ウィタミーキス社会の技術水準
第二章も終わり際となりましたので、息抜き及び幕間として解説回を挟みます。作中に登場した物品、技術について主に触れていきます。
本作タイトルにある「ウィタミーキス」をはじめとして架空の技術ばかりではありますが、現実に似通っている物については昭和初期頃の技術水準を想定しています。
「菌糸技術」
与えられた外殻に合わせて生育し、内部で神経系や筋繊維、感覚受容器などへと分化する菌糸を利用した技術。殊に、人間型の器内部にて菌糸を生育させることで、単純な命令実行のみながら人間の行動を模倣させる自動人形を作り出すことは技術の黎明期から行われていた。
菌糸の制御ノウハウが研鑽され、菌糸の思考回路をも意図的に構築できるようになった現代、より精緻に人間の行動のみならず感情まで模倣する自動人形が製造可能となっている。菌糸技術の大半は労働力に寄与し市民の生活を支えており、社会に最も依存されている技術体系である。
自動人形たちの言動はあくまで菌糸による模倣であり、人間同様の意識や自我は存在しないものと考えられている。
「既存菌糸」
最も広く普及し、あらゆる自動人形やガジェットに用いられている菌糸。与えられた器を逸脱して生育続行することがなく、製造時の性能は破損が無い限り維持される。スペックが保証されると同時に、破損の際は自主的に思考回路を修復することが出来ず、知性はメンテナンス技師の腕に依存する。
ごく少量の水分と養分さえあれば、休憩なしに長期間の活動が可能。睡眠や排泄といった生理行動も不要であるため、主に労働力として重宝されている。生存能力が非常に高い分、器から漏洩して制御を脱した際には周辺に空気感染のリスクが高い菌糸が散逸することとなる。
古い時代から製造され続けてきたため制御ノウハウは十分に蓄積しており、愛玩用自動人形のハイエンドモデルであるリーピとケイリーはモース研究主任にとって最高傑作である。裏を返せば、現時点以上の進歩は見込めず、技術としては頭打ちであるとも言える。
「特異菌糸」
自動人形メーカーであるロターク社にて、研究目的のため保管されていた菌糸。製造時に与えられた外殻で制御されづらく、自主的に思考回路を構築し知性を成長させていく。大規模に破損しても自己修復により知性を再度獲得することが可能であり、人間に比肩する思考能力程度であれば容易に再現できる。
既存菌糸よりも優れているぶん制御は困難であり、万一の漏洩事故に備えてのセーフティとして、ロターク社研究主任のモースによって生態上の欠陥を付与されている。大量の水分と養分を生存に要するため、常時補給できなければ数日で枯死してしまう。
新製品を決める社内コンペにて、特異菌糸を使用したことを伏せて製造された自動人形が発表された。既存菌糸を用いた自動人形を凌駕する性能を認められた結果、一部が出荷されてしまった。事の真相に気づいたモース主任が回収指示を出したが、無視したガリティス市長の元で菌糸漏洩事故が発生した。
「菌糸感染」
与えられた器に合わせて生育する菌糸の性質は、むろん他の生物の身体に入り込んだ場合も同様である。特に潤沢な水分と上質な養分を含む人間の体内は最適な生育環境が整っており、人体に侵入した際は爆発的な速度で繁茂し、短時間で菌糸由来の神経系や筋繊維を構築する。
既存菌糸は水分の乏しい環境下でも残留し生存し続けるため、空気感染リスクの高さからも漏洩時には即座の現場隔離が必須である。思考回路の自主構築は出来ないため、既存菌糸の罹患者は生前の行動を形だけ模倣するのみの知性しか獲得しない。健常者と罹患者の区別は容易である。
特異菌糸は空中で枯死するため、直接接触しなければ感染は起きない。それでも感染した後には罹患者体内で独自の思考回路を構築し、大抵の場合は生前の人物よりも高い知性を獲得する。養分不足による枯死が始まるまでは表向き健常者と全く変わらぬように行動するため、罹患の事実発覚は遅れてしまいがちである。
「滅菌剤(粉末タイプ)」
菌糸漏洩が確認された場合、ほとんどの自治体に設置されている特殊清掃局の作業員が現場に散布する滅菌剤。真っ白な粉末状であり、圧搾空気によりノズルから現場一帯に噴霧される。現場における二次感染や、粉塵を吸引してしまうリスクを鑑み、薬剤散布は作業用自動人形が担当する。
強力な乾燥効果により、菌糸を枯死させる効果が主である。自動人形は多少の破損では即座に内部菌糸が露出しないが、正規品ではない個体は比較的容易に漏洩事故を起こしてしまう。直接的な滅菌効果においては粘液タイプに劣るが、派手に白粉を撒き散らす外観から、各地自治体からは“仕事した感”を出せる点を評価され導入されている。
全国シェアを誇る製剤会社にて独占的に生産され販売され莫大な利益を上げていたが、外部と隔離された敷地内にて特異菌糸の感染が発生、従業員が全滅したことにより再生産不可能な状況にある。
「滅菌剤(粘液タイプ)」
自動人形メーカーであるロターク社内にて使用されている滅菌剤。菌糸制御を主業務とする企業みずから開発した薬剤だけあって、滅菌効果は強力無比。自動人形、ないし菌糸罹患者の体内へ直接注入することで、速やかに全身の菌糸を枯死に至らしめる。対象へ直接突き刺して沈静化を行うための注入器も開発されている。
菌の細胞膜を科学的作用によって直接破壊するため、乾燥効果を伴わずとも菌糸の繁茂を鎮静化することが可能である。周囲の塵芥を粘液が吸いつけてしまうため、散布すれば外観が汚れがちとなる点を嫌われ、自治体の特殊清掃局では採用されなかった。
粉末タイプ滅菌剤を生産していた製剤会社の生産が停止した今、ロターク社からあらためて粘液タイプ滅菌剤の販売を全国展開する計画が進行している。
「作業用自動人形」
名の通り、作業労働に特化した自動人形。外観や体格、知能は現場からのニーズに応じて大きく異なる。菌糸漏洩現場にも駆り出されることを想定し、表面に菌糸や薬剤が残留しづらい形状で設計されることが多い。人型に近い姿の個体は、作業服を着せられることがある。
現場での監督を補佐する自動人形でもない限り、指示言語が明確に発されない限り命令を認識できない作業用自動人形が大半である。人間と日常会話を行うほどの知性を搭載しないことによるコストカットに並び、自動人形への指示出しを専門に行う技師が必要とされることで人間の雇用を持続させるための措置である。
「愛玩用自動人形」
子供の遊び相手、という名目で製造される自動人形。実態は顧客の嗜好や欲求を満たす用途が大半である。好意的なイメージを抱かれる外観、容姿端麗な身体パーツを与えられている。作業用自動人形とは比べ物にならぬほど高額であり、愛玩用自動人形を注文、さらには買い替えることが出来る顧客は富裕層に限られる。
日常的な身辺の世話や警護、介助を担わされることもあり、あらゆる用途に応じられるように可能な限り高度な知性が再現されている。身体パーツを取り換えれば作業用自動人形と全く同じ外見となって行動することも出来るが、各関節の動きの柔らかさや滑らかさ、可動域の大きさは作業用との明確な相違点である。
「警備用自動人形」
街の治安を維持する警邏隊に配属されている自動人形、ならびに各企業や公的機関の警備に運用されている自動人形。運用目的によって体格から装備品まで幅広く異なる。ロターク本社の警備を行う個体が最も重装であり、最新式の装甲および動力菌糸の増設が施された重機のごとき姿となっている。
警邏隊に配属されている自動人形は細身であり、街の細い路地や、突入した屋内での挙動が阻害されぬよう設計されている。警備を担うだけあって物理的な出力の高さはもとより、損傷を受けても容易には内部の菌糸が漏洩しないよう、体内にも複層構造の装甲が装備されている。
「非正規品・格安自動人形」
ロターク社の生産による正規品ではない、非合法な人形解体業者らが獲得ないし取得したパーツを用いて組み立て直した自動人形。非公認による自動人形の解体及び再組立て、販売は当然ながらロターク社から許諾されている行為ではない。菌糸漏洩の対策が万全である正規品と違い、破損時の安全性は保障されない。
正規品の自動人形が富裕層あるいは大企業でなければ購入できぬほどの高額商品であるため、格安自動人形は非合法に製造されたものと知りながらも、労働力不足に悩まされている中小企業や介護の現場に導入されている。それゆえ、菌糸漏洩事故の被害者の大半もその現場での労働者である。
「菌糸動力車」
菌糸の伸縮運動をクランク構造によって車軸に伝え、駆動する車両。極太に発達させた菌糸を複数本並べたシリンダーが直に動力源となっており、速力は人間の全力疾走と同等程度だがかなりの重量物を運搬可能。長距離移動の直後には養分液を大量補充する必要がある。
菌糸技術が他の分野に先駆けて急速発展した社会においては、動力源を菌糸に求めることが大半である。メンテナンスには機械構造のみならず菌糸制御の知識も必要であり、万一の破損時には飛散する菌糸の量も自動人形の比ではないため事故時のリスクは高い。現状で車両を保有運用できる機関はごく限られている。
「通話機」
情報伝達に特化した菌糸を利用した通話端末。菌糸は水分と養分さえ補充されていれば生存するため、水分が浸透する被膜で包まれた菌糸通話線が地中に埋設されている。それに接続した通話機が設置されている住宅や建物、あるいは街中の公衆通話機を用いれば、通話地域内での会話が可能である。
通話機そのものには受話器と送話器、呼び出しの機能しかないため、求める相手と通話を開始するためには通話交換手に頼んで接続してもらう必要がある。これ以外の連絡手段は手紙を送るか直接会うか、であるため通話線が設置されているか否かで情報の伝達速度は大きく変わる。
菌糸通話線を通じて特異菌糸が通話機内へと侵入する場合がある。特異菌糸は通話内容を傍受しながらも大量の水分と養分を吸い尽くすため、数日で通話機内の既存菌糸もろとも枯死してしまう。
「照明器具」
発光の生態を有する菌糸の子実体を利用した照明器具。原始的な時代にはいずれ飛散し始める胞子からの感染を危惧せねばならなかったが、菌糸制御技術が発達した現代においては発光状態や光度をも自在に切り替えられるようになった。暗所で唐突に点灯した時には、見た者の視覚を一時的に奪うほどに眩しい。
照明として利用される際は透明な樹脂で覆われている。自動人形に用いられている菌糸ほどの繁茂速度はないとはいえ、人体内部に入り込んだ際には感染を引き起こすため破損時は注意が必要。
「ウィタミーキス」
与えられた外殻内部、あるいは他の生物の体内で生育し、一個体として宿主の生前の活動を模倣する菌糸の総称。生物であれ無生物であれ、その内部で一つの生命体を作り出すように繁茂していく菌糸が、いかにしてこの生態を獲得したのか未だ判明していない。
現状は人体に対する感染リスクが顕著であるが、他の生物にも感染することは充分に可能であると見られている。脊椎動物のみならず、虫をはじめとする無脊椎動物、土壌中の微生物、さらには植物界全体にまで感染ないし寄生する可能性がある。極地や深海などの極端な環境下における感染事例は確認できていない。
「ウィタリズァール」
一般には公表されていない名称、あるいは仮説。ロターク社にて保管されていた菌糸は、モース研究主任によってリスク管理のため意図的に生態上の欠陥を与えられた種であるが、だとすれば元は欠陥のない特異菌糸が存在したことになる。
自主的に思考回路を構築するのみならず、生存に必要な養分もごく僅かで、補給や休憩なしに長期間の活動及び生存が可能な菌糸。数日で枯死が始まる現状の特異菌糸と違い、人体に感染しても極長期間を生き延びて人間同様に行動するとなれば、漏洩時の危険度は段違いである。
特異菌糸罹患者たちは、自分達から欠陥が取り除かれた“我らの道を示す存在”を、ずっと捜し求めている。




