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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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工業区画強制捜査への同行

 深夜の工業区画へ至る街路を、ケイリーは警邏隊の面々を先導し進んでいた。


 先ほどと変わらず、夜間も稼働している工場からは金属加工の作業音が響いてきている。裕福ではない地区とはいえ、昼夜を問わず仕事をしている作業員たちが居るおかげで、本来は治安悪化の心配は薄いエリアである。


 工業区画の辺縁、他の工場と比べても小規模な作業場の前でケイリーは足を止め、部隊を引き連れているトロンドの方を振り返った。


「私が特異菌糸罹患者と遭遇したのは、ここだ。奴が今も敷地内に残っているかどうかは不明だが。」


「仮に残っていたとしても、我々が移動してきていることに気付かないはずもありません。逃亡している可能性が高いでしょうが、内部の状況を確認します。」


 トロンドは連れてきた面々の中でも、ひときわ目立つ体躯を誇る重装型警備用自動人形へと合図し、敷地出入り口を封じているゲートを引き開けさせた。


 以前の倉庫区画にて、建物の持ち主から許可が下りず事件性も明確でないうちは立ち入り調査が出来ない、という制約のために遺体の発見が遅れた一件を踏まえ、既に制度面の改善が為されたのだろう。


 この造花製造所の場長は既に犠牲者となっているため、連絡もつかないはずだ。現場の判断で、強行突入するという選択肢が今は実現していた。


 それにしても強硬な手段ではあった。


 施錠された金属製ゲートへ、重装型人形はまるで紙の表面でも破るかのように指先を突き刺し、そのまま握り締めて難なく蝶番から引きちぎったのだ。


 あまりにも軽々と取り外されたため、脇に放り出された際に響いた金属音で初めて、そのゲートがいかに重かったか明らかになるほどであった。


「事前入手した敷地内図との齟齬は確認されず。打ち合わせ通り突入、待機班は周辺警戒と共に捜査協力の呼びかけを。」


 照明が点かないままの作業場へと、警邏隊自動人形たちが一気に踏み込んでいく。


 危険が予想されると同時に、床に残されている血痕などからの病理感染も懸念される現場においても、自動人形である警邏隊員たちの突入は有用である。暗所でも視界を確保できるおかげで、現場を必要以上に踏み散らすこともない。


 とはいえ、既に現場から主犯たる菌糸罹患者が逃亡した後であるため、この現場の危険性はほぼ無いだろう。仮に人間の隊員も動員されていれば、遺体こそ残されていないとはいえ現場の凄惨な状況を目撃した際の精神的負荷は無視できないものの、この場に人間は居ない。


 鑑識が到着する前に現場付近の安全を確認するため、周辺を警戒する隊員たちも積極的に動いていた。


 ただ見回るだけではなく、周辺の工場入り口をノックして応答を待っている隊員も居る。


 その意図を推測しかねたケイリーは、トロンドへ尋ねた。


「現場周辺の工場も、捜査対象となるのか?」


「犯人が逃げ込んでいる可能性もありますからね。そうでなくとも、これから大規模な捜査が開始されるため、近隣の人々に事情を知らせ、場合によっては協力を仰ぐ旨を伝えておく必要があります。」


 首元から提げていたバインダーに現時点で視認できる状況を書き込みながらも、トロンドはケイリーの質問へ答える。


 事件の主犯とは無関係である場合がほとんどであったとしても、それでも事件現場周辺にて把握できていない状況を残すべきではない。周辺住民や職場の作業員へ不審感を与える前に状況を説明しておき、いざという時に協力を得られやすくしておくことも理にかなっている。


「夜分遅くに失礼いたします、警邏隊です。少しお時間よろしいでしょうか?」


 警邏隊自動人形らが、周囲の工場や作業場の入り口ゲートをノックする音があちこちで響いている。


 ……が、どの工場からも応答は無い。


 ケイリーの位置から視認できない箇所からも、ノック音が聞こえているだけで、内部から顔を出した作業員らの応答の声はしない。


 ノック音しか聞こえないということは、先ほどまで各工場内で響いていた作業の金属音まで、急に途絶えたということでもある。


 警邏隊員の訪問を受けた時点で、中断せねばならない作業をしていたとでもいうのだろうか。


「……おかしい。」


 トロンドも早々に周辺の違和感を察知したのだろう。


 今しがたまで注視していた事件現場は確かに酸鼻の極みであったが、とっくに主犯が逃亡した後であり、もぬけの殻である。


 それ以上に、不自然なまでに静まり返っている工業区画全体へと警戒を向けるべきであった。


 ケイリーも身構えていたが、今は何も得物を手にしていない。あの菌糸罹患者から逃亡する際、投げつけて相手の顔面に突き刺した防護傘は現場に転がったままだが、今まさに現場保存すべく動いている警邏隊を押しのけて拾いに行くわけにもいかない。


 トロンドは口早に指示を出す。


「現場確認を中断、周辺警戒に参加。実力行使を想定し……」


 彼女の発言を遮るように、現場の向かい側にあった工場のゲートが勢いよく開かれた。


 外側に向かって開いた金属製のゲートは、その遠心力のままに蝶番を引きちぎり、盛大に火花を散らしながら舗装路面を滑っていく。巻き込まれた警邏隊自動人形が一体、路上を吹き飛ばされて壁面に叩きつけられ倒れた。


 現れたのは、資材運搬用の重機であった。菌糸動力車ほどの速度は出ず長距離移動には向かないまでも、工場の敷地内でのみ物資運搬を行える自走型架台である。


 町工場ほどの狭い場所でも、金属加工を行う工場であれば、素材や加工品は人力では無論、作業用自動人形にも運搬不可能な重量となる。そのため、積み込み用のアームと荷台を備えた重機が導入されることが多い。構造自体は簡易であるため、中小企業でも購入ないしレンタルできる価格となっている。


 ……その自走型の重機が、たった今、本来の用途を逸脱し、金属ゲートを警邏隊員ごと吹き飛ばしたのだ。意図的に引き起こされた挙動であるとすれば、それは明確な攻撃行動であった。


「対処。」


 トロンドが周囲の隊員へと下した指示はたった一言であったが、それだけで十分であった。言語で詳細に伝達している余裕が無い状況でも、警邏隊員たちは自主判断にて実行する。


 先ほどの重機を前へと押し出しながら、工場作業員たちが手に長大な刃渡りの鉈を携え、駆け出してきた。


「ここで終わるわけには!」


「警察の連中をぶっ倒せ!」


「確実にやれ!一体ずつ!」


 彼らは口々にわめきながら、一番手近な路面に倒れている警邏隊自動人形へと襲い掛かる。既に工場作業員らが人間ではなくなっており、特異菌糸罹患者になり果てているのはその挙動からも明白であった。


 通常の自動人形よりは頑丈に作られている警邏隊自動人形であったが、複数名から重量のある刃物を立て続けに振り下ろされれば、流石に損傷は免れない。


 警邏隊自動人形が身体の中枢部を庇うように構えた腕部パーツに、作業員が振り下ろした刃がざっくりと入り、と同時に損傷部から白粉が噴出した。身体外殻の更に内側、菌糸が密閉されている箇所まで損傷が届いたのだ。


 警邏隊員が菌糸漏洩源となってしまうのを防ぐため、体内に滅菌剤が仕込まれているのだ。あくまで応急措置とはいえ、体内深部の菌糸が枯死してしまうことは避けられない。実質、この警邏隊自動人形は無力化されたも同然であった。


「よし、次!」


「全員出てこい!この勢いなら俺たちが勝てる!」


 作業服姿の菌糸罹患者たちは、周辺の工場へも大声を掛けながら、大振りの刃物を振りかざして立ち上がる。


 彼らの目論見では、警邏隊に向けて押し出した運搬用重機が暴れ回り、他の警邏隊自動人形を打ちのめしていてくれるはずだったのだろう。


 が、頼みの重機は、悲鳴をあげていた。


 当然ながら発声器官を備えていない重機が本来の意味通りの悲鳴は出せないが、金属製のボディがひしゃげる音が悲鳴のごとく甲高く響いたのだ。


「ギィ゛ィ゛イ゛イ゛……!」


 見れば、相手を殴打するために勢いよく突き出した積み込み用アームが、重装型警備用自動人形にあっさりと掴まれ、飴細工のごとくねじり上げられて引きちぎられるところであった。


 通常の歩行でも舗装路面を陥没させかねないギリギリの質量を有する、重装型人形は暗さも相俟って怪物めいたシルエットだ。


 アームをねじ切られながらも、運搬用重機は自身の質量を以て対抗しようと真っすぐ突撃する。が、相対する重装型警備用自動人形は、片足で踏みつけてその突撃を難なく止めた。


「ギャ……!」


 そのまま、重装型自動人形は二歩目で運搬用重機の中心部を勢いよく踏みつけ、周囲に衝撃波が伝わるほどの重打によって機能停止させる。


 衝撃で重機から走行用の車輪が外れて転がっていく間に、三歩目の踏みつけが入り、堅牢な構造物であったはずの重機は、既に処理後のスクラップのごとく平べったい瓦礫と化していた。


 どれほどの重量の金属を積み込んでも動けるはずの躯体が、その制限重量を遥かに超える膂力で圧壊させられていた。


「あっ……に、逃げ……。」


 重装型警備用自動人形が、ここに動員されていることまでは罹患者たちも想定できていなかったのだろう。民間人が居住している地区で動員されるには過剰すぎる戦力なのだ。


 搬送用重機も並みならぬ出力を発揮できるとはいえ、本来作業用に作られた身体では、脅威排除に特化した相手に抗し得べくもない。不意打ちで警邏隊員の一名か二名を無力化するのが運搬用重機の精一杯であり、標的破壊を本職とする重装型自動人形に勝利するなど非現実的であった。


 そもそもが、この作業員たちも、現場の異状を聞きつけて数名程度の警邏隊が様子を見に来た程度だと認識していたからこそ、刃物を手に襲い掛かる選択をしたのだろう。まさか、これほどの総戦力で警邏隊が踏み込んできているとは想定すらしていなかったのだ。


 最たる脅威を破壊した余韻もなく、無機質な動きと共に、重装型警備用自動人形が接近してくる。罹患者たちは算を乱して逃げようとしたが……背後に回り込んでいた警邏隊員たちによって一斉に拘束された。


 数の利もまた、明らかに警邏隊の側にある。罹患者一名に対し、二体の警邏隊自動人形が組みついて地面に押し倒していた。


 人間並みの身体能力しか有していない罹患者たちでは、自動人形の力を振りほどけるはずもない。


「はっ、離せっ!」


「触るんじゃねぇ、人形ども!」


 警邏隊員たちは、罹患者らへと返答する言葉を持たない。ただ、トロンドへと状況を報告するのみである。


「対象を確保しました。」


 この場に特殊清掃局は居ないため、通常の滅菌処理工程は不可能である。警邏隊内での判断に則るならば、拘束した菌糸罹患者の肉体を重装型警備用自動人形が物理的に破壊し、一旦行動不能とする処置を行うことになる。


 が、トロンドは別の指示を出した。


「重装型は、他の現場への突入を援護。ケイリーさん、彼らの滅菌処理を頼めますか?あなたは、ロターク社から滅菌剤注入器を供与されていましたね。」


「あぁ、所持している。この菌糸罹患者を処分すればいいんだな?」


 ズシズシと遠ざかっていく重装型警備用自動人形の重い足音を聞きつつ、ケイリーはホルスターから滅菌剤注入器を取り出し、地面に押さえつけられている罹患者らへと近づいて行った。


 接近してみれば、肌の血色もほとんど生きている人間と変わらぬ状態であることが見てとれた。特異菌糸に感染して、まださほど時間が経っていないのだろう。


 彼らへと菌糸を感染させたのが何者か、無論のことながらトロンドも知る機会は逃さない。注入器の針先カバーを取り除いているケイリーの傍らで、トロンドは罹患者らに向けて尋ねた。


「あなた方は、誰から特異菌糸を感染させられたのですか?」


「んなこと、喋るわけねーだろ。」


「別の質問をしましょうか。所持しておられる武器の製造や、警邏隊への襲撃も、何者かから命令されたのでしょうか?」


「だーから、誰が喋るかって言ってるだろうが。」


 菌糸罹患者たちからの返答は取り付く島もない様相であったが、トロンドの側もわざわざ時間を無駄にする意図はない。


 トロンドから目くばせと共に頷かれたケイリーは、躊躇なく目の前で拘束されている菌糸罹患者たちの首筋に滅菌剤注入器を突き刺し、彼らの菌糸を枯死させる処置を行った。


 見る間に全身が乾燥し表皮がひび割れていく罹患者たち。


 周辺では、手荒い踏み込み捜査を受けている工場内にて、無理やり扉を打ち破る轟音が立て続けに響き、内部に籠っていたのだろう罹患者たちの怒号もこだましている。


「この罹患者たちは、周囲に向けて我々への攻撃を呼び掛けるような言葉を発していましたが……近隣の工場は、ことごとく特異菌糸に汚染されていると見るべきのようですね。ケイリーさんはこちらで待機してください、万が一の場合は間近の警邏隊自動人形を頼っていただいて構いません。」


「承知した。」


 数名の警邏隊員と共にケイリーをこの場に置いて、トロンドは今まさに騒音が響いている工場内へと足早に踏み込んでいった。


 ケイリーの足元では、完全に力尽きた先ほどの菌糸罹患者の手から、長大な刃渡りの鉈が地面へ転がり落ち、ガランと重い音を立てる。重量のある刃は削り痕を容易に視認できるほど粗く研ぎあげられ、柄の部分は樹脂テープを巻きつけただけの粗末な仕上げだった。


 金属加工を行う工場であっても、このように雑な造りの商品を製造することは本来の仕事ではあるまい。


 ケイリーが遭遇した、あの全身が変異した菌糸罹患者が手にしていたのも、これと似たような刃物であった。


「アイツが、この一帯の工場作業員たちに菌糸を感染させて、武器を製造するよう命令していたのか?」


 同じ推測をトロンドも既に抱いていたのだろう、先ほど滅菌処理を行う直前、罹患者たちへ聞き質そうとしたのはそれを確認するような内容だった。


 罹患者たちの遺骸を見下ろしているケイリーの周囲では、俄かに喧噪が強まっていった。


 想定外の迅速さで警邏隊員の大部隊が展開したおかげで、工業区画全体を巻き込んだ罹患者達側の目論見を崩壊させるに至ったのだろう。抜き打ちでの踏み込み捜査を行う警邏隊を前にして、絶望的な抵抗を試みる罹患者たちの怒号と悲鳴は夜通し途切れることがなかった。

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