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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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依頼29:キナ議員宅への菌糸罹患者侵入対処 2/3

 特等市民向けの高級アパート、キナ議員の部屋前まで足音を立てぬようたどり着いたリーピとケイリーは、そのまま聴覚受容器に集中して室内からの物音を窺う。


 今の時間帯、キナ議員は職務中であるため、本来は無人であるはずの部屋。しかし、明らかに何者かが立てている音が、扉越しに漏れてきていた。


 ガタガタと重そうな物を動かす音、チャプチャプと液体を揺らし、喉を鳴らしてゴクゴクと飲む音にまじって、時おり荒い呼吸音も聞こえてくる。


 リーピは、顔を近づけるようケイリーに手招きし、姿勢を低くした彼女の首元に自分の喉を密着させた。声帯の振動をケイリーに直接伝えることで、体外に声を漏らすことなく会話できる。


「本来無人であるはずの部屋で、敢えてこれほどの物音を立てることは合理的ではありません。既に自らの存在を隠すことが不可能である、と察したがための行動だと思われます。」


「すなわち、静穏を維持することも逃亡することも諦め、警邏隊か特殊清掃局による突入に備えているということか。」


 今も断続的に室内から聞こえてくる重い音は、家具を動かして扉前に積み上げ、バリケードにしている音だろう。


 液体が揺れる音は、養分補給の音だ。ただでさえ養分と水分の消費量が激しい特異菌糸罹患者にとって、重労働は常に養分不足による枯死と隣り合わせである。製剤会社から脱出する際に持ち出してきたのだろう、液体肥料をがぶ飲みしながらバリケード設置作業を続行しているものと推測された。


 そして、本来は菌糸罹患者の生存に不必要だが、声帯を震わせるために維持されている呼吸。人間の身体構造をそのまま模倣しているが為、今のように体力を消耗する行動に伴って自然と呼吸が荒くなっているのだ。


 ひときわ重々しい物音が、ズズンと扉を直に震わせる。重量のある家具を直接扉に立てかけ、他にバリケードの材料に出来る物がないか探しに行くのだろう、荒い呼吸音は部屋の奥へと遠ざかっていった。


 一旦顔を遠ざけかけたリーピを引き寄せ、ケイリーもまた喉を直接リーピの首元に接触させて小声で語る。


「なぜ、私たちとナービルの到着がバレたんだろう?いや、仮に来たこと自体に気付かれたとしても、即座にこんな大袈裟に突入に備えるものだろうか?ナービルはあくまで秘書のひとりだし、私たちも手伝いの自動人形にすぎない。」


「おそらく、先ほどナービルさんが公衆通話機による通報を行ったのを、傍受されたものと思われます。特異菌糸は、菌糸通話線を経由して通話機内へ侵入できます。室内の存在、おそらくレイストス氏は、この建物が間もなく包囲され、警邏隊が踏み込んでくることを、直接的な情報取得により知ったのでしょう。」


 現状、菌糸を利用した通話網が最短の連絡手段であることは、特異菌糸罹患者を相手取る際に情報アドバンテージを奪われがちとなる最大の要因であった。


 むろん、生存に多量の養分と水分を必要とする特異菌糸が通話機内に侵入すれば、本来の通話機能を担当する既存菌糸もろとも数日で枯死してしまうため、長期にわたって盗聴され続けることはない。が、ただ一度の情報取得で十分な場合においては、その短所はほぼ無視できる。


 今回は、室内に立て籠もる猶予を相手に与える結果となってしまったわけであるが、リーピにはまた別の疑問が浮かんでいた。


 既に室内からの物音が十分すぎるほど騒々しくなっていたため、もはや喉を密着させる必要など無く、リーピはただの小声でケイリーへと告げた。


「僕の中で未だ解決していない疑問点は、なぜレイストス氏が即座の逃亡を選択しなかったのか、というものです。確かに、通報を受けた警邏隊の動きは迅速であり、殊にこの特等市民向け住宅への対応は他の街区よりも短時間で行われるでしょうが、通報を傍受した瞬間に逃げ出せば、包囲される前に行方をくらますことが可能だったはずです。」


「製剤会社からの遠路を踏破してきたばかりだし、逃走用の養分が不足していると判断したのではないか?それに、ただでさえ各階層に通常以上の高さがある高級アパート、その上階から飛び降りてしまうと流石の特異菌糸罹患者も、逃走可能な状態まで身体を修復するには時間がかかるだろう。」


「でしたら普通に玄関から出て、階段を下りて逃げれば良いはずなのです。僕らやナービルさんと鉢合わせれば進路を阻まれることになるでしょうが、いま室内に立て籠もろうとしている面々にとってはさしたる障害にも為りえないでしょう。」


 リーピは、室内からの音を聞きながら、内部の存在を“面々”と表現した。


 確かに、慎重に聞けば呼吸音は複数だった。先ほどまでは部屋の奥で家具を持ち上げ、玄関まで運び出そうとしていたのだろう、レイストス元議員が仲間として引き連れている者たちの足音、そして小声でのやり取りも聞こえてきた。


「おい、もうちょっと大きい家具、無かったのかよ。」


「これが一番重かった。」


「ダメだ、一旦置いとけ、デカブツを詰め込んでからだ、重いやつを置くのは。」


 ガリガリと床を擦る音、ドスンと重量物を投げ出す音が、声々に続く。


 レイストスが製剤会社敷地内から連れ出したか、あるいはここに到着するまでの道中で感染者仲間を増やしたのか、声や物音を聞く限りは全員で三名が室内にいるらしかった。


 以前、プロタゴとアリシアが示したように、特異菌糸罹患者たちは生前の姿を維持することを放棄すれば、必要に応じ筋繊維を発達させて膨れ上がった体躯と人間離れした膂力を得ることが可能だ。


 そんな菌糸罹患者が三名いて、ついでに一階エントランスの管理人も特異菌糸に感染させてあるとなれば、自動人形二体と女秘書一人から妨害される可能性があるとはいえ逃走の難度は低いはずだったのだが……それでも彼らには逃亡を断念するだけの理由があるらしかった。


 公衆通話機の設置場所から遅れてやってきたナービルは、リーピとケイリーに向けて声を発した。


 室内に聞かれることを懸念していない、通常の声量であった。


「菌糸罹患者たちは、部屋に立て籠もる選択をとったようですね。物音が聞こえます、複数名いるのでしょうか?」


「少なくとも三名が居ます……警邏隊の到着は、いつでしょうか。」


「既に到着しています。一階のアパート管理人が別件での通話に応答しなかったため、既に警察側も独自に異変を察していたようです。」


 ナービルの言葉の終わり端に、階下から響いてきた騒音が重なった。警邏隊自動人形が管理人窓口の樹脂窓を窓枠ごと破壊し、管理人室に突入したのだろう。


 通報を受けて即座に到着している点を鑑みるに、特殊な身体パーツも装備していない、通常警邏任務の個体による執行だ。特殊装備が無くとも、建造物の一部を破壊することは警邏隊自動人形にとって十分可能な動作である。


 警邏隊自動人形の無機質な声と、既に菌糸罹患者と化した管理人が慌てて応答する声が、一階から聞こえてくる。


「わぁっ!?なんだ!?けっ、警察……!?」


「アパート管理人室における菌糸感染発生を確認。あなたを拘束し、滅菌処理を行います。」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ、何かの間違いじゃないのか!」


 滅菌剤の噴出音とともに、階下の管理人の声は途切れた。


 まだ突入部隊が到着していないものの、目の前にある扉の向こう側からも、一気に慌ただしくなる物音が響き始めた。


 声量を抑えていないナービルの言葉は充分に聞こえているのだろう、バリケードとして積み上げられる家具の音は更に乱雑に響いた。


 リーピとケイリーは明確に指示を出されぬ限り状況を静観するのみであったが、ナービルは自主的に判断を下したのか、躊躇なくドアに近付いてノックし、声を張り上げた。


「室内に居られる方々、聞こえておいででしょうか。間もなく、特殊清掃局による突入が行われます。協力的な態度をとっていただければ、即座の枯死処分は免れます。扉をあけていただけるでしょうか?」


 ナービルの言葉に対し、室内からの返答は無い。ダメ押しとばかりに、重量物が扉前に積み上げられる音だけが響いた。


 このまま立て籠もって時間を稼いでも、彼らが無事に脱出成功する道はいよいよもって閉ざされるばかりであったが、菌糸罹患者たちには時間稼ぎをするだけの目的があるらしかった。


 個体として存続できずとも、特異菌糸として生き延びられれば良い。


 自らの体組織を切除して浴室や流し台から下水へと流せば、その先の水分や養分を吸って生き延びられる目算はある。むろん、人間並みの知能は一時的に失われてしまうし、相当量の体組織をまとめて流さなければ生存確率は低下する。


 大型の工具も無い、一般家庭にある包丁やハサミの類では、身体のごく一部を削ぐのにも苦労するだろう。だが時間さえ許せば、菌糸としては下水を経由して事実上の脱出を果たせるのだ。


 彼らがそのような形で脱出時間の確保を優先し、正面切っての抵抗を諦めた理由は、間もなく明らかとなった。


 暫し、返答を得られぬままに待ったナービルは、あらためて口を開いた。


「これ以上待てません、開けますよ。」


 ナービルが掌を玄関扉に打ち付けた衝撃は、建物全体を揺らした。


 金属製の扉の表面には、くっきりとナービルの手形が刻まれる。まるで紙か布のごとく、金属扉の表面は波打ち、皺が寄る。


 彼女が人間離れした膂力を有していることは、このアパートに入る前のやり取りで既にリーピとケイリーも知っていた。が、とはいえ、この行動自体は予測できなかった。


 リーピはすかさずナービルへと問う。


「警邏隊の到着を待たないのですか?」


「既に到着している、と申し上げましたでしょう。突入部隊も、間もなく現場に入ります。」


 言いながら、ナービルは扉に二撃目を加えた。扉の歪みはさらに強まり、歪んだ枠との隙間から室内が細く覗かれる。


 やはり、玄関扉の内側には、家中から集められてきたのだろう、あらゆる家具が積み寄せられていた。怪力をもって扉自体を無理やり開けたとしても、重量のある家具で築かれたバリケードを取り除くのには手間が掛かるだろう。


 立て籠もる側は、既に想定していたのだ。ただの人間、議員秘書の一員にすぎないはずのナービルが、常人離れした怪力を有していると。


 そして、それを知っているからこそ、菌糸罹患者たちは逃亡をも断念したのだろう。ナービルに遭遇したが最後、菌糸として逃れる機会も得られず無力化されてしまうのは確実だ。


 室内からは、刃物が肉体に突き刺さる、湿った音が幾度も聞こえてきた。自分の身体から可能な限り多くの菌糸組織を切除し、下水へと流そうと罹患者たちが尽力しているのだ。


 このまま時間を稼がれては、再びこの街で特異菌糸漏洩が発生する可能性が高まる。


 さすがのナービルも、頑丈な玄関扉を除去した上で大量に積み上げられた家具のバリケードを突破するのには時間がかかるだろう……そう思われた矢先、室内から新たな騒動が聞こえた。


 樹脂窓が破壊され、割れる音。


 複数の窓枠が同時に床へと倒れ込み、飛び散る破片の鋭い音、それと同時に菌糸罹患者たちの悲鳴が上がる。


「えっ、窓の外から!?」


「そっちから来んのかよ!?」


「クソッ、玄関を破ろうとしてたのは、囮か!」


 建物を揺るがすほどの衝撃をナービルが与え、早くも歪みきって隙間が開きつつある玄関扉に、立て籠もる側も完全に意識を集中させていた。


 だからこそ、正反対にある窓側には、この部屋が地表から高さのある上階であることも手伝って、誰も注意を払っていなかったのだ。


 窓を突き破って突入したのは、消防用の救助梯子や、緊急用避難梯子をよじ登ってきた、警邏隊自動人形たち。高所であっても落下の危険性を顧みず、専用の装備を使わず活動できるのも、自動人形隊員の利点である。


 立て籠もっていた菌糸罹患者たちに、逃げ場はなかった。


 廊下へと逃げ出すための玄関口に家具を積み上げてバリケードを形成していたのだから、みずから退路を断ったも同然であった。

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