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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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依頼29:キナ議員宅への菌糸罹患者侵入対処 1/3

 新市長に就任すれば当然ながら執務は激増するだろうが、それでも他者との接し方が全く変わらないのがフィンクという男だった。


 彼からの通話を受けて市庁舎を訪れたリーピとケイリーが、案内された先は市庁舎内ではなく、建物の裏手であった。敷地の内外を区切る立派な生垣と市庁舎建物に挟まれた裏庭に、フィンク新市長はテーブルと椅子、ついでに紅茶のポットと軽食も持ち出し、自らを取り囲む議員や秘書らに指示を出していた。


 一般人がようやく起床して朝食を取り始める時間帯、すでに新市長は仕事時間の真っただ中である。


 屋外を仕事場に選んでいるのは、指示を受けた人間がすぐに出先へ向かえるようにするためだろう。慌ただしく往来するスーツ姿の人波を前にリーピとケイリーが暫し立ち止まっていると、先に声を掛けてきたのはフィンク当人だった。


「おぉ、もう来たか!人形は寝坊しねぇから良いな!お前ら、そこの人形どもに道をあけてやれ!」


 それまでは存在しないも同然のごとく、周囲から意識に留められていなかったリーピとケイリーであったが、フィンクの一声でするりと人垣が開く。


 フィンクの喋りはほとんど怒鳴り声のようになってしまっていたが、リーピ達と対話している間も側近の部下らが他の議員たちへの通達を続行している傍らであったため、喧噪の中でかき消されぬだけの声量が必要なのも事実であった。


 彼が大して時間的猶予を有していないことを鑑み、リーピは足を進めながらの短い挨拶に留めた。


「おはようございます、そして遅ればせながら就任おめでとうございます、フィンク新市長。」


「あーあー、もういい、昨日から死ぬほど聞かされた、その挨拶は。朝っぱらから連絡入れて即、来てくれるだけで十分だ。お前らへの用件は、簡単に言やぁ警備だ。キナの自宅の警備。」


「ご自宅の警備、ですか。キナ議員の身に、何らかの危険が迫っているのですか?」


「あぁ、よりにもよって、ただでさえクッソ忙しく人手が足りねぇときに、だ。詳細を喋ってる余裕は俺にも無ぇ……ナービル!」


 フィンクの呼び声が響くと同時に、書類の束を抱えて市庁舎建物から出てきたナービル。スーツを新調する暇はなかったのか、クリーニングはしてあるものの以前と変わらぬ黒のジャケット姿である。


 秘書として復職した彼女は、早くも市長の側近に加えられて重用されているらしい。今も、ちょうど頼まれた書類を執務室からフィンクの元へ持ってきたところだったのだろう。


 ティーポットからの染みが移らないか気を配りつつテーブル上に書類を置いたナービルは、リーピとケイリーへ会釈しつつ口を開いた。


「キナ議員の件、でしょうか。」


「そうだ、話が早くて助かる。じゃ、あとは人形どもへの説明、任せたぞ。」


「お引き受けいたします。リーピさん、ケイリーさん、こちらへ。」


 ナービルに連れられてリーピとケイリーがテーブルから離れ歩き始める時には、フィンクは既に別の議員を呼び寄せて仕事を言いつけていた。彼には一瞬も無駄に出来る時間など無い。


 一刻を争う事態であることは、先ほどから詳細な説明の無い“キナ議員の件”も同様であるらしく、ナービルは市庁舎内に戻ることなく、リーピ達をそのまま移動の路上へと連れ出していた。


 フィンクを取り囲む喧噪から十分に離れる位置まで歩を進め、ようやく口を開いたナービルは淀みなく言葉を紡ぎ出した。


 やはり本題のみを端的に語る口ぶりには変わりなく、前置き無しの喋りである。


「先日、製剤会社敷地内を占拠する菌糸罹患者たちの滅菌処理が行われましたが、その際にレイストス議員の身柄が発見されませんでした。彼が菌糸罹患者であることを鑑みれば、レイストス議員は滅菌処理部隊との遭遇を回避し、事前に現地から脱出していたものと思われます。」


「確かに、僕らが事前にガリティス前市長や側近の身柄を枯死させていたため、滅菌処理部隊の突入前から警戒することは充分に可能ですね。特異菌糸罹患者が拘束されず行動している時点で危険ではありますが、特にキナ議員の護衛を重視すべき理由は何でしょうか?」


「レイストス議員は、キナ議員の夫です。彼は、キナ議員の自宅の鍵を所持しています。」


 それ以上の説明は必要あるまい、とばかりにナービルはそれ以上語らなかった。


 菌糸罹患者たちの行動目的は、可能な限り菌糸感染を拡大し、生存機会を増大することである。いずれ“我らの道を示す存在”こと、生態的欠陥を有さぬ原初の特異菌糸との邂逅を果たすために。


 ゆえに拘束を逃れた個体が存在するだけでも危険な状況に違いなかったのだが、空気感染しない特異菌糸を感染拡大させようとする側の立場となれば話は簡単ではない。


 人体に感染するためには直接の接触が不可欠であるが、当然ながら見知らぬ者から身体に触られるほどの距離まで接近されそうになれば、あらゆる人間は警戒する。どれだけ菌糸罹患の事実を隠し、生前の人間としての姿を保っていても、他人の身体に触る過程は容易には得られないだろう。


 公共機関においては万一に備えて滅菌剤が用意してあるため、それを噴霧された時点で菌糸は活動停止してしまう。迂闊な行動は出来ない。


 夜道で酔っぱらってフラフラしている人間を狙うのも手ではあるが、社会的地位が低い人間に感染しても大局へ及ぼせる影響は微細である。市議会議員の身体を得ているメリットを、可能な限り活かせる道をまずは模索するだろう。


 特等市民向け高級アパート、すなわちキナ議員が入居している建物へ向かう道すがら、リーピはナービルへ尋ねた。


「レイストス議員が……正確にはレイストス議員の身体にとりついた特異菌糸が、キナ議員を襲撃する恐れがあることについては理解しました。今もキナ議員はご在宅なのですか?」


「彼女にも職務がありますので、現在は市庁舎内にいらっしゃいます。市庁舎はいつでも滅菌剤の散布装置を稼働可能な状態であり、罹患者の侵入リスクは極小です。警備員も身辺護衛も人員を増加しているため、キナ議員は状況が解決するまで市庁舎から帰宅せず、内部の宿泊室で過ごされる予定です。」


「代わりに、僕らがキナ議員のご自宅にて待機し、レイストス氏が侵入してくる恐れに備えるということですね。」


 キナ議員自身ではなく、彼女の自宅の警備を命じられた理由がようやく明確となった。


 新市長就任間もない、多忙で人手が足りない状況。本命の護衛に駆りだせる人員はキナ議員本人に固めるしかないだろう。警邏隊に頼もうにも、まだ事件が起きていない状況ではキナの自宅周辺を巡回する程度のことしか出来ない。


 実際にキナ議員から鍵を譲り受けて彼女の自宅内に入り、来ると確定しているわけではない襲撃に備え続ける役目を与えられる存在には、相当な信頼も求められた。


 高級アパートの入り口付近まで来た際、ナービルは一旦足を止め、あらためてリーピとケイリーの方を振り返る。


「ところで、あなた方は警備の経験があるのですか?自動人形に合わせて言い換えますと、あなた方は警備の任務に適した性能を備えているのですか?事前の打ち合わせを行う猶予が無かったため、私はあなた方の性能を知りようがありません。」


「僕も菌糸罹患者を対象に無力化する手段は有していますが、あくまで相手の認識外から接近できる状況に限ります。レイストス氏による襲撃への対応には、ケイリーが適しています。」


「あぁ、私はリーピ同様に愛玩用自動人形ではあるが、要人警護も兼ねる想定で製造されている。」


 リーピから紹介されて口を開いたケイリーだったが、質問を発したナービルがつかつかと歩み寄ってくる様には瞬時に警戒の視線を投げる。




 直後、ナービルは予告なしにケイリーへと掴みかかった。


 地面に引き倒されかけたケイリーであったが、転倒する前に体勢を立て直す。襟元を掴まれたままでありながら密着されぬよう、もう片方の手でナービルの肩を抑えつつ、口を開く。


「なぜ、私を転倒させようとした?行動理由は、推測できないわけではないが。」


「実際にあなたが不意の遭遇に対処できるか否か、試すためです。狭い屋内での襲撃が予想されるため、このように押さえつけられながら武器を使用されれば逃走は困難であり、重大な破損は免れません。キナ議員の自宅で、人形破損による菌糸漏洩を引き起こすことは出来るだけ避けたいのです。」


 淡々と語るナービルであったが、彼女の腕をケイリーは未だ引き剥がせずにいた。


 罹患者ではない人間を相手に、損傷を与えかねない出力は発揮できないためでもあったが……実際のところ、ナービルの腕力は並の人間の域に収まっていなかった。


 そもそも、素手のみで自動人形に攻撃的な行為を実施する人間はほぼ居ない。原則として人間を傷つけないよう製造される自動人形であるが、不意の動作によって思いもよらぬ怪我を負うリスクが高いのは人間の方なのだ。


 躊躇なくケイリーへと掴みかかれるナービルが、普通の人間ではないことは確かだった。現時点でもケイリーが両腕を使っているのに対し、ナービルは片手しか出していない。以前、リーピ達が推測した通り、警邏隊員トロンドと同様、ナービルは異様に高い身体能力を有している。


 傍らで状況を見ているリーピは声を上げた。ただの人間に掴みかかられているのであれば、決してあげない声であった。


「ナービルさん、ある程度のところで手を離していただけるでしょうか。ケイリーの身体パーツは新調されたばかりですので、破損リスクを高めたくはないのです。」


「新調されたばかりのパーツであれば、なおさら劣化や破損から遠いはずでしょう。申し訳ございませんが、最小限の時間内であなた方の性能を確認させていただきます。ケイリーさん、この状態からいかにして相手を制圧するのですか?」


 ケイリーの両腕で肩を抑えつけられていたナービルであったが、その体勢のまま、ぐっと体重を前にかけ、ケイリーを押し返していく。本来は両肩を掴まれている側こそ、体勢を崩されやすく不利なはずなのだが、膂力の差は明瞭だった。


 今度は力尽くで押し倒されそうになったケイリーは、腕の組みあいはそのままに、足を払ってナービルの体勢を崩させようと試みた。が、瞬間的にナービルは足を踏みかえ、ケイリーの足払いは空振りに終わる。


 ……しかし、人間のごとき意識を持たない自動人形であればこそ、優れている点もあった。




 首筋にヒヤリとした物が突きつけられているのに気づき、ナービルはようやく手を離した。


 意識が足技に向かった一瞬のうちに、ケイリーは片腕を腰のホルスターにのばし、滅菌剤注入器を手に取っていたのだ。動きの早さ、関節の可動域の広さ、そして精密な動作性が備わった自動人形でなければ不可能な芸当である。


 針先のカバーを付けたままであったが、相手の身体に突き立てればカバーを破って薬剤を注入できる。相手が菌糸罹患者ならば、そのまま枯死させられる。


 拘束を解きながらケイリーが手にしている注入器を確認し、ナービルは口角を僅かに上げる。彼女が初めて見せた、表情らしい表情であった。


「確かに、菌糸罹患者を無力化する手段は有しているようですね。しかし、いつの間に薬剤の注入器を手にしていたのですか。私の視界内では、ケイリーさんの腕の角度がほぼ変わっていないように見えたのですが。」


「人間の身体構造とは異なる方向に、肘関節を曲げた。相手の両肩を掴む姿勢をとっている際には、肘が下に向かって曲がるとは予想されづらいだろうからな。」


 説明を聞きつつナービルが満足げに頷いているのは良かったのだが、ケイリーは滅菌剤注入器を腰のホルスターに戻しながらも、関節部の破損が無いか注意深く動作確認していた。


 通常動作では想定していない挙動は、身体パーツの劣化を早めかねないのだ。ケイリーに替わって、リーピが言葉を継ぐ。


「実際に今のような状況になった場合は、僕が背後から対象に接近し、滅菌剤を注入しています。行動を連携すべき状況を鑑みても僕らの性能をお試しいただくのは結構なのですが、依頼遂行前に身体パーツの破損リスクを高める行為はお控えいただけますでしょうか。」


「失礼いたしました。ですが、対象が一名のみであると決まったわけではありません。レイストス議員が街へ戻る道中、特異菌糸罹患者を増やすことに成功した場合は複数名が同時に襲撃してくる可能性があります。」


 前述の通り、見知らぬ人間が接近してくれば警戒するのが普通であるが、実際のところ警戒心が薄い人間はあっさりと接触を許す可能性がある。


 まさか自分がそんな目に遭うはずがない、と油断しきり、警戒心とは無縁に過ごしているような、能天気な人間であれば……そんな都合のいい人間にレイストス議員が遭遇していれば、彼はあっさりと特異菌糸の感染に成功し、協力者を得ることになるだろう。


―――――


 高級アパートのエントランスに入れば、リーピ達も幾度か顔を合わせている若い管理人が窓口から顔を出した。


 まるで、つい先ほどまで居眠りしていたかのように、重たそうな瞼を半開きにし、自動人形を二体引き連れてきた女の姿をぼーっと見つめている。リーピとケイリーは厄介ごとを持ち込んでくる存在として歓迎されていないはずだったが、今の彼はそんなことも忘れている様子であった。


 窓口に向かったナービルが持参してきた部屋の鍵を差し出した時、ようやく若い管理人は口を開いた。


「えぇと、どういうご用件で……?」


「こちらの入居者からの許可を得て、鍵を預かっております。フィンク新市長からの依頼のため、こちらの自動人形二体を含めて進入許可を戴けるでしょうか。」


 淀みなく整然と述べられたナービルの言葉ですら、管理人はマトモに理解できていないようであった。


 差しだされた鍵を持ち上げ、そこに刻まれた部屋番号を確認し、おもむろに部屋番号と入居者リストを照合してから、ゆったりとした動作で鍵をナービルへと返す。


 そして、眠気を払いきれていない、回らぬ舌でこう言った。


「あぁ、キナ議員、ですね。お帰りなさい、キナ議員。自動人形二体、購入されたんですね。」


 完全に、ナービルのことをキナ議員と混同している返答だ。


「……はい。」


 ナービルは相手の発言を肯定し、そのままリーピとケイリーを引き連れて管理人室前を通過、エントランスから二階へ上がる階段を進み始めた。


 リーピとケイリーには不可能な応答であった……自動人形は、嘘をつけない。今からキナ議員の部屋に向かうのは、キナ議員ではなくナービルであるし、リーピとケイリーは依頼を受けて同行しているだけであり、購入されたわけではない。


 そもそも、キナ議員とナービルは年頃も違えば顔も全く似ていない。管理人は、リーピとケイリーのことも、キナ議員の顔もすっかり記憶にない様子であった。


 声の反響が届かぬ位置まで進んでから、ナービルは小声でつぶやいた。


「あの管理人、菌糸に罹患して間もない状態です。菌糸による思考回路の構築が、彼の脳内で行われている最中であるため、十分な知能が発揮されていないものと思われます。」


「既にレイストス氏は、このアパートに到着しているのでしょうか。直接接触しなければ感染しない特異菌糸を管理人さんに与えうる、最大の可能性を有するのは現状レイストス氏以外に想定できません。」


「彼との遭遇は、夜間を想定していたのですが……直ちに通報を行い、アパート管理人が特異菌糸に感染している旨を伝達、および建物に他の市民を接近させないよう通告します。あなた方は先に、キナ議員の部屋前まで向かってください。」


 ナービルは廊下に設置された公衆通話機に向かいつつ指示を出し、リーピとケイリーは直ちに従った。物理的にも菌糸汚染の面からも、危険度の高い現場には自動人形が向かうのが当然である。


 しかし人間であるはずのナービルまでも同じ場に居合わせることについては、もはやリーピもケイリーも危惧を抱いていなかった。


 彼女が自動人形ではないと同時に、人間でもない……菌糸を身に宿した存在だろうことは、ほぼ確定していた。

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