#001.クソゲー
――これまで、人より多くのことに恵まれた人生だと私は思っていた。
まず第一に自他共に認める美人であること。
そして頭脳明晰、運動神経抜群、性格は――まあ思ったことがそのまま口に出るのがたまに傷だが、周囲に馴染めてるので別にそんな悪いわけではない……はず。
さて、暦は四月。
華の高校生活を目前に控えた今日この頃。
現在の私の心境はと言うと――。
『グルアアアアアアア!!』
「ぎゃああああ!!!」
助けて! 誰か、超助けて!!
15年分の走馬灯が脳内を駆け巡る。
とある洞窟内、足元もろくに見えない暗さの中で、私は全力疾走で“それ”から逃げていた。
《ヨロイワグマ》。
名前の通り、見た目が岩のような硬い皮膚を鎧のように全身を包んだクマである。
クマと言っても、動物としての熊ではない。
魔物と呼ばれる、生命体ではない活動体だ。
もうどのくらい追いかけられただろうか。
洞窟内は少し入り組んだ構造になっていて、大きい道から小さな道まで色んなところを駆け回った。
おかげで息切れはひどいし、足は重いし、そもそも洞窟のぼこぼこした道は体力を余分に削られてしんどい。
けど、ここで足を止めてしまえば確実にやられる。
──一か八か反撃してみる?
いや、多分私の魔法じゃ多分あれは倒せないよね……。
「あ――」
その瞬間、つま先が出っ張った地面に引っかかり視界が縦に回った。
否、つまづいた勢いそのままに私の体が前へと転がっていったのだ。
『ガアアアアアッッ!!』
その隙をついて、ヨロイワグマが距離を詰めてその太くて黒い爪を振りかざし攻撃態勢に入る。
「“プロ――」
咄嗟に防御しようと、魔法を発動させようとするが。
――間に合わない、死――
「ラアアアアアアアアア!!!」
その刹那、叫び声とともに目の前で赤い閃光が迸り、ヨロイワグマの顔面に直撃した。
ヨロイワグマは、勢いよく後方にその鎧のような体で地面を抉りながら吹っ飛んでいく。
「南! 天井だ!」
「“噴火鉄拳”!」
赤い閃光の正体は、一人の男子だった。
男子は、どこからともなく聞こえた別の声に呼応するようにそれを放つ。
右の拳から放たれた朱色の熱光線。
それが天井に直撃すると、そこから大量の瓦礫が崩れ落ちてきて、ヨロイワグマを下敷きにした。
「おい! 大丈夫か!?」
ヨロイワグマが、瓦礫の山に埋もれたのを見届けたその人は、すぐにこっちを振り向いて駆け寄ってくる。
「――あ、うん……」
そこで、ハッとしたように我に返った。
「立てるか?」
燃えるような朱色の髪と瞳に思わず目が行く。
同い年くらいかな……?
「大じょ――っっ!?」
差し伸べられた手を取って立ち上がろうとした瞬間、膝に激痛が走った。
膝に視線を向けると、履いていたレギンスが裂けて血がダラダラと流れていた。
それと同時に、全身に鈍い痛みが響く。
転んだ時に膝から地面に落ちて全身を打ちつけたのだ。
頭だけは咄嗟に守ったっぽいから大丈夫だけど……。
痛みのせいで吐き気を催す。
おまけに、膝の痛みで中々立ち上がれない。
「……あいつが起き上がるのも時間の問題だ。とりあえず俺に捕まっててくれ」
男子はそう言うと、しゃがんで私に背中を向けた。
おぶされと言うことだろう。
「ありがとう、ごめんなさい……」
私は体を男子の背中に任せるようにおぶさると、そそくさとその場を離れていった。
──── ──── ────
「――とりあえずこれで……どうだ?」
「なんとか歩けるかも……」
あれから、少し歩いたところにヨロイワグマが入って来れないような小さなスペースを見つけたところで、私は男子に膝の応急処置を受けてもらっていた。
ガーゼとテーピングで押さえてもらった傷口は、動くとかなり痛いがこれ以上は酷くはならないだろう。
「あの……本当にありがとう。君が来てくれなきゃ今ごろは――」
自分でそこまで言葉にして、改めて背筋に寒気が走る。
状況が一旦落ち着いたこともあるのだろう。
さっきまでの出来事が、死に限りなく近い状況だったことに怖くなってしまった。
「気にすんな……ってもあの状況じゃ無理か……」
私の顔を見て察したようにそう呟く。
「俺は日向 南。アビリティは炎のフォースだ」
男子もとい、日向くんは応急処置をする為に出してくれた懐中電灯の明かりを、常夜灯くらいになるまで下げる。
さっきまでとは打って変わって、その見た目は茶色っぽい髪と瞳になっていた。
多分、そういうスキルなのだろう。
「あ……私は神崎 美穂。アビリティは魔法です」
そして、軽く互いに自己紹介し合ったところで、日向くんの左肩に乗っていたそれが口を開いた。
「私はハバネロである。よろしく頼む」
「よろしく────え?今喋った?」
それは、雀くらいのサイズの全身がまるで火が揺らめくような羽毛に包まれた赤色の鳥だった。
「あー……とりあえず説明は後でいいか?まずは、あのヨロイワグマをどうにかするのを考えないと」
「……うん……わかった」
私が頷くと、頼むと言わんばかりに日向くんは少し微笑んだ後、後頭部を掻きながらため息を吐くように言った。
「ったく……にしても初めての魔迷宮だってのに、いきなりあんなんに遭遇するとか運がねえな……。ていうか、初心者向け魔迷宮にいるのがおかしいだろ」
「確かにそうだ……ね────?」
と、私も同意しかけたところでふと疑問に思った。
「え……?初めて……?嘘でしょ……?」
「いや、嘘じゃないけど」
真顔の日向くん。
どうやら本当らしい。
いや、でも確かに考えてみれば私と同い年くらいだし、そりゃ私と同じで今日が初めての魔迷宮だって言われてもわかる。
でもさ────!
「いやいや……だってさっきヨロイワグマのことぶっ飛ばしてたじゃん……」
おまけに、天井を崩して相手を生き埋めにするとかいう明らか初心者じゃないムーブしてましたよね?
「……まあ、鍛えてたからな」
「多分だけど、普通の人は鍛えててもいきなりあのモンスターを躊躇無くぶっ飛ばせないと思う」
現状をゲームで例えるなら、5Lvで冒険が始まり、初っぱなの敵が40Lvくらいで、しかも強制イベントでもない普通のエンカウントとかいうクソゲー具合だった。
にも関わらず、日向くんはそれを相手に怯ませた挙句、バインド状態にしてそのまま逃げおおせるとかいうイカレたことをしてのけた。
それを、現実で鍛えていたからで済ますのはいかがなものかと思う。
「────あ」
そんなことを考えていると、逃げてきた方向からガラガラと何かが崩れ落ちる音が微かに聞こえてきた。
「さてと……あまりのんびりしてられないな」
日向くんはそう言って立ち上がると、手を差し伸べてきた。
「そうだね。行こう」
「……さっきよりは大丈夫みたいだな」
日向くんの手を取って立ち上がると、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
痛いものは痛いのだが、ここでいつまでも留まってるわけにもいかない。
気合と根性で痛みは我慢である。
「神崎、防御魔法は使えるか?」
「うん」
「よし。なら道中は自分の身を守ることだけに専念してくれ。魔物は俺がどうにかする」
怪我を気遣ってくれてるのだろう。
ここはお言葉に甘えるとしよう。
「わかった」
「──南。息巻くのはいいが、さっき逃げてきたロックガルムの群れにまた出くわしたらどうするのだ?あれを一人で相手にするのはさすがに骨が折れると思うが」
──と、それまで口を噤んでいたハバネロが淡々と言った。
「──あ」
……今『あ』って言った?
「それに、ヨロイワグマも追ってくる可能性が高い。足止めをくらえば追いつかれるぞ」
「ぐぬ……」
……おっと?なんか雲行きがだいぶ怪しくなってきた気が。
「それに、晃太はどうするのだ。ロックガルムに襲われてはぐれてからそのままであろう」
「あいつは知らん」
ハバネロの言葉に、眉を少しひそめていた日向くんの顔がそこで急に真顔になった。
「えっと……友達……? 大丈夫なの?」
「ああ、あいつはとりあえず放っといてもいい。ていうか、そもそもあいつが……ってそれはいいや。────とにかく!今は無事にここを脱出するのが優先だろ」
日向くんの視線が、私の膝へと一瞬だけ向けられた。
なんだか今のやり取りを見て少し不安な気もするが、ここに留まっていても不毛なのは明らかだ。
「……わかった。行こう」
後々思い返せば、私たちの冒険の最初の一歩が踏み出された瞬間だった。




