#002.合流
《ロックガルム》。
それは、全身が岩のような皮膚の鎧に覆われたゴールデンレトリバーを二周り程大きくした狼のような魔物。
戦闘力はそこまで高くなく、単体なら一般人でも武器を持てば追い払えるレベルの魔物だ。
ただし、それはあくまで単体での話。
ロックガルムの厄介なところは群れをなして活動する魔物であるということ。
ボスを筆頭に統率の取れた動きで獲物を狩るその習性は、いわゆる中級クラスと呼ばれる冒険者でも苦戦することがあるとても厄介な魔物────らしい。
と、そんな前置きはさておき、私たちの目の前にはそのロックガルムの姿。
その数5体。
赤く鋭い眼光をこちらに向け、ゆっくりと、じりじり距離を詰めてきている。
今で大体10メートルくらいだろうか。
ロックガルムの素早さを考えれば、一瞬で襲われる距離だ。
おまけに、現在の位置はあまり広い場所ではなく、左右に逃げ場所はない。
つまり──
「詰んだ……」
「諦めるの早えなおい」
すかさず入る日向くんのツッコミ。
「いや、まあ半分冗談だけどさあ……実際問題、あの数相手にどうするわけ?」
「5体なら俺一人で大丈夫だ……多分。だから神崎は、自分の身を守ること優先で頼む」
「多分って────」
と言いかけたところで、日向くんは腰に装備していた二つの小太刀を逆手で鞘から抜いた。
「«スードクロスト»」
そして、その言葉と同時に日向くんの髪と目が朱色に染まっていくと同時に、全身に朱色の波動のオーラを纏っていく。
それを見たロックガルムたちは一斉に吠え、前にいた2体がこちらへと襲いかかってきた。
「って、“プロテクト”!」
慌てて、私は防御魔法の1つ“プロテクト”を発動させた。
正面に現れるクリアグリーンの色をした、人がすっぽり隠れる小さい六角形が連なった盾である。
同時に、日向くんに飛びかかるロックガルム。
日向くんはそれを避ける────のではなく、迎え撃つように小太刀の刀身をロックガルムに向けて振るう。
『ガルッ……!』
振るわれた刀身は、ロックガルムが白刃取りの如く噛みついて攻撃を防いだ……かに見えた。
「“火炎刃”!」
その瞬間、日向くんの刀身が激しい朱色の炎に包まれて、刀身に噛みついているロックガルムも構わずそのまま小太刀を振り抜いた。
『ガッ……!』
噛みついていたロックガルムが燃え盛りながら、もう1頭のロックガルムと地面に叩きつけられる勢いでぶつかり、もう1体のロックガルムにも火が燃え移っていく。
地面で燃える熱さにもがくロックガルムたち。
日向くんは、一切の躊躇いもなしに止めの一撃を心臓部分に向かって刀身を突きつけた。
瞬間、ロックガルムは叫び声も上げることなくその体は黒い塵となって消え去った。
仲間がやられたからか、後ろにいた残りの3体が警戒心をさらに強め、『グルルルル』と喉を鳴らしている。
「ふむ……あの奥の個体がリーダーか」
「……え?」
耳元でいきなり声がしたので、横を向くとそこにはいつ間にか私の右肩に乗っかっていたハバネロがいた。
「のわっ!……びっくりしたあ。いつの間に……」
「戦闘になると邪魔になるのでな。肩を借りていたぞ」
重さが全然感じられないから気づかなかった……。
そして、右肩がほんのり温かい。
「……で、なんで奥のがリーダーだってわかるの?」
「魔物の群れにおけるリーダーというのは、基本的に積極的には戦わずに司令塔的な役割をするからな。さっき、美穂と会う前に遭遇した時はもっと数がいたからどれがリーダーかわからなかったが……」
「……あまり聞きたくないんだけど、何体?」
「ざっと見た限りでは20はいたな」
「にじゅっ!?」
そんな数に襲われてよく無事だったな日向くん……。
いや、友達とはぐれてるから無事とは言いきれてないかもだけど。
そもそも、友達大丈夫なのか……?
「……“業火斬”!」
と、そこまでで長時間の睨み合いを嫌ったのか、日向くんは小太刀をその場で横一線に振り抜き、刀身から三日月状の炎の斬撃波を放った。
『ガルアッ!!』
それを見たロックガルムたちは、“業火斬”を避けてこっちに向かって突進してきた。
小太刀を構える日向くん。
またカウンターで攻撃を返そうとする。
「なっ……!」
が、ロックガルムたちは、日向くんを避けてこちらへと向かってきた。
ヤバ──!
「“プロテクション”!」
瞬時に、守りを前方防御の“プロテクト”から、全方位を防御する“プロテクション”へとスライドさせて攻撃に備える。
だがしかし。
「え……?」
私を中心に展開された円状のクリアグリーンの盾に、ロックガルムたちは見向きもせずにそのまま走り去っていった。
「逃げた……何で?」
予想外の行動に唖然としていると、ロックガルムがやってきた方向から、こちらに向かって走ってくるような足音が微かに聞こえてくる。
「まさかまた魔物じゃ……!」
“プロテクション”を解かずに、向こうからやってくる何かを警戒していると────
「いや、違う」
ハバネロがどこか安堵したような声色でそう言った。
「おーい、南ー!」
直後に聞こえてくる、周囲によく通るようなはっきりとした声。
「ったく……心配かけさせるんじゃねえよ」
日向くんも安堵したような気の抜けた声で呟く。
声の主の姿が近づくにつれて、はっきりと見えてくる。
「…………ん?」
その風貌に私は一瞬目を疑った。
全身に黒を基調としたライダースーツのようなものを纏い、胴体には肩まで覆われた赤、青、黄色の三色の鈍く光るラインが張り巡らされたメタリックグレーの鎧、前腕と脛から足首部分にかけて施された鎧と同じような保護具。
腹部に巻かれたベルトのようなもののバックル部分には、緑色に鈍く輝くマナストーンがはめ込まれている。
そして、何よりの極めつけは────
「特撮のコスプレ……?」
額を中心にYとtが合わさったような触覚にも見えるメタリックグレーの飾り、飾りの縦棒の下に重なるように付いている緑色のひし形を左右対称にして合わさったようなデザインのアイシールド、口元には三角形の中に逆さにした三角形を入れたようなラインが入った黒を基調としたフルフェイスマスク。
もう、完全にそれにしか見えなかった。
「お前、“魔装変身”使ったのか?それにボロボロじゃねえか」
「ああ!南たちとはぐれた後、ロックガルムたちに追いつかれちゃってなー」
そう言って「ははは」と笑う日向くんの友達。
私からすれば笑い事じゃないのだが……。
「それで戦ったのか……」
「流石に10体以上相手にするのはしんどかったけどなんとか倒したぜ!」
そう言って、サムズアップを日向くんに向ける姿はもう完全にそれにしか見えない。
「そうだ!そう言えばこっちにロックガルム来なかったか?戦ってるうちに何体か逃がしちまってさ。てか、その子は?」
「ロックガルムなら2体倒して、あとはリーダー格っぽいのを含めた3体があっちに逃げていった。んで、こっちは神崎美穂。さっきそこで知り合った」
「よ、よろしく……」
「俺は結城 晃太!よろしくな!」
多分、マスクの中は笑っているであろう声色で挨拶を交わしてきた。
というか、声が大きい……。
「おい晃太。あまり大声出すな。ヨロイワグマに気づかれたらどうすんだ。大体さっきも――」
日向くんがそこまで言いかけた時だった。
『ガ──』
ロックガルムが逃げてきた方向から、断末魔の叫びのようなものが微かに聞こえた。
その声で全員の動きが一瞬で止まる。
同時に何かがこちらに向かって転がってきた。
「……っっ!!」
声にならない声が出そうになり、口を手で抑える。
転がってきたのは、ロックガルムの頭部だった。
その場に緊張感が張り巡らされ、洞窟内に一陣の風が吹き抜ける。
「まずい!」
ハバネロが叫んだその時だった。
「避けろ!!」
「は──」
一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
日向くんの声と共に急に突き飛ばされた体、直後に聞こえる何かが砕け散るような音と呻き声。
気がついた時には、私の横でたった今まで自己紹介してくれた晃太くんが、数メートル先の砕けた岩の破片とともに岩壁に叩きつけられ、ぐったりしていた。
「晃太!!」
日向くんの叫び声が洞窟内に響き渡る中、ゆっくりと“それ”が姿を現した――。




