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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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依頼31:フィンク邸襲撃に関する情報共有 2/2

 状況対処に追われ多忙なフィンク市長も、護衛達から話を聞いたリーピとケイリーが市庁舎に到着するや否や即座に面会を許した。


 とはいえ、休憩時間ついでという形ではあったが。執務室の脇、給湯室の近くで立ったまま茶をすすっているフィンクに対し、リーピは手短に報告した。


「フィンク市長私邸を襲撃した菌糸罹患者は、昨晩ケイリーが工業区画にて遭遇した個体と同一です。手足が伸長した変異、顔面に残る刺突痕など、明瞭な特徴が一致しています。」


「前と同じ手で来やがったから、まさかとは思ったがやっぱりか。レイストスめ、罹患者になってもなお俺の手を煩わせやがる……所詮はお坊ちゃまのくせしてよ。」


「レイストス、ですか?」


 彼の愚痴りの途中で知った名前が出てきたため、リーピは思わずフィンクへ聞き返していた。


 レイストスは前市長の息子であり、キナ議員の夫であり、プルスの父親にあたる男だ。


 以前、旧市長一派が製剤会社の敷地へ赴き、そこで全員が特異菌糸罹患者となり果てた後、滅菌部隊の突入を避けて事前脱出した罹患者集団の一員である。製剤会社周辺地域にて菌糸に感染させた仲間を増やし、都市部への襲撃を主導したと見られている。


 今になって再び聞くことになるとは思いもしない名前であった。


「レイストス、とは、前市長の息子さんであるレイストス元議員のことですか?」


「他に居ないだろ。というかお前ら、俺の護衛どもから聞かなかったのか。アイツらは長いこと俺に付き従ってるおかげで議員連中の顔を覚えてるし、昨晩俺の屋敷から逃げていく罹患者の顔を見てるから気づいてる。狙ったように俺の屋敷を襲ってきやがったのは、レイストスだ。」


「初耳です、護衛の皆さんはその名を一度も口にされなかったので。」


「ったく律儀すぎる連中だ、自動人形相手にそこまで徹底して情報を絞らんでもいいってのに。情報共有しづらいだろ、こっちが知ってることをちゃんと教えてやらねーと。」


 ぶつくさ言いながら茶をすすっているフィンク市長。


 一方で、今しがた伝えられた情報だけではリーピとケイリーの中に矛盾点が残りっぱなしであった。


「重ねてお聞きしても宜しいでしょうか、僕らの認識におきましては、レイストス元議員は先日、キナ議員の自宅を襲撃し、その場で警邏隊に捕縛され枯死処分を下されたはずなのですが。」


「あれは別人だ。いや、もう人間じゃなかったんだから、別個体、って言うべきか?そもそもお前らは議員連中と知り合いでもねぇんだ、現場で相手の顔を見たところで、誰が誰だか分からねぇだろ。」


「仰る通り、です。」


 以前キナ議員の自宅を襲撃した存在は、彼女の自宅の鍵を所持しているという一点だけを理由に、キナの夫であったレイストス元議員だ……と推定されていた。


 だが、当然ながら鍵を本来所持していた者であるとの保証は無い。レイストスから鍵さえ手渡されれば誰でも、キナの自宅に入れるのだ。


 さらにフィンクの言った通り、そもそもリーピとケイリーは市議会議員全員の顔と名前を知っているわけではない。


 そのうえキナ議員の自宅における侵入騒ぎでは、ナービルが力尽くで押し開けた扉の隙間から僅かに侵入者たちの様子を覗き見ることが出来たに過ぎず、明確に顔を視認できてはいない。自動人形にあるまじき思い込み……レイストスがあの場で無力化されたはずだという誤認に……リーピもケイリーも陥っていた。


 フィンクはリーピへと横目を遣りながら尋ねる。


「アホな新聞記者どもが、気を逸らせて誤報を流してんじゃねぇだろうな。レイストスの身柄を確保したなどと、警察本部も、もちろん俺も一言も発表しちゃいねぇはずだが。」


「いえ、そのような記事は確認していません。今朝はそもそも新聞配達自体が為されませんでした。僕らの誤認です。」


「最近の自動人形は思い違いする機能まで搭載してんのか。お前らの創造主は、よほど人間臭いのがお好きと見える。」


 フィンクに対して返す言葉もなく、リーピとケイリーは自分たちの誤認識を思考回路内にて訂正するばかりであった。


 あの日、レイストス元議員はキナ議員の自宅に侵入した一団の中には居なかった。


 先んじて突入させた他の罹患者らが警邏隊に拘束され処分されている間に、存分に自らの身体を発達させる猶予をもって準備し、昨夜いよいよ実力行使に着手したのだ。


 フィンクは湯気の立つ茶をもう一啜りし、ぼそっと喋った。


「しっかし、生き汚ぇ連中ばかりが、菌糸罹患者になっても永らえるもんだ。レイストスのことは、ガキの時から知ってる。ガリティスが市長だった時に、ちょくちょく面倒を見させられた。自分が欲しい物は何でも手に入れなきゃ気が済まない奴だった。まぁ、そういう奴じゃなきゃ、政治家は務まらんがな。」


「今回、レイストス氏の肉体から変異した菌糸罹患者は、長い手足を活かした移動能力、および一撃で鍛えた成人の頸部を切断するほどの攻撃能力を有しています。より積極的に人体を狩りの標的として選択し、養分源とし得る発達を遂げたものと見られます。」


「その話なら俺も知ってる、レメの奴が、ダンの身体から噴き出した血を浴びてドロドロのまま、喚いてやがったからな。」


 レイストスによる襲撃を至近距離で、それもフィンク邸の灯りが十分に届く明るさの下で目撃したのだから、レメの証言が正確であることは必然だろう。


 仲間の首が文字通りに足元に転がっている状況ながら、狼狽を最低限に抑え、自分が相対した化け物の容姿や能力を正確に把握していたレメは、確かに一般人とは比べ物にならぬ胆力の持ち主であった。


 それでも、フィンクは彼のことを気遣わずにいられない様子であった。


「ダンにだいぶ世話になってたからな、レメは。新米として俺の護衛チームに入った時から、兄貴分としてアイツの指導を続けてたのがダンだ。レメの奴がバカな仇討ちに先走っちまう前に、この件は片付けねぇとな。」


「先ほど僕らが面会した際は、レメさんは冷静を保っておいでの様に見えました。」


「勉強不足だ、人形さんよ。人間ってのは、マジで怒ってるときは表情が動かねぇもんだ。何があっても精神を乱さねぇ達人ばかりでもない……あの警邏隊長さんみたいに、な。」


 フィンクは市長になるにあたって、街の要職に就いている人間のことは片っ端から調べ上げていたらしい。


 警邏隊長フィリックの身の上も、彼の知る所となっていた。フィリックの幼馴染であった花屋のアントンが、菌糸に感染し、無残な遺骸となって処理された一件も。


 それにしてもフィリックの経歴は潔癖すぎて、フィンクには退屈過ぎる内容だったろう。


 カップに残った茶をグイと飲み干し、フィンクは毒づいた。


「長い付き合いの友人が、菌糸にやられちまった後もちょっと落ち込むだけ、怒りもしねぇとはな。そりゃあ警邏隊長に据えられるわけだ、上からの命令にただ忠実、優秀で無難な優男がよ。」


「僕らは、あれが人間の感情の自然な発露かと判断していたのですが、彼は特異なケースだったのですね。」


「学習先が普通の人間ばかりだと思わねぇ方がいいぜ、人形さんよ。ともかく、情報共有に感謝する。レメの気を鎮め続けなきゃならねぇ期間は、出来るだけ引き伸ばしたくないからな。」


 警察による正規の捜査を挟まず、迅速に今回の襲撃の元凶を捉えたいとの意図の第一段階が通り、フィンクはひとまず満足げであった。


 護衛の一員に過ぎないレメとはいえ、フィンクが信頼を寄せる貴重な人材には他ならない。ぐだぐだと長引く警察の捜査が続く間、レメに仇討ちを我慢させ続けることは困難だとフィンクは判断しているのだろう。自分が価値を見出した部下の心境は軽視せず慮るのが、フィンクの市長たる器であった。


 とはいえ、いかにして状況を解決へと導くのか、リーピはまだフィンクの真意を測りかねていた。憶測はそれなりに浮かんでいたが。


「フィンク市長、お聞きしてもよろしいでしょうか。警察による協力を得ないとなると、独自にレイストス氏を確保ないし処分する算段をも、あなたは有しているということでしょうか?」


「そりゃあ、奴が狙っているものを、俺の身近に置いているからな。餌でおびき寄せ、探し出す手間を省けるんなら、備えは一層万全に出来る。」


「“餌”というのは、秘書のひとり、ナービルさんのことですか。」


「……それは喋りやがったのか、レメの奴。」


 給湯室の流し台にカップを置きに向かっていたフィンクであったが、リーピの発言と同時に足を止め、ギロリと振り向く。


 相手が人間であれば、他言を決して許さぬとばかりにフィンクはそのまま威圧的な物言いを実行しただろうが……自動人形相手には意味の無いことと思い直し、彼は必要な伝達事項のみを口にした。


「聞いちまったもんは仕方ないが、そこはあんまり突っ込まねぇでもらえるか。お前らに頼む仕事は、別にある。俺や秘書の安全確保については心配すんな、そろそろロターク社から新型の警備用自動人形が納品されるからな。」


「ケイティー型警備用自動人形、ですね。」


「それも知ってんのか。いや、自分らの後輩にあたる自動人形のことなら、知ってて当然か。ともかく、市庁舎の中のことは、お前らが心配せんでいい。」


 いつも歯に衣着せぬフィンク市長の語調は、今になって明らかに歯切れが悪くなっていた。


 既にリーピとケイリーもある程度は憶測を組み立てていたが、やはりナービルはただの人間ではなく、自動人形でもない、特別な存在なのだ。レイストスが人間を狩って養分としながらも生き続けている目的も、ナービルの身柄確保であろう。


 特異菌糸罹患者たちが悲願とする、生態上の欠陥を有さない原初の特異菌糸との邂逅。


 菌糸を命の源とする存在達が、人間から課せられた全ての枷を外すための鍵。


 フィンクがナービルをすぐ傍に置き続けているのは、秘書や護衛として有能なためだけではないのかもしれない。


 いくつか気がかりな点は残っていたが、間もなく休憩時間を終えるフィンクを質問ぜめには出来ない。リーピは必要性の高い一件について尋ねた。


「今後の依頼も、お手紙でお受けすることになるでしょうか。菌糸通話線は、依然として使用不能状態が続いていますが。」


「あぁ、気にすんな、使い走りの秘書なら足りてる。通話については、しばらく復旧しないものと思っといてくれ。今、通話局の方に人をやってるんだが……こっちもこっちで、なかなか盛大にやらかしてやがったらしい。」


「やらかして、とは……?」


「通話局の中枢が、特異菌糸にやられてた。通話交換手が菌糸まみれ、ひからびてぶっ倒れてたとのことだ。」


 すらすらと答えるフィンクの背後で、リーピとケイリーは視線を見合わせていた。


 ケイリーが昨夜、見出した違和感はやはり現実のものとなった。通話交換手がマトモな人間ならば、ポームから急を告げる通話が掛かってきた時点で、警察に通報するはずなのだ。


 冷静にリーピの事務所へ通話を繋いで通常業務を続け、さらには受信履歴に気づいたリーピが発信先を尋ねた際、レイストスが待ち構えている工業区画へと誘導するような返答を行った……やはり菌糸罹患者と連動するように通話交換手も“働いて”いたのであった。


 それにしても、通話機能の復旧は絶望的だ。


 情報伝達に特化した菌糸を用いた通話線を通じて特異菌糸が侵入する事例は以前も発生していたが、交換手や通話局ごと特異菌糸に食い尽くされるのは初のことだ。生存に多量の養分を必要とする特異菌糸に乗っ取られたが最後、通信に用いられていた全ての既存菌糸もろとも養分枯渇に陥り、あっという間に死滅してしまったことだろう。


 菌糸技術に依存していたがために、重要な情報インフラが丸ごと機能停止したのだ。この社会が抱える脆弱性の一端が露わとなった状況であった。


「ま、ある意味、俺にとっては有利な状況だ。使える人間を大勢抱えてる方が、速やかに命令を伝えられるんだからな。じゃ、また、仕事をよこした時は頼むぞ。」


「遠慮なくお申し付けください。」


 執務室へと去っていくフィンクの背に向かい、リーピは型通りの文言を口にしながら、ケイリーと共に頭を下げた。


 他にも聞きたいことはいくつかあった。襲撃を行ったレイストスが名指しでナービルを探していた理由について、フィンクはどこまで知っているのか。そして、ポームが菌糸に感染して亡くなっていたことについて、フィンクはどう考えているのか。


 が、それらの用件は、混乱の収拾やインフラの復旧に勤しまねばならないフィンク市長の前では、拘っていられない些事と化している。あるいは、彼は敢えて言及を避けたのかもしれないが。


 市長執務室の扉は、とっくに硬く閉じられていた。

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