24話 怒りを背負う
早苗の病室を後にすると、俺達は各々動き出した。
黒宮の姉貴は、姫奈達周辺の捜査へ。
椿野の姉貴は何か準備をすると言って、事務所へ戻っていった。
そして俺はというと…。
「石田の兄貴、お疲れ様です」
「お前か……」
石田の兄貴が居る病室を訪れていた。
早苗を運んだこの闇医者、実は兄貴も入院していたんだ。
「体の具合はどうですか?」
兄貴の体は包帯グルグル巻きだ。
はっきり言って重症。
大丈夫じゃないのは百も承知だが、試しに聞いてみた。
「モルヒネ打ったらいけるな」
「ダメです。安静にしておいてください」
さらっととんでもないことを言う兄貴を、俺は止めた。
今動いたら、傷が開いちまう。
それより、渡す物があるんだった。
「兄貴、これ、椿野の姉貴からです」
「姉貴が?」
「はい。御守りだそうです」
俺は椿野の姉貴から預かった白い布袋を渡す。
石田の兄貴はそれを受け取った。
重さや布越しの感触から中身が解ったようで、顔をしかめた。
「手榴弾だろこれ」
「はい……」
「はぁ…。……とりあえず貰っとくわ」
兄貴は渋々、御守りを枕元に置いた。
まさかこのまま寝るつもりだろうか。
兄貴も兄貴で肝が据わってる。
俺も何か持ってくればよかったな。
そうだ。今朝の集会のこと報告しないと。
元々そのために闇医者目指してたんだった。
「石田の兄貴、今朝集会があったんですけど…」
「あぁ。“刃裟羅”と本格的にやり合うんだろ?」
「えっ?知ってたんですか?」
「カシラから連絡あったんだよ」
兄貴はぶっきらぼうに言った。
考えてみれば、そりゃそうか。
直接行くより電話の方が早いもんな。
「戦争になるってのに…俺はこのざまか。クソが!」
石田の兄貴は布団を殴った。
入院生活でストレスが溜まってるんだろうか。
相当苛ついてらっしゃる。
「兄貴…気持ちは解りますけど、今は回復に専念しないと…」
「解ってんだよそれくらい!退院したらしごき回してやるから待ってろ!」
えぇ…。
俺、しごかれるの確定なの…?
不謹慎だけど、兄貴には退院してほしくないかも…。
「そもそもテメェは今何やってんだ!?」
「あっ…俺は今、姉貴達と別件を追ってます」
「別件?」
俺は石田の兄貴に、早苗のことを話した。
やはり誰が聞いても、胸糞悪い話だ。
話が進むほどに、兄貴の額に血管が浮かび上がる「ナメてるなぁ。そのガキ共…!!」
「はい。到底赦せません。……ですが…」
「あァ?何悩んでんだ?」
これを言ったら、やっぱ殴られるか。
でも、やっぱ訊くべきだ。
「石田の兄貴。兄貴だったら、その下種共殺しますよね?」
「当然だ。俺じゃなくても殺してる」
「ですが、姫奈とその取り巻きは、まだ未成年です」
「…あぁ。それで悩んでんのか」
石田の兄貴は小さくそう呟いた。
「そんなことで悩んでんじゃねェ」という言葉が聞こえてきそうだ。
「勘違いしたガキがうちに粉かけてきた程度なら、殺すまでもねェ。それ相応のケジメは取るけどな。だがその姫奈とかいうガキはやり過ぎだ。生かしちゃおけねェ」
そう語る兄貴の目は、猛禽類のように鋭かった。
「そういう奴は成人迎えようが変わらねェ。厄介になる前に消す。椿野の姉貴もそう判断したんだろ」
「ですが……」
「牧浦がガキだったら、テメェは赦したのか?」
「ッ…!!」
それを言われた途端、俺は言葉を失った。
“刃裟羅”幹部 牧浦遊心。
奴は俺の親友 山井義成をゲーム感覚で殺しやがった。
俺は義成の仇を討つために、結城組に入ったんだ。
だが、もし牧浦がガキだったら…。
俺は奴に、復讐心を抱けずにいられたのか…?
「成人してようがガキだろうが関係ねェんだよ。遺された側は恨んで当然だ。それこそ死んでほしい、殺してほしいと願うくらいにな」
「……」
「仮に法の裁きを受けたとして、少年法がある。10年20年でシャバに出られるんだ。遺族はその軽すぎる判決を受け入れるしかねェ。そんなモン、赦せる訳がねェだろ」
「ッ……!」
10年20年…。
この程度で、姫奈は釈放される。
早苗や睦月の家族にとって、それはあまりに短過ぎる時間だ。
睦月にはもう、自由なんてないのに。
俺はまた本質を見失ってた。
大事なものを奪い去った下種に、歳なんて関係ねェのに。
「苗木、その疑問自体は間違っちゃいない」
俺の心境を呼んだかのように、石田の兄貴がそう言ってくれた。
「だがテメェはもう結城組の武闘派だ。背負った怒りを無碍にするんじゃねェ。早苗は仇討ちを望んだんだろうが。話聞いたからには責任持て。全力でやれ!」
「…石田の兄貴、ありがとうございます」
俺は兄貴にお礼を言う。
ここまでいったい何を悩んでたんだ。
兄貴のおかげで、目が覚めた。
「早苗の親友の仇、全力で取らせていただきます!」
気合いが入った俺は、そう宣言した。
「さっさと行ってこい」
石田の兄貴はそう促す。
俺は病室を後にした。
待ってろ姫奈。
睦月の無念と早苗の怒り、テメェにぶつけてやる。
一方黒宮の姉貴は、早苗が通う高校を張っていた。
色眼鏡に、鍔付きの帽子、ワンピースの上から革ジャンといった、イケてる女子大生のような姿に変装していた。
物陰でスマホを弄りつつ、さりげなく校門の方に意識を注ぐ。
姫奈の顔は、既に割れている。
後は校門から出てくるのを待つだけだ。
「……来た」
案の定、姫奈は取り巻きを連れて、校門のド真ん中を突っ切って出てきた。
額を強調したヘアスタイルで、金髪をポニーテールにして巻いている。
化粧もばっちり決めやがって、厚い付けまつげまでしてやがる。
耳にはピンクの星型ピアス。
制服の上からも、薄桃色のパーカーを羽織っている。
格好だけで校則を違反しまくっているであろう姫奈は、仲間と談笑しながら歩道を横一列になって歩いていく。
とても人1人殺した奴の表情とは思えない。
奴らにロックオンした姉貴は、無駄のない動きで物陰から出た。
スマホで誰かに電話を掛けると、姫奈達を追跡した。
奴らはくだらないことを喋りながら、ダラダラと歩いている。
故に見失うなんてことはなかった。
黒宮の姉貴は、奴らが通るであろう道に先回りした。
その手には、何故かカフェラテが入ったカップ。
建物の陰に入って、姫奈達が来るのを待つ。
徐々に双方の距離が縮まっていく。
そして取り巻きの1人の姿が見えたところで、黒宮の姉貴が建物を出る。
「あぁっ…」
偶然を思わせるような声を上げながら、姉貴は姫奈にぶつかった。
「おぶっ___!」
名前のような優雅さの欠片も無いリアクションを見せ、姫奈は地面に尻もちを着いた。
同時に、黒宮の姉貴が持っていたカフェラテが落ちる。
ミルクの甘ったるい匂いを含んだ茶色の液体が、姫奈に降り注いだ。
「冷たっ!…はァ!?」
頭や服をカフェラテで濡らした姫奈が、反射的に姉貴を睨む。
「ごっ、ごめんね…?大丈夫?」
黒宮の姉貴は申し訳無さそうにしながら、優しく声をかけた。
「はァあ!?大丈夫じゃねぇよクソ女!」
姫奈はすぐに起き上がると、黒宮の姉貴の頭を殴った。
それにより、帽子が地面に落ちる。
今度は姉貴が尻もちを着いた。
「痛いっ。ごめんなさい…」
「ごめんで済んだら警察いらねんだよ!メイク崩れたし、服汚れただろうが!」
「その…クリーニング代出しますので……」
「そんなん当たり前じゃん!慰謝料払えよ!慰謝料100万!」
「そっ、そんな大金……無理です……」
黒宮の姉貴はわざと弱々しく振る舞う。
眼鏡越しの目には、涙が滲んでいた。
「やばぁ!泣いてるって〜!」
「泣いてもダメだよおばさん。誠意見せなきゃ〜」
「そんな高そうな服来てるのに金無いっての?ムカつかん?」
歳上の女の情けない姿を見て、取り巻き達も調子に乗る。
場の流れは完全に姫奈達のものになっている。
奴らは完全に、目の前の女を服従できると思っているのだろう。
そこで姉貴は、抵抗を見せることにした。
「あの…警察の人に判断してもらうのはどうでしょうか?」
「はぁ!?」
姫奈が眉間に皺を寄せて喚く。
姉貴の提案は、火に油を注ぐようなもの。
だがその目は妖しく輝いていた。
「私、100万円も持っていませんので…。その、慰謝料?っていうのもよく解らないですし、警察の方が、その辺詳しそうじゃないですか」
馬鹿なふりをして、姉貴は言い切る。
奴らからすれば、警察は都合が悪い。
そして、思い通りにいかない目の前の女。
それが身勝手な怒りに変換される。
「ナメてんじゃねェよ!」
姫奈は黒宮の姉貴の右肩を思いっ切り蹴った。
姉貴は苦悶の表情を浮かべ、地面に倒れる。
右肩を抑え呻きながらも、消え入りそうな声で謝罪を繰り返した。
だがそんなもので、姫奈が赦す筈がない。
「お前ウチらのことナメてるみたいだからヤキ入れてやるよ」
そう言って姫奈はスマホを取り出し、誰かに電話を繋げた。
その間に、黒宮の姉貴は逃げ出そうとしてみる。
だが姫奈に命令された取り巻き達によって、押さえつけられた。
当の姫奈は先程までとは真逆の甘ったるい声で、電話を続けている。
(通話相手…早苗ちゃん達に乱暴したクズ男かな)
怯えた顔を続けながらも、姉貴は冷静に分析していた。
それから通話を終えた姫奈が、下卑た顔で姉貴を見下ろす。
「お前今からカズ君にボコしてもらうから」
「どっ…どちら様…でしょうか?」
黒宮の姉貴はカズ君とやらについて、追及する。
「ウチの彼氏だよ!カズ君ヤバいよ?“環異蛮”ってチームでトップ張ってんだ!お前死んだよ!」
姫奈はカズ君って奴の素性を暴露した。
“環異蛮”という組織名に、黒宮の姉貴は聞き覚えがあった。
最近になって台頭してきた半グレ組織で、カタギに因縁を付けて、暴行を加え、金品を強奪していると聞く。
特にトップの岩井和毅。
姫奈がカズ君と呼ぶコイツが、特に質が悪い。
気に入らないことがあれば、例え相手が女だろうと、平気で暴力を振るう。
奴によって、これまで何人も病院送りにされてきていた。
なんと姫奈は、半グレのトップと関わりを持っていたんだ。
「いや〜!ごめんなさい!許してください!なんでもしますからぁ!」
あの黒宮の姉貴が、芋虫みたいに身動ぎをする。
だが、ガキとはいえ相手は複数。
上からのしかかってくる少女達を、振り降ろすまでに至らない。
「だ〜か〜らァ!謝って済むなら警察いらねェっつってんだよ!」
黒宮の姉貴の頭上で、姫奈が吐き捨てる。
そして丁度彼女らの元に、ワゴン車が近づいてきていた。
“環異蛮”が根城にしている廃倉庫。
黒宮の姉貴は突き飛ばされ、床に転がった。
両手をロープで後ろに縛られている。
涙が籠もった瞳で、姉貴は周囲を見渡した。
木材やドラム缶が残る倉庫には、姫奈達の他、15人程の男達が存在していた。
チンピラ風の奴らの視線は、全て姉貴に向けられている。
その中から、1人が近寄ってきた。
オレンジの髪を刈り上げていて、鼻に輪っか状のピアス。
髑髏が描かれた白いシャツに、ジーパン。
腕には虎柄のタトゥーと、いかにもな雰囲気を醸し出していた。
「姫奈ァ、良い女連れてきたじゃねェかァ」
男は黒宮の姉貴の体を見て、舌舐めずりをする。
「コイツ姫奈のことナメてるの〜。カズ君、ぶっ殺しちゃって〜?」
姫奈は可愛い子ぶりながら、物騒な願いをする。
目の前の刈り上げ男が、トップの岩井で間違いないようだ。
「おいおい、昨日殺したばっかだぜ?あの後の処理メチャクチャ大変だったんだからなァ?」
「大丈夫でしょ。1人殺したんだから、2人3人も変わらないって〜」
「そういう問題かァ?まぁ死なれちゃ面倒だし、死なねェ程度に可愛がってやるか〜。今度は気をつけろよ?テメェら」
岩井はそう言い聞かせると、黒宮の姉貴の髪を掴み上げる。
そして色眼鏡を外した。
「おぉ〜。メチャクチャ別嬪じゃねェか」
「……あの、訊いてもいいですか?」
「あァ?なんだ?」
奴らの会話を聞いていた黒宮の姉貴には、1つ気になることがあった。
だから訊いた。
怯えのない、凛とした声で。
「殺人を犯したのは、昨日が初めてなんですか?」
「あァん?」
「答えてください」
奴らからすれば、今の黒宮の姉貴はまるで別人だ。
岩井は一瞬、怪訝そうに顔を歪める。
だが、気が触れたのだろうと、勝手に解釈する。
「まぁそういう感じだ。昨日つい殺っちまったよ。わざとじゃないんだぜ?つい滾っちまったんだよなぁ」
「……殺めてしまった子に、申し訳ないという気持ちは?」
「は?別にねェよ。わざとじゃねェし。てか姫奈、お前がチャクチャ蹴りまくってたよな?血ィ吐いてたし。あれがヤバかったんじゃねェの?」
「はぁ!?アンタ達そのままヤりまくってたじゃん!雑にヤッた結果でしょ!?」
「だから死ぬとか思ってなかったんだって!」
岩井と姫奈が、罪の押し付け合いを始める。
そもそも岩井の言い草からして、全く反省していない。
奴らの言い争いは、黒宮の姉貴の怒りを増幅させた。
丁度その時…。
“ブブッ”
姉貴のポケットの中のスマホが振動した。
「もういいや」
姉貴は小さく呟いた。
そして、後ろに縛られていた筈の手。
それがもう、ロープから抜けていた。
岩井が黒宮の姉貴に視線を戻す。
その瞬間…。
“ドシュッ_____!”
姉貴の指が、岩井の右目に突き刺さった。
奴は一瞬、何が起こったのか解らなかった。
だが、突如真っ暗になった右側。
右目から流れ出る生温かい何か。
それから、姉貴の赤く塗れた指。
残った左目で見た途端、岩井は自分の身に起こったことを理解した。
「ぎゃああああああああ!!!」
岩井が右目を抑え、床に転がる。
逆に黒宮の姉貴は起き上がった。
同時に素早く拳銃を抜く。
そして、まだ何が起こっているのか解っていない男達に向かって。
“ドドドン_______!”
目を覚まさせるように発砲した。
一瞬にして、合計3発。
その全てが、男3人の脳天をぶち抜いていた。
「えっ…?」
姫奈やその取り巻き達は、唖然としていた。
さっきまで一緒に笑っていた仲間。
それが血を流し、倒れたんだ。
「うっ…うわぁああ!!」
「こっ…殺したぁ!」
“環異蛮”の構成員達がパニックに陥る。
場は騒然と化していた。
我先にと、唯一の出入り口へと走り出す。
早苗や睦月にあんなことをしておいて、自分は命が惜しいってか。
だが、奴らが外に出られることはなかった。
出入り口に1人、長身の女が立っていた。
彼女は先頭を走ってきた男を強烈に蹴り飛ばし、倉庫に押し戻す。
「そんなに慌ててどこ行くんだァ?」
椿野の姉貴は、狂気的な笑みを浮かべてそう問うた。




