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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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ポーム起床後の補助 およびフィンク新市長からの依頼

 新居での生活を開始した翌朝、寝床で目を開けたポームは自分の置かれている状況を思い出すのに暫しの時間を要していた。


 彼女が幼少期から長らく過ごしてきた安アパートでは、目覚めと同時に床の上を這っている虫を目撃し、顔を顰めながら起き上がることもたびたびあったのだが、今は手触りの柔らかい上質なシーツばかりが視界にある。


 自分が起きるよりも先に、朝食の支度が始まっている音を聞くのも、ほとんど初めてのことであった。母がその役を担っていたのは、物心つく前のことだ。


 父と兄と共に暮らしていた頃は、肉体労働で疲れ果てた二人がポームより先に起床することはなかった。つい先日、靴職人ラーディの自宅に身を寄せた際も、長年の習慣ゆえかポームの方が早起きであった。


 起き上がって目をこすり、寝具の敷かれた位置からそのまま見えるキッチンへ視線を向ければ、小柄な少年……もとい、少年の姿をした自動人形、リーピが朝食を作っている最中だった。


「おはようございます、ポームさん。調理音で起こしてしまいましたでしょうか。限られた食材ではありますが、まもなく朝食をご用意いたします。」


「あ……ども……私のために……すんません。」


 流暢に語るリーピに対し、寝起きの頭ではマトモな返答も組み立てられぬまま、ポームはボソボソと礼を言いながら着替え始める。


 リーピが居るのと同じ空間でも着替えることに抵抗がなかったのは、ポームが寝ぼけていたためでもあったが、リーピの言動があまりにも俗世離れしており、同居人としての現実味が薄かったためだ。もともと富裕層向けに生産された愛玩用人形であることは確かだった。


 ビル一階の投函ポストから、新聞紙や広告チラシの束を手にして戻ってきたケイリーは、着替え中のポームの姿を見て玄関扉を急いで閉じた。ほとんど一部屋の住居では、入り口を開けば室内のほぼ全てが丸見えである。


「起きていたのか、ポーム。まだ夜明けから間もない頃だ、人間が起床するには早すぎる時間帯だと思っていたんだが。」


「いつも、これぐらいに起床していたので、習慣になってるんです。」


 ポームはボソボソと返答しながら工場にそのまま出勤するための作業服を探しかける。が、その作業服自体が無く、まだ着る必要も無いことに気付いて手をおろす。


 彼女の作業服は、前の住まいが滅菌処理された際に他の汚染物品ともども焼却されている。菌糸汚染被害者保障の一環として、生活基盤を立て直すための休養期間申請も受理され、復職に必要な品々は職場から再度支給される手筈になっていた。


 今の住居をはじめとして、個人で申請しては通るかどうかすら危うい保障の数々が、新市長という権力者の後押しさえあればすんなりと受けられているのである。


 リーピが調理台で作っていたのは、昨夜ポームが食べ残したパンに、これまたスープの残りを塗って表面を焼き上げたトーストであった。余り物を無理やり合体させただけの強引な調理であったが、元が高級料理店のメニューなだけあって見栄えは悪くない。


「他に食材が無かったため、少々料理としてはお粗末なものとなってしまいました。本日、僕らが事務所から帰る際にはお望みの食材を買い込んできましょうか。」


「いえ、それは、私がやります……リーピさんとケイリーさんのおかげで、こうして生活を続けられているんですし、食費まで頼り切るのは申し訳ないです。」


「自動人形に申し訳なさを感じる必要はないのですよ。」


 リーピは水を注いだカップを、料理皿に揃えてテーブルに並べながら告げた。


 そもそもリーピとケイリーは同居人扱いではなく物品であるため家賃を増やされることはなく、また政治家相手に依頼を引き受けることの多いリーピ達の方が、定まった収入ではないとはいえ余裕があるのは事実だった。


 香ばしく焦げ目のついたトーストをひと齧りし、時間を置いて熱を通されたスープのくどさが薄まっていることに気付かされ、昨夜と違って食欲が湧き始めたポーム。


 トーストを二切れ食べ終えて一息ついた後、ようやく彼女はケイリーが新聞紙を持ってきた違和感に思い至った。


「ケイリーさん、そういえば、さっき新聞紙を持ってこられましたけど……近くに売店でもあったんですか?」


「いや、一階のポストに投函されていた。部屋番号も間違いない、ポーム宛ての配達だ。」


「え?購読する契約なんて、した覚えがないんですが。」


「部屋番号が明記されているビルで誤配は発生しづらいでしょう。フィンク新市長がポームさんの生活を充実させる一環として、当面分の新聞購読料を支払ったのだと思われます。」


 リーピからの説明を聞いてもポームはピンときていない様子だったが、フィンクの意図はリーピとケイリーには推測されていた。


 今朝届けられていたのは、常に権力体制側に肯定的な新聞社からの発刊物であった。フィンクが新市長に就任することが確定するや否や、前市長の悪行をあげつらい、フィンクを持ち上げる報道を行うなど、変わり身の早さも筋金入りである。


 現状、市井における噂話を除けばほぼ唯一の報道手段である新聞。


 新市長の方針に賛同し、好意的な見解を書き立てる記事の数々で、埋め尽くされた紙面。それを目にする読者が一人でも増えるようにとの意図がフィンクにはあったのだろう。彼は新居の用意と並行して新聞の購読契約まで、ポームが頼みもしないのに勝手に済ませていたのだ。


 余計なおせっかいに、ポームはただ困惑するだけであった。


「解約、って出来るんでしょうか。私、新聞なんて読まないし……購読料を支払い続ける前に、生活費を確保しないといけないんですけど。」


「もちろん購読者の意思で自由に解約できるはずです。とはいえ、当面の料金は既に新市長から支払われているでしょうから、新聞が届けられることは続くでしょう。読む目的でなくとも、新聞紙は生ごみを包んで捨てる際にも活用できます。」


 リーピは言いながら、ポームが読む意思を示さない新聞紙をテーブル上から取り、自ら開いて紙面に目を通し始めた。


 例によって情報処理能力に長けた自動人形が全ての記事内容を読みこむのに時間はかからない。さすがに実住所は伏せられていたものの、昨日フィンク新市長が菌糸被害者遺族であるポームに住宅保障制度の適用を行った件について触れた記事も、さっそく載せられている。


 が、第一面を飾っていたのは異なる記事であった。この内容にポームが関心を示す可能性は低いと判断したリーピは、ケイリーに向けて喋った。


「製剤会社敷地内を特異菌糸罹患者たちが占拠していた件、早くも昨夜の時点で制圧に至ったようです。罹患者たちも、組織的な抵抗を行う地盤を固めるに十分な時間は得られなかったようですね。」


「私とリーピが、あの敷地内で養分貯蓄特化個体を全て枯死させておいたおかげでもあるだろう。にしても動きが早いな。これもフィンク新市長の手腕か。」


「えぇ、僕らから調査結果を報告されてすぐ、フィンク市長は対処チームを向かわせたのでしょう。粉末タイプの滅菌剤供給が無くなった代わりに、ロターク社から粘液タイプの滅菌剤を供与され、それを散布しながら敷地内に突入したとのことです。」


 リーピが掲げて見せた新聞紙の第一面には、手押しのポンプ車に繋がれたホースから、製剤会社敷地内に向けて液体を撒いている作業用自動人形の姿を撮影した画像があった。


 原液を直接対象の体内に注入する形でリーピとケイリーが使用した粘液タイプ滅菌剤だが、水で希釈すればホースで散布する形で使用することもできるのだ。効果は多少薄れるだろうが、多量の水分とともに特異菌糸が生存し続ける土壌内にも浸透しやすいだろうし、逃げ場のない屋内に噴射すれば菌糸罹患者に対する制圧力も十全だろう。


 大規模な菌糸感染事例がひとつ終息したという点では朗報に違いなかったが、一方でリーピは気がかりな点を報道記事内に見出していた。


「枯死した菌糸罹患者たちの遺骸身元については、僕らが直接処置を下したガリティス前市長をはじめとして、側近の元議員や秘書らの名が記事内に列挙されています。が、もしも遺骸が発見されていれば確実に記載されているはずの、前市長の息子さんの名が見当たりません。」


「確か……レイストス議員、だったよな。その他の身元については目下調査中、とされているが、市長の実の息子となれば身元が分かる物しか身に着けていないだろう。菌糸罹患者になったとたん、地味な作業服に着替えたというのなら話は別だが。」


 会話しているリーピとケイリーの傍らで、朝食を終えたポームは席を立って食器を流し台へと持って行っている。確かに彼女には関心を持たれない話題に違いなかったが、リーピとケイリーにとっては無視できぬ問題点だ。


 もともと菌糸罹患者は、宿主とした人間の生前の行動を模倣する存在である。


 さらに自前で思考回路を構築しうる特異菌糸ともなれば、自らの生存および行動目的に相応しい振る舞いを積極的に選択できる。前市長に取りついた特異菌糸などは、その市長としての容姿を最大限活かすべく、生存には必要のない身だしなみまで維持していた。


 生前の容姿を維持できていれば活動に有利となるのは、前市長の息子であるレイストス議員も同様だった。人間であると認識されていれば、新市長の補佐、あわよくば次期市長の座に収まることも夢ではなかった。


 だからこそ、滅菌剤を浴びて枯死したとしても、その服装や身分証、議員バッジなどから生前の身元を最も判別しやすい存在に違いなかった。


「無名の一般市民と違い、身元判明の難度が格段に低いはずの人物が、報道にて名が挙げられないことについては明確に理由があるはずです。」


「この新聞記事を書いている連中にプライバシーの意識など元より皆無だろうし、前市長の息子の死亡確認が周知されることはフィンク新市長にとっても都合が良いはずだ。あえて隠される理由は不明だな。」


「もしかすると、実際に遺骸を発見されていないのでは……。」


 リーピの発言は、物音に遮られた。


 チン、という澄んだ音から一拍置いて、ジリリリリ、と呼び出し音が通話機から鳴り始める。


 むろん、ここはポームの自宅であるため、ポーム宛てであると判断されるべき通話。だが、こんな早朝から通話が掛かってくる覚えなどないポームは、即座に受話器を取ろうとせず、どこか途方に暮れたような表情で通話に出るのを躊躇っている。


 彼女の困惑を見てとったリーピは即座に席を立ち、ポームの代わりに通話へ応対した。


「もしもし。」


「あー、おはよう!その声は、あのお嬢ちゃんではなくリーピか!さすがにこの時間帯には、まだいつもの事務所に出勤してはおらんようだな!」


「おはようございます、フィンク新市長。ポームさんへのご用件でしょうか。」


 離れていても受話器越しに聞こえてくるフィンク新市長の声が響き、ポームはますますもって強い困惑を顔に示していた。


 市長から一般市民の住宅へ直に通話が来ること自体普通ではないし、ほぼ全ての市民が寝起き頃と思しき早朝から初老の男のガサツな声を聞かされるのもあまり良い気分ではない。住居を用意してもらうという厚遇を受けている以上、無下にもしづらいのだが。


 しかしポームにとっては幸いなことに、フィンクの用事があるのはリーピ達に対してであるようだった。


「お前らに頼みたいことがある、今すぐ市庁舎まで来てもらえるか?門衛には話を通しておく。」


「承りました、直ちにそちらへ向かいます。ですがひとつお聞き届け願えるでしょうか?こちらはポームさん私宅の通話機ですので、今後の依頼につきましてはこれまで通り、僕らの事務所宛てに通話いただけるよう、ご配慮頂くと幸いです。」


「分かった、分かった。じゃ、待ってるぜ。」


 ポームの私生活を市長と自動人形の仕事が侵食してしまわぬよう依頼するリーピの言葉は、素っ気ない返答で流され、通話は終了した。


 探命事務所にリーピとケイリーが常在していた時と違い、事務所へ出勤しなければ依頼の通話を受けられなくなったのは事実である。事情を全て把握しているフィンク新市長は、他の依頼にさきがけて自分の用事を通すため、早朝のリーピとケイリーの居所がポームの私宅であると分かったうえで敢えて通話を掛けたのだろう。


 一応しばらくはフィンクも約束を守るだろうが、しかし深夜や早朝にどうしてもリーピ達へ依頼すべき件が見いだされれば、再びここに通話してくることは充分あり得る。


 受話器を置いたリーピは、ケイリーと共に作業服を着こみつつ、不安げな表情のポームに声を掛けた。


「僕ら宛てにフィンク市長から依頼があるとのことですので、これより市庁舎へ赴きます。今後は市長からこの家へ通話を掛けないとのお言葉を一応いただきましたので、ご心配なくお過ごしください。」


「そう、ですか。私も、保障とか復職の手続きが今後もあるので、通話を取らないわけにはいきませんからね……今のは、あまりにも早朝すぎましたけど。」


「菌糸被害者遺族であるポームの住宅を用意したことを、フィンク市長が市民へのアピールに利用したのは事実だ。身に覚えのない用件や、妙な内容を告げる通話が来たら、必ず私たちに相談してくれ。」


 せっかく抜けきっていた緊張が戻ってきた表情ではあったがポームが頷くのを確認し、リーピとケイリーは出かけていく。


 ポームが入居しているビルの階段を下り、出入り口の管理事務所窓口にて警備員と会釈を交わし、路上に出たところでリーピは呟いた。


「僕らがポームさんと同居している旨については、極力秘匿されなければなりません。」


「あぁ、フィンク市長が連絡先を知っているのは避けられないが、他の顧客にも知られてしまっては、昼夜を問わずポームが通話音に悩まされる羽目になってしまう。」


 リーピ達が同居することで、ポームが独りきりで暮らしつづける上でのリスクは確かに軽減されているはずだったが、無用な心労を持ち込む可能性もまた生じているのだった。


 引き受ける依頼内容次第では、より直接的な危険が絡む恐れもある……殊に、この日これからフィンクに依頼される仕事は、再びリーピとケイリーを剣呑な現場へと引き戻す内容であった。

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