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暴食

 イサムたち二人が向かった件の館は、王都の北へ馬車で半日の距離にあった。

 ウィスタリア王国の王都グリシアは、王都から海へかけての南東部は合わせて直轄領になっている。王都の西部はヴェール公爵領、そして北部がクロム侯爵領で、イサムたちの目的地は北部のクロム公爵領の南東部に位置する田舎町だった。

 田舎町とはいっても、隣国から伸びる主要街道が通っていて、宿場町としてはそれなりに規模のある町だ。つい数年前までは、王国軍との共同の駐屯地があって、町の西側には大きめの砦が築かれている。

 現在、情勢の変化に合わせ駐屯しているのは、クロム公爵配下のわずかな手勢だけである。それでも、百人規模の兵士や騎士たちが駐留している。

 町は活気にあふれているのだが、イサムたちがそれを堪能する余裕はなかった。


「おなかが空いたんだけれど、なんでここに?」


 薄暗い闇の中で神奈が言った。


「そりゃ、おまえ、作戦だからだよ」

「……どう見ても、ここ牢屋だよね?」

「どう見なくても、立派な牢屋だよ。正確には雑居房な。ってか説明したろ?」


 ボロ布をローブのように纏ったイサムが言った。

 髪をうまく結い上げてフードを被り、少年のような見た目に同じくボロを纏った神奈は、にっこりと微笑んでから「お腹空いたんだけど?」と繰り返す。


「……わかったよ。ほら」


 自分のローブの懐をまさぐると、イサムは小さいが固い干し肉を差し出した。ひったくるように神奈が肉を手にすると、一心不乱に囓り始めた。

 ブルポプラの街にあるパプラ砦の地下牢は、広いが湿気が多くあまり居心地はよくない。十人ばかりが雑魚寝をしても余裕がありそうな広さだが、三方を石壁に囲まれている。一面は太い鉄格子が嵌められていて、小さな出入り用の扉一つに閂がかかっている。軽く拳で叩いてみたところ、おそらく石壁の向こうは岩盤らしく、掘って脱出とはいかないようだ。

 鉄格子の向こう側の石の階段からは、わずかなオレンジの日射しが入っている。

 先ほど夕刻の鐘が鳴って粗末な粥が配られたばかりだから、もうすぐ夜になるところだろう。

 昨日の夕刻にブルポプラの街に到着した二人は、目立たないように町外れの小さな宿で夜を明かし、そのまま朝市に繰り出した。

 そして、たらふくの食事を食べた後、食い逃げで捕まった次第である。

 食い溜めだと言って、普段見慣れたイサムでも、引くほどのライスと炙り肉とスープを平らげた神奈が、もうお腹が空いているのを目の当たりにして空恐ろしさを感じながら、彼は作戦を確認する。

 昔は領館だったとはいえ砦に改造された大きめの館である。警備もそれなりにしっかりしているし、トゥリア卿に気がつかれずに砦の中に入り込むのは難しい。

 まして、現在誘拐が進行中である。

 言ってしまえば同じ公爵家へ争いを吹っ掛けている状態なのだから、無警戒ということはないだろう。幸い公爵の私設とはいえ兵士が駐留しているおかげで、町の警備は直接兵士たちが行っている。

 イサムは自分が調べた情報を分析し、出した答えを実行した。

 それが無銭飲食だった。

 兵士たちが警備を行っている以上、問題を起こし捕まれば、砦内の牢へ収監されるはずだ。

 朝市に合わせて開店している食堂で、予定通り食事をし、お金が足りていないことを告げたときの店主の男の絶望的な表情は想定以上だった。

 神奈の食事量のせいだ。

 店に与えた損害を思えば、多少なりの良心が痛んだ。もっとも、当人の神奈はけろっとしているが。

 少女らしく小柄で、ボロを纏っていた神奈は子供に見えたようで、代わりにイサムが多少なりの報復を受けてしまったが、怪我はない。こういう稼業ではよくあることだ。むしろ素人相手だっただけ楽だったろう。

 こうして、二人は駆けつけた兵士に砦へ連行され、地下にある雑居房へ放り込まれた。

 簡単な身体検査は受けたものの、身なりで侮られたのか、ろくに調べられもせず牢に入れられたときには、むしろ不安になるくらいだった。

 いずれにしても、これで週に一度の巡回裁判が回ってくるまでの七日間は砦の中に閉じ込められてしまったわけだ。裁判が終わったばかりで、刑が執行されたり、無罪放免されたようで、監獄の中は二人しかいない。


「作戦通りだ」


 鉄柵の前に立ったイサムは小さく呟いた。

 看守も時々巡回してくるだけで、静かなものだ。


「……本当に?」


 神奈が訝しそうに言う。

 とりあえずは干し肉で満足したようだ。


「捕まったとき、なんか『しまった』って顔してなかった?」

「……おまえがあそこまで躊躇なく食べると思わなかったんだよ。店主に悪くて」

「名物食べる時間がなかったんだから食べるわよ」

「事前に無銭飲食って伝えたよな?」

「お店もそういうことがあることくらい、計算してお店出してるでしょ」


 少なくとも食べることに関しては、神奈に良心というものはないらしい。イサムは軽く頭を押さえてから、ひとつ息をつく。

 時刻も頃合いだろう。

 そろそろ牢を破って、砦の本体を探索しなければならない。できるだけ騒ぎを起こさずに、フォルト嬢を見つけて救出しなければならないのだ。

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