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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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学習機会検知 人間の愛着について

 リーピとケイリーも同席しての、ポームとディスティのお喋りはチャルラット医院の応接スペースで続いていた。


 当然ながら、簡易な衝立で隔てられている仕事場にも彼女らの話し声は聞こえていたが、書類仕事中のチャルラット医師は声を邪魔と断ぜず、ペンを持った手は動かしつつも聞き耳を立て続けているらしかった。


 現在は日々ひたすらに死亡診断書を作成し続けるばかりの闇医者、であればこそ曲がりなりにも若年のころ医師として学んだ経験を活かせる機会に価値は見いだされたのだろう。


 会話の場自体は、市長邸宅で使用人として働いていた頃の話を語るディスティが主導し、彼女の妹のごとくポームが座面の上で膝を抱えて興味深げに聞き入っている。


「市長の息子さんがお嫁さんを屋敷に連れてきた時なんかも、人死にが出るんじゃないかってぐらい空気がピリついてたんですよ。挨拶に出てきた使用人の女たち、全員が微笑みすらしてませんでしたからね。」


「うわぁ、やっぱり、自分が気に入られてたはずだって思ったりしてたんでしょうかね。結ばれれば一発で玉の輿だもんなぁ。」


「で、誰もお茶を出しに行こうとしないものですから、力関係では最下位だった私がお茶を淹れて応接室に向かったんですけどね。途中で執事さんに呼び止められたんです。」


「まさか、執事さんまで、お嫁さんに対して冷たくしようってわけじゃ……。」


「そんなことはないです、あの屋敷じゃほぼ唯一の良心みたいな方でしたから。」


 傍らで聞いていたリーピとケイリーも、ディスティのその言には大きく頷いていた。


 市長邸宅が解体される原因となった感染事例に気付くや否や、罹患していない使用人たちを即座に屋敷の外へと連れ出し、当面の給金を支払って実家に帰し、帰る先が無い者に家までも与えたのがあの執事である。


 邸内に残された市長の孫娘プルス、彼女の身辺を世話していた使用人ミュールの二名が感染しているかどうか、リーピ達が確定した調査結果をもたらすまで、彼は庭番の小屋に留まって生活していたのだ。


 実際に邸宅の使用人だったディスティからの評が、自分たちの判断と合致していることをリーピとケイリーは認識していた。ディスティは頷き返しながらも語り続ける。


「あの時、執事さんから指摘されたのは、トレイに載せて運んでいたティーカップの中に何かの粉末が付着していた点です。真っ白い陶器に、真っ白な粉末が僅かについている程度だったので、私は気づけませんでした。」


「ホコリか何かが積もってたんですか?」


「市長邸宅の食器棚は特に清潔に保たれているので、視認できるほどの異物が入るはずは本来ないんです。執事さんが異変に気付けたのは、その潔癖さゆえだけではなく、使用人たちが考えていることを予測してたからでしょうね。」


「考えてることって……。」


「市長の息子さんが連れてきたお嫁さんへの、いやがらせです。ティーカップに吹き付けられていたのは、殺虫剤でした。ついでに、そのカップで茶を淹れた私に濡れ衣を着せようってことでもあったでしょうね。」


「うわぁ……。」


 ポームは眉根をひそめながらも、今だからこそ笑みながら話せているディスティと視線を合わせ、遠慮がちながら口角を上げた。


 当事者であったディスティから許されたがために浮かべられる笑顔であり、それを許す相手は他にほぼ居ないだろうと判断できるからこその安堵もあった。


「執事さんはそのティーカップをその場で回収し、別の茶器を持ってきてくれました。結局、お嫁さんはこちらから出されたお茶に形だけ口をつけたのみで、飲むことは無かったんですけどね。」


「市長の息子さんのお嫁さんというのは、キナ議員でしょう?彼女が警戒心を緩めることは確かに無いと思われます。」


 口を挟んだリーピに対し、ディスティは笑みを強めて即座に頷き返す。


 リーピとケイリーは、キナ議員と実際に会ったことがある。まさに先日、フィンク議員が街に残っている市長派の議員たちを傘下に引きこんだ一環の工作に、リーピ達も協力した際のことだ。


 あのまま、義父である市長のもとへ向かっていたら、キナ議員も製剤会社敷地を占拠している特異菌糸罹患者の仲間入りをしていただろう。自らの身に迫る危機を察する能力は、市長一家のもとへ嫁いだ時から健在だったのだ。


 政治家の名前そのものに疎いポームはピンときていない様子だったが、既に彼女の口の重さは取り除かれていた。


「執事さんのおかげで、ディスティさんの立場も助かったんですね。でも、そんなお屋敷でその後も働き続けるの、嫌かも……。」


「その通りです。リーピさんとケイリーさんはご存知ですけど、結局後ほど私は書類紛失の濡れ衣を着せられ、市長邸宅を追い出されることになるんです。でも実はあの時って本来は、リーピさん達が書類を窃盗したという筋書きで話が進むはずだったんですよ。きっと、気づいておられたと思うんですけど。」


 初めて市長邸宅から依頼が入った時のことであり、リーピもケイリーはむろん記憶している。


 子供の遊び相手になるのは愛玩用自動人形に相応しい依頼内容だとはいえ、世話役の使用人たちが居る上でわざわざ自動人形を呼び寄せるのは不自然すぎた。あれは厄介な役回りを、屋敷外の存在に押し付けるための策だったのだ。


 リーピもケイリーも共に頷き、リーピが口を開いた。


「記憶しています。市長の孫娘、プルスさんのかくれんぼ遊びに付き合うという依頼で僕らは呼び出されました。ですが、プルスさんは最初から庭に居たため、僕らは屋敷の中を探し回る行動をとらなかったのです。仕事を終えて帰還する間際、使用人姿のディスティさんと目が合ったのも覚えています。」


「そうそう、あの時やっぱ私と目が合ってましたよね。こうなったら書類紛失の責任をなすりつけられるのは私だ、って確信してたもんですから、この世の終わりみたいな表情をしてたと思うんですけど。」


「大いに蒼ざめておられました。僕らが想定通りに行動しなかったため、ディスティさんが困窮する境遇へ追い込まれたことについては、申し訳なく思っております。」


「でもまぁ、遅かれ早かれってとこだったと思います。一番不愛想で、誰とも仲良くなれない私を、どうやって追い出すか常に皆が考えてるような状態でしたから。」


 今でこそ懐かしそうに笑いながら喋っているが、当時のディスティの心労は尋常ならざるものだったろう。自分自身の立場もさることながら、あの人の好い執事に気を遣わせ続けていることについても。


 何も表情を浮かべていない時のディスティの顔が、常に思いつめたような顔つきになる理由をようやく察しつつ、ポームも喋る。


「いやぁ……そんな場所で、よく働き続けられましたねぇ……。」


「もとはと言えば、私の意思じゃなくて、私の両親の思惑ですからね。今となっては、なんでもっと早くあの屋敷を出て行かなかったんだろう、って思いますけど……ホントに幼い頃から、あのお屋敷で働くのが私の人生だって刷り込まれて、当たり前になっちゃってました。」


 市長一家とのコネを作り、あわよくば市長の息子と結婚させて親族入りするため、実の娘であるディスティを市長邸宅に預け切っていた両親、プロタゴとアリシア。


 ディスティの、人間としての価値は、明白な基準を有していた。


 権力者から気に入られ、権力者の身内に可能な限り近づくこと。それを達成すれば自分の価値を認められ、愛されるはずだった。


「基底欠損っちゅうやつとちゃいますか。」


 仕事がひと段落したのだろう、チャルラットは自分で沸かし直した湯で淹れた二番煎じの茶をすすりつつ、応接スペースに顔を覗かせ会話に参加してきた。


 ポームは無論チャルラットが言わんとする所がまるきり分からぬ様子だったが、ディスティは自分自身のことを言われたのだとすぐに察していた。


「何でしたっけ、愛着障害に近いものだったような気がします。」


「その一種と言われてる症状……っちゅうか、状態ですね。俺も心療は専門とちゃうんで、えぇ加減なこと言ぅてたらアカンけど。すぐピンと来るやなんて、さすがディスティさん、勉強し続けてはる成果出てますわ。」


「私だって、形だけでも看護師らしく出来るように、手に入れられた本を読み漁ってるだけです。でも、その状態の原因は幼少期に虐待を受けたことだと聞きました。私は、確かに両親から愛された記憶はないですけど、虐待そのものを経験したわけではないですよ。」


「愛された記憶がないっちゅうのが、広い意味での虐待そのものですやろ。ディスティさんの場合は、市長一家から気に入られるっちゅう条件を達成しない限り、両親から愛されることが無かったわけです。」


「それは当たり前のことじゃないんですか?自分の得にならない相手に、恩恵を与えるなんて出来ないでしょう。」


 傍で聞いているリーピとケイリーには、ディスティの発言の方が合理的であると判断された。


 それは自動人形の価値の定まり方そのものであった。雇用主、依頼主に対して満足のいく成果を示し、彼らが支払ったコストに見合うサービスを提供できてはじめて好意的な評価を下される。そして、今後も持続して存在し続けることを望まれる。


 その思考が人間の抱く感情の中でも特に論理的説明が困難な“愛”に相当するのか、リーピとケイリーには判断のしようがなかった。


 ディスティも、そしてポームも同様に、人間は周囲にもたらした利益に伴って自身の価値が定まるものと信じている。しかしチャルラットは首を横に降って言葉を続けた。


「そらまぁ他人同士やったら、ね。せやけど家族同士やったら、そうやないんです。条件なしで愛を与えられるのは、実の親から子に対して、だけですねん。」


「条件なしで……?」


「そう。我が子が生まれた瞬間から、生きていてくれているだけで愛せる、そう思えるのが実の親なんですわ……いや、どのツラ下げてオッサンが愛について熱弁してんねん、って話ですけど。」


 そのいかつい顔を歪ませて苦笑しつつ、そして実際に多少気恥ずかしくなってきたのだろう、チャルラットは冷めかけていた茶をすすって間を持たせる。


 自動人形であるリーピとケイリーは、やはり理解の埒外にある話題を前にして何も反応できていなかった。


 しかしディスティとポームは苦笑などしていなかった。


 確かに、自分たちに欠けている人生の経験のひとつが、親からの無条件の愛であったのかもしれないとは思えたのだ。


「私……悲しくならなかった理由、ようやく分かったかもしれません。」


 今まで聞き手に徹していたポームが口を開く。


 顔つき自体は明るくなっていなかった。が、先ほどまで浮かべていた表面的な笑み、この会話が終わればすぐに無表情へと引き戻されるのだろう表情筋。束の間の弛緩を得て、今ようやく血が通い始めたようであった。


 ボソボソとした声であったものの、社交のために用意された表層ではない、より本心に近いところからポームは語り始めた。


「ディスティさんみたいにいろんな経験をしたわけじゃないですけど、私……それこそ、毎日変わり映えのしない生活が続いてただけで、物語になりそうな出来事なんてあるわけもなくって。」


「ほぼ全ての人間が、そういうもんとちゃいます?せやけど、親がおらんままに育った人は、間違いなく少数派に入ってるはずですわ。」


「もしも、条件なしに愛を与えてくれる人が居なくなったのだとしたら、私は悲しみを感じたのかも、です。でも、私が知っている家族は、生活の助けに出来る相手だけで……。」


 ポームは一旦、口を噤んだ。


 その先の言葉は、信頼できぬ相手に聞かせることは決してなかっただろう。この場で自分を囲んでいるディスティとチャルラット、リーピとケイリーの顔を見回した後、あらためてポームは口を開く。


「その全員が居なくなって感じたのは、世話になることも、世話することもなくなった、ただ“肩の荷が下りた”感じだけだったんです。私って、冷たすぎるんでしょうか。」


「冷たくはないです、そら誰かてそうなります。生きているだけ、居るだけで構わないって言ってくれる相手がおらへんかったら、必要が無くなった感情が湧いてくるはずもないんですわ。危ないんは、自分自身が居続ける必要もなくなってしまう、ってぼんやり感じはじめてまうことですねん。」


 先ほどは気恥ずかしさから自分自身の発言に苦笑いしていたチャルラットであったが、今改めてポームに告げる言葉には確かに熱が籠っていた。


 むろん、その言葉を聞かされたポームの内面へ直ちに影響が及ぶわけではなかったものの……ポーム自身の意識が、まだ手の届いていなかった心の死角を見つけ出したのは間違いない様子だった。


「教えていただいて、ありがとうございます。私、今のままでラーディさんのお家から離れて独り暮らしを始めたら、ちょっと危なかったかもしれません。」


「ホンマですわ、フィンク議員さんが住宅保障の手続きをしてくれるんは有難いけど、絶対そこから先、ポームさんがどんな生活になってようが、ほったらかしや。せやけど、どないしたもんですやろ。急に家族ができるワケもないし、同居人がすぐ得られるワケやあらへん。」


「もちろんポームさんなら、この医院までたびたび遊びに来ていただいても歓迎するんですけれど、私も今すぐ住所を変えるってわけにはいきません。」


 ポームが抱えている心の問題の片鱗に触れることはできたものの、チャルラットもディスティも具体的な手助けを続行できる目処は立っていない。


 一方、先ほどから自動人形の思考回路ではとても届かない領域の話を懸命に聞き続けていたリーピとケイリーであったが、共に自分達が理解できない人間の心境については充分に学習の余地を見出していた。


 リーピはケイリーと目を合わせて頷き合い、口を開いた。


「では、僕とケイリーが生活をご一緒するというのはいかがでしょうか。むろん、フィンク議員から用意していただくポームさん用の住居の広さ、探命事務所へと通う距離も考慮せねばなりませんが、愛玩用自動人形として身辺のお世話など、暮らしのお手伝いを行う機能は元より有しております。」


「えっ……いや、その、それはむしろ、私がお願いされてしまって良いんですか……?リーピさんやケイリーさんみたいな自動人形さんって、本来は雇うのにとんでもない金額が必要なのでは……?」


 唐突な提案に、目を白黒させているポーム。


 今でこそ作業服姿であることの多いリーピとケイリーであるが、元は富裕層の屋敷にて雇われる前提で製造された、整った外見と最先端のスペックを有する愛玩用自動人形である。


 おそらく一労働者が生涯で稼げる額の数倍はあるだろう価値の自動人形。何者から愛されずとも、物質的な価値および生み出された理由がもとより備わっている。先ほどまで語られていた、人間としての在り方とは対極にある存在だ。


 だからこそ、リーピもケイリーも共に、最も人間的な姿を見せてくれるだろうポームのことをより詳細に知る必要性を見出していた。


「これは雇用としてではなく、僕らの自主的な判断です。強いて言うなれば、人間の感情をより詳細に理解するための学習先として、ポームさんを選ばせていただきたいのです。これは厳密な雇用契約ではございませんので、気が変われば僕らとの同居を一旦解消しても構いません。人間と違う点として、感情面のやり取りを気にする必要はありません。」


「リーピは問題解決能力が高いし、万一の場合は私が警護も行える。自動人形に性別は無いが、女性型人形でなければ抵抗がある場合も私が対応しよう。どうだろう、この提案を受けてくれるか?」


 リーピに並んでケイリーからも言葉をかけられ、ポームは未だ戸惑いが拭いきれぬ様子ながら頷いた。


 人間らしい感情を得られなかったポームに対し、人間の感情を模倣することしか出来ない自動人形の同居がどれほどの効果を発揮するかは不明であった。が、少なくともポームを独居のままに放置するよりはマシだと思われた。前述の通り、物質的なサービスとしては最高級クラスではあるのだ。


 とはいえ、チャルラットは仕事場に戻りつつもリーピとケイリーへ声を掛けた。


「ポームさんの様子がちょっとでも変やと思ぅたら、すぐに言ぅてくださいよ。自動人形さんにはどうしても理解できへんこと、あるでしょうからね。」


「その場合、診察代はいかにしてお支払いしましょうか。」


「気にせんでえぇですって、そんなん。見返りとしてまた手ぇ貸してもらいたいこと、いくらでもあるやろし。」


 ポームが医院まで連れてこられた際には追い返す気満々だったチャルラットであったが、暫し会話を交わしているうちにすっかり親身になってしまっている。


 その後も暫しディスティとポームの歓談は続いた。


 人間の感情を理解しきれぬリーピとケイリーにも、連日の製剤会社絡みの騒動で視認した光景とは全く異なる空気の質が感じられるようであった。

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