依頼30:対菌糸罹患者実戦試験 1/3
ロターク本社へと到着した菌糸動力車は、セキュリティゲートを通り抜けた後、物資集積区画に停車し後部荷台を開いた。
大量の重量物を積み込む前提で作られたこの区画は広大な床面積を誇っていたが、今、荷台から降りてきたのは二体の自動人形のみ……すなわち、リーピとケイリーだけである。
むろん待ち構えていた作業員たち、作業用自動人形たちにも情報は行き渡っており、彼らは降りてきたリーピとケイリーの存在を意に介することなく、入れ違いに車両荷台へと踏み込んで清掃作業を開始している。
リーピ達を案内するために待っていたのだろう、一人の研究員だけが本社研究棟へと通じる廊下の前で待っていた。
「モース主任は地下区画で待っている、お前たちは身体パーツの洗浄を行ってから来るように。」
「はい。」
言われた通り、リーピとケイリーは研究棟入り口に設置されている洗浄ゲートへと向かった。
洗浄と言っても、その場でただ立っているだけで済む処置である。身体パーツにヒビ割れや隙間が出来ていないかチェックされ、圧搾空気で身体表面の塵芥が吹き飛ばされた後、滅菌剤を含む霧状の液体が吹きつけられる。
散布されれば真っ白な粉まみれになってしまう粉末タイプ滅菌剤と違い、衣服や身体表面を僅かに濡らした後、直ちに乾いて滅菌作用だけを残すのみである粘液タイプ滅菌剤。水で希釈しさえすれば様々に応用が利く分、今さらながら粉末タイプよりも粘液タイプの方が高い利便性を見出されていた。
洗浄済みであることを示すタグを兼ねた進入許可証を首から掛けられ、リーピとケイリーは先へ進む。
ロターク本社研究棟の地下区画へと踏み込むのは、リーピもケイリーも初のことであった。
「……人の姿が、疎らですね。本社ビルや研究棟の地上区画よりも、広い空間が確保されているせいでしょうか。」
「実際に、この地下区画への進入を許可されている存在が少ないためではないか?正確に人数を計測しているわけではないが。」
リーピとケイリーはそう言い合いながら、モース研究主任の姿を探しつつ周囲を見回しながら薄暗い廊下を歩いて行く。
確かにこの研究棟地下区画は、やたらと広い廊下が通っている割に作業員や研究員の往来は乏しく、余計に殺風景な印象となっている。各研究室は頑丈な金属扉で封じられ、窓もない。実際に働いている人数が全員見えているわけではないことも、その印象を手伝っているのだろう。
地上区画の、透明な樹脂窓が多用され、多数の照明によって昼夜を問わず明るく清潔感のある雰囲気とは対照的であった。自動人形でありながら人間の感性を模倣してきたが故に、リーピとケイリーには不穏さまでも知覚できたのである。
「以前、ロターク本社に回収されていたはずの遺体、残骸に関しても、研究目的のためここに保管されている可能性があります。」
「たしかに、これまでモース主任に呼ばれて幾度か本社ビルには入ったが、以前の件で回収されたアントンの遺体や、スクルタの身体パーツなどの存在を確認することは出来なかったからな。」
そのやり取りをする際には、リーピとケイリーは自然と小声になっていた。確かにこれまでの特異菌糸汚染事例にて、現地で破棄処分される場合を除けば遺体がロターク社に回収されていたのは事実である。
むろん重要な物品が、誰でも手に取れるような状態で保管されるわけもないが、ならばどこに格納されるのかといえば見当もつかなかった。ロターク社の製品に過ぎないリーピとケイリーにとっては勿論ながら、大半のロターク社員、平研究員や研究助手らにも知る由は無い。
遺体の類を研究目的で保管する可能性が最も高いのは、今まさに居るこの研究棟地下区画であった。
リーピとケイリーの足音を聞きつけたのか、廊下の先、幾室目かの金属扉がガチャリと開き、モース研究主任が顔を出して手招きした。
「予定通りの到着ですね、リーピ、ケイリー。来てください、こちらも準備が整ったところです。」
「只今向かいます。」
扉を開けたまま待っているモースに向かい、リーピとケイリーは歩を速めた。
相変わらず、モースから頼まれる内容は教えられておらず、何の準備が整ったのかも分からないままであったが、彼に従う以外の選択肢を自動人形は持ち得ない。
モースから招き入れられた部屋は、一見すると使われていない倉庫のごとく、研究機材ばかりか椅子もテーブルも無い、殺風景な部屋であった。ただ滅菌剤容器とその散布装置だけは、自動人形メーカーの常として隅に準備されている。
が、リーピとケイリーが真っ先に認識した存在は、モースと共に居た一体の自動人形であった。
その自動人形は、ケイリーそっくりの容姿だった。
差異を挙げるならば、まず髪色である。ケイリーが僅かに青みを帯びた灰色の髪である一方で、その自動人形は綺麗なブロンドの髪色だ。警備用ということで筋繊維も増設されているのか、体格も多少厚みがある。服装も、ケイリーが着込んでいるただの作業服と違い、防護用の分厚いアーマーが随所に装着された警備員制服である。
それ以外は、背丈も顔面も、ケイリーと瓜二つであった。自動人形が設計された際の元型が残されていることを思えば、ほぼ同じ姿として別個体が造られることは実質可能である。
黙したまま立ち止まっているリーピとケイリーに対し、モースは喋った。
「驚かせてしまいましたか?いや、自動人形が驚きなどという感情は抱かないでしょうね。紹介しましょう、今度フィンク新市長の元へ納入する予定の警備用自動人形です。以前の重装型は過剰すぎる戦力だということで、出力を抑え、さらに容姿も人間に近しくなるよう設計してあります。」
モースの口調はあくまで淡々としていたが、彼が自らの製作物を見つめる眼差しにはどこか得意げな色が浮かんでいた。リーピとケイリーこそ、自分が設計した自動人形の中でも最高傑作だと信じて疑わぬ彼にとっては、ケイリーの似姿もまた満足のいく出来栄えなのだろう。
ケイリーの容姿が元型に選ばれたのは、現時点で雇い主の存在しない自動人形であったためだ。オーナーの趣味嗜好に合わせて製造される愛玩用自動人形の容姿を、顧客の許可なく勝手に複製することは好まれない。その点、既に雇い主から手放されて独立し活動しているリーピとケイリーは、強いて言うなれば創造主たるモースが好きに出来る存在でもあった。
創造主から手振りで促され、その警備用自動人形は口を開き、自己紹介を行った。
「初めまして、リーピさん、ケイリーさん。私は警備用自動人形です。」
「……たった今、こちらから語ったのと大差ない情報量に留まっている点については、仕方ないものと思ってください。何しろ個体識別名もまだ設定していないのですから。認知能力、思考能力については、きみたちと比肩するレベルであるはずです。そうだ、せっかくだから今、彼女の名前を決めましょうか。雇い主からの命名を待つ必要もないのですし。」
そう言って、考え始めるモース。
本来、愛玩用自動人形の場合は出荷先で命名されることが前提であるため、製造元で個体名を決められることなどない。が、今回製造された自動人形はあくまで警備用としての用途であり、愛玩用であるケイリーと同じ外見を有しているとはいえ、扱われ方は大きく違う。
それに、ケイリーとそっくりの外見を得た自動人形に対し、モースがこの場で識別名を与える必要性も確かにあったのだ。ハタと手を打ち、彼は口を開いた。
「ケイリーさんと似ている個体ですし、ケイティーと名付けることにしましょうか。安直なネーミングかもしれませんが、不明瞭に発音しない限りは呼び名が混同されることもないでしょう。」
「分かりました。私はケイティーです。改めまして、よろしくお願いします、リーピさん、ケイリーさん。」
恭しく頭を下げ、挨拶をし直すケイティーに対し、リーピとケイリーも会釈を返す。
まるで新入りが先輩に紹介されているような場面であったが、実質的には唯一の人間であるモースが、自動人形らを並べた前で独り言を続けているような状況であった。
さておき、ようやくモースは本題を語り始める。ここに来るまで満足な説明がなくとも、彼の指示に従ってきたのはリーピもケイリーも自動人形であるがゆえだった。
「先に伝えておきますがリーピ、今回きみの役目はほとんど見学です。用があるのはケイリー、愛玩用と護衛用を兼ねて製造されたあなたです。ケイティーの動作テストに付き合っていただきたいのです。彼女が警備任務を遂行できるかどうか、実証する必要があります。」
「動作テストとは、具体的に何をするんだ?」
「菌糸罹患者への対処、標的の無力化です。ケイリーに以前渡したのと同じ、ケイティーにも滅菌剤の注入器を装備させています。それを用いて、菌糸罹患者を始末してもらいたいのです。」
喋りながら、モースは部屋の奥へ行き、窓の鎧戸を開いた。
当然、ここは地下区画なのだから、窓外に屋外の景色は見えない。代わりに現れたのは、透明な樹脂板の向こうに広がる、広大な地下空間であった。
面積は、街の一区画ほどもあるだろうか。天井から吊るされた照明が一定間隔で光を落とし、建ち並ぶ石柱がどこか神秘的な空間。これは豪雨時に研究施設の冠水を防止するため用意された、緊急貯水槽だ。雨水が注ぎ込むための水路出口が、天井のあちこちに覗いている。
晴天が続く間は本来の用途としては使われないこの地下空間であったが、ロターク社の研究員たちは別の用途を見出したらしい。
モースは窓から地下空間を見下ろし、その一画を指さしつつ喋った。
「ここには廃棄予定の資材が随所に積まれており、ちょっとした地下の迷路のごとき場所となっています。ケイリーとケイティーを、今からこの地下貯水槽内に下ろします。あなたたちは、この中を徘徊している菌糸罹患者を発見し、処分してください。」
「……発言内容を聞き返すようで悪いが、菌糸罹患者が、目の前にあるこの地下空間内に、今まさに、居るのか?」
「はい。あぁ、安心してくださいね、これは菌糸漏洩の発生現場ではなく、今回の動作テストのためこちらで用意した罹患者です。事故ではありません、心配無用です。上から梯子を架けない限り、地下空間から自力で脱出することは不可能ですので、罹患者が逃亡する恐れもありません。」
ケイリーの質問に対しても相変わらず、モースは淀みなく喋り切っていた。
ここに来て、ケイリーとケイティーは明瞭に異なる反応を示していた。製造されたばかりの自動人形であるケイティーは、ただ黙してモースの発言内容を聞くばかりである。
一方、ケイリーはモースに聞き返しただけでは疑念が収まることなく、無言のままにリーピと顔を見合わせていた。これまでのモースの発言を無条件に聞き入れてきたリーピとケイリーですらも、今の状況に際しては再思考の必要性を見出していた。
ロターク本社内で菌糸漏洩事故が発生した、となれば確かに一大事だが、むしろその方が状況には納得がいく。事態収拾のため、自動人形を出動させることは理に適っている。
だが、今、モースは“こちらで用意した罹患者”と発言した。
確かに菌糸罹患者は、事実上は人間ではない。人間の肉体を保ちながら、その身にとりついた菌糸の意図により活動している存在。
とはいえ、その肉体を有していた生前の人間が居ることもまた事実なのだ。
意図的に菌糸罹患者を用意したというのは、言い換えれば、モースは意図的に何者かへ特異菌糸を感染させた、ということになる……。
「やぁ、どうか、しましたか?指示内容に不明瞭な点は無いはずですが。ケイリー、既に製剤会社敷地内にて菌糸罹患者を処分した実績のあるあなただからこそ、今回のケイティーの動作テストに付き添っていただきたいのです。」
モースはケイリーの顔を覗き込むようにしながら、あらためて口を開く。
思考に割ける時間がもう少し長ければ、ケイリーは自分の思考内に発生した疑念についてモースに尋ねることが出来ていたかもしれなかった。
が、モースの声は、まるで自動人形が抱く疑念を消し去るかのように響き、ケイリーはただ頷いて応じるのみであった。
「いや……分かった。ケイティーと共に、地下貯水槽内部へと降り、菌糸罹患者の発見、処分を行う。」
「こちらから梯子を下ろしますので、それを用いて動作テスト現場へ入ってください。緊急時にはすぐ対処いたしますのでご心配なく、とはいえ……きみたちであれば対処できない状況など、ないでしょうけれど。」
モースは、この部屋の隅、床の一角を覆っていた避難梯子の蓋を開き、格納されていた長い梯子を展開して下ろしていく。
折り畳み式の梯子は人間並みの体重を掛けただけでも派手に揺れるため、まずはケイティーだけが慎重に梯子を降りていった。彼女も人間の体重並みに収まるよう製造されてはいたが、それでも同程度の体格の人間と比べれば少々重すぎるようであった。
ケイティーが巨大貯水槽の床に降り立ったのち、ケイリーも梯子を降りていく。腰のホルスターに備えた滅菌剤注入器だけでなく、畳んで作業服の背部に固定した防護傘も彼女の武器である。
ケイリーを見送る際、リーピは一声かけた。
「気を付けて、ケイリー。」
「あぁ、心配するな。」
それは自動人形としては不必要な言動であり、人間に当てはめれば不安という感情の表れであった。
折り畳み式梯子の継ぎ目を軋ませながら降りていくケイリーの姿を、じっと凝視し見送っているリーピ。モースは、この独自の学習を経ている自動人形の振る舞いを興味深げに見つめていた。
ケイリーとケイティーが共に並び立って行動開始となったのを確認し、モースは梯子を回収して元通りに格納し、緊急避難口の蓋も閉じる。
そして巨大な地下空間である貯水槽を見下ろせる窓際に椅子を並べ、腰を落ち着けて見物を始めた。一応は筆記具とメモ用紙も手にしていたが、彼の表情は主に好奇心によって明るく、緩んでいた。
傍らで立たされたままのリーピは、ようやっと言語化し構築できた疑念をモースへと尋ねる。
「聞きそびれてしまったのですが、このテストに投入されている菌糸罹患者は、元は誰の肉体だった存在なのでしょうか。」
「きみたちが気にする必要はないんですが、そんなに気になるのなら仕方ありません、お教えしましょう。ウチの研究員です。」
リーピは返答する前に、モースの横顔へ視線を向け、口を開き、そして発声するまでに数秒を要した。
聡明な彼の思考回路をもってしても、混乱する内容であった。
「……なぜ、その研究員さんは、菌糸罹患者となる役目に選ばれたのでしょうか。」
「特異菌糸の漏洩、その始まりを作り出した元凶であるためです。覚えていますか、ガリティス前市長が返品を拒否した新型自動人形を。特異菌糸を用いて製造されたがために高性能を誇った、その人形を作り出した研究チームのメンバーは今、特異菌糸感染に対処するため心身を捧げることに同意してくれています。」
それは、理屈の上では通る話であった。
既存菌糸と違って、制御が困難な特異菌糸。それを用いて自動人形を製造した研究チームが、確かに今なお続いている一連の菌糸罹患者騒ぎの元凶であることには違いない。彼らが事態解決に尽力すべきであることも、また道理が通っている。
とはいえ、人間としての生態も意識も喪失し、彼ら自身が実験台や動作テストの標的として、菌糸罹患者にさせられることにまで同意したかどうかは……定かではなかった。
リーピは、明確な質問事項として発せる内容を、更にひとつ選び取った。
「モース主任は今、特異菌糸感染への対処のため身をささげたのが“研究チームのメンバー”だと仰いましたね。今回、この動作テストにて、ケイリーとケイティーが標的とする菌糸罹患者は複数名存在するのですか?」
「はい。彼女らには伝えていませんが、しかし想定外の事態にこそ対処できなければ警備用自動人形としての任務には堪えませんから。所詮は元研究員の肉体、隠れ逃げ回ったり、襲い掛かったりする能力は低いでしょうし、さしたる脅威にはならないでしょう。」
窓から見下ろすモースの視線の先、巨大貯水槽の床に積み上げられた鉄骨の陰で、汚れた白衣の背中がコソコソと数名連なって移動していくのが見えた。
ケイリーとケイティーが降り立って、捜索を始めた足音が彼らの元にも届いたのだ。
リーピは耐えかねるように質問を重ねる。指示に従ってさえいれば良い自動人形としては、例外的な言動選択であった。
「あの菌糸罹患者たちは、どれほど前からこの地下貯水槽内に閉じ込められているのでしょうか。」
「昨日からです。きみも知っての通り、特異菌糸罹患者を生存させ続けるには膨大な量の養分と水分が必要ですから、そう長期間ではありません。」
モースはこともなげに答えていたが、これはケイリーとケイティーにとって不利な条件の示唆でもあった。
昨日から今までの時間であれば、ランダムに廃棄資材が詰まれ放置されているこの巨大貯水槽内の構造を把握するには十分である。おそらく脱出も試みただろう菌糸罹患者たちは、この場所をすっかり理解しているだろう。
一方、ケイリーとケイティーにとっては、ほとんど事前情報無しにフィールドに放り込まれるも同然である。先ほど、窓から貯水槽内を俯瞰した際の視界だけが、唯一得られた現地情報だ。
なによりも、標的となる存在の思考や意図を知る手掛かりもない。ここに閉じ込められている菌糸罹患者たちが、どれほど生存に執着し、滅菌処理されることをいかに強く厭うのか……まだ今の時点では、推し量りようもなかった。




