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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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夜間における通常動作:人間の就寝補助

 市庁舎から帰ったリーピとケイリーが探命事務所内での仕事も終え、ポームの自宅に戻ってきたのは日暮れからさほど経たぬ頃である。


 結局、その日のうちに別の依頼が舞い込むことは無かったため、帰宅は夜遅くにならず済んだ。現場から帰還する際に浴びた滅菌剤を拭い去り、服を着替えるための時間的猶予もあった。


 これまで外出の用が無い限りずっと事務所で過ごしてきたリーピとケイリーにとっては、そもそも職場からの帰宅という動作自体が初であった。


 雑居ビルの一室、玄関扉を開けた先で、ポームはひとり夕食をとっているところだった。


 近くの商店街で総菜のパックを買ってきて、そのままあけたのだろう。葉物野菜のサラダが皿の上に慎ましく盛られていた。


「あ……お帰りなさい。なんか、市庁舎の方で騒ぎがあったって聞いたから、おふたりも忙しくなるんじゃないかって思ってたんですけど。」


「はい、特異菌糸罹患者による市庁舎への侵入がありました。しかし現場では警備用自動人形が対処しましたので、幸いなことに人的被害は出ておらず、僕らも更なる仕事を言いつけられることなく済みました。」


 返答しながら、リーピとケイリーは共に流し台へと向かい、帰路の途中で購入してきた食材を水で洗い、調理を始める。


 彼らがやっていることに気付いたポームは、慌てて立ち上がり、中腰になって口を開く。


「あのっ、私の夕食でしたら、お気遣いなく。既に食べてますので……リーピさんとケイリーさんに手間を掛けるわけには……。」


「確かに僕らも、ポームさんが食事中であったことは認識しています。が、あなたの体格を鑑みても摂取すべき栄養量が不足していることは明確です。」


「今朝、私たちが用意したトーストを口にした以外は、その葉物野菜だけのサラダだけ、となっては少なすぎる。おそらく、昼食も摂っていないだろう?」


 リーピに続いてケイリーから告げられた言葉に対し、ポームは返答なしに俯いた。


 当然、リーピとケイリーの思考能力であれば、無言の反応が意味するところは充分に推測できる。ポームからの明確な意思表示が得られずとも両名はテキパキと調理を進めていく。着火剤の匂いが微かに漂った後、それを塗りつぶすように香ばしい香りが部屋に満ち始める。


 ほとんど調理が済んだタイミングで、リーピはポームの傍らに跪き、彼女が目の前にしていた皿へと手を伸ばした。


「失礼いたします、こちらのお皿、いったんお下げしてもよろしいでしょうか。」


「え……はい。」


 まるでレストランの給仕のようなリーピの言い回しに、慣れていないポームはただ首肯する。


 どちらにせよ、さほど食欲のないポームは、乏しい味のドレッシングだけが掛かっているサラダも口に運ぶ手が進まず、ほとんど残しかねないところだったのだ。


 カチャカチャとボウルで食材を混ぜ合わせる小気味良い音が響いた後、一回り大きな皿に盛りつけられた料理を手にしてケイリーがポームの前に戻ってきた。


「食欲がないときに、料理皿をずらりと並べられても気疲れが増すばかりだろうと推測した。これなら、食べられるだろうか。」


 先ほど下げられたサラダに、グリルされて焼き目のついた肉のブロックと砕いた木の実、香草のトッピングが追加されていたのである。


 ダラダラと食べている内に水分が出て、べちゃりとした食感になり果てていた野菜も、火を通されて水分を飛ばされた食材と合わせれば再び食欲を刺激するものとなっていた。


 フォークで刺した具材を一口味わい、見開かれたポームの目は輝いている。


「んまい……おいしい、です。」


「お気に召したようで何よりです、今のところ僕らはありあわせの食材を混ぜるばかりの料理しか披露しておりませんが。」


「食材費のやりくりは、私たち自動人形だけで過ごしていた時期には経験のない金銭計算だ。浪費にならないよう、工夫を常に実行しなければ。」


 ともあれ、リーピとケイリーによる推測が的中していたおかげで、ポームも長年続いていた栄養失調気味の暮らしから脱せそうであった。


 彼女が食事している間にも、軽い掃除を進めつつ狭い室内を見て回っていたリーピであったが、浴室がすっかり乾いたままであることに気付く。


「入浴も未だお済みでない様子ですね。湯沸かし器を先に起動しておきます。」


「あっ、今日は、やめとこうかなって……その、毎日お湯を使っていたら、水道料金や燃料費がかさんでしまいますし。それに、今日は市役所で書類手続きに行った程度で、汗をかくような仕事もしてませんから。」


「入浴には身体の清拭目的だけではなく、体温を高めることで神経系をリラックスさせる効果もあります。僕らの提案で行うことですので、要するコストの支払いにつきましては僕らが負担いたします、ご心配なく。」


 相変わらず理路整然とした発言ばかりを淀みなく語るリーピに、返す言葉を見出せないままポームは食事を終え、そのままケイリーに促されるまま入浴まで済ませた。


 彼女が入浴している最中に食器の洗浄も寝具の準備もリーピ達が済ませており、浴室から出てきて髪を乾かしたポームはあと寝るだけの状態だ。


 ……が、先日と違い、今夜の彼女は眠気がなかなか訪れない様子であった。


 水気を拭きとり終えたタオルを浴室脇の洗濯物かごに入れ、傍らへと戻ってきたケイリーは、ポームの表情がすぐれぬ様であることに気付いた。


「大丈夫か?先ほどまでの振る舞いからは、体調不良ではないと考えられるのだが。」


「それは、はい、色々と手を尽くしていただいたおかげさまで、体調は万全です。」


 そのまま、ポームは無言のまま、クッションの上に座り込んで自分の足ばかりを見つめている。


 リーピもケイリーも、その姿勢だけを判断基準に“ポームは足に違和感を抱いている”などと考えることはない。それでも、人間が言葉に出さない感覚については、自動人形の思考で正解を見出すことは出来なかった。


 一方のポームとて、人間であるからといって、自らの心理状態を的確に言語化できるわけではない。


 心理学者のごとき専門家でも、結論を即座に出すことは避けるのが常なのだ。一般市民の中でも、高等教育を受けている猶予などなかったポームが、自分の胸中を説明することなど至難の業だろう。


 しばらく続いた沈黙の中で、そろそろ寝床へ移るよう促すべきかとリーピ達が考え始めた時、唐突にポームは口を開いた。


「……一緒に寝てもらうこと、って……できますかね。」


「それは、僕かケイリー、あるいはその両方が、ポームさんと同じ寝床に入り、翌朝までその状態を維持することを意味しているのですか?」


「はい……いやその、両方ってなると、さすがに……。」


 再びポームは自らの言葉を整理すべき必要性を見出したのか、口を噤む。


 入居初日に、キナ議員やフィンク新市長から送られた寝具は、この部屋に不釣り合いなほど大きなサイズであり、ポームの要請は確かに実行可能ではある。


 が、彼女の意図するところはリーピもケイリーも掴めずにいた。


 むろん、愛玩用自動人形として製造された両者には、寝床を共にする人間の行為についても理解はあった。とはいえ生きる気力をようやく取り戻したばかりの痩身のポームが求める行為については、正確には把握し難かった。


 無言を続けているポームに対し、判断の選択肢を与えるためにリーピが現状可能な説明だけは口にする。


「僕らは愛玩用自動人形ですので、人間と共に同じ寝具に入る動作は充分に想定されております。が、現状僕らが装着している身体パーツの特徴を鑑み、双方着衣状態での実行が推奨されます。メンテナンス性を重視したパーツであるため、関節部は継ぎ目が表面に存在します。同衾している人間の皮膚を巻き込むように動作してしまうと、出血を伴う創傷が生じる可能性が高いです。」


「え、えぇ、そりゃもちろん、ただ、添い寝してくれれば、それでいいんです……部屋を暗くして、じっと寝ていると、これから先の私がひとりぼっちなこと、色々と考えちゃいそうで……。」


 ようやくリーピとケイリーは、ポームの内心を推測する材料を部分的に得られた。


 暗がりと静けさは自動人形にとっての安寧に他ならないが、人間にとっては時に耐えがたい孤独を味わわせる環境なのだ。リーピとケイリーも同居相手として行動しているものの、あくまで自動人形による人間の模倣であり、生活行動の助けとなることが主目的である。


 ポームは自分の要請すべき内容をようやく整理し終えたのか、リーピへと真っすぐ目を向けて言った。


「リーピさん、今晩、私と添い寝してくれますか?たまに話しかけたら、ちょっと答えてくれるぐらいで……私、寝てる間に、抱き着いたりするかも、ですけど。」


「承りました。まずは準備時間をいただけるでしょうか、これより浴室へ向かいます。」


「じゅっ、準備、浴室で……?いやその、ただ横で寝ててくれるだけでいいんですけど。」


 浴室へと向かうリーピの背を、ポームは目を丸くして視線で追う。


 彼女がどのような思い違いをしているのかは推測できていなかったが、ケイリーはリーピの代わりに説明を行った。


「同じ寝具の中に入るだけとはいえ、発熱器官を有さない自動人形が就寝時間中ずっと隣にいては、かなりの体温を奪われることになる。酷暑の時期であれば構わないかもしれないが、特にポームのように華奢な体格の人間が、身体を冷やすことは極力避けるべきだ。浴室にはまだ温度を保っている湯が残されているから、リーピはそれを用いて疑似的な体温を得に行ったんだ。」


「な、なるほど、思い至りませんでした。こういうことをお願いするの、初めてなものですから……。」


 ポームは多少ながら頬を紅潮させ、俯いて語尾を濁す。


 彼女の振る舞いを至近距離で確認しても、やはり理解しきれない部分は残された。リーピが浴室で身体パーツを温め終えるまでの間、ケイリーは極力尋ねたい項目について質問を口にする。


「しかし、本当にリーピで構わないのか?確かに彼は知識の蓄積量こそ莫大だし、現行の自動人形の中で最高水準の思考回路を備えているから、話し相手として十分な性能ではある。が、発言内容は理詰めに尽き、まずもって表情を動かさず、振る舞いは淡々としたものだ。一般的な人間の感性に照らし合わせれば“可愛げのない”少年の振る舞いに徹していると評価されるはずだ。」


「いえ、その点については、そういう振る舞いを示してくれた方がいいです。変に親しげにされるよりも、ちょっと距離を置いて近くに居てくれる感じの方が、いいです。」


 先ほどまで言葉に詰まりがちだったポームは、急に口調を早めてケイリーに言い返していた。心なしか、頬の紅潮は強まったようにも見えた。


 これまでになく明瞭に示されたポームの意思を目の前にしては、ケイリーも反論の余地は見いだせない。


「そういうものなのか……。かくいう私自身も、リーピと同じ雇い主のオーダーに合わせて製造されたから、このように冷淡な言動を好むことは人間の感性として珍しいものではないのだろうか。」


「えぇ、たぶん。」


 浴室で身体パーツの濡れを拭き終えたリーピが扉をあけて姿を現し、返答を途切れさせたポームは吸い寄せられるように視線を向ける。


 当然ながら血の気の通っていない身体パーツが、温度上昇に応じて色を変えるはずもない。そのような性質を有する素材で作られた愛玩用自動人形のパーツも製造されることはあるが……今のリーピは、動作性およびメンテナンス性を重視したパーツで身体を構成しており、肌に外見上の変化はない。


 が、頭部パーツを覆っている人工毛については、湯でひとたび濡れた直後である。寝具を濡らすわけにはいかないため、リーピもタオルで可能な限り水分を除去していたが、それでも湿気を纏った頭髪は毛束に艶を与え、普段のリーピとは異なる印象を与えていた。


 むろんリーピの思考回路にも変化はないだろうが、いつも万全の理屈を備えて他者と対峙している彼が、今だけ隙のあるプライベートを露わにしたかのような印象だった。


 ぼーっと見つめてくるポームに目を合わせ、リーピは尋ねる。


「お待たせいたしました。就寝の準備はお済みでしょうか。それとも、身体パーツの温度が低下しない内に、僕が先んじて寝具に入っているべきでしょうか。」


「あ、えっと、そう、ですね、先に、入っててください。私が先に寝ようにも、どういう体勢がいいのか、分かんなくって。こういうの初めてですんで、えぇ。」


「もちろんポームさんが最も居心地よく眠れる姿勢を優先してください、僕がポームさんに合わせて移動いたします。では、ケイリー、就寝時間中の警備をお願いしますね。」


 ケイリーから頷き返されつつ、リーピは先んじて寝具に寝ころび、掛け布団も自らの体に載せる。


 仮にこの場を、自動人形たちの創造主であるモースが見ていたとしたら、彼はごく満足げな表情を浮かべていたことだろう。リーピの乗った寝具の沈み込みはごく控えめで抑えられ、添い寝した人間が過剰な重量の人形に抑え込まれるリスクもない。


 少年程度のサイズと質量に、高機能を詰めこんだ自動人形リーピはまさに菌糸技術の結晶、終着点であった。


 言うまでもなく、顔面パーツは人間の価値観において好ましい造形にデザインされている。ただ美形であるだけではなく、理智的に過ぎる切れ長の眼、ほぼ上がることのない口角が冷たげな印象を醸成しており、そんなリーピから心尽くしに気遣われる体験もまた特別な感情を誘発するものだった。


 物質的な価値だけで言えば、とてつもなく贅沢な添い寝相手を得たポームだったが、それとは関係なく緊張している彼女はぎこちない動作で寝具へと身を預けた。


 疑似的体温とはいえ、既に何者かが温めている寝具に入り込むなど、人生初のことであった。


「し、失礼します。」


「あなたのお宅にお邪魔しているのは、僕らの方ですよ。先ほどよりも眠気が薄れていらっしゃる様子ですが、睡眠時間は充分にとれそうですか。」


「が、頑張ります、頑張って寝ます。」


「神経が興奮状態にあると、睡眠状態への推移は困難といいます。関心を抱けない内容は人間の眠気を誘発するそうですので、これより菌糸技術の黎明期から現代に至るまでの発展体系について解説をお聞かせいたしましょうか。」


「それなら、確かに、眠くなりそう……。」


 リーピの発想は確かに誤りではなかったらしく、自動人形には理解できない理由でどぎまぎしていたポームは、まもなくリーピの声を聞きながら重くなってきた瞼で目を閉じていた。


 彼女の寝息を確認するとともに、リーピも語りを止める。


 消灯した室内で、昨晩同様に玄関口に向いて座り、警戒を続けていたケイリーであったが、不意に寝床からリーピの小声が届いた。


「ケイリー、翌朝の支度、早い時間帯においてはお任せすることになるかもしれません。」


「構わないが、何故だ?」


「ポームさんが、眠りながら僕の身体パーツを把持しています。これを解くためには、彼女を起こすことになります。」


「状況を了解した。」


 自動人形同士、合理的な因果関係の確認に終始するやり取りであった。


 睡眠中に何の夢を見ているのか、リーピの身を抱きしめているポームの眦から涙が一筋溢れている事実については、伝達する必要性を見いだせなかったのも自動人形らしい判断であった。

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