28話 祭り
牛尾組の敷地内は、地獄の様相と化していた。
地面に転がるのは、複数の組員の骸。
その凄惨な現場で、向かい合う2つの影があった。
「牛尾組に手ェ出したら自動的に俺らが来んねん。知らん方が悪いどぉ」
蓼丸が相棒のククリナイフを向けて言い放つ。
グラサン越しに、肉食獣のような眼光が浮かんでいた。
対するは、“刃裟羅”幹部 姉崎秀治郎。
「ウッヘヘヘァ〜〜。ウソつきは〜、地獄へ〜〜浄土ぉ〜〜〜」
訳の解らないことを言っちゃいるが、実力は“刃裟羅”の中じゃナンバー2。
コイツは薬をキメてる影響で、痛覚が飛んでやがる。
蓼丸に1発斬られてるにも関わらず、動きが鈍らない。
「夏目ぇ、とりあえず組に連絡せぇ」
「はい!」
夏目は言われた通り、スマホを取り出す。
蓼丸もダブルナイフで胸を切り裂かれている。
その傷は決して浅くはない。
「まぁ、ボチボチ行こか」
蓼丸が用心深く、相手を見据える。
先に動いたのは、姉崎だった。
「ウソツキは舌800本抜きキキキ〜〜〜!!!」
ダブルナイフを振り回し、奇声を発しながら飛び出した。
「誰が妖怪や」
ツッコミを入れつつも、蓼丸は冷静だった。
ポケットから、複数のパチンコ玉を取り出す。
「アホはひっくり返ったらええねん」
蓼丸は地面に全部ばら撒いた。
姉崎目掛けて、大量のパチンコ玉が転がっていく。
「あへれっ!?」
奴はそれを踏み、見事にすっ転んだ。
それを見た蓼丸が、素早くチャカを抜く。
「出血大サービスや」
そして一瞬で照準を合わせ、乱射した。
「ビョハハハハハハハ」
姉崎は狂ったように笑いながら、体をメチャクチャに動かす。
まるで駄々を捏ねて暴れる子供のように。
何発か掠めたものの、致命傷は免れていた。
さらに姉崎は、パチンコ玉の海から脱出する。
そんな奴は、地に伏している牛尾組組員の亡骸に目をつけた。
「剣には盾ぇ〜〜〜!!」
蓼丸が構えてるのはチャカなんだが…。
それよりコイツは、その組員の亡骸を持ち上げる。
そして、盾にしやがったんだ。
「おどれェ…!!」
蓼丸の額に青筋が浮かぶ。
友好組織の遺体だ。撃てるわけねェ。
「そぉ〜うれぇ!死体シュゥゥゥト!!」
姉崎が嬉々としながら、亡骸を蹴り飛ばす。
「チィッ!!」
蓼丸はそれを受け止めるしかなかった。
鉄火場でその行動は、完全なる隙。
既に姉崎が迫ってきていた。
(もう仏や。これ以上傷つけさせん!)
組員の亡骸を抱えた状態で、蓼丸が身を翻した。
ほぼ同時に、姉崎が刺突を放つ。
その切っ先は肩に食い込んだが、蓼丸はそのまま受け流した。
「もうちょい寝といてな」
蓼丸は回避したついでに、その組員を地面に寝かせる。
「ヒィハァ〜〜〜〜!!!」
姉崎が2つのナイフを振り降ろす。
蓼丸はそれを転がって躱した。
ナイフは地面にぶっ刺さる。
「もう許さへん」
蓼丸はククリナイフを持ち直し、跳び出す。
間合いを詰めて、横薙ぎ。
姉崎はそれをダブルナイフで受ける。
…と、同時。
「メリ〜〜クリスマ〜〜〜ス!!」
姉崎もまた、回転して受け流した。
2人の間に、一定の距離ができる。
「それを言うならメリーゴーランドやろ」
「ヒハハ!どっちも子供の夢ぇ〜〜〜」
軽口を叩きながら、両者はジリジリと距離を詰める。
そして一定の距離に入ったところで、再び斬り合いに入った。
蓼丸の斬撃も一級。
けどやはり、姉崎がそれを上回る。
血飛沫を上げるのは、蓼丸だけだ。
だが、コイツは無策で特攻する奴じゃない。
「フッ____!!」
蓼丸が口から含み針を吹く。
並なら目に刺さって失明。しかし姉崎は、超人的な反応でそれを外す。
「攻撃は上下に分ける」
蓼丸の足が跳ね上がる。
コイツはここまで想定済みだった。
「ヤクザキックや!」
“ドカッ!!”
「うぶえぇえええ!!!」
強烈な前蹴りが、姉崎のどてっ腹に突き刺さる。
奴は吹っ飛ばされ、地面を転がった。
だがコイツは、何事も無かったかのように立ち上がる。
「ヒャフフ…。良い蹴りィ持ってるねぇ。お客さぁ〜〜ん」
「フリでもいいから効いてくれや。自信無くすやん」
姉崎の打たれ強さに、蓼丸は溜息を吐く。
2人の間には、また距離ができていた。
不意に訪れた、安息の時間。
蓼丸はここで、姉崎に問いを投げかける。
「なぁ、死ぬ前に教えてくれや」
「死なない死なない。オイラァ極楽浄土〜〜」
「牛尾組襲ったんは神木の命令か?」
蓼丸は見抜いていた。この襲撃が姉崎の独断ではないことを。
姉崎の性質を考えれば、関連組織ではなく、結城組を直接攻めてくるだろうからな。
「そ〜〜うそ〜〜う。神木の旦那にぃ、ここを落とせって言われたんだなぁ〜〜これがぁ〜〜〜」
姉崎はあっさり吐きやがった。
(外堀から壊してくっちゅうことか?……まさか!)
最悪のシナリオに、蓼丸は辿り着く。
その時、夏目が声を上げた。
「たっ、蓼丸の兄貴!!」
「何や!?」
「事務所に連絡が着きません!他の兄貴達も、出ません!」
「……何やと?」
冷たい汗が、蓼丸の背中を伝う。
その瞬間、姉崎の口角がさらに厭らしく上がった。
「ヒヒャ〜〜ハハハハ〜〜!もう祭りは始まってんだら〜〜!!」
牛尾組の敷地内で、姉崎の笑い声だけが響いていた。
その頃、キャバクラ“ベルベット”も鉄火場と化していた。
“ガキン!!!”
2つの鉄の塊が、ぶつかり合う。
片方は長ドス。
対してもう一方は、金属バットだ。
「そんなにホームランしてほしいんかァ!!“刃裟羅”コラァ!!」
鍋島が怒鳴り、金属バットを握る手に力を込める。
眼前に立つ巨漢は、“刃裟羅”幹部 元松竜誠。
「ダッハッハ!結城や塚原を期待したがぁ、お前かァ!!鍋島ァ!!」
コイツは長ドスを押し込みながら、豪快に笑ってやがる。
「ナメんじゃねェぞ元松!!俺が担当する店グチャグチャにしやがって!!ホームラン決めて保険で弁償させたらァ!!!」
そう。“ベルベット”は鍋島が担当する店だ。
店に到着した時点で、この有様。
しかも嬢が怪我をさせられていた。
グラスが割れて、中身のワインごと絨毯にばら撒かれている。
壁には切り傷と、誰かの返り血。
さらには黒塗りのテーブルが真っ二つになってやがる。
文字通り、メチャクチャだ。
鍋島の怒りの沸点は、既に振り切っていた。
「どんだけ重かろうが関係ねェ!!!」
その時、鍋島の前腕が隆起した。
手の甲に血管が浮かぶ。
「おぉっ!?」
元松の表情が僅かに歪んだ。
少しずつ、長ドスが押し戻されている。
鍋島の筋力と爆発力は組内随一。
しかも今は、怒りでパワーが上乗せされている。
「店を荒らす外道を!!!ホームランじゃァアアアアアアアアアア!!!」
鍋島は凄まじいパワーで、バットを振り抜いた。
「ぐぉおおおおおお!!!」
元松の巨体が、砲弾のように吹き飛ぶ。
奴は壁に突き刺さった。
「地の果てまで飛ばしたらァアアアアア!!!」
鍋島に驕りはない。
猛牛を彷彿とさせる勢いで、追撃を仕掛ける。
「やってくれるなァ鍋島ァ!!!金属バットでそれか!!!」
元松が壁から這い出る。
奴の腕の筋肉もまた、膨張する。
鍋島が狙うのは、下からのフルスイング。
元松はそれに合わせるように、上段から長ドスを振り下ろした。
“ガン______!!!”
もはや爆音。室内で激しく木霊する。
2人は再び鍔迫り合いに縺れ込んだ。
「鍋島ァ、なんでバットなんだぁ?ヤクザ辞めてメジャー出てろよこの野郎!!」
「テメェこそ強く振りすぎなんだよ!!刀大切にしろ馬鹿野郎!!!」
至近距離で、2人は罵り合う。
喋りながらも、両者一歩も引かない。
(随分な怪力じゃねェか。力でこの俺と張り合えんの、諸藤の兄貴だけだと思ってたがなぁ…)
膠着が続いて冷静になったのか、鍋島が相手の力に注目する。
“刃裟羅”の元松。
コイツは常人離れした腕力を持つ、パワー型の剣豪だ。
かつて奴の剛剣を受け切れず、刀ごと斬られた剣術家は数知れない。
事実、今も金属バットに長ドスの刃が食い込み、斬り折れそうになっている。
(こりゃヤバいか!?)
鍋島の顔に、微かな焦燥が浮かぶ。
「だったら剣ごとじゃぁあ!!!」
鍋島は金属バットを動かし、長ドスを奪いに掛かる。
だが元松も猛者。簡単には奪わせない。
鍋島の策は、寧ろ隙となる。
「オラよぉオオオオオオ!!!」
元松が鍋島の脚に、ローキックを浴びせた。
「うおっ!?」
鍋島がバランスを崩す。
その拍子に、長ドスがバットから抜けた。
「隙ありじゃァアアアアア!!!」
「ッ!!?」
繋がるように、元松が横薙ぎを放つ。
鍋島はギリギリで後ろに跳んだ。
しかし、腹を横一文字に裂かれた。
「ゲフッ…!!やりやがったなこの野郎!!さっき食った豚丼腹から出るだろうが!!!」
吐血しながらも、既に食った豚丼の心配をする鍋島。
腹を斬られちゃいるが、気迫は落ちねェ。
再びぶつかろうとしたその時…。
「鍋島の兄貴ィ!!!」
舎弟の片倉が走り込んできた。
コイツは元松に怪我をさせられた嬢やスタッフを、近くの病院に運んでいた。
従業員を全員避難させ、戻ってきたんだ。
片倉は鍋島の腹の傷を見てギョッとする。
「ッ!!…鍋島の兄貴!!腹が!!」
「これくらい湿布で治る!!見てろ片倉ァ!!今からコイツで弾丸ライナー決めてやるからなァ!!!」
直下の舎弟が戻ってきて嬉しいのか、鍋島はバットの先端を元松に向けた。
ホームラン宣言をするバッターさながらだ。
それを受けた元松が、不適に笑う。
「ククッ…ハハハ!!本丸に行けねェと知った時はガッカリしたが、お前のような男と巡り会えたのならラッキーだなァ!!」
「……本丸!?」
片倉は元松の口から発せられたその単語を、聞き逃さなかった。
「本丸ってお前……まさか!!」
「察しが良いなァガキィ!!お前らの事務所はァ、今頃火の海だろうぜェええええええええ!!!ダ〜〜ハハハハハハハハ!!!」
元松が両手を広げ、狂ったように笑い出す。
コイツの言葉に、鍋島と片倉は言葉を失っていた。
その頃、結城組事務所は炎に包まれていた。
壁が崩れ、天井が落ち、家具がひっくり返ってやがる。
「ぐっ…おっ……!」
俺は血塗れで、床に倒れていた。
背中が焼けるように痛い。肋もイッてるなこれ。
視界が霞む中、俺は周囲を見渡す。
まず目に入ってくるのは、うちの組員達。
俺と同じように負傷して、倒れている。
数人はまだ息があるが、動かない奴も多い。
「クソったれが!!」
俺は根性で立ち上がり、近くで倒れる苗木に近づく。
「おい…!おい苗木!!……起きろ死ぬぞ!!」
「ッ…!!……あっ……長…!」
よかった。苗木は生きていた。
だが頭からの出血が酷い。早く闇医者に運んでやらねェとな。
改めて周りを見ると、立ち上がってくる奴らがちらほら…。
…にしても、いったい何なんだ。
外で何かが門をぶち破った音がしたかと思うと、その何かが玄関に激突。
確認に向かおうとソファを立った瞬間…ドカンだ。
白昼堂々うちを爆破させるとは、ナメられたモンだ。
今すぐ犯人をぶち殺してェところだが、そんな場合じゃねェな。
俺は立ってる奴らに命令する。
「動ける奴は倒れてる奴を背負え。闇医者行くぞ……」
「その必要は無いよ」
場違いな、明るい声がした。
俺達はその方向に目を向ける。
「だって、みんなここで死んじゃうからね」
「……テメェの仕業かァ!!!」
そいつの濁った目を見た俺は、血を吐きながら怒鳴り声を上げる。
この燃える事務所に入ってきた男。
それは、“刃裟羅”トップ 神木蓮だった。




