いますよ、リーダーの看病です。毎日、今くらいの時間に来て、ここでずっとリーダーの回復を神様にお願いしていたんだから」
「そ、そうか……。じゃあ、神様が願いを叶えてくれた証拠を見せたいから、入ってもらいなさい」
クソガキどもめ……。病気が治って元気になったら、100倍にして返そうと思っていたのに。10倍で勘弁してやるか。とにかく早く病気を治すんだぞ。時間がかかって大人になってしまったら、投げ飛ばすのが困難だ。というより、本気を出しても私が負けるおそれがあるからな。
「小林、この子たちも外出できるなら、連れていってやってくれるかい? 探偵体験なんて、そうそうできるものではないから喜ぶぞ。トラゾウがいるから、容態が急変しても速やかに対応できるはずだ。阿部君と明智君も協力してくれる。なあ、阿部君明智君トラゾウ?」
「はいっ!」「ワンッ!」「ガオッ!」「ヤッター!」
「分かりました。じゃあ、たくさん乗れる車を取ってきますね」
「いや、普通のかっこいいパトカーでいい。この子たちは小さいから……」
「あー、そうですね。パトカーは特別だから、何人乗せても法律違反にはならなかったんだ。それに、本官は絶対に事故が起きないのはもちろん巻き込まれないように、『神のゲンコツ』にお願いしてあるし。いやいや忘れてましたよ。では、速やかにパトカーに乗ってくれるかい、名探偵諸君」
「りょーかいっ!」
みんながいなくなると、病室は静けさに包まれた。あまり静かだと、逆に、推理がはかどらない。という言い訳をしても何も解決しないか。望み薄だけど、田中太郎低の家宅捜索の結果を待ってみよう。それまで少し休ませてもらおうか。三日三晩寝たきりだったのに、久しぶりに話したからなのか、どっと疲れが……。
「意識が戻ったようね?」
せっかくもう一眠りしようと思っていたのに、じゃまをするバカヤローは誰なんだ? 寝たフリをしていれば、出ていってくれるだろうか。ものは試しだな。空気を読めよ、誰かさん。
「ちょっとー、返事くらいしなさいよー」
チッ。なんて横暴なやつなんだ。誰が返事してやるもんか。生きるか死ぬかを味わったかわいそうな私が少し休もうとしているのに、邪魔をするなんて、どうせろくなやつじゃない。無視無視っと。
と思ったら、近づいてくる足音がする。はあー、がさつなやつって……。まあ、ほんの少し前まで重体だった私が確実に寝てると分かったら、無神経世界チャンピオンでもそっと立ち去ってくれるだろう。私の寝たフリは、日本チャンピオンクラスだけど、瀕死だったのを考慮すると、ぎりぎり空気を読んでくれるのだ。
おっ、すぐ近くまで来たな、がさつ無神経バカヤローが。気配で分かるぞ。私は全神経を集中して、寝たフリをした。なのに、おでこをピシャリと叩かれた。こ、こいつー!
「おい、寝ているのが分からないのかっ!」と相手を確認する前に叫ぶのは、これからは控えよう。今は最高の言い訳を発動する時だ。無言で睨んでいるマリ先生に対して。悪いのは私なのかという疑問は無意味だ。
しかし、言葉が出てこない。三日三晩寝たきりだったからって、私の脳細胞が錆びついていたわけではない。死にかけ気味の私がどんな天才的な言い訳をしようが、私の暴言をマリ先生が気持ちよく許してくれるなんて、田中奈々が自首するよりも可能性が低い。という結論が出ただけだ。
このまま黙っていては、私はマリ先生に嫌われてしまう。ショックで三日三晩寝たきりになってしまうかもしれない。頑張れ、私。言い訳が無理なら、とりあえず謝るんだ。いや、それはそれで、誠意を感じないとか揚げ足を取られそうだな。被害妄想か。そうかもしれないが、誠意がないのは本当だし。だって、私は悪くないというのが、ずっと引っかかってるのだから。
よし、ここ何秒かの記憶がないことにしよう。死にかけた人には多々ある現象だろう。医師のマリ先生なら、そんな現象があるわけないと知っているのは、私は知っている。だけど、みんなが大好きな明智君の命を守った私の唯一の逃げ道を塞いでまでして、時間を無駄にはしたくないだろう。
「あっ、マリ先生……。私の手術を担当してくれたんですよね。ありがとうございます」
たった今、マリ先生が来た感じを、私は何の恥ずかしもなく演じた。幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた私には朝飯前だ。予想通りに、マリ先生はいちいち突っかかって来ない。基本的な舌打ちするを1回するだけで流してくれた。
「明智君を筆頭に、ひまわりもトラゾウも必死にお願いするから、しょうがなくよ。まあ、別に失敗しても、明智君とトラゾウを引き取れるから、それはそれで都合が良いと思ったし……。というのは、冗談だからね。いちいち院長に言わないでよ。言ったら……」
「言わないので、具体的にどうなるのか、マリ先生も言わないでください。何よりも、マリ先生のおかげで命を取り留めたようなので、本当にありがとうございます」
「医師として当然のことをしたまでよ。私の腕がすごいから助かったのは事実だけど。ただ、リーダーがぎりぎり死ななかったのは、これのおかげでもあるのよ」
マリ先生は薄っぺらいノートのようなものを見せてきた。刃物で刺したような穴が開いていて赤黒い汚れがびっしりだ。いや、赤黒いノートに水色の小さな汚れが付いているのかも。
「うん? なんとなく見覚えがあるような……。それと、私が助かったのに関係が? 手術の虎の巻か何かですか?」
「そんなもの私に必要ないわよ。辛うじて日記帳と読めるけど、リーダーのではないわよね? 日記を書くような顔じゃないもんね」
が、我慢だ。でも、これで、毎日日記を書いていたら、謝るどころか大笑いするんだろうな。小バカにされただけで済んだから、書いてなくて良かったと前向きになるか。しかし、なんとか一矢報いれないだろうか。よし、悲しそうな顔になってやる。さすがに少しくらいは反省してくれるに違いない。
私が何も言わず悲しげにしていると、珍しくマリ先生が私の表情に気づいてくれた。やったぞ。横柄なマリ先生が謝ってくれるかも。という期待は、速攻で裏切るのが、マリ先生だった。
「そんなに反省するくらいなら、最初から他人の日記帳を盗らないようにね。と言いたいところだけど、これがあったから、リーダーが相変わらずのバカ面で楽しそうに生きているのも事実だし。何があってそうなったのか分からないけど、これが盾となって包丁が刺さる深さも軽減したのよ。この日記帳の人に、謝るもよし感謝するのもよし、気づかれないように処分するのもよし。リーダーに任せるわ。こんな血だらけの日記帳を返されても困るだろうけど。返された人が怒り狂いリーダーに襲いかかって、私の仕事が増えてしまうのも嫌だからね」
「思い出した。太郎丸の日記帳だ」
「たろうまる?」
ついつい太郎丸の部屋から持ち出してしまったんだ。それから、確か、阿部君にも見せたな。捨てるのもあれだと思って、うちわでも差すように腰に挟んでいたんだった。
「マリ先生、褒めてあげますよ。光がみえました」
「ふんっ。とりあえず、渡したわよ。私は忙しいんだから、さっさと治して出ていってよね」と、マリ先生は出ていった。気持ち笑ってくれたのは……気のせいだな。




