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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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異状検出:同居対象たる人間について

 ロターク社からの帰路にもモースは菌糸動力車を出してくれたため、リーピとケイリーは徒歩での帰宅を強いられずに済んだ。


 往路では滅菌剤を清掃局へと納入するついでとの名目だったが、結局のところモースはたった二体の自動人形を輸送するだけのためであっても車両を出動させてくれるのだ。


 日暮れ間もない薄暗い街路に降り立ち、運転手と整備士に礼を言って別れ、去っていく車体を見送ってからリーピとケイリーは探命事務所内に入る。


 訪問者の痕跡はなかったが、リーピは通話機へ視線を向け、異変の兆しに気づいた。


「着信履歴のテープに、多数の打刻が為されています。」


「私たちの事務所に、依頼が殺到することはまずない。番号を教えている相手はごく限られているはずだ、いったいどこからの着信だ?」


 ケイリーも通話機へと近づき、穴ぼこだらけになった紙テープを手に取った。


 菌糸通話機と連動し、テープに打刻する着信履歴記録装置。これはあくまで、呼び出しベルの作動に反応して機械的に紙テープへ丸い穴を開けるだけの機能であり、発信先の番号を知ることまでは不可能だ。


 打刻は十回以上あった。その間隔を見るに、ごく短い時間内に繰り返し通話呼び出しが為されたことが読み取れた。


「異なる通話先から、偶然にもごく短い間隔を綺麗にあけて通話が掛かることはまずありえません。同じ発信先から、僕らを繰り返し呼び出そうと試みた通話であると推測されます。時刻は夕方ごろです。」


「誰だろう?フィンク市長であれば、通話が取られないとみるや秘書を直接寄越し、文書を残すはずだ。チャルラット医院は……そもそも通話呼び出しに時間をかけていられるほどヒマではないだろうし。」


 首をかしげているケイリーの傍らで、リーピは受話器を取って通話交換手を呼び出した。


 通話そのものや履歴の打刻は機械的に処理され、今見えている結果以上の情報を得ようもないが、人間の通話交換手に対しては質問の余地がある。


 呼び出し音が止まると同時に、リーピは即座に尋ねた。常時多忙な交換手たちの仕事時間を、出来る限り奪わぬように。


「質問があります。本日の夕方ごろ、こちらの番号に繰り返し通話を試みたのは誰ですか?」


「記録は残しておりませんので、詳細不明です。」


 交換手は、これも仕事柄仕方のないことではあるが、人間らしい温かみのある声を出しつつも即座に淡々とした返答を発した。


 いわばマニュアル通りの返答だろう、毎日毎日数え切れぬ量の通話を捌く者たちには逐一イレギュラーな質問に対応している暇など無いのだ。それこそ市長自らの発信など、重要人物からの通話でもない限り敢えて記録することなどないだろう。


 その点を弁え、リーピもすぐさま謝意を述べて通話を切ろうとしたが……直前、その通話交換手は部分的な返答を行った。


「記録には残っていませんが、確か工業区画からの発信番号だったと思います。私の記憶なので、間違ってたらすみません。」


「いえ、貴重な情報提供、ありがとうございます。お忙しい中、失礼いたしました。」


 丁重に礼を述べ、リーピは通話を切った。


 マニュアル外の対応であったろうが、それでも出来得る限りの助けを伝えてくれたのは、通話交換手が人間である証左だった。


 さておき、工業区画から繰り返し探命事務所へと発信が行われたことが明白となった今……発信者の身元はかなり絞り込まれる。


 リーピが通話中、受話器に耳を近づけて交換手の言を聞いていたケイリーは、すぐさま口を開く。


「住所も仕事場も工業区画で、この事務所の番号を知っているのは、ラーディだ。」


「万が一、助けを求める意図があったとしたら、対処も即座に行われなければなりません。」


 再びリーピは受話器を取り、ついさきほど通話を切ったばかりの交換手に改めて番号を告げ、ラーディ宅へと通話を繋いだ。


 日暮れ間もない頃となれば、ラーディもちょうど自宅に帰ってきてすぐなのだろう。


 通じた受話器の先で、多少息切れしたラーディの声、そして床にドサドサと買い物の荷物を置く音が重なった。


「は、はい、はい、どちらさま、ですか?」


「ラーディさんのお宅ですね。こちら、リーピ探命事務所です。本日、工業区画から僕らの事務所へ繰り返し発信された履歴を確認しました。もしかすると、ラーディさんからの通話かと考えたのですが。」


「へ?いえ、私は通話してませんけど……でも、確かに、この辺でリーピさん所の番号知ってるの、私ぐらいしか居ませんよねぇ。気になりますねぇ、繰り返し通話しようとするだなんて。」


 帰宅間もない状況でありながら、自身と関係ない件についても一緒に考え始める様は、ラーディの人の良さを表していた。


 むろん、自動人形の思考回路の方が次なる候補を素早く推測していたのだが、リーピは間もなく続いたラーディの推理が言い切られるまで待った。


「あ、まさか、ポームさんでしょうか。あの方、今の住所は工業区画ではないですけど、前に働いていた工場への復職手続きに向かっていたはずですからねぇ。」


「その工場内か、付近の公衆通話機から、僕らに伝えたい用件があって通話を行った可能性がありますね。その推測に同意します、僕らの方からポームさんにも確認を取ります。」


「ポームさんに、何かあったんでしょうか……ちょっと心配、です。」


「事情が判明すれば、後日になるかもしれませんが、お伝えできる範囲でラーディさんにもお教えいたします。ご協力に感謝します。」


 礼を言ってリーピは通話を切り、間を置かずポーム宅へと通話をいれた。


 こちらも既に帰宅していたのだろう、狭い家の中で受話器を取るのに時間もかかるはずもなく、呼び出し音から間もなくポームの声が聞こえてきた。


「もしもし?」


「こちらはリーピ探命事務所です。ポームさん、本日の夕方ごろに僕らへと通話されましたか?繰り返し受信のあった履歴が、事務所内の通話機にて打刻されていたのですが。」


「あー、はい、しました。いやその、ただ、手続きも完了して、無事に復職できることが決まったので、嬉しくなってリーピくんやケイリーさんにお伝えしようと思っただけなんです。繰り返し通話を掛けてしまうだなんて、私、はしゃいでいたかもですね。」


「そうでしたか。いえ、何か重大な問題への対応を求めておいでかもしれないと推測していたのですが、朗報をお伝えいただける通話だったのは何よりです。復職おめでとうございます。」


「すみません、変な事して、ご心配おかけしちゃって。」


「自動人形に気を遣う必要はないのですよ。」


 いつも通りのやり取りで締めくくり、リーピは受話器を置いた。


 ポームが助けを呼ぶような通話を行っていたわけではない、との情報は得られた。ケイリーも、まるで感情を有する人間のごとく、安堵に緩む表情を顔面パーツに示していた。


 とはいえリーピは、今も心配を抱え続けているだろうラーディの元へと即座に報告しようとはしなかった。


「短時間で確認できる情報のみで結論付けず、現地にて実際の状況を視認すべきです。」


「あぁ、事務所での仕事は早めに片付け、ポームが待っている家に帰ろう。得られた情報通りの状況を確認できるに越したことは無いが。」


 この慎重ともいえる判断は、状況把握の正確性を遵守する自動人形特有の思考能力が為すものばかりではなかった。


 違和感があったのだ。


 本来、客観的情報に拠ってのみ判断を下すはずの自動人形が、見出すはずもない“違和感”。それは、人間のことを多く学び、ばかりかポームと生活空間を共にしていたがため、抱けた違和感であった。


 貧困層の市民として、長らく生活苦を実感し続け、またこれからも同じ暮らしが続くポームが……生きていく糧を得るためとはいえ、工場への復職をそこまで喜ぶものだろうか?


 しかも夕方の着信履歴は、短時間に十回以上繰り返されていたのだ。喜びを分かち合いたいがための通話にしては、極端に執拗な頻度である。


 それと示す確証は未だ得られなかったが、これが緊急事態を示すサイン、助けを呼ぶための通話であるとの推測は、今しがたポームの無事な声を聞いてもなお拭い去れなかった。


「さっき通話に出たのは、間違いなくポーム本人だったよな?」


「はい……あくまで、受話器内の人工声帯が再現した音声ゆえ、確証たりえませんが。」


 通話越しに聞こえる声は、当然ながら菌糸通話線を経由して伝達された情報を元に、通話機内にて再現された声である。限りなく本人の声色に近いが、そのものではない。


 以前、フィンク邸にて通話機内に侵入した特異菌糸が勝手に通話を行っていた一件もあり、油断ならない。


 リーピは一応この事務所に置かれていた通話機の蓋を外して内部を確認したが、内部に本来存在しないはずの菌糸が侵入した痕跡はなく、通常通りの機能が保たれていた。


 明確に異常事態を示すサインを得られたわけではないにせよ、先ほど一旦の安堵を得たケイリーもまた徐々に不穏を見出し始めたのか、リーピと共にそそくさと事務仕事を切り上げ、帰路についた。


 ポームの住居がある雑居ビルへは、リーピ探命事務所が入居しているビルからさほど時間もかからない。近くの商店でポームの夕食用の総菜を買い、少し歩くだけですぐ到着する。


 リーピは、雑居ビルに近付いた時点で新たな異変に気付いた。


「ポームさんの部屋、照明が点けられていませんね。」


「本当だ。疲れて眠りこけているんじゃないだろうか。」


 ケイリーはそう答えたが、それは無論、ポームが無事である前提で立てられる推測のひとつである。


 復職手続きのために市役所や職場を行き来して、小難しい書類のやり取りを済ませてやっと帰宅した後、押し寄せてきた疲れが睡魔を連れてくることは充分に有り得る話ではある。


 一方で、あらゆる可能性を想定していたリーピは……口に出しては言わないまでも、既に最悪の想定をも思い浮かべていた。


 菌糸罹患者は、日照に関わらず生育する菌糸を根幹とする以上、暗所でも明所と同様に活動できる。


 言い換えれば、暗い状態で生活し続けることに、菌糸罹患者は違和感を抱けないということでもある。そもそも“明るい”や“暗い”という判別は人間が抱く主観的な基準に基づいており、光量を客観的に計測し明確な線引きが出来るわけではない。


 殊に、日没頃のじわじわと自然光が減っていく変化に対しては、菌糸罹患者は敏感に反応することが困難であろう。


 ケイリーも同じ思考に至ったのか、顔面パーツにすっかり緊張を取り戻しつつ、リーピに声をかける。


「リーピ……。」


「実際に確認してから、結論を出しましょう。」


 階段をのぼりつつ、リーピはあくまで冷淡に返答していた。


 ポーム宅の玄関扉の鍵穴へ、リーピが鍵を差し込むと同時に室内の照明は点いた。


 まるで、灯りを点け忘れていたことに今さら気づいたかのような反応であった。扉を開けば、何故か慌ただしげに歩き回っているポームの姿があった。


「ただいま帰りました。どうかなされましたか、ポームさん。」


「あ、おかえりなさい、リーピくん、ケイリーさん。いやその、今からお風呂に入ろうかと思ってたんですけど、替えの下着とかどこに仕舞ったかなーって探してまして。」


「すぐに用意する。」


 玄関を閉めるのをリーピに任せ、ケイリーが足早に収納のもとへ向かい、着替えの衣類を取り出し始めた。


 これまで、服の用意はリーピやケイリーが行ってきたため、この部屋の住人であるはずのポームが収納場所を知らなくともおかしくはない。


 とはいえ、つい昨日は入浴行為そのものに消極的だったポームが、リーピ達の帰りを待たず風呂の準備をしているのは少々妙であった。


 更なる違和感は、流し台の様を見たリーピが口にした。


「おや、ポームさん。既に食事も終えられているんですね。いつもより多くの食器を洗った跡があります。」


「はい、今日はあちこち歩きまわって、おなかすいちゃって。もしかして、リーピくん、私のために何か買って帰って来てくれたりしました?」


「えぇ、また少量の食事で済まされていてはいけない、と思いまして……しかし日持ちのする物ですから、また明日のために置いておきましょう。」


 リーピは買い物袋の中身を食糧庫に仕舞いつつ、背後でポームが浴室へと入る足音のみを聞いていた。


 彼女に着替えを渡し、浴室の扉がしっかり閉まったのを確認したケイリーは、リーピの隣までやってくる。


 ケイリーもまた、もはや誤魔化しようのない異変の兆しに気付いているようであった。自身の喉元を背後からリーピの首筋に密着させ、声が漏れないよう直接伝導にて語り掛ける。


「棚で乾かされている食器、増えすぎだ。こんな大皿、この家にあったか?」


「いえ、無かったはずです。この家で唯一、食事を行うポームさんが小食なのですから、これほど大きな食器は必要ないはずでした。」


「小食だった人間がいきなり大食いになるなど、急激すぎる変化だ。まるで、養分補給の必要性に駆られているみたいじゃないか。入浴だって、これまでのポームであれば、面倒さや水道料金を理由に渋っていたはずだ。彼女、まさか既に……?」


「一晩、徹底して観察しましょう。違和感に気付かれて困ることがあるのなら、そもそも僕らの帰宅を拒むはずです。単にポームさんの精神面が大きく回復した結果の変化、であれば何も問題はないはずです。」


 リーピの提案に、ケイリーも黙って頷いた。


 ポームがこれまで通りの人間ではなくなっている……すなわち菌糸罹患者になってしまっている可能性は濃厚である。


 その推測を確定させるため、より手っ取り早い手段が取れぬわけではない。体内の組織が、既に菌糸に置き換わってしまっているか否か、直接一部の体細胞を切除して滅菌剤を注入してみれば良い。ポームが人間であれば、無用の確認で痛い目に遭わせることとなってしまうが。


 が、リーピもケイリーも、一晩の猶予を設けることにしたのだ。


 ロターク社で実行したように、菌糸罹患者と見るや即座に滅菌剤注入器を突き立てることなど……ポームに対してはとてもできなかった。


 これが自動人形にあるまじき判断であることは、否定できない。


 好ましからざる結論へと高確率で至る要素は、既に揃っていた。リーピは更に小さな声で、ぼそりと喋る。


「もともとポームさんは、僕のことを『リーピさん』と呼んでいたはずです。しかし先ほどの通話以降は、一貫して『リーピくん』との呼称を用いています。」


「……。」


 ケイリーは、ただ沈黙で返すのみであった。彼女の顔面パーツは、暗鬱な表情を薄く浮かべていた。

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