依頼31:フィンク邸襲撃に関する情報共有 1/2
フィンク邸へと到着したリーピとケイリーを、既に顔見知りである門衛は快く迎え入れてくれたが、彼の表情にはどことなく刺々しさの片鱗が残っていた。
警察を迎え入れていない、とのことであったが、罹患者によって殺害された護衛の遺体や、その現場は既に片付けられていた。市長ともなれば尚更、正規の手段に拠らず事件現場を処理する手段には事欠かないためだ。
まさに今、表向きの処理の一環……死亡診断書の作成に呼ばれたのだろう、闇医師チャルラットが看護師ディスティを連れて屋敷の裏口から出てきたところであった。
両名はしばらくぶりに会ったリーピ達の姿を前に眼を見開き、しかし彼らが呼ばれるような状況であることに自分の中ですぐ納得したのか、チャルラットは表情を戻して話しかけてきた。
「なんや、リーピさんとケイリーさんも呼ばれはったんですか。そらまぁ、警察が入ってこられへんとなったら、探偵を雇うっちゅうのが定番の流れでしょうけど。」
「僕らは探偵ではありません、探命事務所を営んでいる自動人形です。」
冗談交じりのチャルラットの言葉に、リーピが硬い返答をよこしている。
とはいえ現在のチャルラットは陽気というよりも、冗談でも言っていなければやっていられない状態といったほうが正確であった。彼に追随しているディスティは、少し暗い表情で喋る。
「リーピさん、ケイリーさんも……ここで何が起きたか、ご存知の上で依頼を引き受けられたのですか?」
「あぁ、この屋敷の護衛のひとりが、菌糸罹患者の襲撃を受けて殉職したと聞かされている。事故として装うには少々無理のある状況だろうな。」
ケイリーは、凡そチャルラットが担わされた役目を推測しつつ、言葉を返した。
警察に介入させぬよう殉職者が出た事実を処理するためには、正式な医師が作成する死亡診断書にて事件性が無いことが証明されねばならない。
今回もまた、無理難題をチャルラットが引き受ける羽目になったことには違いなかった。チャルラットは参ったように頭を掻きながら、ぼやき半分に口を開いた。
「まぁ、警邏隊の皆さんらが忙しい最中での一件でしたんで、誤魔化し方は色々ありますわ。今回は屋敷の外壁改修作業中に、ちょうど金属の足場が護衛さんのところに落ちてきた、っちゅう話にしといてもらいましてん。……あんまり喋ったらアカンかったかな、この話。」
「当然、僕らは口外いたしませんので、ご安心ください。」
ちょうど、リーピとケイリーを迎え入れるため屋敷の護衛が顔を出し、チャルラットとディスティはお喋りを止めて自分たちの医院へと帰っていった。
リーピとケイリーが案内されて通された一室には、フィンクの護衛達が詰めている。部屋の中には猶のこと、剣呑かつ重苦しい空気が満ちていた。
この街で最も安全であるべきフィンク市長の屋敷が襲撃され、撃退には成功したものの護衛のひとりが殉職し、さらに下手人を取り逃がしたとなれば……護衛達の不甲斐なさや憤りは隠すべくもなく表に出てしまうのだろう。
長年、市長に付き従ってきた護衛の男たちは、ただ黙って座り込んでいるだけでも周囲に息詰まるような空気を満たせるようであった。一般人であれば声も出せぬような静寂の中に踏み込み、リーピは口を開く。
「依頼をお受けいたしまして参じました、リーピ探命事務所です。本日はフィンク市長からのご依頼により、この邸宅への襲撃を行った菌糸罹患者について情報収集に参りました。」
「そこ、座ってくれ。」
リーピの挨拶に対し、フィンクの護衛達の中でもリーダー格と思しき巨漢がごく短い言葉を返す。
マトモに返答とも呼べる内容でもなく、顎でしゃくるようにして椅子を示すぞんざいな仕草付きではあったが、自動人形がしばしば富裕層の人間から全く無視されることを思えばこれでも真っ当な応対であった。そもそも無口な男たちが、ただでさえ黙り込んでいるのだから、絵に描いたような歓迎など期待できるはずもない。
リーピとケイリーが席についた目の前には、見覚えのある男が座っていた。リーダー格から呼ばれる彼の名も、むろん聞いたことがあった。
「話せるか?レメ。」
「あぁ。」
顔を上げたレメの側も、むろんリーピとケイリーのことを覚えているだろう。
以前、リーピとケイリーが事務所からフィンクの元へと、重要書簡を持参する際に護衛を担った一人だ。特異菌糸の感染が広がっている元凶として、前市長の独断があったことを証明する重要な書面。道中で市長派議員が雇った連中にそれを奪われそうになった際も、レメともう一人の護衛の機転によって窮地を切り抜けられた。
そういえば今、あの時レメと組んでいたもう一名の護衛の姿が無い。
当然ながら襲撃が行われた翌朝ということもあり、現在フィンク邸周囲を見回る警備に割り当てられている人数は多く、そちらに回されているのかもしれない。
……そう考えていたリーピ達であったが、レメの開口一番でその推測が外れていると知らされることとなった。
「ダンがやられた。昨日の深夜だ。屋敷の裏口の警備に立ってた時、罹患者が襲ってきたんだ。」
「あなたも、その場を目撃したのですか?」
「俺とダンが組んで、警備にあたってたからな。真横に立ってたんだよ、ダンは。そしたら濡れた岩でも落としたような音がして……足元に、ダンの首が転がってた。」
レメは出来得る限り感情を抑えるように喋っていたが、彼の声は嗄れていた。
その声を聞くだけで、昨晩から明け方にかけて彼を襲った修羅場と激情が十分に伝わってくるほど、甚大な負荷がレメの体内に刻まれていることが分かった。
おそらく服は着替え、レメ自身も入浴して身体を清拭したのだろうが……彼の靴には、拭き取り切れていないダンの血痕がべっとりと残されている。
相対するリーピもまた、客観的な情報のみを問うように努めていた。円滑な情報交換のためでもあり、私情を抑え続けようとするレメの努力に応じるためでもある。自動人形が話し相手となるメリットを、最大限活かせる場であった。
「襲撃を行った菌糸罹患者の容姿は、目撃されましたか?」
「俺も必死だったから、一瞬だがな。ヒョロヒョロして長い手足で、片手にデカい鉈を握ってた。何よりも、ヤツの顔は忘れねぇ……仮面みたいに血の気が無いくせにニヤニヤ笑って、その顔面にデカい穴が開いてた。傷跡から覗いてる顔の骨まで、ヒビが入って割れてんのが見えた。」
語るレメの声色からは、怨恨の響きが抜けきっていなかった。
ここで恐怖に囚われることがないあたり、彼も要人の護衛を行うプロとしての胆力を備えていると言えるのだろう。相棒であり最も身近な先輩であった、ダンを間近で喪った際の感情が他の心境に上回られることが無いためでもあろうが。
レメの証言内容と自身の記憶の一致を確認し、ケイリーは口を開いた。
「その顔面の穴は、右目の下あたりに開いていなかったか?」
「右目ってのは……向かって左側、だよな。あぁ、その位置だ。お前も、ヤツを見たのか?」
頷きながら、レメはケイリーの顔から全身へと視線を走らせつつ、眉根に皺を寄せる。
護衛仲間が鉈の一振りで落命させられた一方、同じ罹患者と遭遇した自動人形が傷ひとつ無い状態を保っていることは、容易に納得できる状況ではないらしかった。
彼の内心を察しつつ、ケイリーは言葉を選びながら答える。
「昨晩の騒動直前に、私が工業区画で遭遇した罹患者と同一と思われる。私も真っ向から対抗するには分が悪く、手にしていた防護傘を相手の顔面に投擲して突き刺し、視野を妨害して逃げるのが精いっぱいだった。」
「確かに、ちょうど傘の先がぶっ刺さったぐらいの穴だったな、奴の顔面に開いていた傷跡は。……つーか、あの時の傘か。あんな重いもの投げて敵の顔面にぶっ刺せるのか、流石だな自動人形は。」
“あの時の”とレメが言ったのは、むろんケイリーの得物である防護傘のことを覚えていたためだ。
以前フィンクに命じられてリーピとケイリーの護衛をダンと共に行った時、ダンの思い付きでレメはケイリーと防護傘の引っ張り合いをしたことがある。
表向きは、同行する自動人形の能力の程を確かめるという名目であった。が、男ばかりで過ごしている護衛連中にとっては稀有な、女性型自動人形と触れ合える機会を、ダンは最大限に活かそうと企んだのだった。レメにとって、ダンは頼れる先輩でもあり、ムードメーカーでもあった。
レメの無表情が僅かに歪んだのを見て、ケイリーは言葉を続けた。彼を気遣ううえで沈黙の続行は相応しくない、と判断した。
「あなたは怪我をしていないのか?あの菌糸罹患者に遭遇して生き延びられる人間など居ないのではないか、と想定していたのだが。」
「俺は攻撃されてない。ダンの首を刎ねた時点で、ヤツは俺のことを十分にビビらせたと思ったらしくてな。気色悪いほど静かな声で尋ねてきやがった、『ナービルさんはいらっしゃいますか?』ってな。」
「ナービル……あの前市長の元から逃げてきた女秘書か。フィンク邸内に、居たのか?」
「居ようが居まいが、言うわけねーだろ。フィンク親爺が女を連れ込んでるって噂はあったが、俺も本当のところは知らねぇ。返事する前に、ボスが仲間引き連れて顔出したから、ヤツはすぐ逃げていきやがった。」
レメが言うところの“ボス”とは、即ち護衛のリーダー格のことだろう。護衛らの事実上の雇い主であるフィンクのことは“親爺”と呼びならわして区別しているのだ。
あまりフィンク邸の内情に突っ込んだ話は今回の情報共有に含まれるべきではないと判断したのか、傍らで聞いていた護衛のリーダー格の巨漢は、片手を軽く上げてレメを黙らせた。
そして、到着時のリーピ達に向けて発したのと同様、低く重い声で言葉少なに告げる。
「お前らがフィンク親爺から頼まれた情報は、これで十分か?」
「はい、こちらのフィンク邸を襲撃した菌糸罹患者がほぼ確実に、昨夜工業区画における大規模感染および擾乱の元凶となった罹患者と同一存在であると確認できました。手足が長く伸長した身体の変容や、顔面に穴の開いた傷跡など、非常に特徴的な外見も保たれているため、今後の出現時の特定は容易と思われます。これらの情報を、フィンク市長へお伝えしてまいります。」
「頼んだ。報酬は、フィンク親爺から受け取れ。」
リーピとケイリーが話をまとめて立ち上がると、リーダー格の男に倣い護衛の面々は一斉に頭を下げる。
殊に、レメは一段と深々と頭を下げており……その姿勢の彼が自身の膝をぐっと握り締めている掌には、遠目にも分かるほどに血管が浮き出ていた。ダンの命を奪った罹患者が、いま現在も生き延びているという事実は、彼の意識の中心に居座り続けているだろう。
言葉も声も抑えた会合であったが、自動人形や菌糸罹患者には発し得ない、滾るような気迫と体温の籠った対話の場であった。




