31話 トップとトップ
『分析』や『様子見』といった言葉は、仙堂の辞書に存在しない。
「『戦闘』と書いて『仙堂』と読むぅ!!!」
訳の解らないことを叫びながら、いきなり飛び出した。
コイツが好むのは近距離戦。
虎を彷彿させるような気迫で、幹部2人に迫る。
「阿呆が」
井土が上着のポケットから撒き菱を取り出す。
それを地面にばら撒いた。
だが、そんなもんじゃ仙堂は止まらない。
「痛ててててェ!!!」
奴は撒き菱を踏みながら進む。
痛がっちゃいるが、口角が上がったままだ。
足を穴だらけにしながらも、仙堂は間合いに侵入した。
「2人抜きィイイイイイイイイ!!!」
ナイフが轟音を上げながら振り抜かれる。
「おっと」
「何という……」
雑賀と井土はバックステップ。皮一枚で外した。
だが、今のは食らえば真っ二つの剛剣。
2人に先程までの余裕は無い。
「近づけさせたくないねぇ」
そう呟くと、雑賀は一瞬でチャカを構えた。
そんでもって速射。
「うおっとぉ!!」
仙堂には見えていた。
弾丸をサイドステップで躱す。
だが井土はそれを待っていた。
仙堂が跳んだ先に手裏剣を投げる。
「間に合うぜェ」
仙堂は手裏剣をナイフで弾き飛ばした。
「反応速度も異常。だが……」
井土は懐から2枚目の手裏剣を取り出す。
視線の先に居るのは、満身創痍の椿野。
「貴様を狙わんとは言っておらん」
井土が椿野目掛けて手裏剣を投げやがった。
「くっ…!」
椿野は動けねェ。
眉間目掛けて四刃の塊が飛んでいく。
だが…。
「やると思ったァアアアアアア!!!」
仙堂は強靭な脚力で、手裏剣に追いついていた。
ナイフで軽々と弾く。
そしてそれは、井土の方へ返ってきた。
「むっ…!」
井土は顔をズラして外した。
「ゲホッ…仙堂の兄貴、すみません…!」
「椿野ちゃぁん!!俺が守ってやるから安心して休んでなァ!!」
2対1。しかも手負いの仲間を背負ってる。
あまりも不利な状況。
それでも仙堂の闘気は上がるばかりだ。
「悪者殺して女も助ける。今日で俺もスーパーヒーローだなァ……」
イカれた顔で、ガキのようなことを言ってやがるが…。
しかし、そんな仙堂と相対する2人は、より警戒を高めていた。
「投擲はもう通用せんか…」
「そうだねぇ。だけど銃弾までは受けられないだろう。椿野君を狙えば貼り付けられる」
雑賀が再び射撃の体勢に入る。
狙いは、やはり椿野。
だが仙堂が、またも予想外を生み出す。
「ちなみに俺も鉄砲あるぜェエエエエエエ!!!」
なんと仙堂がチャカを引き抜いた。
そんですかさず撃つ。
「なんと!」
雑賀が反射的に横へ跳ぶ。
弾丸は奴の脇腹を掠った。
「いつもより多めに撃っとくぜェエエエエエエ!!!」
仙堂は狂ったように撃ちまくる。
井土が弾丸の雨から逃れるように、近くの電柱へと身を隠した。
「射撃…。女を隠すためか。仙堂春幸…あのなりで思考が回るようだ」
井土は電柱の陰で、仙堂を分析する。
少し待っていると、射撃が止んだ。
電柱から顔を出す井土。
次の瞬間、その表情に焦燥が浮かぶ。
「よぉ!!」
もう既に、仙堂がそこに居た。
コイツは撃ちまくった直後、驚異的な脚力で接近していたんだ。
「くっ!」
井土が瞬時に電柱から離れる。
だが仙堂も、追尾するように跳ぶ。
「逃げらんねェぞ忍者ァアアアアアアアアアア!!!」
仙堂が豪快にナイフを振り上げる。
(躱せん!防御!)
井土は忍者刀を両手で構えた。
次の瞬間、ナイフが刀にぶち当たる。
耳を劈く程の衝突音が、辺りに木霊した。
(なんだ…これは……!抑えられん!)
ナイフを受けるのは初めてだ。
キック程ではないと思っていたものの、あまりのパワーに井土は驚愕する。
忍者刀が簡単に押し返されていく。
井土の意識は、完全にナイフへ向いていた。
しかし奴にとって、それが命取りとなる。
「蹴りとナイフだけだと思うなよ」
仙堂の左拳が、顔面へと向かう。
井土が気づいた時には、拳は右頬に埋まっていた。
「おっしゃァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
渾身の左フックが、井土の顔面を捉えた。
「オブォア!!!」
意識外にあった分、効いた。
受け流す暇もなく、井土は殴り飛ばされる。
奴はアスファルトを滑るようにして転がった。
「私を忘れていないか?」
井土を殴り飛ばした直後、雑賀が左サイドを取る。
奴はこの瞬間を狙ってやがった。
心臓を狙った刺突が繰り出される。
だが…。
「忘れるわけねェだろう!!」
こうなることを、仙堂は読んでいた。
咄嗟に左腕を入れる。
その結果、ナイフは左腕に刺さって止まった。
雑賀はナイフを引き抜こうとしたが、抜けない。
仙堂は腕の筋肉を固めてやがった。
「むぅ…!」
雑賀はナイフを諦め、後ろへ跳ぶ。
しかし、その時には既に右足が跳ね上がっていた。
「肉を切らせて骨を断ぁあああああああつ!!!!」
仙堂の蹴りが、雑賀の鳩尾に突き刺さった。
「ぐほっ!!!」
雑賀の口から血が噴き出る。
直前に跳んだ分衝撃は柔らいだものの、肋骨を砕いていた。
雑賀はアスファルトに手を付きながらも、なんとか立ってやがる。
「ゲホッ…フフッ。仙堂春幸…良い。結城組の最高戦力と云われるだけあるねぇ…」
「あぁ。全く、化け物じみている」
井土も立ち上がってきていた。
ふらつきながらも、雑賀の隣に着く。
「危険な男だ。何を起こすか解らん。まさにリスクの塊と言えよう」
そう言って井土が、懐から煙玉を取り出す。
「雑賀。ここは退くぞ」
「それが良さそうだ」
そして、井土が煙玉を地面に叩きつけた。
白煙が2人の姿を覆い隠す。
「逃げんのかァ!!待てェエエエエエエ!!!」
仙堂は躊躇なく煙の中に突っ込んだ。
視界が悪い中、デタラメにナイフを振り回す。
だが、どれも空を切るのみだ。
仙堂が暴れたこともあり、煙はあっという間に晴れた。
だが、そこに雑賀と井土の姿は無かった。
「チッ!逃げ足の速ェ!」
仙堂は不機嫌そうにナイフを仕舞う。
それから椿野の元へ駆け寄った。
「椿野ちゃぁん!大丈夫かァ!?」
「仙堂の兄貴…すみません…。ちょっと、死にそうっス……」
「おっしゃァ!!爆速で運んだらァアアアアアア!!!」
仙堂は椿野を担ぐと、シマウマのような速さで闇医者に向かった。
そして燃え盛る事務所でも、生きるか死ぬかの戦いが続いていた。
「結城ィ!!この俺の踏み台になれェ!!!」
赤間の横薙ぎを、俺は躱す。
爆傷を負ってきついってのもあるが、速ェな。
余裕持って避けられねェ。
“刃裟羅”幹部の席まで上がってきただけあるわぁ。
「テメェを殺してぇ、俺は裏社会のトップへジャンプアップだぁ!!!」
「調子乗んなよガキィ…」
俺を殺せると思ってのか。随分ナメられたもんだなぁ。
ナイフを捌きつつ、俺は奴自身を凝視する。
そうしてたら…。
ほら、空いたぜ。腹が。
「隙ありだ」
俺は空いた腹に右足をねじ込んだ。
「ぐふぉあ!!!」
もろに入った。
赤間は簡単に吹き飛び、瓦礫の山に突き刺さる。
だが、奴を引き剥がしたなら…。
「隙ありだよ」
“刃裟羅”トップの神木が、攻撃終わりを狙ってくる。
奴は右サイドから、首を刈りにきた。
まぁそれくらい、頭に入ってるよ。
「おっしゃァアアアアアア!!!」
俺はドスでナイフを受ける。
だが神木の野郎は、次の攻撃に移っていた。
「じゃあこうしちゃおうか」
神木のナイフが、俺のドスを滑る。
そして刃が、俺の中指に食い込んだ。
「チィ!!」
俺は奴から咄嗟に距離を取る。
右手中指が動かねェ。骨を断たれたか。
「あそこから指切りに繋げるか。器用じゃねェか」
「フフッ。褒めてくれるなんて意外だなぁ。器広いねぇ。組長さんだから?」
神木のクソは小馬鹿にするように語る。
こっちはズタボロで相手してんのに、奴らはほぼ無傷。
しかも2対1か。神さん、俺が何したよ。
まぁ神頼みしたって状況は変わらねェ。
逆境をひっくり返すために必要なのは、いつだって己の力だ。
ふと俺は、組員達を見る。
ギリギリ粘っちゃいるが、全員きつそうだ。
中でも諸藤が相手してるのは、“刃裟羅”No.3 牧浦遊真。
初手で一本背負いが決まって以降、一方的に斬られている。
諸藤は重量級。
ウサギのように飛び回る牧浦を捉えきれない。
しかも奴は諸藤と同時に、苗木まであしらってやがる。
諸藤の耐久力は組内で随一だが、流石に長くは保たねェだろう。
こうなりゃ俺が何とかしねェとな。
「神木ィ!!クライマックスといこうやァ!!!」
「時短だね」
トップ対決ってのも面白い。絶対負けられねェ。
俺と神木は真正面から斬り合う。
奴のナイフは多彩、且つ目標がはっきりしてやがる。
全ての攻撃に意味がある。
「ここ斬るね」
神木のナイフが胸を削る。
きついが、まだギリ対応できるぜ。
「パイン飴になれよ」
神木の顔面目掛けて、突きを繰り出す。
けどコイツは反応しやがる。
左頬を掠るだけに留めやがった。
「その怪我でよくやるねぇ」
神木も猛者。頬が切れた程度じゃビビらねェ。
火に囲まれたステージで、俺達はただ斬り合い続ける。
だが時間を掛け過ぎたなら…。
「結城ィ!!絶対殺す!!!」
赤間が戻ってくる。
神木の隣から襲い掛かってきた。
まぁこうなることくらい、想定済みなんだけどな。
「仲良く死んどけよ」
斬り合いの最中、俺は後方へ跳ぶ。
もう左手にチャカを持ってる。
俺は跳びながら撃った。
一瞬で2発。
「わぁ」
神木は涼しい顔で躱しやがる。
だが…。
「あがっ!!」
赤間は外しきれねェ。
右肩を貫通した。
「うっ…!クソがァ!!」
赤間の右手から、ナイフが滑り落ちる。
今ので奴の右腕は死んだ。
「そんじゃあ、こういうのやってみるか」
俺は次の手に移る。
近くに落ちていた木材を拾い上げた。
2メートル以上はあるか。
おまけに、向こう端に火も着いてる。
「オラよっとォ!!!」
俺は燃える木材でフルスイング。
「思ったより力あるんだぁ」
神木はそれをしゃがんで躱す。
「うぉおおおお!!?」
赤間は想定外だったんだろう。
とはいえ、すっ転んだことで難を逃れた。
だが、タダじゃ終わらせねェ。
「フライアウェエエエエエエエエエイ!!!」
俺は回転しながら、明後日の方向へ木材を投げる。
その先に居たのは、牧浦だった。
「えっ!?ちょっ!?」
急な横槍だったが、牧浦は反射的に避ける。
だが体勢が悪い。
「ここだァ!!」
苗木が牧浦を斬りに掛かる。
「やっばぁ!!?」
牧浦は全力で転がり、難を逃れていた。
苗木のドスは、惜しくも空を切る。
牧浦が立ち上がり、体勢を整える。
そんな奴に、デカい影が覆い被さった。
「うぇ?」
牧浦が顔を上げる。
奴が逃れた先に居たのは、諸藤だった。
「けしんどけぇ!!」
得物である手斧を振り下ろす。
だが牧浦の反射神経は並じゃねェ。
「ヤバぁぁぁあい!!!」
ヤバいとか言いながらも、牧浦は紙一重で避ける。
とはいえ、またしても余裕がない。
しかも牧浦を追尾するように、諸藤の左掌が伸びた。
「吹っ飛べぃ!!」
それはシンプルな張り手。
だが諸藤がやったなら、威力は大砲並みだ。
「うぐぇ_____!!!」
張り手が牧浦の横腹を捉える。
牧浦はあまりにも軽々しく飛んでいき、壁に突き刺さった。
「誰かの心配してる場合?」
まぁ仲間を見てりゃあそうなるわな。
神木がぬるっと躍り出た。
俺もドスで迎え撃つ。
そんでまた斬り合いだ。互いの刃がぶつかり合う。
けどなぁ、今度ばかりは長く付き合う気はないぜ。
「シッ!」
「?」
神木の視界から、俺が消える。
俺は神木の足下まで、深く沈み込んでいた。
「足寄越せ」
「わお!」
繰り出したのは足切り。
神木はバックステップで躱しやがった。
まぁコイツなら、今のは外せるだろう。
「じゃあこれはどうだい」
次にチャカで早撃ち。
それにも神木は反応する。
だが完全には外しきれない。二の腕を掠った。
今ので俺達の間に距離が生まれる。
そこへ…。
「結城ィ…。俺を無視してんじゃねェぞォ!!」
赤間が間に入ってきた。
右腕が死んでるが、奴にはまだ左手がある。
「化石極道の長がァ!!黙って眠りやがれェ!!」
そう叫ぶ赤間は、ナイフをぶん投げてきた。
「そう来るか!」
武器を捨てるのは意外だったが、挙動で読めたぜ。
最低限の動きでそれを外す。
すると武器を持たねェ赤間が、突っ込んできていた。
左手には何もねェ。
このレベルの男が、ただ殴り掛かるだけか?
まぁ何にせよ、俺がやることは変わらねェ。
「使えるモンは全部使うぜ」
足下に散らばってるのは、小石や木片、瓦礫の粉。
俺はそれらを蹴り上げた。
「うぶっ!?」
砂塵が赤間の視界を潰す。
何も見えねェだろうが、もう引くに引けないんだろう。
奴は前へ進む。
「うぉおおおおおおお!!!」
叫ぶ赤間の靴の先から、刃物が飛び出す。
仕込み刃か…。
赤間の足が跳ね上がる。
「結城ィ!!獲ったァ!!!」
気管を穿つハイキック。
それが奴の最終手段だった。
けどなぁ…。
「ヤマカンの蹴りじゃ俺は獲れねェよ」
俺はもう赤間の隣に飛び込んでいた。
この瞬間を待っていた。
ハナから狙いはコイツだったんだよ。
「クソガキィ!!!地獄で針山でも踏んどけやァ!!!」
俺は赤間の胸に、ドスを突き立てた。
「ガバァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
断末魔の悲鳴が、事務所内に響き渡る。
ドスは心臓を貫いていた。
赤間は血を吐き散らしながら、事切れた。
幹部を1人潰した。
これでようやくタイマンと言える。
「神木ィ。あとはテメェだなァ」
「……フフッ。流石は結城組長。トップはそうでなくちゃ」
何がおかしいんだよ。
仲間を殺されてんのに、神木はまるで気にも留めてねェ。
「今まで戦ってきたボスの中で、一番かも」
「ゲームじゃねェんだぞ」
「難易度が高いクエストほど燃える。クリアし甲斐がある」
神木は薄ら笑いを浮かべながら、近づいてくる。
コイツにとって俺は、俺達はゲームの敵キャラってことか。
どこまでもナメてやがる。
奴の心臓も抉ってやろうと決めたその時…。
「高虎ァアアアアアア!!!」
聞き慣れた声が響き渡った。
事務所の外から、1組の男女が飛び込んでくる。
それはうちの若頭 塚原官九郎。
そして女アサシン 黒宮操だ。
この2人は友好組織との会合に出ていたが、事務所と連絡が付かず、フルスピードで戻ってきたんだ。
塚原の目が、神木を捉える。
「誰とも連絡が付かぬと思えば、貴様らかァ!!」
塚原の顔が怒り一色に染まる。
刀の柄に手を添え、いきなり踏み込んだ。
この人は一流の剣豪。
一瞬で神木の懐を侵略する。
「2つに分かれるが良い!!」
繰り出したのは、全身全霊の居合い。
高速の剣が神木へ迫る。
「うおっと!」
それでも神木は、苦笑しつつも反応する。
完全に外しきれず、胸を浅く斬られていた。
だが奴を狙うのは、塚原だけじゃない。
「死んで?今すぐ」
能面のような顔の黒宮が、速射を放つ。
「凄いね」
弾丸は神木の額を切り裂いた。
今の2人の波状攻撃。普通ならもう死んでる。
にも関わらず、神木は最低限の傷で生き残りやがった。
「…今日はここまでかな」
俺や諸藤に加え、塚原と黒宮。
うちに援軍が来たことで、神木はそう判断した。
「牧浦君、帰るよ」
「痛ぁ…。覚えてなよ豚さん!今度絶対殺すから!」
神木と牧浦、それから手下達は、燃える事務所から走り去っていった。
「待てコラ!……ぐぅ!」
俺は奴らを追いかけようとしたが、その場に膝を着く。
流石に、無理し過ぎたか。
「高虎!無理するでない!まずは闇医者じゃ!」
塚原が俺に肩を貸す。
この時俺の目に映ったのは、燃える事務所内で倒れる組員達だった。
諸藤も膝を着いていて、苗木と黒宮が介抱している。
その苗木も、もうボロボロだ。
(…あぁそうか。俺はコイツらを守れなかったのか)
急な無力感に、俺は襲われる。
こうして“刃裟羅”による結城組事務所襲撃は、死傷者多数の被害を出し、幕を閉じた。




