23話 やるせない怒り
俺は自販機でお茶を買うと、闇医者が経営する病院に戻る。
とある病室に入ると、ベッドで少女が泣いていた。
椿野の姉貴は憐れみを帯びた目で少女を見つめ、黒宮の姉貴はその子の背中を優しく擦る。
あの後、俺達は急いで車から降り、この子の元へ駆け寄った。
意識ははっきりしていたものの、全身ボロボロで、明らかに暴行を加えられた後だった。
それで俺達は少女を車に乗せ、急いで闇医者へ向かった。
数日安静にしなければいけないものの、命に別状はないらしい。
俺はお茶を片手に、少女に駆け寄った。
「姉貴達、お待たせしました。きみ、とりあえずこれ飲む…?」
「ありがとう…ございます……」
その子は嗚咽混じりにお礼を言って、お茶を受け取った。
キャップを開けて、ちびちび飲んでいる。
包帯と絆創膏塗れの体が、痛々しい。
こんなになるまで…いったい何があった?
いじめか。それとも虐待か。
いろいろと疑問に思っている間に、少女の呼吸がゆっくりになってきた。
黒宮の姉貴が、優しく声をかける。
「落ち着いた?」
「ぐすっ……はい…」
少女は涙を拭いつつ、答える。
ここで椿野の姉貴は椅子に座り、少女に目線を合わせた。
「嬢ちゃん、逃げてった奴らは知り合いかい?」
「はい…。クラスメイトです……」
椿野の姉貴は、現場から逃げ去っていく少女達の姿を視認している。
まさかクラスメイトだったとは…。
「よかったら、おばさん達に教えてくれないか?何があったのかを」
「聞いて…くれるんですか……?」
そう言いつつも、少女は縋るような目で椿野の姉貴を見つめていた。
「あぁ。俺達、きみみたいな子は放っておけないんでね」
「ありがとうございます…」
少女はまた、ボロボロと涙を流す。
そんな彼女の口から出た内容は、想像を絶するものだった。
「私の親友は……あの人達に殺されたんです…」
早苗と名乗ったその少女は、高校1年生。
内気で気が弱く、クラスでもあまり馴染めていなかったそうだ。
そんな早苗には、睦月という親友がいた。
睦月はとても明るい子で、入学当初、1人で居る早苗によく声を掛けてくれていた。
好みの店や趣味が合ったこともあり、2人はすぐに仲良くなった。
それも親友と言えるくらいに。
だが、至福の時間は長くは続かなかった。
早苗達の1つ上の学年に、姫奈という生徒が居た。
一見お洒落が趣味な少女に見えるが、性根は腐りきっていた。
気に入らない人間を見ると、取り巻きの人間を使って徹底的に攻撃する。
姫奈に目を付けられて、不登校になった生徒も何人も居る。
見かねた教師が奴を注意したそうだが、その教師も退職に追い込まれる程の仕打ちを受けた。
そして運が悪いことに、早苗は姫奈に目を付けられてしまったのだ。
事の発端は、校内で歩きスマホをしていた姫奈が、早苗にぶつかったこと。
その結果、姫奈はスマホを落とし、画面にひびが入った。
完全に自業自得。早苗に落ち度はない。
だが姫奈はブチギレて、早苗を執拗に責め立てた。
そこに割って入ったのが、睦月だ。
睦月は恐れることなく、姫奈に反発した。
その甲斐あって、姫奈を退けることに成功した。
だがその勇気が、姫奈のプライドに火をつけてしまった。
数日後、早苗は睦月と一緒に、仲良く下校していた。
2人はそこを狙われた。
ワゴン車に乗った見知らぬ男達に、一瞬で連れ去られてしまったんだ。
奴らは2人を、とある廃倉庫に連れて行った。
そこに居たのは、なんと姫奈とその取り巻き達。
奴らはこの柄の悪い男達と繋がっていたんだ。
男達に早苗と睦月の両手足を縛らせると、姫奈は鬱憤を晴らすように、2人に対して暴行を加えた。
特に睦月への攻めが酷く、腹を何度も踏まれ、血を吐いていたという。
早苗は何度か呼びかけたが、この時の睦月は何も答えず、ただ体を震わせるだけだった。
姫奈は、それだけでは終わらせなかった。
奴は男達に、早苗と睦月を凌辱するよう差し向けた。
2人は強い力で押さえつけられ、尊厳を踏み躙られた。
早苗にとって、それは地獄の時間だった。
どれほど経ったか解らなかったが、男達が満足した後、2人は地面の上に放置されていた。
早苗はもう一度、睦月に声をかける。
そこで、さらなるショックに襲われた。
人形のように倒れる睦月。
その目からは、生気が一切感じられなかった。
早苗は何度も睦月の名を呼んだ。
しかし、睦月が返事をすることはなかった。
姫奈に踏まれ血を吐いていた時点で、危険な状態だったんだ。
本当なら至急病院へ運ぶべき場面。
だが奴らは自分の欲望を吐き出すのに夢中で、気が付かなかった。
結果、手遅れになってしまったんだ。
早苗の悲痛の叫びを聞いた男達が、戻ってきた。
奴らは何やら言い合いを始める。
姫奈もまた、慌てていた。
まさか死ぬなんて思ってなかったんだろう。
だが奴らは腐りきっていた。
睦月の死体を、早苗をどうするか。
この事態をどう隠蔽するか。
どこまでも保身のことだけ考えていた。
そして奴等が導き出した、最悪の答え。
それは睦月をコンクリートで固めて海に沈め、早苗を自殺に見せかけて殺すことだった。
奴らはすぐに、早苗を睦月から引き剥がした。
早苗が最後に見た睦月は、男達のうちの1人に八つ当たりで蹴られていた。
廃倉庫から出された頃には、もう日が昇っていた。
ワゴン車の中で、無理矢理制服を着させられる。
姫奈が耳元で何やら怒鳴っていたが、何を言っていたのかは思い出せない。
そうしてワゴン車は発進。
市街地の路肩に止まると、姫奈達が早苗を連れて降りる。
そして交通量が多い車道まで、早苗を連れてきた。
力なく佇む早苗。
その背中を、姫奈は何の躊躇もなく押したんだ。
それと同時に、早苗の安否を確認することなく逃げ去る姫奈達。
そして早苗は、車の急ブレーキによって間一髪、難を逃れた。
そうしてその車から降りてきた俺達によって闇医者に運ばれ、今に至るということだった。
その話を聞いた俺は、腸が煮えくり返りそうだった。
早苗は睦月と、平和な高校生活を過ごしたかった筈だ。
それを姫奈という奴は、身勝手な理由でぶち壊しやがったんだ。
「最低………」
そう呟く黒宮の姉貴の声にも、怒気が籠もっていた。
いつも飄々としている姉貴の顔に、鬼が宿っている。
「辛かったな、早苗ちゃん。聞かせてくれてありがとな」
椿野の姉貴が、早苗の手にそっと右手を置く。
声自体は落ち着いているが、この人も本当は怒り狂ってる。
空いている左拳が、ワナワナと震えていた。
「私……赦せません………」
早苗は体を震わせ、搾り出すようにそう言った。
毛布を強く握る手の上に、ポタポタと涙が落ちる。
俯く彼女の表情からは、燃えるような怨嗟が見て取れた。
「睦月ちゃんは優しい子でした。ひとりぼっちの私と、友達になってくれました。姫奈さんからも、庇ってくれたんです。そんな良い子が、なんであんな風に……!こんなの……あんまりだぁ!!」
やるせない怒りを、早苗は吐き出す。
赦せないんだ。
睦月を穢し、死ぬまで踏み躙った姫奈達を。
自分自身の無力さを…。
この子は何もできず、目の前で親友を殺された。
俺にはその姿が、俺自身と重なって見えたんだ。
「早苗ちゃん。その下種共、俺達結城組に任せてくれないか?」
ふと、椿野の姉貴がそう提案した。
「え……?」
早苗は顔を上げる。
そして姉貴の顔を見て、戦慄した。
椿野の姉貴は笑っていた。いや、早苗を安心させるよう、優しく笑っているつもりだった。
だが、俺の目からも解る。
明らかにブチギレている。
まさに、地獄の鬼が笑っているようだった。
「ごめんなぁ。奴らにムカつき過ぎて、面に出ちまってたわ」
「椿野さん……」
「理不尽な暴力を、暴力で制圧する。それが結城組のやり方だ。睦月ちゃんの仇は必ず取る。だから安心して、今は休みな」
そう言い聞かせる姉貴の目には、優しさが戻っていた。
どこまでも自身を想う、この姿勢。
早苗は椿野の姉貴に、頼もしさを感じていた。
「……お願い…します!」
早苗は涙ながら、縋るように椿野の姉貴の手を握った。
「どうか………睦月ちゃんの仇を、取ってください…!」
「あぁ。任せな……」
椿野の姉貴は、早苗の手を握り返した。
そして、こう呟く。
「姫奈ってガキも、その周りの奴らも…木っ端微塵にしてやるから」
(えっ……?)
それを聞いた俺は、一瞬戸惑った。
姫奈と一緒に居た男達。
話を聞いた限り、奴らはおそらく半グレ。
そいつらを殺すのは解る。
だが、姫奈自身とその取り巻きはまだ未成年。
奴らがしたことは、到底赦せるものじゃない。
それでも、ガキを殺すのって、どうなんだ?




