#003.一転攻勢
「何これ──」
急すぎる現状に理解が追い付かない。
理解したくない。
「伏せろ!」
けどその声が聞こえた瞬間、本能的に私は頭を抱えてその場に伏せた。
直後、何かが空を切る豪音。
「“メテオストライク”!」
熱気とともに何かが砕け散る音が聞こえ、恐る恐る前を見ると、息を切らし焦った表情をした日向くんの横顔がその視界に映った。
「神崎!晃太を頼む!血が流れすぎる前に止血を早く!!」
「あ──わ、わかった!!」
日向くんの緊迫した空気に、思考回路がやっと正常に働き始める。
私は、急いで晃太くんの元へと駆け寄り、腰にかけていたポシェットから応急キットを取り出し、応急処置を始める。
晃太くんは、さっきのフル装備の姿とは打って変わって、上はベージュのジャケット、下は黒のカーゴパンツという冒険者としてはごく普通の格好だった。
恐らく、さっきの格好は魔法によるもの。
見た目から推測するに、あれは防御力もあるものっぽい。
でなければ、多分あの攻撃で死んでる。
少なくとも私は死んでた、確実に。
「晃太くん、しっかりして!」
応急処置と言っても出来るのは止血くらいだ。
傷を治す回復魔法なんて私は使えない。
出血をしている部分にガーゼを当てて、頭の上から包帯をグルグル巻いて固定する。
そのうえで。
「“リカバリー”」
体力を回復させる魔法“リカバリー”を晃太くんに掛ける。
これが私に出来る精一杯。
とりあえずしばらく大丈夫だとは思うけど、早くここから出て病院に連れてかないと──
「くそ……出来れば再会したくなかったんだけどな……!」
日向くんは唇を噛み締め、前方を睨みつけた。
さっきの謎の襲撃の時点でなんとなく察してはいた。
いたけど……!
ずしんと響く足音、微かに感じる重圧。
それは、私と日向くんが歩いてきた方向からやってきた。
数十分振りの、出来れば二度としたくなかった最悪のエンカウント。
ヨロイワグマである。
「ぐ……!」
「っ!?下手に動かないで!」
晃太くんが、そのタイミングで呻き声を上げて意識を取り戻す。
「ってぇ……!」
「ごめん……私を庇って……!」
「気にしなさんなって……そんなことより、俺も加勢に……っ!」
「だから動かないでって!頭の出血がまだ止まってない!」
私の言葉に構わず、立ち上がろうとする晃太くん。
『ガアアアアア!!!』
と、その時だった。
ヨロイワグマが、雄叫びを上げその場で地団駄を踏み始めた。
その影響で揺れ始める洞窟内。
天井や壁から岩の破片がパラパラと――!
「神崎!晃太!!」
「“プロテクション”!」
ヨロイワグマの意図を危険予知的に察した瞬間、日向くんの声と同時に私は全力で“プロテクション”を発動させた。
直後、岩壁から振動で崩れ落ちてきた岩が上から雪崩れ込んで“プロテクション”と激しくぶつかる音が響いてくる。
幸い、私たちの頭上からそこまで大きな岩は落ちてこなかったため、“プロテクション”は破壊されることなく無事に済んだ。
「くそ……やられた……!」
だが、日向くんはある方向を睨み付けて悔しそうにそう呟く。
何がやられた……って──
日向くんの視線の方向にあるのは、私たちが進もうとしていた道……だったもの。
今の地団駄で、道が瓦礫で埋まっていた。
『ガアッ!』
さっきの仕返しだと言わんばかりに、吠えるヨロイワグマ。
「くそ……!」
『ギゲッ!!』
再び雄叫びを上げ、日向くんへと襲いかかるヨロイワグマ。
それに対し、接近して振り下ろしてきた右手の鋭利な爪を素早い動きで後ろに避けていく日向くん。
直後、2つの小太刀を鞘から抜き、逆手の状態で刃ではなく峰が正面に来るように構え直すと、そのまま反撃に入った。
「“火炎刃”!」
右手に持った小太刀の刀身が朱色の炎に包まれ、ヨロイワグマの胴体へと振り下ろされる。
『ガッ!?』
まともに攻撃を喰らったヨロイワグマは、一瞬だけ呻き声を上げるが平気そうな顔をしている。
「ちっ……!」
ヨロイワグマはすぐに反撃で左腕を振るってくるが、日向くんはそれを難なくかわし後方へと下がりヨロイワグマと距離を取る。
ヨロイワグマの胴体は、少し表面の岩の皮膚が砕けて黒い焦げ目がついている程度で、大したダメージにはなっていなさそうだ。
──私は……見ていることしか出来ないのだろうか?
晃太くんのそばを離れるわけにも行かないけど、だからと言って日向くんをヨロイワグマと一人で戦わせっぱなしというのもダメな気がする。
というか、むしろよくここまで日向くんは一人で戦えてると思う。
ヨロイワグマは、本来はそこそこ経験の積んだ冒険者しか行かないような場所に出てくる魔物だ。
普通の初心者冒険者が出くわしたら十中八九の確率でゲームオーバー、即ち死。
もちろん、私もその一人だ。
いくら周りから天才なんて言われても、経験値のない実戦の前には無意味である。
そんな私が、加勢しても却って足手まといになるのではないだろうか?
そんな考えと、晃太くんを守らないといけないことと、加勢をしたい気持ちが、グルグルと脳内を一瞬で駆け巡る。
私はどうすれば……。
「……神崎さん、俺は大丈夫だからさ、出来れば南の援護、してもらえないか?」
そう言って、苦しそうな顔をして息を吐く晃太くん。
「けど……!」
「大丈夫。今はあいつをどうにかしなきゃどうにもなんないんだ」
「……うむ。晃太の言う通りである。美穂、晃太なら私が見ている。南の援護を頼む」
そう言って、私の肩から晃太くんの肩へと乗り移るハバネロ。
「…………わかった。その代わり、そこから動いちゃダメだからね」
そこまで言われちゃ、やるしかない。
私は“プロテクション”を解除して、眼前を見据えて日向くんとヨロイワグマの攻防の様子を窺う。
ヨロイワグマの大振りな攻撃を素早い動きで避け、朱色に燃え上がる刀身の峰でヨロイワグマの至る箇所を殴っていく。
いわゆるヒットアンドアウェイに近い動きで、日向くんが優勢に見える。
しかし実際には、ヨロイワグマにダメージはあまりなく、逆にヨロイワグマの攻撃を一発でも受けたらアウトの状況。
私の攻撃魔法じゃヨロイワグマの岩の皮膚に大したダメージは与えられない。
助太刀しようにもどうすれば……。
そんなことを考えて下手に動けずにいると、ヨロイワグマがイライラを募らせてきたのか雄叫びを上げた。
『ガアアラアア!!』
そして、その場で右手の硬い爪で掬い上げるように硬い地面を掘り、その掘り上げた塊を日向くんに向かって投げつけた。
「なっ……!」
その行動に日向くんは小太刀を正面でクロスさせ、塊を防ぐ。
「しまった……!」
だが、塊と双剣がぶつかり合った瞬間、塊は破片となって砕け、日向くんの顔面へと襲いかかっていく。
「目潰し……!」
これが狙いだったと言わんばかりに、ヨロイワグマは日向くんとの距離を一気に詰めて右腕を振り上げた。
「“プロテクト”!」
日向くんの前方に咄嗟に発動させた“プロテクト”は、ヨロイワグマの一撃を防ぎ、その腕を弾かせた。
「後ろに下がって!」
私の声に、日向くんはすぐに反応しヨロイワグマの攻撃がすぐに届かない範囲まで下がり、目を擦る。
「っぶねえ……。助かった神崎」
「日向くん、私も戦うよ。援護なら任せて」
「でもお前、足が……それに晃太は……」
ヨロイワグマの方に視線を向け、刃を向けて牽制しながら、そう返す日向くん。
「南!そんなことを言ってる場合ではない! そいつを倒すことを優先して考えろ!それが全員で無事に出られる確率が一番高い!」
だが、ハバネロが怒鳴るように叫ぶと、日向くんの顔つきが変わった。
「……それもそうだな」
そう呟くと、日向くんの全身に、朱色のオーラが纏わりつくように表れる。
「神崎。後ろを守りつつ援護射撃。頼めるか?」
日向くんの言葉に、戸惑いと不安を覚えつつ私は頷く。
「任せて!」
「よし。じゃあ俺はあいつを倒すことに全集中する」
日向くんは、刀身を向けたままじりじりとヨロイワグマに近づいていく。
対して、ヨロイワグマもそれに応じるようにじりじりと距離を詰めていく。
「ふう……」
深く息を吐いて、頭を落ち着かせる。
今の私が出来ることは、ヨロイワグマに対してのお邪魔攻撃。
私の魔法でヨロイワグマに致命的なダメージを与えるのは無理だけど、妨害が出来れば日向くんの攻撃が通りやすくなる。
「ホルダーオフ」
腰のポーチに着けていた武器などを縮小させて保管出来るキーホルダー状の魔道具『コンホルダー』を取り外し詠唱。
すると、中に収容されていた『初心者にオススメ!』と銘打って売られていた魔法使い用のステッキが現れる。
先端に魔法の発動をサポートしてくれる白色の水晶、マナストーンが装飾されたのみの片手サイズのシンプルな杖だ。
杖を介してのアビリティの攻撃は、わずかだが威力が上がる。
雀の涙ほどの威力上昇でも、使わない理由はない。
「“フリーズ”!」
まずは足止めを試みる。
ヨロイワグマの足元に氷属性の魔法陣を発現させ、冷気を発して膝下辺りまでを凍りつかせた。
「“エレキ”!」
続けて、雷属性の魔法陣をヨロイワグマに直接発現、全身に電気を浴びせる。
『グル……!』
ヨロイワグマは、煩わしそうな表情を見せながらも怯みを見せた。
「ナイス神崎!今のうち──」
その隙に日向くんが攻撃をしようと体勢に入った瞬間。
『──ガルアッ!』
ヨロイワグマは、痺れもお構い無しに電気を力づくで強引に弾き、覆っていた足の氷も力で強引に砕きその破片をそのままこちらへと蹴り飛ばしてきた。
「“プロテクト”!」
私は反射的に“プロテクト”を発動させ、後ろにいる晃太くんにも当たらないように氷の破片を防ぐ。
「“火炎刃”!」
そして、日向くんは炎を纏った刃を振るい、弾き飛ばし――否、即座に蒸発させることで防いでいた。
その隙をつき、ヨロイワグマは近くの岩壁の下へ移動していた。
「何を……」
私がそう言いかけた瞬間、ヨロイワグマはその右腕を壁に向かって突きだし鋭利な爪を使って壁へとめり込ませた。
そして────
「いや……いやいやいや。嘘でしょ……?」
岩が砕け雪崩が起きる音と共に、馬鹿みたいな光景が目の前で繰り広げられていた。
ヨロイワグマは岩壁に爪を食い込ませ、それをそのまま岩壁ごと引き抜いたのだ。
岩壁にはクレーターのような跡。
そして、ヨロイワグマの手には直径2メートルはありそうな岩壁の欠片……というよりは最早岩そのものが握られていた。
その時、さっきの謎の攻撃が脳裏をよぎった。
まさかあれを投げたの?
日向くんをちらりと見ると、小太刀を構え手足からは朱色の炎が溢れていた。
「さっきのよりでけえなおい……!」
そう言う日向くんの口角は上がっていたが、目が全く笑っていない。
どうしよう。
あれを防げる魔法を……“プロテクト”じゃ防げない。
避けたら後ろの晃太くんが死ぬ。
私の攻撃であれをすぐに破壊……出来る……?
「神崎!」
日向くんの怒号で思考が止まり、目の前の景色が意識の中に入り込んでくる。
『グラアッ!』
それと同時に、ヨロイワグマは持っていた巨岩を私目掛けて投げ──
「“サンダーアロー”!!」
──ようとした瞬間、後ろから黄色い一閃が空気を切り裂きながら私の横を突き抜けていき、ヨロイワグマの右腕に突き刺さった。
『ガッ!?』
「今だ!」
その声とともに、私は察すると同時に右手をヨロイワグマに向けた。
晃太くんの放った稲妻の矢、“サンダーアロー”でヨロイワグマの動きが止まった。
“サンダーアロー”が突き刺さった右の上腕回りが痺れてるんだ!
だったら、私が使うのは……!
「“ウォーターボール”!」
杖の先端から放たれる水の球体。
攻撃魔法としては、そこまでのダメージを与えられないけど……!
『グギギギ……!』
“ウォーターボール”がヨロイワグマに命中すると、そこを伝っていくように“サンダーアロー”の電気が濡れた箇所を感電させていく。
「“ウォーターボール”!」
「“サンダーアロー”!」
続けざまに、“ウォーターボール”を撃つと、さらに背後から晃太くんが掩護射撃をしてきてくれる。
そのお陰か、ヨロイワグマの全身が水と電気で感電して身動きが取れない状況になっていた。
後ろを振り向くと、晃太くんは“サンダーアロー”を撃った腕を震わせながらも笑っていた。
「南!!」
そして、その名を呼ぶと。
「ああ! “業火斬”!」
日向くんは、刃に纏わせた朱色の炎をヨロイワグマに向かって斬撃として放った。
『グルアアアアア!?』
直後、激しい爆炎と衝撃波が洞窟内を吹き荒れた。
「──そうか!水素爆発!」
水が電気分解されて、水素と酸素に分かれたところに火を使えば水素爆発が起こる。
まさか、こんな場面で化学の知識が役立つとは思ってもなかった。
しかし、その硬い岩の皮膚に守られたお陰かヨロイワグマにダメージは入ったものの、致命的なものとまでは行かないようで、ヨロイワグマはまだ倒れない。
「“疾風脚”!」
だが、日向くんはそれも織り込み済みなのか、即座に風を脚に纏わせて猛スピードでヨロイワグマに突っ込んでいく。
「“メテオストライク”!」
そして、今度は右足に朱色の炎を球体状に纏わせ、ヨロイワグマの胴体に向かって思いきり飛び蹴りをかました。
『ガ……!』
さっきの爆発で脆くなっていたのか、蹴りが入った部分を中心に岩の皮膚にヒビが広がっていく。
直後、蹴りの反動で上にジャンプした日向くんは右手に持っていた小太刀に、今までより朱く、そして強い波動を込めてそれを放った。
「“朱閃”!!」
朱色に強く輝く刃が振るわれると、ヨロイワグマの身体が真っ二つになり、そして振るった勢いで後ろの岩壁から天井、床にかけて全てに斬撃が広がっていく。
そして、ヨロイワグマの姿が黒いモヤとなって消えると同時、日向くんの全身の朱いオーラが一瞬だけ大きい翼を広げた鳥のような形になり、それはすぐにオーラごと無くなった。
「ふう……!」
一息つき、こちらを振り向いて安心したような顔を見せる日向くん。
その背後では、さっきの攻撃の影響で天井から岩壁、床にかけて太刀筋の部分が全て斬られた跡と焦げた跡となって残っている。
「ナイス南……!」
晃太くんはぐったりとしつつも、日向くんと私に向けてグッドサインをしてきた。
「これで帰──」
と同時に、そのまま気を失ってしまった──。
「って、ええええええ!!ちょっと晃太くん!大丈夫!?」
「おい晃太!くそ、早くここから出て……って!入口までの道塞がってんだった!」
「ちょっ──!どうしよう!?」
「落ち着け!とりあえず晃太は頑丈だからしばらくは大丈夫なはず!だからあの瓦礫を──どうやってどかすんだよ!?」
「落ち着くのはお前だ南!普通にお前のフォースで順番に崩せばよかろう!」
――その後、ハバネロの的確すぎるツッコミを受けながらどうにかダンジョンを脱出し、私たちの冒険初日は幕を閉じた。
これが、私の――私と南たちの始まりのエピソード。
これから先、この災難を悠々と超えてしまう出来事の連続が待ち受けているとは、この時の私は知る由もない。




