フィンク議員への報告 および モース研究主任への疑義消去
身体パーツも被服も新品を装備し、人間で言うところの身だしなみを整え終えたリーピとケイリー。
供与されていた装備品も既に返却しており、モース研究主任との面会を待つ時間に、リーピは通話機を借りたいと申し出た。街に待たせているフィンク議員へ、依頼の結果報告をするためだ。
このロターク本社から徒歩で街まで帰る時間を挟んでは、ますます報告が遅れてしまう。モースの代わりにリーピの応対をしていた研究員もその事情は承知しているのか、快く通話機の設置場所まで案内してくれた。
とはいえ、常時真隣りで付き添うという条件ではある。自動人形メーカーとして情報漏洩に警戒しているためだろう。
ロターク社からフィンク議員への接続には交換手も慣れているのか、ほぼ間を置かず受話器からはフィンク議員の声が響いてきた。
「この時間帯に御社から俺宛ての通話が来るのは珍しいな。モースとは別人か?」
「フィンク議員、僕はリーピです。製剤会社敷地の調査依頼について結果報告を行うため、ロターク社の通話機をお借りしております。」
「おぉ、無事だったか、あの要塞みてぇな製剤会社相手じゃもうちょい手こずるかと思ったが、思いのほか早かったな。下手すりゃお前らスクラップになっちまってねぇかと思ってたが、ケイリー姉ちゃんも居るだろうな?」
「ご心配なく、ケイリーと僕は無事に帰還し、たった今ロターク社にてメンテナンスも受けたので万全の状態です。」
フィンク議員の反応は、リーピとケイリーが製剤会社敷地内にて損壊させられる可能性も、依頼時点で十分想定に入れていたことを示していた。
彼の立場としては、結果がどう転んでも構わなかったのだろう。街に帰ってこない市長のもとへ調査を送り込んだという事実さえあれば、新市長の座に就任するプロセスはよりスムーズになる。リーピとケイリーが破壊されれば、現市長のイメージダウンに繋げることも可能だ。
さておき、リーピは借りている通話機で長話するわけにもいかず、やりとりもそこそこに報告へと移った。
「製剤会社敷地内は現状、完全に特異菌糸罹患者によって占拠されています。正門は閉めきられ、菌糸生存に不必要な設備は片付けられ、本来の業務である滅菌剤の生産および出荷が行える状態ではありません。」
「やっぱりか。んじゃ、ガリティス市長も、ヤツの取り巻き連中も、残らず菌糸人間の仲間入りってところか。市長本人には会えたのか?」
「はい。市長、および彼の側近と思われる人物につきましては罹患が確定しておりましたため、調査開始前にロターク社から供与された滅菌剤を注入し、枯死処分といたしました。」
「おいマジか、やったのか。いや、俺はそこまでやれとは命令してなかったが、まぁ、だが、よくやってくれた。」
フィンク議員が動揺を声に示したのは初めてのことであった。
ガリティス市長の下で、あるいは市長不在の街で、狡猾かつ周到に、周囲の人間を思うがままに操り、自らの傘下へ引き込んで地盤を固めてきた老獪な議員にも、自主判断で殺害を実行する自動人形の振る舞いは想定出来なかったのだ。
想定外とはいえ、フィンク議員にとっては現市長を引きずり下ろす手間が省けたも同然であり、都合の良い結果ではある。さっそく彼は詳細な情報をリーピに求めた。
「やったのは、いつだ?」
「昨晩です。薄暮が去った頃まもなくですので、日付が変わる前には僕らは製剤会社の敷地から脱出しています。」
「お前らの姿は見られたのか?あるいは、出処を追跡されかねん落とし物はあるか?」
「いえ、僕とケイリーが認識する限り、目撃者の生存はありません。入り口の見張り二名、それに加えて市長と側近の四名の肉体を枯死させています。処置に使用した滅菌剤注入器は、針先のカバーに至るまで残さず回収しております。」
「そうか。俺としちゃ、ロターク社が首を突っ込んだのが明らかになってくれたほうが、都合の良いドサクサが起きて都合よかったんだが……ま、お前らも創造主は裏切れんか。」
むろん、リーピとケイリーの立場としては、現地にロターク社の物品を残したが最後、ロターク社方面への追跡が発生する懸念を重視していた。自分たちの逃走方面を示してしまうのは、帰路に明確な危険を追加する行為である。
ともあれフィンク議員は上機嫌であった。
「お前らがとっ捕まってもおらず、街の方にも不審な動きはない。上々の首尾だ。連中も、全く知らん間に侵入されてリーダーが斃されてたら、ビビッちまって身動き取れんだろうな。」
「実行から一夜経過したのみですので、具体的な方策を立てることも困難かと思われます。市長殺害の報を流そうにも、特異菌糸罹患者たちは養分補給を続けなければ、あの敷地から街までの長距離を踏破できません。」
「今こうして通話してくれたおかげで、俺の方が先に動けるってわけだ。さっそく、現市長急逝の号外を刷らせて、裏で市長交代のプロセスを進めながら会見を開いてお悔やみを申し上げるとしよう。悲しそうな演技を練習しておかんとな。」
既に街の機能の全てを掌握しているフィンク議員にとっては、報道を動かすのも自在であった。
背後で慌ただしく秘書らが動き回っている音を聞かせつつ、既に連絡事項を聞き終わった後もフィンク議員は饒舌に喋り続けている。
「しっかし、見直した。ロターク社の自動人形は、暗殺までやってのけるのか。モースもお前らを可愛がるわけだな。」
「暗殺ではありません、対象は菌糸罹患者ですので、枯死処分と称したほうが正確です。」
「人間そっくりな奴を死なせるって点からすりゃあ、ほぼ同じだ。だいたい、モースはお前らに滅菌剤注入器を渡したんだろ?その時点で、潜入と暗殺をやるって想定じゃねぇか。」
遠慮のない、歯に衣着せぬ喋り方はフィンク議員の常であったが、この発言にようやくリーピは自分の思考が働いていなかった領域に気付かされた。
万一に備えて、とモース研究主任から渡された滅菌剤注入器。だが、菌糸罹患者に対し強力すぎる効果を発揮するそれは、命を奪う以外の目的を持ち得ないガジェットであった。
過剰な効果の滅菌剤は、人間に対しても強力な毒性を発揮し得る。
すなわち今回の対象が人間であったとしても、同様の成果を得られたのかもしれない。モース研究主任は、リーピ達がそれを成功させると確信していたからこそ、ロターク社の関与を匂わせかねない注入器を渡したのだろうか。
少し間を置いてから、リーピは返答した。
「今回は成功と呼べる結果に至りましたが、それらの行為は僕らの本来の製造目的ではありませんので、今後の依頼には想定しないでいただければ幸いです。」
「分かった、分かった。ま、ロターク社の製造品の立場としちゃあ、マイナスイメージを出すわけにはいかねぇだろうな。じゃ、いずれまた頼みがあったら連絡よこすから、よろしくな。」
ガチャンと受話器を置く音と共に通話は切れた。
リーピも受話器を置き、ケイリーと共に研究員に案内され、モース研究主任の実験室前へと戻っていく。
同行し続けている研究員はフィンク議員との通話内容を聞いていたのだろうが、会話を遮らなかった点を鑑みればロターク社として好ましからざる内容は見出さなかったのだろう。自動人形を汚れ仕事へと駆り出す想定は、ロターク社内の研究員たちにも共有されている可能性があった。
実験室前の扉を僅かに開けて内部を覗きこみ、小さく室内の人物へ会釈をしてから扉を閉め、研究員はリーピとケイリーへ告げる。
「モース主任は、もうじきに出て来られる。お前たちはここで待っていなさい。」
「はい。ご指示のままに。」
リーピからの返答を聞き流しながら、研究員は既に背を向けて自分の仕事場へと戻って行っていた。
ふたりきりで待たされている間、ケイリーは口を開かなかったが、先ほどのリーピとフィンク議員の通話内容は彼女もすぐ傍で聞いている。
表情パーツこそ殆ど動かしてはいないものの、自分達が今後モースからどのように扱われるのか、ケイリーも僅かな不安と不信を目の奥に覗かせていた。本来無機質な眼球パーツに、感情変化と連動する機能は無いはずなのだが。
そもそも現状とて、装備品の返却やメンテナンスが完了し、本来の依頼主たるフィンク議員への通話も済んだのだから、そのまま帰ってしまっても構わないのだ。
だが、モース研究主任との対話の場を持つ必要がある、とリーピとケイリーの思考回路内に刻まれた行動指針は、厳然として崩せぬ決定事項であった。いつ、この行動指針が自分たちの中で定まったのか、リーピもケイリーも認識していなかった。
ことモースに関わる事項についてだけは、自動人形の思考回路をもって詮索を働かせることが困難であるようだった。
実験室の扉が開き、モースが姿を現す。
「やぁ、おかえりなさい。今回のお仕事は少々危険だったようですが、きみたちが無事に帰ってこれた姿を見られて嬉しいです。とはいえ、その姿については新たに私が用意した身体パーツですが。いかがです?新しいパーツ、無事に機能していますか?」
「はい、以前のものよりも更に関節部の精密性が上がり、運動ロスが皆無に近くなっています。しかしこのような短期間で、わざわざ僕らのために新規身体パーツを用意していただいてよろしかったのですか。」
「きみたちが気にすることではありませんよ、これは私の趣味のようなものです。製造した自動人形のメンテナンスは仕事の一環に違いありませんが、しかし完全に顧客のニーズから外れ、わたし自身の見出した改良点をそのままに適用できる機会は実に得難いものですから。」
そう喋りながら、リーピとケイリーの姿へ向けて細められているモースの目は、確かに愉しそうであった。
実験室の扉を閉め、廊下を歩いて行くモースの後を、リーピとケイリーもついていく。わざわざ追従するように指示を出される必要もない。
創造主モースの意図は、言葉なくとも十分に伝わる。
「しかし、製剤会社で確認できた状況は残念でしたね。あの市長さんが滅菌剤の製造を引き継ぐのかと思われた矢先、敷地内に残留していた特異菌糸に感染されてしまうとは。」
「市長さんのみならず、側近の方々も、工場運営を担う従業員たちも、薬剤製造のため呼び寄せられた学者たちも例外なく、特異菌糸に罹患していました。現状は勿論のこと、今後も当面の間、製剤会社における滅菌剤製造及び出荷は不可能であると思われます。」
先ほどフィンク議員に伝えたのとほぼ同じ内容をリーピは口にする。その内容を既にモースが知っている様子であることに、疑問を抱けなかった。
モース研究主任は穏やかに頷きながら聞き、返答する。
「菌糸漏洩事故に備えるための滅菌剤供給が途絶えれば、街によっては不安が蔓延するかもしれませんね。そもそも、ロターク社が提供する正規品の自動人形のみを運用していれば、菌糸漏洩などまず発生しないのですが。」
「これを機に、非合法な自動人形解体および再組立て販売の横行する現状が、是正されることを期待したいです。」
「私も同感ですが、しかし即座に消え失せるビジネスでもないでしょう。非合法な業者も生活があるだの、養うべき家族がいるだのと主張するでしょうし。今後も菌糸漏洩事故や菌糸罹患者の発生は続行するでしょうからこそ、今回の件できみたちに試用してもらったのが滅菌剤注入器です。」
モースの語る内容は実に合理的で、現実的な手段を提示している。
菌糸漏洩が発生する根源的な要因は社会構造に根差しており、容易く取り除けるものではないことは明白だ。自動人形を違法に解体するビジネスが無ければ、生計を立てられない市民がいるのだから。
菌糸漏洩を事前に防ぐことが困難であり、ひとたび菌糸に感染した人体は確実に助からない。ならば、感染の事実が発覚し次第、被害が広がる前に即座の滅菌処理を行うことに注力すべきだ。
じわじわと特異菌糸の感染規模が大きくなりつつある現状にこそ、モース研究主任の示す対処方針が恙なく実行されるべきである。
リーピもケイリーも、そのように信じきっていた。先ほど抱きかけていたモースへの不信は、知らぬ間に消えていた。
「もうすこしお話していたいのは山々ですが、あまりお引止めもできませんね。街へと帰す前に、きみたちに贈り物があります。」
廊下を進んだ先、モースは大きなダイヤルを回して分厚い扉を解錠し入っていく。リーピとケイリーは、何も言われずとも扉の前で立って待っている。
ほどなくして、彼は数本の薬剤注入器を手に戻ってきた。
「とりあえず、この滅菌剤が菌糸罹患者に十分な効能を発揮することは証明されましたので、新品を何本か、きみたちにお渡ししておきます。街に帰った後、現地で菌糸漏洩に対処しなければならない状況があれば、きっと役に立つでしょう。」
「謹んでお受けとりいたします。ありがとうございます。」
リーピとケイリーは共に、モースから差し出された滅菌剤注入器を恭しく受け取り、それらを真新しい作業服の腰元にあるホルスターへと差し込んだ。
ちょうど注入器がぴったり収まるサイズで設計されたホルスターが、作業服に縫い付けてあったのである。身体パーツと同様、リーピとケイリーの衣服も新調する際に、薬剤注入器を携行させる前提があったことには間違いなかった。
滅菌剤注入器を装備したふたりを満足げに眺めながら、モースは口を開く。
「現行の自治体で運用されている粉末タイプの滅菌剤が供給されなくなれば、いずれロターク社から粘液タイプの滅菌剤を販売して需要に応じる予定です。それまでに、きみたちが罹患者対処の実績を挙げていれば、粘液タイプ滅菌剤への以降もスムーズとなるでしょう。」
「乾燥による間接的な滅菌処置よりも、直接的に漏洩菌糸を死滅させる薬剤のほうが菌糸汚染には間違いなく有効です。世の中のためにも、粘液タイプの滅菌剤が有効であるとの評が浸透すべきだと僕も考えます。」
モースの意思が揺るがぬ正当性を有していると判断しながら、リーピは答えた。
既にリーピとケイリーは、自分たちの今後の行動方針に必要な物資が的確に調達された現状、そして担える役割が増したことに確たる認識を得ていた。そして、創造主たるモースから十分な期待を受けていることも大いに把握していた。
人間の感情に当てはめれば、晴れがましい気分を抱いていたのだ。
与えた身体に、与えた装備をすっかり身に着けたリーピとケイリーを眺め、モースは満足げに口を開く。
「さぁ、ではきみたちも、街での仕事に戻らなければ、ですね。菌糸汚染の不安から街の住民たちを解放するためにも、存分に働いてきてください。また私の助けが必要でしたら、何なりとお伝えください。」
「あなたからのご期待を裏切らぬよう、懸命に励みます。僕らに気を掛けていただき、心より感謝いたします、モース研究主任。」
「本当に自動人形が心を抱ける日も、近いかもしれませんね。」
モースの優しげな眼差しに見送られながら、リーピとケイリーはロターク社の研究棟から出て、探命事務所のある街への帰路へと就く。
ふたりの思考内からは、モースに対する疑惑がすっかり払拭されていた。消されていた。




