表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
79/95

通常動作:帰宅後人間の介助

 市政の一刻も早い再開を理由として新市長選出は急ピッチで進められ、前市長の逝去が報じられた翌日にはフィンクが新市長として正式に就任していた。


 直接選挙制を採っていないがために可能となった弾丸日程であり、議会においてはフィンクが全議員からの票を獲得して選出されたため、実質においては既に決まり切っていた結果を形式のみなぞった茶番に過ぎない。


 そんな経緯の是非はさておき、予定通りに事態が進行したことは自動人形であるリーピとケイリーにとっては有難いことであった。


 フィンク市長が真っ先に取り掛かったのは、前市長の“悪政”を払拭することである。かつての市長邸宅跡地には「菌糸感染対策センター」の建築計画が立ち上がり、特殊清掃局の新拠点として活用することが発表された。


 一方、今も街中で隠れて活動している非合法な人形解体業者たちを検挙することは後回しである。業者たちから市長や議員への上納金が続く限り、延々と後回しになるだろう。


 実態よりも市民へのアピールを優先する点においては、フィンクもまた前市長と大差なかった。菌糸汚染発生によって自宅を失ったポームに対し、新たな住居を与える手続きを市長自らサポートする、というパフォーマンスに積極的であったのも、宣伝効果に期待してのことである。


 ゆえに、リーピとケイリーから、ポームの新居を街外れの雑居ビル近くに定めるよう提案があった際、フィンクは僅かに難色を示したのだ。


「特等市民向けの集合住宅に、空き部屋を用意しておいたんだがな。お嬢ちゃん独りで住むってんなら、街区自体への出入りを警備員が見張ってる、セキュリティ十分な土地の方がいいだろ。」


「ポームさんも既に工場でのお仕事に就いておられます、高級住宅地から遠く離れた工業区画まで、毎日通勤すること自体が労力です。また、菌糸漏洩の被害によって転居を余儀なくされた市民が全員、特等市民向け住宅を与えられるとのイメージが先行してしまうと、今後の市役所の対応に不満が噴出する恐れもあります。」


「そりゃ確かに、な。今後同じ境遇の市民が役場に来ても、安アパートの空き室しかやれんだろうし。」


 政治家らしい打算、損得勘定だけで動くフィンクであったが、信頼する相手に対しては偽らず語る点が長所ではあった。


 フィンクが新市長に就任したその日のうちに、ポームが提出した住居の申請は通った。無名の一般市民が申請すれば少なくとも数日は待たされるであろう手続きが、即座に完了したのである。


 ポームが報道機関からの取材に応じ、通り一遍のフィンク新市長へと感謝するセリフを喋っている内に、菌糸漏洩被害者遺族へ市長からの見舞いという体裁を以て続々と新居に家具類が運び込まれ、ついでに入居したビルの警備も増員された。


―――――


 そうして物質的には満たされた新たな住居へ、その日の夜遅くになって帰ってきたポームは、すっかり疲労困憊の体であった。


 玄関のドアをあけた彼女は、先日の約束通りに同居の準備を進めていたリーピとケイリーの姿を見て、ようやく安堵の感覚を取り戻した様子だった。


「あぁ……リーピさん、ケイリーさん、居てくれたんですね。私、独りで帰ってきて、それから先、どうしようって思ってたんです……。」


 ただでさえ慣れない環境での生活が始まる初日だというのに、市庁舎にて新市長や議員たちへ幾度も頭を下げて感謝の言葉を言わされ、報道の記者の前でもほぼ同じ文言を繰り返してきたポーム。


 ようやく解放されて外に出た時、既に夜になっていたことに気付かされた彼女は、新居にどうにか辿り着くだけの気力しか残っていなかったのだ。


 そこまで人間が精神的に疲れ果てるものとは予測できていなかったリーピとケイリーだったが、久方ぶりに人間の住居内装を整えて帰りを待つ、愛玩用自動人形としての仕事に抜かりはなかった。リーピはポームの手を取り、歩きやすい速度でリビングのソファまでエスコートする。


「物品は与えてくれても、その後の住民の面倒は見ないのが制度というものです。こちらにお掛けください、部屋着もご用意しましたので、お着換えになってリラックスなさってください。」


「この場は私が引き継ごう、リーピは玄関付近に残っていた梱包材の片付けを頼む。入浴の準備は済ませてあるが、食事が先の方がいいか?」


 自動人形とはいえ少年型であるリーピに場を外させ、女性型自動人形のケイリーがタオルや着替えの衣服類を抱えてポームの隣に跪く。


 以前住んでいた工業団地の一室から着の身着のままで逃れてきたポームは、無論自分の着替えなど持っていない。ラーディ宅に身を寄せていた先日はラーディの服を借り、今日は報道陣への見栄えのため着慣れない礼服を無理やり着せられていた。


 硬い礼服のジャケットを脱ぎながら、ポームはケイリーが抱えている服の山から、着やすそうな柔らかい素材の室内着を選ぶ。


「これだけの服、どなたからいただいたんですか?私の身体のサイズにだいたいあってますし……ちょっとぶかぶかですけど。もしかして、リーピさんとケイリーさんが買って来てくれたんですか?」


「それも不可能ではなかったが、やはり人間の主観に多くが委ねられる物品の選択は私たち自動人形には難しい。衣服を購入および提供してくれたのはキナ議員だ。市庁舎でも会わなかったか?」


 フィンク新市長の周囲を固めている議員たちの中で、唯一の女性議員であるキナ議員の姿はきっとポームも目にしていただろうが、そもそも相手の顔と名前をじっくり憶えている余裕もなかっただろう。


 ポームの体型を目測で知ったキナ議員は、その足で衣服を購入しに向かった。肌着や下着については、いよいよもって男性や自動人形の知識では選びようがない。


 これはフィンク新市長の行いに瑕疵を残さぬための判断でもあり、またキナ議員自身も未だ処分しきれずにいた、娘であるプルスが生きて大人まで成長すれば、いずれ着るはずだった服たちに役目を与える振る舞いでもあった。


 更衣中のポームへ着替えを差し出しながら、ケイリーは告げる。


「下着のサイズが合っていない場合は、数日内であれば返品交換できるそうだ。サイズが適していないまま、無理に着用を続けるのは身体によくないらしい。それから、トイレの収納棚に、生理用品という物も当面の期間分、幾種類か用意されている。こちらも、自分に合っていない物ばかりであれば私づてに申告してほしいとのことだ。」


「そこまで気を遣ってもらったんですね……でも私、見ての通りずっとほぼ栄養失調だったので、まだ来てないんですよ。」


「来てない、というのは……?」


 女性型とはいえ自動人形であるケイリーには当然ながら理解できない概念であり、ポームは“気にしないで”とばかりに手を軽く振りつつ柔らかなカーディガンを羽織った。緩い編み目が、彼女の細い肩先で伸びている。


 就労する年頃としては確かにまだ若いポームであったが、それでも体重の軽さ、栄養の乏しさは異様であった。今後、マトモな暮らしが出来るようになって栄養状態が改善し、体質が平均に近付いていくに従ってポームがいずれ必要となる物品まで想定し、キナ議員は用意してくれたのだった。


 今夜の分の食事も、新市長就任祝いついでとばかりに用意されていた。こちらは完全にフィンクが選んだものだろう、高級料理店から取り寄せた冷製スープとパンのセットがテーブル上に置かれていた。


 美食に慣れているフィンクが好む料理は、ポームの舌にはくどすぎる味であり、あまり食欲をそそられなかった彼女はほどなくしてスプーン片手にうつらうつらし始めた。


 彼女がとり落としたスプーンを、机から落ちる前にキャッチし、ケイリーはポームの肩に手を添えて真っすぐ座りなおさせながら言った。


「食事は、この辺で切り上げようか。眠気が限界に来る前に、入浴を済ませておいたほうがいい。パンとスープの残りは、廃棄すべきだろうか。腐敗がそう短期間で進行するわけではあるまいが。」


「蓋が出来る容器に移して、保管しておいてください。さすがに、これだけ上等な食材、私の収入では次いつ食べられるか分かったものじゃありませんから。」


「わかった。私たち自動人形には食品の劣化を判断することが出来ないから、口にした際の違和感には注意してくれ。」


 椅子からゆっくり立ち上がり、多少足元をふらつかせながら浴室へと向かうポーム。


 慣れない新居、それもさほど広くはない雑居ビルの一室ゆえ、寝ぼけている状態で歩いては壁に幾度か頭をぶつけそうになり、そのたびケイリーがポームの身体を支える。


 ポームが独りであったなら、おそらく食事も入浴もせず、着替えもせず、床に転がってそのまま眠ってしまっていただろう有様であった。


「余力が残っていないなら、一緒に浴室に入って体を支えようか?滑りやすい浴室内で睡眠してしまうのは危険だ。私は高齢の雇用主も想定して入浴介助の技術を有しているから、任せてもらってもいい。」


「いえ、さすがに、自力で入ります。しっかり目を覚ましておきますので。」


「浴槽には浅く湯を張ってあるが、溺れてしまわないように対策しなければな。」


 ケイリーが定期的に声をかけ、応答する形で意識を保ち続けてポームは入浴を終えた。


 寝間着に着替え、髪を乾かしている頃には、浴室で無理やり抗っていた睡魔が一気に押し寄せてきたのか、ポームは完全に深い睡眠に落ちていた。


 家具とともに運び込まれていた梱包材を全てまとめ終え、翌朝のゴミ出しの準備まで済ませたリーピが玄関から戻ってきた時には、ケイリーに肩を小さくゆすられながら、ソファの背もたれに頭を預けて寝息を立てているポームの姿があった。


「おい、ポーム……睡眠ならば寝具が用意してある場所へ移動すべきだ。だめか、睡眠状態から戻らない。」


「よほど疲労が蓄積しているのでしょう、起こすのは諦めて、寝床まで運んであげましょう。僕たち自動人形とは違い、休止状態を任意には解除できないのが人間です。」


「かつての私たちの雇い主は、ここまで疲れ果てる姿を一度も見せたことがなかったな。やはり人間に関わるほど、未知の状況に遭遇するものだ。」


 言いながら、ケイリーはポームの身体を抱きかかえて運んでいく。


 寝具の上に横たえられ、布団を掛けられたポームの身体はますます小さく、頼りなく見えた。


 用意されていた寝床があまりに高級かつ大きなサイズであったため、相対的にポームの小柄さが際立つのだ。議員や市長になるような人間の感覚で選ばれた家具は、ただでさえ狭い一室を余計に狭く感じさせるものであった。


 さておき、無事に帰宅後のポームが食事も入浴も済ませ、寝具ですやすやと眠りについたのを確認したリーピとケイリーは、部屋を消灯し、そして自分達の行動方針を定めにかかった。


「私たちはどこに居るべきだろうか、リーピ。ここは大きな屋敷ではなく、ほぼ一室のみの住宅だ。使用人のための控室も存在しない。」


「扉で仕切られているのは浴室とトイレ、そしてごく小さな収納のみですね。僕らは人形らしく、部屋の隅で並んで座っているべきでしょうか。しかし、夜通し眠らず座っている存在が居るのは、人間の感性に照らし合わせれば不気味だと判断されるかもしれません。」


「警備上の観点では、すぐに行動開始可能な状態でいるべきだと私は考える。ポームからの指示もないのだから、私たちの判断を優先しよう。」


 結果として、リーピは玄関口からの侵入に備えて入り口扉へ向いて座り、ケイリーはポームの状態を常時確認できるよう、寝息を立てている彼女の枕元に座ることにした。


 このビルの警備が増員されたとはいえ、フィンク新市長の初仕事として、菌糸漏洩被害者遺族であるポームに住居を与えたと宣伝されたことが、一切の懸念を想起させぬわけではなかった。


 むろん住所が直接公表されてなどいないのだが、それでも万一の際はろくに抵抗できない、小柄な少女が独り暮らししているという情報が街中に知れ渡ったことに違いはない。


 もとは人間の感情を学ぶ機会を得る目的で、ポームとの同居を申し出たリーピとケイリーだったが、その初日から彼女が抱える困難を認識することとなったのだった。


「ケイリー、聞こえています?」


「さほど広くない部屋なのだから、十分に聞こえる。どうした?」


「僕は、これまで探命事務所として引き受けてきた依頼が、どれほどの人間たちの助けになったのか、あらためて考えていました。現状、依頼者の思惑は達成されても、犠牲が未然に防がれるわけではなかった事例が数多くあります。」


「それは、私たちには防ぎようのない結果であるためだ。依頼内容の達成が最優先である以上、犠牲者の発生については仕方がない。」


 ケイリーの返答については、リーピも反論の余地は見出さなかった。そも依頼が発生するのは、既に事件や被害が確定した後なのだ。


 これまで見てきた犠牲者たち……花屋のアントン、市長の孫娘プルス、簡易宿泊所の客たち、市長邸宅解体現場の労働者たち、その中に含まれたポームの兄は……リーピとケイリーが依頼を遂行したからといって、助けられなどしなかった存在ばかりだった。


 犠牲を未然に防ぐためには、目立って事件や事故が起きていない状況にこそ、認識を向けねばならないのだろう。


「本日の場合も、ポームさんが帰宅後間もなく力尽きて玄関で眠りこけ、入り口扉を施錠し忘れてでもいたら、事件に繋がりかねません。今夜、ここでポームさんが必要とした助け、すなわち日常生活における細やかなサポートこそ、人間社会において最も多く発生している需要ではないでしょうか。」


「だからこそ、私たちのような愛玩用自動人形が身辺の手伝いとして求められるんだ。あらゆる市民のもとで自動人形が完璧な助けが出来れば良いのだが、なにぶん正規品の自動人形は高額すぎる。一般市民の生活に普及する光景は現実から遠い。」


 喋りながら、ケイリーは自分の掌を見つめ、指先の動作を確認している。


 人間の身を傷つけぬよう、過剰すぎない力で抱きかかえたのは久々のことだった。なにぶん、つい先日の製剤会社敷地で、菌糸罹患者を殺害してきたばかりなのだ。


 精密な動作を実現するのみではなく、人間と共に暮らすにあたって何を気遣うべきか判断する思考力も、愛玩用自動人形には求められる。作業用自動人形とは比べ物にならぬ性能で、それでもなお人間に及ばぬ域が残っているのだ。


 この超高価格な人間のパートナーが、全ての家庭に普及することはまだまだ非現実的であり、殊に日々の暮らしに不自由する市民層にとってはますますもって手の届かぬ存在であった。


「問題が社会全体で解決することを期待できないのであれば、現時点の僕らが為し得る手助けを続けるしかないでしょうか。」


「少なくとも、ポームの生活を助けることだけは可能だ。探命事務所としての依頼遂行に被らない限り、彼女の在宅時間中は私たち本来の製造目的に沿った仕事が出来る。この手助けがどれほど意味のあるものか、その判断は実行後にしか下せない。」


「その通り、ですね。人間に関わる行為は、常に結果が想定に収まるとは限りませんから。」


 リーピとケイリーの声が睡眠中の耳に入ってきたためか、ポームは何事か寝言で返答しながら寝返りを打つ。彼女の睡眠を邪魔しないように、それきりリーピとケイリーは明け方まで口を開かなかった。


 遠く離れた歓楽街から、呂律の回らぬ声でのんきに歌いながら歩いて行く酔っ払いの声が響いてきた以外、静かな夜であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ