29話 喝
燃え盛るうちの事務所に、“刃裟羅”トップ 神木蓮が現れやがった。
この状況とは対照的に、やけに爽やかな笑みを浮かべてやがる。
敵対組織の本丸にカチコむ顔じゃねェ。
「神木ィ、こりゃテメェの仕業か?」
「そっ。大きいトラックで、ド派手にやらせてもらったよ」
数分前、奴の手下が大型トラックに乗って、門をぶち破った。
見張りの奴らを巻き込みながら、トラックは事務所のドアに突っ込む。
それだけでも相当な被害だが、トラックには爆弾が詰め込まれてやがった。
うちの組員が十分に集まったところで、手下は運転席で起爆ボタンを押す。
そして全てを吹き飛ばしたんだ。
「部下を自爆させやがったか」
「別に無理強いしてないよ。たださぁ、お薬あげるって言ったら、喜んで引き受けてくれたんだよね。おかげで奇襲大成功」
淡々と言いやがって…。
判断能力が鈍ってる奴にやらせるか。この下衆が。
その時、神木の後ろからぞろぞろと人影が入ってくる。
全員“刃裟羅”の構成員。
その中に、厄介な奴らが紛れ込んでやがった。
「結城組さんハロ〜〜〜!“刃裟羅”の皆で遊びに来ちゃったよ〜〜〜!」
「いきなり王手じゃねェ?熱すぎんだろ!」
“刃裟羅”No.3の牧浦遊真。
そして最近幹部に昇格した赤間俊輔。
どちらも厄介な相手だ。
この体で、幹部クラスを3人か。こりゃキツイなぁ。
「牧浦ァ……!!」
俺の隣で、苗木が低い声を出した。
コイツは牧浦に親友を殺されている。
仇が目の前にいるんだ。当然前のめりになっちまう。
苗木は鬼の形相で、牧浦に襲い掛かろうとした。
俺は苗木を抑えに掛かる。
「苗木!」
「ッ…!!長……!!」
なんで止めるんだ…とでも言いたげな顔だ。
苗木は怒りに呑まれてる。
こんな状態で猛者とやり合ったら、速攻で殺されちまうだろう。
そんな俺達のやりとりは、当然牧浦の目にも入っちまう。
「あれれ〜〜?きみって確かぁ、あの夜僕が捕まえた子だよね〜〜?」
「ッ!!!」
軽い調子で話す牧浦に対し、苗木の体に力が入る。
「結城組に入ってたんだ〜〜?センスな〜〜い。ていうかきみ、名前なんだっけ〜〜??あの弱そうなお友達と一緒に忘れちゃった〜〜〜!」
「テメェ!!!」
苗木が怒鳴り、牧浦に飛び掛かろうとする。
俺は苗木の前に立ち塞がった。
「苗木!!行くんじゃねェ!!」
「止めんでください長!!俺はあいつを____!!!」
「明らかに挑発だろうが!!!乗せられてんじゃねェ!!!」
俺が苗木を止めている間、後ろから牧浦の笑い声が聞こえてきた。
呑気に笑いやがって。テメェが撒いた種だろうが。
苗木程じゃないが、殺意が湧いてくる。
「おぉい!これやってよしってことだよなァ!!」
そう叫んだ赤間が、ナイフを抜いていきなり飛び出してきやがった。
下部組織から幹部まで昇ってきただけある。やたら速ぇ。
「苗木すまん」
「うおっ!」
苗木を力強く突き飛ばす。
そして俺自身も体をズラした
その結果、赤間の突きが空を切る。
「化石極道が!いい動きすんじゃねェか!」
「調子乗んなよガキが」
こっちも瞬時にドスを抜く。
赤間が続けてナイフで横薙ぎ。
俺はそれをドスで受けた。
「オラァ!!」
赤間が顔面目掛けて、素早く左の拳を突き出してくる。
俺はそれを額で受けた。
「くっ…!」
額で受けられると思ったが、焼けるような痛みが走る。
コイツ、何か仕込みやがったな。
額から血が流れ出てきた。
赤間がニヤリと笑う。
「技巧派な」
俺はそう呟きつつ、空いた左手でチャカを抜く。
そこから早撃ちだ。
「あぶっ!!」
赤間はギリギリで反応しやがった。
弾丸は奴の右頬を切り裂く。
そのままボロボロになった床を転がり、距離を取った。
奴の左手の中指に指輪がはまっていて、そこから小型の刃物が出ていた。
「小賢しい真似しやがって。他にも何か隠し持ってんじゃねェか?」
「さぁ?どうだろうなぁ」
赤間は余裕ぶっちゃいるが、その表情から焦りが見える。
ズタボロな体だが、根性出しゃァやっていけるか。
俺は1歩踏み出す。
…その時だった。
「カッコいいねぇ組長さん」
背後から、身が凍るような声がした。
いつの間にか神木が、後ろに回ってやがった。
「頑張り過ぎ。休みなよ」
神木のナイフが唸りを上げる。
けどなぁ、もう解ってんだよ。お前らが背後取るの好きなことはなぁ。
「オラァ!!」
俺は命懸けで前に転がる。
とはいえ完全に躱しきれなかった。火傷した背中を浅く斬られる。
だが、後ろばかり気にしてられねェ。
「チャ〜〜〜ンス!!」
前には赤間が居る。
ナイフが振り下ろされた。
「今日は忙しいなァ!!!」
俺は屈んだ状態から、ドスで受けた。
赤間はそれだけじゃ終わらせない。
奴の靴の先から、刃が飛び出した。
その足が跳ね上がる。
「おっと!!」
俺は左手で足首を掴んで止めた。
もうちょい遅けりゃ顎から串刺しだったな。
神木も居る。のんびりしてられねェ。
俺は掴んだ足を掴み上げ、放り投げた。
「うえっ!?」
護身術の1つだ。
赤間が仰向けにすっ転ぶ。
「じゃあな」
奴が気づいた時には、俺は既に立ち上がっていた。
立ち位置逆転。
「チャンスだぜ」
ぶっ潰す勢いで、ドスを振り降ろす。
「うぉおおおおおおお_____!!!」
赤間はナイフで両手で構える。
そして俺のドスを、命懸けでガードした。
両腕がガクガク震えてやがる。
今の俺相手に、情けねェ奴だ。
このまま潰しちまいたいところだが、コイツだけに気を遣ってられねェ。
「来てんだろ?」
赤間転がした時にチャカは拾ってんだよ。
俺は後ろに発砲する。
「おぉ〜」
神木は意外そうな顔をしながら、外しやがった。
当たり前のように躱しやがって…。
神木に意識が向いたところで、ドスへ掛ける力が抜けた。
「脱出ゥウウウウーーー!!」
赤間がドスを押し切り、転がって脱出しやがった。
神木と赤間に挟まれるような構図になる。
2対1か。
まぁ俺もこの世界に入って長い。
卑怯とは言わねェよ。
「うちに直接とカチコミとはなぁ。神木ィ、いよいよ死にたくなったか?」
「堂々と事務所構えてる方が悪くない?爆破してくれって言ってるようなものだよ。ていうか、死にそうなのはそっちじゃない?」
腹立つがコイツの言うとおりだな。
爆破でズタボロの俺に対し、神木と赤間は無傷。
こりゃ骨が折れそうだ。
そして、他の奴等も戦いを始めていた。
とはいえ、うちの組員達は全員爆破で負傷中。
対して“刃裟羅”の半グレ共が無傷。
到底勝負になる筈もねェ。次々とやられていく。
「はいザ〜〜〜コ!!」
牧浦が笑いながら、タクティカルナイフでうちの組員の腹をぶっ刺す。
そいつは呻き声を上げ、力なく沈んだ。
「牧浦ァアアアアアアアアアア!!」
その時、苗木が飛び出していた。
牧浦目掛けてドスを振り降ろす。
「おっと」
だが牧浦は、軽々と躱しやがった。
苗木はそれでも諦めず、ドスを振り続ける。
「義成を殺されたあの夜から!!そして結城組に受け入れられたあの日から!!俺はァ!!お前を殺すことだけ考えてた!!」
血を撒き散らしながら、恨みを吐きながら、苗木はドスを振り回す。
しかし無情にも、牧浦を捕らえるに至らない。
「そんなに僕を殺したいんだ〜。でもそんなへなちょこな動きじゃ〜〜、無理だねっ!」
牧浦が躱し際、苗木の足を蹴った。
「うぐっ!」
苗木はバランスを崩し、勢いよく転んだ。
「じゃね〜。お友達と仲良く遊んでね〜〜」
その背中に、牧浦がナイフを突き立てようとする。
だが俺にはそれが見えてる。
「やらせるかよ」
ここで俺は発砲。
「危なぁ!!」
牧浦は間一髪、弾丸を避けた。
コイツも反応が良い。
「忙しいねぇ組長さん」
明らかな隙。それを神木は見逃さない。
もう俺の目の前に居た。
けどそんなもん折り込み済みだ。
「今楽にしてあげるよ」
神木のナイフが走る。
「オラァ!!」
俺はそれをドスで止めた。
止めながら、別方向にチャカを連射する。
狙いは赤間、それから“刃裟羅”の構成員共だ。
「正確過ぎんだろ!!」
赤間は避けた。
だが雑魚共は正確に撃ち抜いた。
「凄いねぇ。僕だけじゃなく、周りも見えてるんだ。でも頑張り過ぎじゃない?」
「るっせェなぁ。下の奴らを守るのがトップの役目なんだよ。テメェにゃ一生解らねェだろうがなァ!!」
火事場のクソ力だ。
神木のナイフを弾き返す。
「力強いねぇ」
神木はバックステップで距離を取る。
ここで俺は、息を整えた。
下の奴らを守るのがトップの役目。
そうは言ったが、いつまでもお守りする気はねェぞ。
うちは地獄の鬼も震える超武闘派、結城組だからな。
「テメェらァアアアアア!!!気合い入れやがれェエエエエエエ!!!」
俺はその場で、組員達に喝を入れた。
テメェら全員うちの門をくぐったんだ。
死ぬにしたって、無様に逝くのは許さねェぞ。
「うっ、おおおおおお!!!」
「俺達もやるぞ!!」
「長だけに戦わせるな!!」
組員達も雄叫びを上げる。
そしてボロボロながらも、少しずつ押し返し始めた。
「うわぁ〜。根性論ってやつ?僕そういうのきら〜〜い」
牧浦が苦虫を噛み潰したような顔で、舌を出す。
そしてその前に、再び苗木が立った。
「牧浦…テメェだけはぁ……!」
「まだやるの?きみも懲りないねぇ。まぁいいや。どうせ僕の勝ちだし!」
牧浦がヘラリと笑いながら、苗木にナイフを向ける。
2人が激突しようとした時だった。
「う”っ……うぅううううう!!!」
苗木と牧浦の間にある瓦礫から、唸り声が漏れ出てきた。
「えっ…?」
「なに〜〜?」
2人はそっちに注目する。
瓦礫の山が音を立てて、盛り上がっていく。
そして雄叫びと共に、その下に潰されていた奴が姿を現した。
「あぁあああああああああああああああ!!!!」
「もっ…諸藤の兄貴っ!?」
苗木が息を呑む。
瓦礫の下から現れたのは、うちの超武闘派 諸藤金右衛門。
コイツは爆発後、瓦礫に潰されてたんだ。
「ハァ……ハァ……。遅うなってすまんな。長んおかげで目ェ覚めた」
そう語る諸藤だが、コイツも全身血塗れだ。
瓦礫の下敷きになってたんだ。ダメージがデカい筈だ。
「な〜〜んだ!ただの死に損ないじゃん!」
牧浦は諸藤を見て、ケタケタと笑う。
そして奴は、素早く懐に入った。
「ッ!!」
「アデュ〜〜!豚さん!」
そう言い残すと、牧浦は諸藤の腹にナイフを突き立てた。
「うぶっ!!」
諸藤の顔に、苦悶の表情が浮かぶ。
「諸藤の兄貴!!!」
苗木が叫ぶ。
普通だったら、今のは致命の一撃だ。
だが、牧浦は違和感を覚えていた。
(えっ?なに?上手く刺さんないんだけど)
諸藤の肉は、脂肪で分厚い。
簡単に奥まで刺さらねェんだよ。
ナイフをさらにねじ込もうとすると、諸藤が牧浦の右腕を両手で掴んだ。
「うえっ!?」
その途端、牧浦の視界がブレる。
「わいんネフは、かりんじゃぁああああああ!!!」
それは相撲の決まり手の1つ。
諸藤は一本背負いで、牧浦を投げた。
「あぎゃっ!!!」
牧浦は床に激しく叩きつけられる。
続けて、諸藤が足を上げる。
それは牧浦の顔面目掛けて落とされた。
「危なぁ!!!」
牧浦は転がって回避した。
その結果、諸藤の足が床へめり込んだ。
「……豚さん、ヤバすぎでしょ」
牧浦は床に跳ね起きて、そう言った。
一本背負いが効いたのか、さっきまでのニヤケ面は無い。
「まぁいいや。3枚に卸しちゃいま〜〜す」
牧浦が予備のナイフを抜いて、そう宣言した。
コイツ、笑ってない。
ここから本番ってことか。
「どっからでも来え。潰してやっど」
猪のような目と威圧感で、諸藤も言い放つ。
この時苗木からは、諸藤の背中がいつもより大きく見えていた。
一方で人気のない道を、椿野は走っていた。
コイツが捜してるのは、舎弟の平坂。
シノギの途中、何者かに追われていると連絡が入った。
逸る気持ちで、周囲を見渡す。
すると前方の電柱に、平坂が寄りかかっていた。
「平坂!」
椿野はすぐさま平坂の元へ駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「つっ…椿野の…姉貴……」
平坂の顔色は悪かった。
それに、息も上がっている。
そして平坂の右太腿から、血が流れ出ていた。
(撃たれたか。殺しが目的なら、平坂は既に殺されてる。まさか…!)
ここで椿野の、野生の勘が働いた。
「伏せろ!」
「おわぁあ!!」
平坂の頭を無理やり抑え込む。
すると2人の頭上を、銃弾が通過した。
「やっぱりな。出てこいよ」
椿野は前方の曲がり角を見据え、そう言った。
すると角から、ピエロのような風貌の男が出てくる。
「ほう。ただのレディじゃないようだねぇ」
現れたのは、“刃裟羅”幹部 雑賀譲二。
平坂を追い回していたのはコイツだった。
椿野は平坂を隠すように、前に出る。
「目的は俺か?」
「別にきみじゃなくても。主力級を穫れるならそれでよかったのさ」
雑賀はゆったりと語りつつ、山鎌を取り出した。
青く塗られた口元が釣り上がる。
「椿野燈子。今日はきみの首をコレクションに加えるとしよう」
コイツはシリアルキラー。
人の首を刈り取り、コレクションにする殺人鬼だ。
「綺麗な顔のまま刈ってあげよう。安心するといい」
「そうかい。粉々にならねェよう気をつけな」
そう言って、椿野が構える。
だが奴にとってこれは、過酷な戦いとなる。




