27話 襲撃者
俺の名前は結城高虎。
中庭に立つ結城組の組長だ。
「長、よろしくお願いします!」
「おぅ。どっからでも来い」
眼前に立つのは、舎弟の苗木。
コイツは“刃裟羅”への復讐を果たすため、うちに入った。
だが海星や蓼丸と接することで、少し吹っ切れたらしい。
そこから他の組員の目を見張る程の活躍を見せている。
今はその苗木の鍛錬に付き合っているところだ。
苗木が持ってるのは、ゴム製の短刀。訓練用のやつだ。
一方、俺は素手。
丸腰だけど、流石に遅れは取らねェよ。
「行きます!」
そう言って苗木がスタートを切る。
わざわざ宣言するとは、真面目な奴だ。
(でも思ったより速いな)
苗木のポテンシャルに、俺は少しだけ驚かされる。
だが直線的だ。
「オラァ!!」
苗木はドスを突き出した。
「はい残念」
俺は体をズラしてドスを躱す。
そしてその腕を両手で掴んだ。
「うおっ!?」
その瞬間、苗木の視界がブレる。
俺が繰り出したのは背負い投げだ。
「ユーキャンフラ〜イ!」
「うぉおおおおおおお!!」
突進の勢いも相まって、より簡単に投げられた。
苗木を背中から地面に叩きつける。
「ゴハァアアアアア!!!」
奴は豪快に叫んだ。
その際、手からドスが落ちる。
「気合いは満点。だけど直線的過ぎるなぁ。強敵相手にいきなり本命は当たらない」
俺はゴムのドスを拾い、苗木の首元に当てる。
勝負ありだ。
「強者は蹴りとかフェイントとか入れて隠すんだよ。相手に狙いを悟らせるな」
「はっ…はい。勉強に、なります……」
苗木は仰向けのままそう言った。
こんな感じて、たまに若い奴らをコーチングしてるんだ。
「戦闘ってのはパズルみたいなモンだ。1つ1つ地道に埋めていって、最後の1ピースを刺す。そんで初めて勝つんだよ」
「なるほど…でございます」
俺は苗木に持論を語りつつ、事務所内に戻ってきた。
すると、上着の右ポケットが振動を起こした。
「お?電話か」
俺はその中に入れていたスマホを取り出す。
画面には、『梅山君』と表情されている。
この梅山君は、友好組織 牛尾組の構成員だ。
彼は海星と共に、結城組と牛尾組を繋ぐパイプ役を担ってくれている。
まぁ一応、俺とも連絡先を交換してるんだが。
俺は通話ボタンを押し、電話に出た。
「もしもし梅山君?どしたの急に?」
「ゆっ…結城組長!助けっ…ガハァアアアアア!!!」
「ッ!?」
いつもみたいに、明るい声が聞けると思った。
だが代わりに響いたのは、断末魔。
その叫びは、隣に居た苗木にも、周囲に居た組員達にも届いていた。
ゴトリと、向こうのスマホが落ちる音が聞こえた。
「梅山君?梅山君!?どうした!!?」
俺はスマホ越しから怒鳴る。
だが、梅山君は何も答えない。
スマホの向こうから聞こえてくるのは、複数の足音と、男達の叫び声、銃声、肉が裂かれる音。
それから、謎の男の不気味な笑い声。
状況は解った。
牛尾組は今、何者かの襲撃を受けている。
「牛尾組やな?」
俺に真っ先に声を掛けてきたのは、蓼丸だった。
コイツも事を理解している。
その顔に、いつもの余裕はなかった。
「俺が行くわ。長、アンタは一応事務所居とき」
「すまねェ。任せた」
蓼丸は頷くと、夏目に目を向ける。
「夏目、車出せ」
「はい!」
夏目は大きく返事をして、蓼丸の後に続く。
2人は秒で事務所から出ていった。
だが、それと入れ替わるようなタイミングで…。
「鍋島の兄貴!“ベルベット”で、謎の大男が暴れていると連絡が!」
舎弟の片倉が、スマホ片手に飛び込んできた。
“ベルベット”ってのはキャバクラの名前で、この店はうちに守代を払っている。
鍋島が担当するエリアの店だ。
「ンだとォ?どこの誰だか知らねェがナメやがって!顔面ホームラン決めてくらァアアアアア!!!!」
自分が担当する店が襲われたと知った鍋島は、怒り狂う。
金属バットを担ぐと、バイソンを彷彿させるような勢いで出ていった。
片倉もそれに続いて走っていく。
「とりあえず…あっちは大丈夫そうですね」
「だな…」
その謎の大男とやらは、顔面複雑骨折決定だな。
まぁ、店を襲う方が悪いってことで。
一段落着いたと思った俺は、ソファに腰掛ける。
しかし、“ベルベット”の件で終わりじゃなかった。
また別のところで着信音が鳴る。
その出処は、椿野のスマホだった。
「もしもし?平坂?……ッ!?…おいどうした!?」
電話を受けた椿野の顔色が変わる。
平坂は椿野の下に付いてる奴だ。
「……解ったすぐ行く!それまで死ぬな!」
椿野はそう言って、電話を切った。
「椿野、どうした?」
俺は椿野に声を掛ける。
「平坂が誰かに追われてるそうなんで、助けに行ってきます!」
そう言って椿野は1人で出ていった。
「姉貴、大丈夫ですかね?」
苗木が心配の声を出す。
「あいつは簡単にやられるタマじゃねェ。この間一緒にカチコんで解ったろ?」
「はい。ヤバかったです。いろいろと」
その時のことを思い出したのか、苗木の顔が強張る。
椿野の奴、また外道を花火で吹き飛ばしたか。
「…それよりも、うちの組員を追うだと……?いったい誰だ?」
自分で言うのも難だが、結城組の名は赤木町一帯に知れ渡っている。
シマを荒らす半グレは出てきても、直接うちに粉掛ける奴は居ない。
例え末端の構成員だろうと、狙えば結城組全体を敵に回すことになるんだからな。
そんなことをする奴は余程の馬鹿か。
あるいは、うちと戦り合える程の力を持つ奴らか…。
「……まさか!」
牛尾組の襲撃者。
“ベルベット”の暴漢。
何者かに追われてる平坂。
ほぼ同時に起こった3つの事件。
偶然とは思えない。タイミング良すぎだ。
おそらく誰かが裏で糸を引いている。
そう結論付けた時には、もう遅かった。
事務所の外で、何かが門をブチ破る音がした。
蓼丸と夏目は、最速で牛尾組の事務所に到着していた。
車から降りると、2人はすぐに正門から中に入る。
「うわっ…あっ……!」
入った瞬間、夏目は悲鳴のような声を上げた。
そしてガクガクと、足を震わせる。
「チィッ!遅かったか!」
蓼丸はギリッと歯を鳴らした。
2人の足下に、牛尾組の構成員の死体が転がっていた。
1人だけじゃない。10人以上は居るだろうか。
全員体を乱雑に斬り裂かれている。
(おそらくナイフ…。しかもこりゃあ同一犯やな)
蓼丸もこれまで、いくつも死体を見てる。
外傷だけで読み取ってみせた。
「酷い……」
「ごめんなぁ。ちょう待っとってな」
殉職した牛尾組の構成員達にそう言葉を残すと、蓼丸は建物の方を見た。
そこから血の匂いが漏れている。
おそらく中は、より酷い状況になっていることだろう。
襲撃者が潜んでいる可能性が高いが、行くしかない。
牛尾組長も中に居る筈だ。
「行くで夏目。腹決めェ」
「はっ、はい…!」
蓼丸は夏目を連れ、悠然と足を踏み出した。
だがその刹那…。
“ガラガラ……”
スライド式のドアが開かれた。
「うわっ…!」
夏目はまたも悲鳴を上げた。
建物の中から出てきたのは、奇抜なモヒカン頭の男。
ひょろ長で真っ白な肌に、血がべったりとこびりついている。
明らかに異常なその男は、デカい両目で蓼丸達を凝視し、舌舐めずりをした。
「あら〜〜?まだ居たんだ〜〜?はひゃ〜〜〜〜」
男は首を大きく曲げつつ、奇声を上げる。
その奇怪な動きを見せる男に、蓼丸は見覚えがあった。
「お前…、“刃裟羅”の姉崎やな?」
「あへれぇ〜〜?俺のこと知ってんの〜〜?俺ァ芸能人になったのかぁ〜〜?」
そう。目の前に居る男は、“刃裟羅”の幹部 姉崎秀治郎。
イカれちゃいるが、“刃裟羅”の中ではNo.2の実力を誇る。
「これやったんは、オドレやな?」
「そ〜そ〜〜。大将に殺せって言われたのよ〜〜。フフ〜〜!」
蓼丸の問いかけに、姉崎は体を揺らしながら答えた。
(大将…?神木のことか?あのボケ何が目的や)
姉崎の言葉から、蓼丸はいろいろと思案する。
すると、姉崎がポケットからナイフを2本抜いた。「…やるんか?」
「み〜〜んな殺せって〜〜、言われてるのよ〜〜〜」
「……まぁ、何にしてもいてこますつもりやけどなぁ。夏目、下がっとけ」
「はっ…はい!」
夏目を下げつつ、蓼丸はククリナイフを抜いた。
相手は神木に次ぐ実力者。
蓼丸は警戒を上げる。
「イヒャアァアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
突如として、姉崎がスタートを切る。
予備動作は無かった。
奇声を発しながら跳び、ダブルナイフを振り被る。
「おっしゃぁあああああああ!!!」
蓼丸は雄叫びを上げ、ナイフを受けた。
“ガキン!!!”
凄まじい金属音が響き、双方のナイフが弾ける。
だが両者共、攻撃の手を緩めない。
正面からの、怒濤の斬り合いだ。
「ヒョロガリがァ!!!真正面から押し潰したらァアアアアア!!!」
「ヒヒャ〜〜ホホ〜〜〜〜!!!」
いきなりフルスロットル。
牛尾組の敷地内で、金切り音が鳴り続ける。
だが…。
「どうなっとんねんこれェ!!」
蓼丸の体から、血飛沫が上がった。
(ダブルナイフをエラいスピードで繰り出しよる。斬り合いはそっちの土俵かァ。せやったら…!)
斬り上いの最中、蓼丸は懐に手を入れる。
取り出したのは、白い粉。
それを至近距離でばら撒く。
「こりゃあ……薬ィ!!」
なんと姉崎は、その得体の知れない粉を吸い込む。
だが、すぐに吐き出した。
「ゲホッ…ゴホッ…!!」
「やっぱ薬中か。石灰じゃボケェ」
完全なる隙。
蓼丸が懐に入った。
次の瞬間、ククリナイフが下から走る。
「あっちで薬キメてたらえェわ!!」
「ピキャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
渾身の斬り上げが、姉崎の胸を容赦なく斬り裂く。
本来なら決定打。
だが、奴はこれで終わらなかった。
「ウ〜〜ゾ〜〜ヅ〜〜キィ〜〜!!!」
なんと、姉崎が動いた。
間髪入れず、両手のナイフを振り上げる。
(何やと!?)
蓼丸は斬り上げ直後。体勢が悪い。
「ウゾハッビャ〜〜グ〜〜〜〜!!!」
2つの銀線が落ちる。
「グイィ____!!!」
蓼丸の胸が、2つに斬り裂かれた。
「蓼丸の兄貴ぃいいいい!!!」
夏目が叫ぶ。
「やかましい。まだ生きとるわ!」
胸を押さえつつ、蓼丸が下がる。
いきなり深傷。
だがそれは、姉崎も同じだ。
「ギヘヘ…。ウゾヅギハ〜ジゴグ〜〜〜」
それでも、奴の動きに澱みはない。
胸を裂かれているにも関わらず、動きが負傷前と変わらない。
(コイツ痛覚飛んどる。首か心臓を断たな終わらんなぁ)
蓼丸の思う通り、姉崎は薬で痛覚を飛ばしていた。
故にコイツは、半端なダメージじゃ止まらない。
「まぁええ。トリッキーに地獄へ送ったるわ」
石灰もそうだ。
搦手こそが、蓼丸の真骨頂。
再び、ククリナイフを構える。
だが、蓼丸と夏目はまだ知らなかった。
赤木町の各地に、既に戦火が広まっていることを。




