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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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依頼30:対菌糸罹患者実戦試験 3/3

 ケイリーとケイティーが菌糸罹患者たちをあっという間に無力化した様を、上層の窓からモース研究主任は満足げに頷きつつ見つめていた。


 が、現時点で見えていた罹患者たち全員が滅菌剤を注入されて確実に枯死した後も、このテストの終了宣言は行わない。モースはしばらく黙ったまま、ケイリーとケイティーに周囲を捜索させるに任せていた。


 彼の傍らで共に見ていたリーピは尋ねる。


「まだ、終了ではありませんか?これで菌糸罹患者に対応するための動作テストは完了ではないのですか?」


「えぇ、実際の現場においては、一通り対処し終えたからといって完全に状況が解決したとの確証は得られません。彼女らにはしばらく周囲の警戒を続けてもらいます。」


 モースが言っている事は正しかった。


 現に、先日の市庁舎に対する菌糸罹患者による襲撃も、キナ議員の護衛や彼女の自宅への罹患者侵入に警備の手が割かれた直後、行われたのだ。菌糸罹患者たちの行動が計画的に組み立てられるものである以上、一難去った時点で警戒を緩めるべきではない。


 とはいえ、この実戦試験においては、モースが前もって閉じ込めておいた菌糸罹患者の数は把握できているはずである。


 彼が直後にボソッと漏らした一言を、リーピは聞き逃さなかった。


「もう一人、居たはずなんですがねぇ……。」


「それは、ケイティーが最初に発見した、既に枯死して瓦礫の内部に埋められていた個体とは別に、ですか?」


 即座に問い質したリーピへ、モースは鋭く横眼で視線を投げる。


 ほとんど唇を動かしただけと変わらぬ小声を拾う、自動人形の聴覚受容器に驚いたわけではない。他でもないモースが設計したのだから、純粋な性能面に彼が驚かされることはない。


 会話のために発されたわけではないことが明確な言葉を、敢えて受け取って質問とするリーピの思考回路に、製造直後時との差異を見出したのだ。問い直されては不都合な内容を人間が口走ってしまうことも想定していれば、聞き取れてもあえて反応しないのが“正常な”動作である。


 とはいえ、長らく独立して活動している自動人形の思考回路を探るのもまたモースの研究者としての関心事であり、彼は丁寧にリーピへ返答した。


「えぇ、囮として瓦礫の山に放置されていた一体に加え、実際に攻撃行動に参加した四体は確認されていますが、この地下貯水槽に閉じ込めた罹患者は全部で六体です。あと一体、どこかに隠れていそうですね。」


「逃亡した可能性は、無いのですね?」


「地下貯水槽から脱出するためには、上から梯子を降ろしてもらうほかありません。平坦な壁面は登攀も不可能ですし、壁面の外側には地下の岩盤が延々と続くばかりです。」


 万が一、特異菌糸罹患者が逃亡したとなれば一大事であるが、モースの表情には僅かな動揺も見られなかった。


 絶対に逃亡の機会がない、と言い切れるのは単に物理的条件を鑑みた結果のみならず……既に幾度か、同様の試験を実施していたがためかもしれない。


 ケイリーとケイティーは地下貯水槽の巨大な空間内をひと通り捜索し終えたが、それでも残りの菌糸罹患者は見つからないようであった。


 モースは落ち着いたままに指示を発した。


「お疲れ様です、ケイリー、ケイティー。これにて菌糸罹患者への対処を想定した動作テストは完了です。帰ってきてください、こちらから梯子を降ろします。」


 モースの声は、伝声管を通じて地下貯水槽内に響き渡った。


 万が一、豪雨時に緊急注水が決定された際、内部で作業を行っている人員に対して避難を呼びかけるために備えられたものだ。


 指示の声が想定通り内部へと届き、ケイリーとケイティーが帰還を開始したのを見ながら、モースは改めて首を捻った。


「いったい、最後の生き残りはどこに隠れたんでしょうねぇ。下手をすれば、今しがた用いた伝声管の内部へと入り込んだのかとも思いましたが、内部に詰まっている感じもしませんでしたし。」


「人体が入り込めるほど、伝声管は太さがあるのですか?」


「いえ、人間の握りこぶしひとつがやっと入る程度の管です。が、菌糸罹患者であれば、仲間の力を借りて切除した体組織を無理やり押し込み、狭所から強引に出ることは可能ですから……とはいえ、伝声管の末端を塞いでいる金網を取り外すことは、専用の工具なしには出来なかったようですね。」


 喋りつつ、モースは部屋の隅に向かい、床に設置されていた蓋を開き、そこから貯水槽内へと降下するための梯子を降ろし始める。


 とはいえ、ケイリーとケイティーが真下に到着するまで、梯子を一番下まで降ろしきることはしなかった。今の今まで隠れていた罹患者が、梯子に取りついて登って来るようなことがあってはいけない。


 そのように警戒しておくことは、正解であった。


 金属製の継ぎ目を軋ませながら展開されていく梯子の音が響くと同時に、降下地点すぐ近くに積まれていた廃材の山が小さく動く。


 直後、まるでゴミ山からスルリと抜け出してくる鼠のように、ごく小柄な男の姿が廃材の陰から走り出てきた。梯子を降ろしているモースが反応する暇もない。


「おっと……そこでしたか。梯子を完全展開しないよう判断して良かったです、危ない、危ない。」


 駆け寄ってくるケイリーとケイティーの姿に目をやりつつ、しかしモースの口調はあくまでノンビリとしたものだった。


 小柄な菌糸罹患者は降りてくる梯子に向かって飛びつこうとしたが……完全には降りきっていない梯子には手が届かない。彼は一瞬のうちに得た絶望を目に宿しながら、幾度か壁を掻き毟って梯子のもとへ登ろうとしていた。


 これまた元研究員であったらしく、身体能力は大して優れていない。彼がケイリーとケイティーに取り押さえられるのは即座のことであった。


 逃れようもない自動人形の膂力で組み伏せられながら、彼は懇願の声を上げた。


「しゅっ……主任!先ほどあなたは、動作テストが完了したと宣言しましたよね!?約束通りに……この試験を生き延びたら、ここから出してくれるはずでは……!?」


「おや、通達した条件が正確に伝わっていなかったようですね。投入される自動人形を撃破、無力化して生き延びたら、出してあげると言ったんです。あなたはずっと隠れていただけはありませんか。」


 それはリーピやケイリーの知り得ない情報であり、と同時に、ここに閉じ込められていた菌糸罹患者たちがケイリーとケイティーへの攻撃行動を迷わず実行した理由を明確に示す要素であった。


 命乞いや説得を選択する余地自体、最初から取り上げられていたのだ。


 自動人形と真っ向から対決するという勝ち目のない状況から逃れ、梯子が降ろされる瞬間まで身を潜めていた最後の生き残りであったが、これまたモースの意向にそぐわぬ存在に違いなかった。


「やはり口頭でのみ通達するのは良くありません、きちんと文面で契約内容を残しておかなければね。さておき、いずれにせよ菌糸罹患者に自由行動を許可するはずもありません。ケイティー、ケイリー、対処を。」


「既に完了している。」


 まだ口を開き、ギョロつかせた目をモースへと向け、何か言い返したそうな菌糸罹患者であったが、ケイティーに抑え込まれて身動きどころか発声のため息を吐くことすら困難な状態だった。


 ケイリーもまた躊躇なく、ケイティーに拘束された罹患者の首元へ滅菌剤注入器を突き立てていた。人間でも自動人形でもない存在を前にして、会話をわざわざ待ってやる必要性は見いだされない。


 注入された位置から見る間に乾燥してひび割れていく罹患者の表皮、それに伴って抵抗する力が抜けていくのを確認して、ケイティーは手を離し立ち上がった。


「今度こそ、全ての菌糸罹患者を無力化しましたね。あらためて梯子を降ろします、登ってきてください。」


 動かなくなった菌糸罹患者、彼が最後の力を振り絞って伸ばした腕の先に降りてきた梯子。


 来た時と同様、ケイティーとケイリーは同時に重量を掛けぬよう、間をあけて一体ごとに梯子を上り、地下貯水槽からようやっと戻ってきた。


 その後も全ての作業が終わりというわけではない。


 モースはケイリーとケイティーの身体パーツに希釈した滅菌剤を噴霧した後、回収した梯子の各段に対しても滅菌剤を塗布してから格納し、床の蓋を閉めている。


 地下貯水槽内を見下ろす窓の鎧戸を閉じつつ、廃材の山の隙間に見える罹患者たちの遺骸を一瞥しながらモースは語った。


「菌糸罹患者の各個体には滅菌剤を注入したとはいえ、彼らの身体組織が散らばっていることは事実です。放置しておいても勝手に枯死するでしょうが、念には念を入れて後ほど滅菌剤を溶かし入れた水を注入しておきます。」


「モース主任、私の顔面パーツ、および頸部関節には堅牢性に改善の余地が見いだされます。現地での活動続行を鑑みれば、警備活動のたびにユニット交換作業の手間を要するのは非効率的です。」


 ケイティーは先ほど菌糸罹患者の襲撃で負った損傷部位を示しつつ、モースへと伝える。


 改めて見てみれば、顔面パーツの陥没はかなり深く、衝撃に伴い生じた頸部の歪みは視認できるほどの傾きを生じさせている。自動人形であればこそ致命傷たり得なかったものの、ケイティーにこれほどのダメージを負わせた菌糸罹患者がいかに必死であったか、容易に察せる損傷であった。


 むろんモースもケイティーの損傷部位を交換する準備をしていただろうが、彼が真っ先に為した措置は直接ケイティーの損傷に触れることであった。


「現地でのメンテナンス性を鑑みるのであれば、応急措置でどの程度修復できるかを理解しておく必要があります。あなたの身体パーツにも、リーピやケイリー同様に分子再結合を行う樹脂を用いていますので、揉みほぐすように力を加えることで傷口はある程度閉じるはずです。」


「モース主任、素手で直接触るのは危険です、先ほど滅菌剤を表面に噴霧したとはいえ、私の内部から漏洩する菌糸に触れてしまう恐れがあります。」


「いえ、損傷は内部構造に至っていませんから、ご心配なく。そもそも菌糸部分が露出していないことを確認しているからこそ、滅菌剤をあなたの身体に噴霧したんですよ。」


 当然のことながら自らが設計した自動人形の構造を知り尽くしているモースは、ケイティーの語る懸念に対し優しい声で返答しつつ、彼女の損傷部位を両手で丹念に撫で、揉んでいる。


 打撃を受けた部位を触られることは、人間であれば余計に痛覚を刺激される措置となるが、自動人形の場合は純粋な修復行為である。


 生物的な損傷修復とは全く原理が異なる、外部から熱や力を加えられることで分子が再結合する素材で作られている自動人形。仕事や日常動作のたびに負う僅かな傷が逐一残っていては、そのうち自動人形の表皮は傷だらけになってしまうため、かすり傷程度なら少し撫でる程度で塞がれる樹脂が採用されている。


 とはいえ、あまり大規模な損傷となっては、痕跡を消しきれない。


 自動人形の身体パーツ構造を熟知したモースが懸命に撫でても、ケイティーの陥没部は隠れるには程遠く、頸部関節の歪みもそのままで、顔面を放射状に走っていたヒビ割れがどうにか薄れた程度であった。


「ふーむ、とりあえず、これが応急措置の限度ですか。顔面部位の損壊は殊に人間からの心証に大きく影響します、議員さん方に気味悪がられぬよう、パーツ交換は必須となりますね。あとはケイティー、重大な損傷に繋がらないとしても、目立つ箇所にダメージを負うのは極力避けるよう、あなた自身が回避ないし防護の挙動を学ぶべきです。」


「了承しました。」


 ケイティーは、モースに撫でられて傷跡がかなり薄くなった自分の顔面にそっと触れながら、返答していた。


 製造から間もない自動人形の常として、与えられた機能以外に思考が働く余地はごく少ない。だが、自らの創造主であるモースからじかに触れられ、傷跡を可能な限り消し去るための手を尽くされた事実は……単なる操作や処置とは異なる、特別な意味を有しているようだった。


 リーピとケイリーが雇い主もなく自立して活動していながら、モースの言葉については絶対的な恭順を示しているのと、根源は同様であった。


 一方のケイリーはと言えば、モースと共に待ちかねていたリーピに身体パーツを気遣われていた。


「ケイリー、指先の関節部に過剰な負荷が掛かっていませんか?あれほどの打撃を罹患者に加えたのは、初めてのことでしょう。」


「確かに瞬間的に最大出力を発揮してはいたが、想定された範囲内での動作だ。モース主任が案じていないのだから、リーピが今さら確認するほどの損傷はない。」


「まず僕に見せてください、僅かでも身体パーツに歪みが残っていては、ポームさんを心配させてしまいます。」


 リーピに手を握られて指先の一本一本を曲げて確認され、ケイリーは腕をひっこめるわけにもいかず彼の措置に任せている。


 この二体の振る舞いを、モースもケイティーの損傷確認と並行して横目で視認していた。


 自動人形の行動選択としては、常に同行し続けている個体同士でのメンテナンスとして分類できる振る舞いである。


 とはいえ、実行する必要性がごく薄い行為を、ケイリー自身からも求められぬまま、自主判断で実行するリーピの振る舞いは、人間が抱く感情の“心配”をごく正確に模倣していた。


「あと、衝撃の大半が伝わったことが懸念されるのは腰部です。作業服をめくって腰を見せてください、ここに歪みが残っていては長期間の行動に支障が出ます。」


「だから、そこまで見る必要はないって……。」


 渋っているケイリーと、お構いなしに彼女の身体を気遣い続けているリーピのやり取り。


 服をめくってもどうせ自動人形の身体パーツしか見えないにも関わらず、男性であるモース研究主任が居る場所で肌を露わにするのを嫌がっているケイリーの振る舞いも、自動人形が本来持ち得ない感情の模倣であった。


 リーピとしては機械的に必要性を見出しての行為であったが、傍からは人間の姉弟のじゃれ合いにも見えるやり取りを制し、モースは微笑ましげに口を開く。


「リーピもケイリーも、街へと帰っていただく前に身体パーツのメンテナンスを用意していますので、損傷の可能性についてはここで気にしなくても構いませんよ。本日は新型警備用自動人形ケイティーの動作テストにお付き合いいただきありがとうございました、おかげで納入前の最終調整と……ついでに菌糸罹患者の処理が完了しました。」


「ご意向に沿う働きが出来て光栄です、モース主任。」


「今回働いたのはリーピではなく、ほとんど私だけだがな。私の立ち回りが、ケイティーの警備運用における助けとなれば何よりだ。」


 リーピもケイリーも、じゃれ合いのごとき掴み合いを止め、モースに相対して並び頭を下げる。


 この二体の自動人形の姿をモースの隣で見つめながら、ケイティーはじっとケイリーと自分との違いについて思考していた。


 基本構造は自分と同じモデルであるはずの自動人形でありながら、人間社会の中で多くの学習機会を得てきたケイリーの思考回路は、製造から間もないケイティーのそれとはハッキリと異なっていた。


 差異の詳細を全て解析することはまだケイティーには出来なかったが、ケイリーが帰る先に待たせている人間を心配させる姿になっていないことだけは、明瞭であった。

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