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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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工業区画強制捜査同行終了および帰還後の情報共有

 工業区画での捜査……という名目で行われはしたが、実質ほぼ罹患者集団相手の乱闘に終始した警邏隊の活動は、明け方まで続いた。


 現場で指揮を執っていたトロンドも、さすがに警邏隊に所属していないケイリーを可能な限り危険から遠ざけるよう立ち回ってはいた。が、それでも数回、間近まで迫ってきた菌糸罹患者への対処にケイリーも参加せざるを得ない状況には遭遇した。


 いずれも、特異菌糸に感染して間もない者たちばかりであり、身体能力も生前の人間としての範疇からさして逸脱しない程度であったため、ケイリーやトロンドだけで対処できる相手であった。


 ケイリーが最も警戒していたのは、最初にここで遭遇した罹患者……体躯が本来の倍近く伸びた変異を遂げ、身体機能も大きく発達させた個体がこの混乱に便乗して襲撃を行う状況だったのだが、最後の最後まで彼は現場に戻ってくることはなかった。


 既に警邏隊の主戦力が集結している状況に、わざわざリスクを冒して介入することは選択肢に上がらなかったのだろう。


 一般の罹患者の側も、自動人形を相手取ったところで力負けする可能性を全く考慮していないわけではなかったろうが……それでも、全く勝ち目のない相手、すなわち重装型警備用自動人形を避けて襲撃を行うとなれば、しばしば女性型自動人形であるケイリーを標的に定めがちであった。


 徐々に騒動が落ち着きつつある中、地面に転がっている罹患者らの遺骸が確実に無力化されているか確かめつつ、トロンドはケイリーへ尋ねる。


「損傷はありませんか、ケイリーさん。」


「あぁ、ほとんどの脅威は、重装型人形が排除してくれている。」


 生臭い薄明の風が吹く中で、ケイリーは一晩を通して頼もしかった巨体を見上げながら答えた。


 擾乱鎮圧の要となった重装型警備用自動人形の全身は、夜明けを迎える頃には踏みつぶした罹患者たちの体液が全身にべったりと付着し、変色しきっていた。


 まだ人間だった時の名残である色褪せた血液と、菌糸に置き換わった体組織から染み出す濁った液体がまじりあったものを全身に浴び、重装型人形の表面は薄黒い塗料で塗り直されたかのようだった。


 それでもなお、疲労することのない自動人形は、つい先ほど出動したばかりであるかのように警戒の視線を周囲へ向け、新たな脅威を探し続けている。


「通常装備の警邏隊自動人形たちも十分に暴動鎮圧を執行できる性能を有しているが、やはり重装型の制圧力は桁違いだな。この個体がロターク社へ返品されていなかったのは幸いだった。」


「……この状況は、暴動とは呼べませんけれどね。死傷させる恐れを考慮せずとも構わない、菌糸罹患者ばかりが鎮圧対象であったおかげです。」


 安全確保と共に現場へ到着した特殊清掃局の自動人形たちへと手招きしつつ、トロンドは答える。


 特殊清掃局では本格的に使用する滅菌剤を粉末タイプから粘液タイプへと移行したらしく、彼らは手押しポンプとタンクを載せた荷車を引いて現れていた。水で希釈した滅菌剤の散布を始める様は、一昔前の消防団員のごとき光景である。


 周辺区画に展開していた警邏隊員たちもトロンドの元へ集まってきていた。結局のところ、目立った被害を受けた警邏隊自動人形は最初の不意打ちを受けた数体だけであり、いざ本格的に鎮圧活動が開始されたのちは警邏隊側による一方的な制圧盤面となったようだった。


 いかに特異菌糸罹患者たちが自分たちの未来を求め、志を一つにして結集しようとも、訓練を受けていない一般罹患者の集団は即ち烏合の衆にすぎなかった。


「罹患者らの無力化後に押収された物品は、いずれも長大な刃渡りを有する鉈……金属加工を行う工場にて、急遽量産されたものと思われます。」


「私が遭遇した、身体変異を遂げた罹患者が使用していた武器にも似ている。状況を放置していれば、この工業区画は菌糸罹患者たちの巣窟となるばかりか、凶器を量産する現場にもなっていたのだろうな。」


「金属加工以外の工場で働いていた従業員たちは、いずれも罹患者が生存するための養分として処理されたか、あるいは他地区へと感染を拡大する手段とされたようです。ケイリーさん、あなたとリーピさんが同居しているポームさんも、造花の製造所にて感染させられたことが確認されています。」


「報告が、来たのか。リーピは、無事なのか?」


 ケイリーは、トロンドの発言を半ば遮るような勢いで聞き返す。凄惨な状況となっている現場にて状況に対処しながらも、自分の相棒の安否についてはずっと気がかりであり続けたらしい。


 自動人形の癖に、つくづく感情を有するような振る舞いを示す個体……焦りを模した表情を顔面パーツに浮かべているケイリーへと視線を向けながら、トロンドは答えた。


「リーピさんとポームさんがおられた住居へと向かった隊員から、報告が上がってきています。既にポームさんが菌糸罹患者であると確定し、リーピさんは滅菌剤を使用して枯死処分を行っていたとのこと。ただ、本部への報告のため一旦離れた隙にリーピさんは姿を消したそうです。」


「要するに現時点でのリーピの無事が確認できない、ということか……!どうして目を離したんだ、その警邏隊員たちは!」


 ケイリーの語気は急激に強まっていった。


 これも、自動人形の機能を鑑みればあくまで人間の感情を模倣した行為であるはずだ。にしても、発言しつつ足早に歩き始める行動はあまりに自然で、ケイリーが本物の感情に衝き動かされているようにしか見えなかった。


「現場に争った痕跡や、争うような音も無かったため、リーピさんの自主判断で動かれたと考えるのが妥当かと思われますが……待ってくださいケイリーさん、この場を離れる前に滅菌処理を受けてください。」


 居ても経っても居られない様子でトロンドに背を向け離れていくケイリーであったが、流石に菌糸罹患者らの体液や身体破片がばら撒かれた現場から、彼女をそのまま帰すわけにはいかない。


 トロンドは特殊清掃局の作業用自動人形のもとへケイリーを連れて行き、彼らがホースから撒いている滅菌剤を浴びさせた。


 今となっては、これが最も手っ取り早い全身滅菌処理であり、ケイリーを引き留める明確な名目でもあった。


 冷水で希釈された滅菌剤を浴びつつ、ついでに水で頭を冷やされたような人間同様の反応を示し、ケイリーは気を取り直したかのように抑えた声で喋った。


「……すまない、これだけ大量の人間の犠牲者が出ているというのに、自動人形一体の監視など優先出来るはずもないよな。」


「こちらも、危険な状況にケイリーさんをつきあわせてしまっているため、申し訳なく感じております。本来の手続きに則れば、これから警邏隊詰め所へと同行いただき事情聴取にご協力いただくことになるのですが、ケイリーさんはずっと私のすぐ傍に居られたため、その過程は省かせていただきます。滅菌処理が済み次第、お帰り頂いて結構です。」


「便宜を図っていただき感謝する。」


 トロンドへの礼もそこそこに、ケイリーは急ぎ足で現場から離れていった。


 先ほどよりも落ち着きは取り戻していたものの、やはり不安に駆られるような彼女の速足は、本物の人間そっくりな情動である。


 とはいえ、菌糸罹患者たちの遺骸、言い換えれば今回の特異菌糸大規模感染に巻き込まれた犠牲者たちが路面のあちこちに転がっている状況に対し、特に何も思わないあたり……やはりケイリーが抱いているのは感情の模倣に過ぎないのだろう。


 あるいはケイリーが、自分達とは別種である人間よりも、同種である自動人形にこそ心配を向けることが出来るのは、必然的な発露であるのかもしれない。


―――――


 ポームと同居していた雑居ビルの一室が、既に警邏隊や特殊清掃局の面々に立ち入られており、リーピの姿が無いことを確認した後、ケイリーもまた探命事務所へと赴いた。


 想定通り、リーピは事務所内に居た。リーピの側も、連絡せずともケイリーがここに来るだろうと見越しての居場所選択であった。


 事務所の扉を開ければ、早朝の薄暗い事務所のソファに、ぽつねんと腰掛けているリーピの姿を視認したケイリー。安堵の表情を顔面パーツに浮かべながら彼女は口を開いた。


「よかった、無事だったんだな、リーピ。夜通し続いた工業区画での騒動の中で、お前の所在を見失ったと警邏隊員から聞かされたときは途方に暮れかけたんだぞ。」


「連絡するすべを見出せず申し訳ございません、ケイリー。人間からの命令が無い限り、僕が敢えて危険な状況に身を置くことはありませんのでご安心を。ただ、今回に関しましては、騒動が発生したのと同じ工業区画におすまいのラーディさんを放ってはおけませんでした。」


「ラーディを?……あぁ、そういえば、彼女も工業区画に住んでいたな。今、彼女は何処に?」


 ソファに腰掛けているリーピは、返答代わりに真っすぐ前を指さして示す。


 事務所にある二台のソファはテーブルを挟むように向かい合って設置されているのだが、リーピと向き合っているケイリーの位置からは当然、手前側のソファの座面は背もたれに隠れて見えない。


 一見、誰も居ないように見えた手前のソファ、その背もたれに隠れている位置を見るように回り込んでみれば、ラーディが座面に横たわって寝息を立てていた。


 大型のソファは、小柄なラーディであればすっぽりと包み込める寝床になり得ていた。リーピが経緯を説明する。


「深夜、ここまで避難していただいたので、疲れもあって眠っておられます。」


「そうか、ラーディの安全確保には成功したんだな。よかった。」


 リーピはそのケイリーの発言に対し、すぐには返答を寄越さなかった。


 自動人形は本来感情を有さないはずなのだが……どこかリーピの目つきに沈んだ色が見てとれるようであった。


 同時に、ケイリーはラーディの寝顔に奇妙な点を見出した。


 ラーディの目元が腫れたように赤らんでいる。詳細に見れば、肌の表面を幾度も擦ったような痕も、瞼の周囲に残っていた。


「この痕は、どうしたんだ?ラーディは病気なのか?」


「いいえ。ただ彼女は、夜明け近くまで、ずっと泣いていました。」


「……なぜ?」


「ポームさんが特異菌糸に感染しており、僕が滅菌剤を注入して枯死処分を行ったことを、ラーディさんへお伝えしたためです。」


 リーピからの説明を聞き、ケイリーは改めてラーディの寝顔を見つめる。


 ただ深夜の騒動でたたき起こされ、ここまで移動してきた以上の疲労が、今となっては明瞭に読み取れるようであった。正確には、自動人形には想定し得ない感情面の重荷を、今になってケイリーにも具体的に理解できるようになったというべきだろうが。


 たしかに、ラーディは泣き疲れ果てて気絶したように眠りに就いているのであった。


「ラーディにとってそんなにも悲嘆に暮れる出来事だったのか、ポームが菌糸に罹患したことは。家族や親戚でもない、他人の生死についても、人間はそれほど重い感情を抱けるものなのか。」


「もちろんラーディさんとポームさんが知り合っていた期間はさほど長くもありませんが、随分と気の合う間柄だったようです。それに、ラーディさんはようやく、ポームさんのために誂えた靴を完成させたところだったんです。」


「以前、ポームのために型紙を作ったり、仮製作のシューズを履かせたりしていた、あのオーダーメイドの工程が完了していたのか。」


 ソファ前のテーブルに置かれている紙箱は、リーピから説明されずともラーディが持参した物であろうことはケイリーにも推測できていた。


 ラーディが置いた時の丁重な扱いを想起させるように、テーブル天板の一辺と綺麗に平行に置かれた紙箱。その蓋をそっと開けたケイリーは、ふわりとした緩衝材の紙束に包まれながら革製の作業靴が収まっている様を見出した。


 既に就労していたとはいえ、あまりに小柄で少女と称して差し支えない体型だったポームに合わせ、子供向けとも見紛うサイズ。だが長時間労働による疲労を可能な限り抑えられるよう、足を包み込んで支える堅牢な構造、そして硬さを感じない靴底のしなやかさを両立した、ラーディが有する技術をふんだんにつぎ込んだ一品であった。


 緩衝材として隙間に押し込まれていた紙束には、ラーディがポームへ向けた手紙も挟まれていた。


〈これから長く使っていただけるように、丹精込めて仕上げました。きっと靴擦れは出来ません。でも靴底が擦り減ってきたら、遠慮なく持ってきてくださいね。ポームさんの人生も一緒に歩いて行くのが、靴職人である私の仕事です。〉


 普段、他の客に納める商品ではこんな手紙をいれたりしないのだろうが、ポームの身の上を知り、彼女と親しくなったラーディは、自分の思いを言葉の形で伝えたくなったのだろう。


 とはいえ声に出すのも照れくさい内容は、書いていても同じ思いとなったのか、文書の末尾は少々走り書きめいた筆跡であった。


 この文面も、オーダーメイドした靴も、渡すべき相手はもう居ないのだが。


 そっと箱の中身を戻し、蓋を閉じているケイリーに向け、リーピはぽつりと告げる。


「それから、僕はラーディさんに謝罪もしました。」


「何についてだ?ポームの肉体を枯死処分としたのは、仕方のないことだと判断されるが。」


「ラーディさんは避難する際、大切なデザイン案を描きためたスケッチブックと共に、このポームさんのために完成させた靴を真っ先に持ち出してきました。納品相手が存在しない以上、それを紛失する心配など必要ない、と告げることが僕には出来ませんでした。」


「しかし、真実を告げれば、ラーディは泣き崩れて動けなくなったのだろう。円滑に避難を行うべきことを鑑みれば、情報を伏せておくことは合理的と評価できるのではないか?」


「情報を伏せただけ、ではありません。ポームさんが無事であるかとラーディさんから質問された際、僕は『はい』と答えました。明確な虚偽を、人間に伝達したのです。」


 リーピから真っすぐに見つめられながらそう伝えられ、ケイリーも暫し返答の言葉を見出せなかった。


 これまで、情報を部分的に隠したり、紛らわしい表現を敢えて選択したりして人間を誤誘導するような言動を実行した経験こそあれど、質問に対し虚偽の返答を行った経験は、リーピもケイリーも無かった。


 殊にリーピなどは、ケイリー以上に豊富な語彙を持ち合わせ、瞬間的な判断能力にも長けている。直接的に嘘を吐かずにやり過ごすことは、さして難度の高い振る舞いではあるまい。


 それでも、積極的な虚偽伝達を選択した自分自身の思考回路に、リーピは信頼性を見出せなくなっているようであった。


「僕の思考回路は、劣化しつつあるのかもしれません。ロターク社にて製造され、雇用主から手放され保証が切れてから相応の期間が経過しています。自動人形の基本的な原則を逸脱してしまったのも、劣化の証左かと。」


「だが、ロターク社でのメンテナンスはつい最近も受けている。身体パーツだけではなく、思考回路も含めてだ。先日だって、私と同型であるケイティーの実戦テストに協力した際、ついでにメンテを受けたじゃないか。」


「それでも、ラーディさんに対して明確に虚偽を返答してしまったことは事実です。いずれ再び、モース主任に僕をチェックしていただく機会を設けなければなりません。探命事務所としての仕事は可能な限り続けたいのですが、僅かながら自身の判断能力に不安は残ります。」


「別に気にするほどでは、ないんじゃないか……?」


「僕らが先日、ロターク社からの呼び出しに応じず、本来通りに事務所に居れば、ポームさんが助けを呼んでいることに気付けたはずです。ロターク社での依頼は僕らの存在が必要不可欠となる状況ではありませんでしたし、この街においては一般市民に罹患者襲撃の危機が及ぶ恐れを予測できていました。彼女を救えなかったのは、僕らの判断ミスです。」


 リーピから事実を告げられ、ケイリーは何も言い返せず、黙り込んだ。


 確かに、ロターク社にて新規製造された警備型自動人形の動作テストに付き合っていなければ、ポームから掛かってきた通話にすぐ出られただろう。工業区画から警察への緊急通話線が切られていたとしても、リーピ達が代わりに警邏隊へ通報し、あわよくばポームが感染させられる前に助け出せたかもしれない。


 しかし、モース研究主任直々の呼び出しがかかり、ロターク社からわざわざ送迎用の菌糸動力車を出されている状況で、その誘いを拒むことは……リーピもケイリーも、下し得ない決断だった。


 リーピの思考回路が、本来の自動人形としての機能を逸脱しようとしていたのは、今回のジレンマを強く実感した結果でもあった。

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