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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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人間の起床補助およびモースからの依頼

 やはり翌朝までポームから体を抱きしめられたまま、身動きが取れなかったリーピ。


 が、例によってポームが目覚めるのは早朝であったため、朝の準備をケイリーに任せきることにはならなかった。寝息が一旦止まり、覚醒時の呼吸を整えながら薄く瞼を開けた彼女を目の前に、リーピは声量を抑えて朝の挨拶を小声で囁く。


「お目覚めですか?昨晩以上に深く眠っておられた様子ですね。」


「んん……おはよ……ざいます……。」


「安眠のお手伝いが出来て僕も本意ではありますが、身体パーツの保持を中断していただけるでしょうか。このままでは、僕も寝床から起き上がれません。」


「え、あ……すっ、すみません……!」


「自動人形に申し訳なさを感じる必要はないのですよ。」


 急に顔を赤らめ、リーピの身体を抱きしめる腕をひっこめたポーム。彼女に対し告げるのも幾度目かとなる言葉を述べながら、リーピは布団から起き上がり、既にケイリーが進めている朝支度を手伝い始めた。


 一瞬ですっかり目が覚めてしまったポームは、そそくさと顔を洗い、髪を梳き、軽い身支度を済ませてから朝食の席につく。


 今朝ケイリーが用意した食事は温野菜とトーストであった。野菜はしんなりする程度に火が通り、ドレッシングで薄く味付けされている。ジャム付きのトーストは各々一口で食べやすいサイズに切り分けられており、食欲のわかない状態でも摂取しやすくなるよう手間がかけられていた。


「いただきます……いつも、ありがとうございます。朝早くから、食材をひとつひとつ切り分けて調理するだなんて、私ひとりじゃとても出来なさそう。」


「人間が暮らすうえで面倒な手間を担当するのが、私たち本来の役割だ。もちろん口に合わなければ、遠慮なく伝えてくれ。」


 独り暮らしでは、きっと今朝も血の通わない蒼白の顔色をして、食欲がわかぬままにぼーっとしていただろうポーム。


 彼女がもぐもぐと食事を進めているのを確認してから、ケイリーはテーブルの隅に置いたままの新聞を手に取り、リーピへ渡した。


 既に購読料が支払われているために今朝も届く新聞は、相変わらずポームの興味が向く対象ではなく、あくまで自動人形たちの情報収集手段の一端を担うのみである。


 ケイリーからはそれと指し示されることもなかったが、リーピが注視した記事はケイリーと同様であった。それは紙面の中ほど、さして注目されないような位置に小さく出された記事であった。


「市庁舎の警備用自動人形に採用されるモデルを変更する、とありますね。以前までの重装型モデルは、議員さん方に不評とのことです。」


「あぁ、襲撃現場では十名の菌糸罹患者を立て続けに無力化した警備用自動人形だが、現場を目撃した議員や秘書に精神的ショックを与えた点を鑑みても、過剰な暴力であるとの意見が多数出たらしい。」


「僕らが視認したのは、既に警邏隊が現場の検証を進めている最中の光景だけでしたが……確かに、菌糸罹患者らの身体が激しく損壊している様からは、人間に恐怖の感情を与えうる警備行為であったと推測可能です。」


 昨日の市庁舎、裏庭に面した区画にて議員らを標的とした襲撃を行った、複数の特異菌糸罹患者。レイストス氏と同じく、製剤会社敷地から脱出した者たちだ。


 それはキナ議員宅へのレイストスによる侵入行為と同時刻であり、警備の手が分散したタイミングを狙って実行された、計画的な行動であった。彼らの目論見は確かに外れてはおらず、裏庭で集まっていた議員らを守っていたのは、ただ一体だけの警備用自動人形であった。


 その一体が、自動人形メーカー本社を守っているのと同じ、重装型であったことだけは彼らの誤算であった。怪物のごとき膂力を以て、警備用自動人形は菌糸罹患者らを文字通りの意味で叩き潰し、逃亡を判断する猶予も与えず全員を無力化したのだ。


 警備という観点からは成功裏に終わった現場であったものの、しかし人間とほぼ変わらぬ外見をした菌糸罹患者が叩き潰される光景は、目撃した人間の主観からは好意的に受け止められないものだった。


「新たに市庁舎周辺の警備任務に就くのは、より心理的威圧感を軽減したモデルとなる……と、記事は締めくくられています。警邏隊にて採用されているモデルでしょうか?」


「それが最有力の候補だが、市における最重要施設を守る自動人形が、公衆の治安に駆り出される警邏隊員と同一であることを、どれほどの議員らが良しとするか不明だ。いかにも人形らしい姿をしている存在が身近にいることを厭う議員とて居るだろう。」


「表向きは、市議会議員も一般市民も平等であるとのアピールが為されるべきなのですが、確かに議員らからの完全な賛同は得られにくいとも推測できますね。」


 リーピとケイリーはそこまで喋って、朝食中だったポームがすっかり手を止めているのに気づいて、彼女の方へ視線を向けた。


 せっかくの食事時間中に堅苦しい話題を持ち出したため、彼女の気分を害してしまったかとの推測もよぎったが、ポームはただ食事を終えただけだ。


 興味を刺激されない話題だったろうに、ポームは食器を置いたまま、リーピとケイリーの対話に耳を傾けていたのであった。


「申し訳ございません、僕とケイリーだけの会話でお時間をとってしまいました。食器をお片付けいたしましょうか。」


「あ、いやいや、別にそのまま喋っててもらって良かったんですよ、確かにちょっと難しい話ですけど……なんか、そういう会話を聞きながら朝ごはんを食べるのって、両親が居る子供と同じ体験してるのかなーって、感じまして。」


「そういうものだろうか。私たちも、推測することしか出来ないが。」


 返答するケイリーの傍らで、リーピが新聞紙を畳む音も、確かにどこか家庭的な響きではあった。


 今日もまた、ポームは復職までに必要な手続きのため、市役所や職場を行き来しなければならない。手間ではあったが、そのおかげで出勤を急かされはしない。


 ポームはゆったりと時間を使いながら外出着を選びつつ、先んじて探命事務所へと出勤していくリーピとケイリーを見送った。


「じゃあ気をつけて、いってらっしゃい。なんか、こうしてると今度は、私が親で、娘と息子を送り出すみたいな雰囲気になりますね。」


「その想定の方が、現状に重ね合わせやすいかもしれません。今日も事務所に入る依頼次第では、僕らの帰りをポームさんにお待ちいただくことになるかもしれませんし。」


「晩御飯を用意して待ってるので、早目に帰って来てくださいね。といっても、食事が必要なの、私だけですけど。」


 人生で最も大きな波乱を味わって数日しか経っていないポームであったが、根本から癒されるにはまだまだ時が必要であろうとはいえ、冗談を言える程度には精神面も回復していた。


 彼女に見送られながら仕事場に向かいつつ、リーピはケイリーへと問いかけた。


「これは、人間の家族としての暮らし方を模倣できているのでしょうか。チャルラット先生は、実の親子関係であれば無条件で愛を与えられると仰っていましたが、そうした感情面については僕ら自動人形には判断できません。」


「私たちとポームは、互いに利点を見出せたからこそ、生活空間を共にしているに過ぎない。行動面だけであれば、模倣できているのかもしれないが……。」


「今、家族同然の振る舞いを模倣することだけは可能です。が、もしもポームさんとの関係性が断たれても、僕らは悲しみという感情を抱けません。」


「そうでなければ、いつでも気軽に関係性を解消できるという、私たち人形ならではのメリットが無いだろう。」


 そんな対話を続けつつ、仕事場へと向かうケイリーとリーピは振り返り、まだ半開きの扉からこちらを見送っているポームへと手を振る。


 ポームもまた手を振り返し、満足げな表情で室内へと戻っていった。


―――――


 探命事務所に到着して間もなく、通話機からの呼び出し音が響いた。


 通話機に装着した着信履歴記録のテープには一切の打刻がなかったため、前夜や早朝から通話が繰り返されていたわけではないらしい。偶然でなければ、ちょうどリーピとケイリーが事務所へ出勤してくるタイミングに合わせて相手は通話を掛けてきたことになる。


 受話器を取ったリーピは、それが出来たとしてもさして不思議ではない相手の声を聞くこととなった。


「やぁ、おはようございます。ロターク本社、研究主任のモースです。そちら、リーピ探命事務所で合っていますかね、こちらから連絡するのは何気に初めてですもので。」


「はい、合っています。おはようございます、モース主任。思えば確かに、通話をいただくのは初めてですね。直接来ていただいたことはありましたが。」


 モースと対話するのは、製剤会社敷地内への潜入依頼後に身体パーツのメンテナンスを受けた時以来、五日ぶりのことだ。たった五日とはいえ、その間に市政の大幅転換、ポームとの同棲開始など、さまざまなことが起きた濃密な期間であった。


 むろん自動人形が体感時間を狂わされることなどないが、しかしこの数日は人間について学習する機会が殊に多かったおかげか、リーピもケイリーも以前とは自分たちの思考回路に明瞭な変化があると実感していた。


 ……そして、それは創造主であるモースには猶のこと鋭敏に読み取られるところであった。


「きみ、直前まで人間と会話していましたか?必要な応答以外の事項、すなわち人間への応答に際して追加される要素が発言内容に多く含まれていますね。」


「直前、というわけではありませんが、先ほどまで人間であるポームさんとの会話は行っていました。自動人形として不要な内容を応答することに、支障がありましたでしょうか。」


「いえいえ、問題はありませんとも、きちんと学習を続けている証拠ですし。自動人形だけで夜を過ごしていると思っていたものですから、少し意外だっただけです。」


 確かに、リーピ達がつい三日前からポームと同棲を始めたことは、モースに伝えていない。むろん、ポームとは誰なのか、モースも知らない。


 彼は今も、リーピとケイリーが探命事務所でずっと過ごしているものと思っているのだ。彼が通話を掛けてきたタイミングが、リーピ達の出勤直後に合わさったのは、偶然ということだろうか。


 リーピは、ポームが何者であるか説明すべきかとも考えたが、モースがそれを待つことなく用件を語り始めたため控えた。


「近くにケイリーも居ますね?きみたちに、私から依頼があるのです。ロターク本社まで来ていただけますか?」


「はい、モース主任からのご依頼とあれば、ぜひお引き受けさせていただきます。とはいえ、そちらへの移動には相応の時間を要しますが……。」


「移動については、こちらから既に車両を向かわせています。また徒歩を強いることはありませんよ。」


 メンテナンス難度の高さ、維持管理に要する手間から、この社会においては大企業でもなければ菌糸動力車両を保有することは出来ない。


 もちろん、稼働させれば養分液を大量に消費するため菌糸制御の知識を有する者が適宜補充を行わねばならないし、機械構造に関しても常に技師が同乗し運転と並行してチェックし続ける必要がある。その手間を差し引いても、大量輸送や一定時間内の移動にメリットが見いだされる状況にこそ、車両は動かされるのだ。


 それゆえ、疲労や睡眠を必要としない自動人形は特に、長距離移動も徒歩で行うよう命じられることが大抵である。そんな自分達のために、車両を出したモースの判断をリーピは推し測りかねていた。


「わざわざ、僕らのために動力車を出動させていただいたのですか?よほど緊急を要する事態なのでしょうか。」


「もちろんお願いしたい仕事は重要な内容ではありますが、動力車を向かわせたのは別件のためでもあります。今朝そちらの街の清掃局に、ロターク社製の粘液タイプ滅菌剤を納入することになっていますからね。」


 であれば、確かに車両を出すに見合った事情である。自治体の組織に、自社製品を購入させるとなれば得られる利益も莫大だ。


 以前まで製剤会社から出荷されていた粉末タイプ滅菌剤は、まだ備蓄こそあるものの追加生産の目処は立たず、さらには不良品の混入を防ぎきれていない点からも頼り切るわけにいかない。


 むろんロターク社には、この商機を逃す気など無い。


 現時点で備蓄されている粉末タイプ滅菌剤が完全に使い切られるのを待たず、自社で生産している粘液タイプ滅菌剤を特殊清掃局に売り込んでいるのだ。既に昨日、市庁舎における菌糸罹患者襲撃の現場でも、希釈された粘液滅菌剤が使用されていた。


 重々しい車輪の音が近づいてきたのに気づいたケイリーが事務所の窓外を見下ろせば、ちょうど人通りの疎らな路面をロターク社の物々しい特殊車両がゆったり走行してくるところであった。


「既に、運転手にはあなた方を回収してからロターク本社へ帰還するようにと告げてあります。そろそろそちらの事務所に車両が到着する頃……と言っていたら、受話器越しにも駆動音が聞こえてきましたね。」


 既に運転手へ通達済みということは、最初からリーピとケイリーが指示に従う前提しかなかったということだ。


 形式上はモースからの依頼ということでリーピ達の意向を尋ねられていたものの、その問いかけにはもとより意味が無かったのだ。


 しかし、リーピは既にモースへ向けるべき疑念など抱いていない。


「はい、ちょうど今、事務所前に到着したようです。では、直ちに車両へと乗り込み、ロターク社へと向かわせていただきます。持参すべき物品に指定はございませんか?」


「ありません、きみたちが来てくれさえすれば構わないので。お待ちしてますね。」


 結局、モースは依頼する内容の詳細を全く告げぬままに、通話を切った。


 それでも、リーピとケイリーは彼からの通達に従う以外の判断を見出さない。


 作業服姿で事務所から出てきたリーピとケイリーを運転手が確認し、目の前の路上に停まっていた菌糸動力車は後部荷台を金属の軋み音とともに開く。内部は、既に粘液滅菌剤を清掃局に納入し終えた直後ゆえか、ガランとした貨物スペースばかりが空いていた。


 自分達が代わりの荷物として扱われることに関しては既に弁えており、率先して荷台に入っていきつつリーピは運転席に向けて声をかける。


「リーピとケイリーです。ロターク本社のモース主任のもとへ向かいます。」


「話は聞いている。固定具は自分たちで装着してくれ。」


 運転スペースから扉を開け、運転手が顔だけ出して返答する。


 リーピとケイリーが立ったまま、荷物固定用のベルトで身体を固定すると同時に、後部荷台の蓋が閉まっていく。重い金属扉は人力ではなく、菌糸動力に直結したウインチにワイヤーが巻き取られることで閉じていき、ガチャリと重々しい金属音とともにロックされた。


 普通に生活していたら滅多にお目にかかれるものではない、大企業が保有する菌糸動力車両。


 その無骨な金属製の巨体を道行く人間たちが遠巻きに見物している中、リーピとケイリーを積み込んだ車両はロターク社に向けて出発していった。

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