(3)
怖い。
足先が震えて恐怖が全身を包む。
私達を捕まえた犯人は、多分絆創膏か何かをとるためにこの場を離れた…のだと思う。
「大丈夫…大丈夫。」
さっきは平然としていたが、犯人が居なくなった瞬間に必死に自分に言い聞かせるようにしている楓ちゃんを見て、私も心を決める。
守らないと。自分も、この子も。
楓ちゃんは偶に変わったところもあるけど、綺麗で、根は心優しい子だから。
私がいないと。私がそばにいないと危ないから。
「楓ちゃん。絶対に一緒に…あんな変態から、絶対逃げようね!」
顔だけをこちらに向けて血が滴る頭を大きく頷いてくれる。
「所でなんで、傷をつけたら犯人が焦ってた…の?」
「多分あの人、この前騒ぎになった標本事件、その犯人だよ」
楓ちゃんは取り繕うように平然を装いなおして教えてくれる。
確かに。2年くらい前に隣区で標本化された人間の死体が見つかったか何かでその日は休校になったり、見守りの人が増えた時期があった気がする。
「だからって…なんで」
「この状況とさっきの発言だね。疑った要因は私達の手と足を縛るロープかな。
手と手を縛る所謂手錠型。でもよく見ればその下にタオルが挟まってるでしょ?これは多分暴れたときに間違ってもロープの跡が付かないようにするため、足も同じだけど靴下があるからしてないみたいだね。それに驚かせても傷付けたりしてないし、性的なこともなし。それにさっきの発言。綺麗なままでだっけ?その発言からそうかな、って。少なくとも傷付ける気はないみたいだし、お金目当てならあんな質問とかをせずに親に電話させるだろうしね」
ただ凄い。あの一瞬でそれを判断して、自分の頭を打ち付けたのだろうか。
でも…そうなると。
「もしかして二週間経ったら私達…」
「標本にされちゃうね」
あっさりと告げられた自分のifに心臓が飛び跳ねる。
…死ぬ?私が?私達が?
『死』それは知ってはいたが、考えも、いや考えないようにしていた不変の物。
いつか絶対に来る終わり。
それが膝を飛び越えて喉元にまで迫ってきている。
「安心して。その為の二週間だよ。絶対に二人で生きて出るんでしょ?」
楓ちゃんがその私に迫る強烈な死のイメージを跳ね飛ばすように笑う。
縛られているせいで、上手く近づけないが、心は確かにつながっていると感じる。
二人なら絶対に大丈夫だ。
その時に階段を下る音が聞こえた。
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「は…?」
死んでいる。
思わず救急箱を取り落としてしまう。
凜ちゃんの方だけが縄を解いて首を吊って死んでいる。
「こんな!勿体ない!!」
急いで縄を解いて息を確保し、心臓マッサージを行う。
普段使わない救急箱を捜したせいで手間取ってはいたが、離れていた時間は十分もない。
まだギリギリ蘇生できるかもしれない。
「くそっなんでこんなこと!」
自分で死を望むほどは追い込んでいなかったはずだ。
僕の焦燥と裏腹に、十秒、数分、心臓マッサージを続けても、彼女の魂は現世に帰ってくる様子はなく、手足はだらんと生気がない。
皮下出血の跡があるが、死に顔は僅かに安らいでいるようにも見える。
急いで彼女を抱えて立ち上がる。
まだだ。まだ時間はある。
楓ちゃんの方を見ると、心底怯えた表情をしている。
状況から見て、まず間違いなく自殺。
「連れていくか…」
連れて行くのはリスクでしかない。
だが、この地下室ははっきり言って閉じ込めるような仕掛けは一切ない。
仮に拘束を解かれると、どう転ぶか分からない。
「怖い。連れて行って…一人にしないで…」
楓ちゃんがそういうと泣きそうな顔でこちらを見てくる。
彼女からすると一緒に連れてきた人間が、自殺したのだ。
極端な話、後追いでもされる可能性を考えると置いても行けない。
一応元々の計画でも、"処置"の前段階であっちに運ぶ予定はあった。
睡眠薬を盛った状態なら道中の心配はまずない。
今は夜。
博物館も閉館しており、うちは警備員もいるにはいるが、大体寝ているかいない。
監視カメラも僕がすでに壊しているのが現状だ。
仮に叫ばれてもバレない目算はある。
"処置"は凜ちゃんのサイズなら一週間弱かかる。
車に乗って急いで博物館へ向かう。
速度違反したい気持ちをぎりぎりで抑えながら数時間前とは別の心境で逸る気持ちで進む。
前菜扱いしていたとはいえ、凜ちゃんも永遠を捧ぐにふさわしい逸材。
無為にしていいはずがない。
僕は館長の息子で後々侵入バレても問題はない。
警備員もおらず、警備員としては失格も良いところだが、僕にとっては都合がとてもいい。
急いで"処置"に取り掛かる。
少女二人を運び込むが、凜ちゃんの…既に死体は凄く軽く感じる。
人間の死体を博物館に運んだのは初めてた。
いつも運んでからしていたから。
まだ時間は経っておらず、死後硬直が始まる前に急いで"処置"に取り掛かる。
人体で最も腐りやすい血を抜き、内臓を抜く作業だ。
一番血生臭い作業と言える。
「…うぅ」
数時間前と全く同じ声を上げて彼女が目を覚ます。
既に凜ちゃんの"処置"は始めており、構っている時間はない。
うるさくしなければ問題ない。
「…ふぅ」
追いつめられれば人間本気が出るもので、必要最低限の"処置"が終わった。
放置して良いわけではないが、この分ならすぐに腐り始めることはない。
明日以降しっかりと作業すれば他の子と同じように綺麗なままで置いておける。
「そうだ…彼女は」
集中し過ぎていたせいで、彼女の事を見ていなかった。
逃げられていても気が付かなかったかもしれない。
首を動かせば苦も無く見つかる。
彼女はぽつんと立っている。
何をするでもなく、ただ漫然と僕の作業をじっと、ただじっと見ていた。
あの時僕がみた黒。飲み込む黒だ。
その黒い二つの瞳がただ煌々と怪しく光っている。
その視線からは何も感じない。
友達が死んだことへの悲しみも、その友達に"処置"をした僕への怒りも、感謝も。
状況に対する恐怖も、何も。
なんだこれは?
恐怖とも取れない感情が、僕の中に詰め込まれる。
「それ、早く片付けないと」
彼女が指差した先は凜ちゃんから取り出した血や内臓の一部。
「あ、あぁ。すぐ戻ってくるから」
逃げられないよ、と続けようとした言葉はなぜか喉元で止まってしまう。
専用のごみ箱に入れて封をする。
仕事で動物の内臓を処理することもあり、それに混ぜればまずバレない。
何も問題はないはずだ。
あと二週間くらいで彼女の傷は治る。
予想外の事はあったが、問題ない。問題ないはずなんだ。
だが自分の中に詰められた感情が、"安心"なのだと気が付いたせいで粘っこく染みつく嫌な気配を振り払うことができなかった。




