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立案

 お昼下がり。

 石畳の中央通りにイサムと神奈の姿があった。

 白のワイシャツに麻のスラックス。普通の市民の格好のイサムと対照的に、ブラウスに紺色のブレザーを重ね、膝丈のプリーツスカートをはいた神奈の姿は少々目立つ。

 もっとも、この街には少ない、黒髪に黒の瞳である。大陸の東の海の向こう、東部諸国連合の住民の特徴を色濃く引いた姿は、それだけで目立つうえに、片手に大きな骨付き肉を握って貪りながら歩いている。イサムには見慣れた光景だが、そこらの通行人の記憶には衝撃的に残るだろう。

 あまり他人に大声では言えない稼業のイサムだから、昔は気になったものだが、今ではもう諦めたといったところだ。

 それよりも、依頼の件である。

 イサムは頭をかきながら石畳を歩く。


「どうしたものかなあ」


 思わず呟くイサムに神奈が訊ねた


「斬ればいいんでしょ?」

「……誰を斬るかわかってる?」

「ん……全員?」


 イサムは大きくため息をついた。

 黙っていれば見た目も悪くないし、大陸では珍しい東方人である。

 贔屓目なしに言っても美しい。

 だが、とにかく口を開けば残念なのである。天然とでもいうべきか。神奈とは随分と長い付き合いになるが、いつもイサムが顧客対応をし、頭を使うのだ。

 彼女は武闘派だ。

 神奈の腰には、服とはまったく釣り合わない刀が差してある。刀が一本と、短めの脇差しというもので、東部諸国連合の騎士であるところの「侍」や「武士」とも言われる戦士が使う武器「刀」の一種だ。

 そして神奈は二言目には「斬る」という。それを賺して宥めるのも、イサムの役目だった。


「あのな……結局は斬るかもしれないけれど、正面切って大騒ぎにはできないんだよ?わかってる?」

「じゃあ、どうする?」

「……そうだな。騒ぎになるにしても、俺たちとバレちゃいけない。火事が事故くらいに終わらせなきゃいけない」

「じゃあ、どうする?」


 神奈はもぐもぐと口を動かしながら言った。


「そこなんだよな」


 イサムは頭に手をやりながら、悩ましそうに頭を振った。

 午後を少し過ぎた中央通りは、雑踏というほどではないが、それなりに人が多い。イサムは考え事をしながらも、上手に人や馬車を躱しながら歩く。神奈も器用に避けながら歩き、肉にかぶりついていたが、突然立ち止まると、イサムの袖を引いた。


「なんか思いついた?……ってなんだよ、物欲しそうに」

「あの綿あめが食べたい」


 そういって神奈が指差したのは、通りに面した商店で、入口の脇に屋台のように出窓を作って甘味を売っている店だった。


「食後のデザートかよ」

「いや、食間」

「いつも底なしだな」

「へへへ、褒めても何もでない」

「褒めてねえよ」


 そうは言いながらも、いつものことである。問答をするだけ無駄だと、イサムは並んだ綿あめを一つとり、懐から銅貨を取り出して女性店員に差し出した。

 店員はにこりと笑って銅貨を受け取った。


「まいど!」

「……ありがとう、ああ、それとこれも貰うよ」


 イサムは愛想のいい店員に礼を言ってから、もう一枚銅貨を渡し、傍らのカゴから、自分用に小さな丸い飴を一つとって口に入れた。そして、もう一つ包みのままポケットに入れてから、綿あめを神奈に渡す。


「またよろしくね!」


 店員の声を背に受けてながら店を離れる。すると、突然に二人の背後から悲鳴が上がった。

 先ほどのお店の辺りだ。


「ドロボー!食い逃げよ!」


 ついさっきまで愛想という言葉を全身で体現していた女性店員は、形相を変えて大きな声を上げる。

 その店の前から、マントを羽織った中年の男が身を翻すのが見えた。こちらに向かって駆けだしてくるようだ。


「誰か捕まえて!」


 その店員の言葉が終わる前に、神奈が茶色の革靴を滑らせながら踏み込み、駆け出そうとする。しかし、それをイサムが押しとどめた。なにせ、神奈は持っていた綿あめを口にくわえ、右手は腰の脇差しにかかり、すでに鯉口を切っていたのだ。

 一瞬のことだ。

 次の瞬間には男を真っ二つにしてしまいそうな、躊躇いのない動きを見越していたかのように、イサムは左側を歩いていた神奈の右手を押さえた。


「だから、目立つなって」


 今更であることはイサムも承知しているが、自然体で目立ってしまうこととは訳が違う。いつも神奈に言っていることでもあった。

 イサムは右手の拳を軽く握ると、前方に背中を見せて走り去る男めがけて、球でも投げるように大きく振った。一陣の風が舞い上がると、空気の圧となってドロボー男に直撃し、そのまま背中からなぎ倒した。

 ドロボー男は大きく派手に転がった。


「魔法って便利よねえ」

「練習したらいい」

「んー……無理」


 すぐに先ほどの女性店員が走ってくると、ドロボー男にのしかかるように取り押さえた。すぐに街の衛兵も駆け寄ってくる。

 イサムは神奈を促すと早足になってすぐ脇の路地へ歩みを進めた。

 背後ではちょっとした捕り物になっていたが、イサムは関わる気はない。神奈も慣れたもので、何も言わずにイサムについて、人がすれ違うのがやっとの路地を歩き続ける。


「あ……そうか。これで潜り込むか……」


 突然、イサムが呟いた。


「なに?決まった?」

「ああ、どうやって館に潜り込むかがポイントだと思ってたんだけど」

「え?子供の頃に正門からノックして入るのがマナーって習わなかった?」

「習ったよ。っていうか、正門から入る気だった?入れてもらえねえよ」

「違うの?」

「今の食い逃げを見て思いついた」

「じゃあ、食べに行こう」


 神奈の表情が、みるみる明るくなり、笑顔がこぼれた。


「食事の話じゃない。行かないよ……いや、行くけどここじゃない」


 少ししゅんとした神奈に、イサムは呆れたように肩をすくめると、彼女の綿あめがいつの間にか棒だけになっているのに気がつき、ポケットに収まった飴を差し出した。


「とりあえず、館へ向かおう」


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