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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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製剤会社での調査完了および身体パーツ換装

 製剤会社敷地において、元市長の肉体を含む計四体の菌糸罹患者を枯死させ、脱出したリーピとケイリー。


 彼らは調査依頼主であるフィンク議員が待つ街へと帰る前に、先んじて自動人形メーカー、ロターク社へと帰還した。


 今回の調査活動にて使用した、粘液滅菌剤を充填した注入器、および夜間用の迷彩を施した作業服を返却せねばならないためだ。ケイリーの方は、万一のため装備していたアーマーも、身体パーツから取り外してもらう必要がある。


 ロターク本社を経由して街に戻るまでの行程は、徒歩では丸一日以上を要するが、フィンク議員への報告ならば、ロターク本社から通話機で行えばいい。フィンク議員は、数日なら待てると言っていた。


 現状においてリーピとケイリーが警戒し続けていたのは、自分たちが追跡される恐れである。


 夜を徹した行程の終盤、本社建物が見えてくる地点では特に念入りに背後の確認を繰り返したリーピとケイリー。


「現場にはロターク社の関与を示す物品を残留させていないとはいえ、今ごろ製剤会社敷地内では確実に異常事態が発覚しています。」


「私たちの独断による実行が、ロターク社からの指示であると取られることだけは防がなければ。」


 時には隠れ場所の無い一本道で一旦引き返したり、敢えて二手に分かれて別の道を辿ったりしながら、リーピとケイリーは早朝のロターク本社へたどり着いた。


 結局のところ追跡はされていなかったものの、懸念はまだ残っていた。


 自分たちの服についた汚れをどう説明すべきか、である。本社建物に入ろうとする自動人形が、不明な汚損を伴っていれば検査されぬはずもない。


 付着しているのは既に枯死しきった菌糸の残滓ばかりなので人体への感染リスクは無いが、それが付着した経緯を褒められることはあまり期待出来ない。そもそも製剤会社敷地内での問題には、自動人形メーカーたるロターク社が敢えて関与する意図など無いのだ。


 命令されてもいない行為を選択した自動人形がロターク社に厄介ごとを持ち込んできた、とも取られかねない。


 作業用自動人形たちが出入りするゲートに近付くにつれ、早くも不審の目を係員が向けてくることに気付きつつ、リーピは言った。


「少なくとも、今着用している作業服と滅菌剤注入器は返却しなければなりません。まだ未使用のまま充填されている滅菌剤も残っています。」


「私の身体パーツに装着されたアーマーも、返さないわけにはいかないだろう。自力で取り外すのは困難だし、これだけ軽量で高性能となれば、かなり高額なパーツであるはずだ。」


 ケイリーも、自分の大腿部を服の上から触りながら言った。製剤会社敷地での行動においても今までの長距離移動においても、一切挙動を阻害せず行動の負担にもならないアーマーは、流用品や急造品であるとは思えなかった。


 ……ケイリーの身体パーツにぴったりと合うサイズであることを鑑みれば、オーダーメイドの品ではなかろうかとすら考えられた。


 ロターク社建物の出入り管理窓口では人間の職員が奥に引っ込み、代わりに警備用自動人形が出てきてリーピ達へと近づいてくる。


 堂々たる体躯に動力菌糸を詰め込まれ、分厚く重い外殻を備えた警備用自動人形は、舗装された路面を必要以上に損傷させないぎりぎりの質量で設計されている。間近に迫られれば、小柄なリーピやケイリーはほとんど真上を見上げるような姿勢でなければ彼らと目を合わせられない。


 警備用自動人形は、真上から降らせるように声を発した。


「リーピ、ケイリー。モース研究主任からの特命を遂行した二体の自動人形だな。着衣と装備品の回収および身体清掃を行う。メンテナンスゲートでの処置を受け、その後モース研究主任へ報告を行え。」


「その識別名に誤りはありませんが、僕らが従事したのは、フィンク議員からの調査依頼です。モース研究主任からは装備品供与の協力をいただいたのみで、特命とやらを受けたわけではありませんが。」


「こちらではモース研究主任からの特命であると認識している。お前たちがリーピとケイリーに間違いないのであれば、処置を変更する必要はない。繰り返す、メンテナンスゲートへ行け。」


 リーピの疑問に明確な答えは与えられず、警備用自動人形は無機質に重く響く声を発するのみである。


 認識の齟齬があったことは明確だったが、リーピとケイリーには指示に反する行為を取る理由も余地もなく、従うままにメンテナンスゲートへ向かった。


 ロターク本社のメンテナンスゲートは、全国各地から修理や返品のため送られてくる自動人形を受け入れている。本社直結の修理設備ということもあり、必然的に送られてくるのは重度の損壊を受けた自動人形か、あるいは完全に廃棄する処理を受ける自動人形ばかりである。


 菌糸漏洩が起きないよう厳重に梱包されたコンテナが続々と搬入されてくる傍ら、徒歩でメンテナンス設備へと向かうリーピとケイリーの存在は頼りなさげな様子に見えた。


 が、モース研究主任からの通達が行き渡っているためか、混雑する搬入口においてもリーピとケイリーの進行を阻害する存在はなかった。むしろ、両名が着込んでいる灰色の迷彩柄の作業服を視認するなり、人も自動人形も例外なく道を譲った。


 自然と道が開いていく周囲を見渡しながら、リーピは小声でケイリーに告げた。


「先ほど伝えられた『モース研究主任からの特命』というのは、ロターク社内部においては誤りではないのかもしれません。」


「私たちは間違いなく、フィンク議員からの依頼として遂行したはずなんだが……モース主任が今回の依頼に、何らかの意思を通そうと便乗でもしたのだろうか。」


 ケイリーの返答内容も、当然至り得る推測であった。


 先ほどの警備用自動人形から伝えられた通り、リーピとケイリーの持ち帰った装備品の回収、身体清掃、さらにメンテナンスまで完了する手筈は既に整えられていた。


 リーピとケイリーはそれぞれ別のラインへと送られ、衣服だけではなく身体外殻も取り外され、洗浄を受ける。


 人間であれば手術の際は台に寝かされるが、自動人形の場合は体内構造が露出する場合も直立した状態での処置が行われる。身体内部の菌糸構造に異変が生じていないことを確認するため、姿勢制御を機能させ続け、また最低限の会話の受け答えを続けさせるのだ。


 メンテナンスを担当する作業用自動人形との応答を、リーピも身体内部構造を露出させた姿で淡々とこなしていく。


「あなたの名前を発声してください。」


「リーピです。発声機能に問題ありません。」


 ペン先のように細いノズルから圧搾空気を噴出させ、目に見えぬほどの塵芥まで丁寧に取り除かれたのち、新品のパーツが装着されていく。


 本来の所有者から手放され、とっくにメーカー本社からの保証も切れているリーピとケイリー。だが、今実施されているのは正規品が受ける純正メンテナンスと同等の扱いであった。


「僕らのために、わざわざ新品の身体パーツを用意されたんですか?つい先日、同様のメンテナンスを受けたばかりですが。」


「モース研究主任からのご指示です。識別名リーピおよびケイリーに与えた身体パーツに、改良の余地を見出したため再設計した、と指示書にあります。」


 リーピの関節接合部の強度を細かに確認しながら、作業用自動人形も無機質な声で返答する。


 これほどの短期間で新たな身体パーツを用意されることは、かなりの異例であり、厚遇でもあった。実際に製品として販売された自動人形で同様のことをすれば、顧客は連続して莫大なメンテナンス費用と新規パーツ購入費を負担することになる。


 モース主任からの指示であると聞かされ、今まさにパーツ装着が行われている以上、リーピが疑問を抱く余地など無かったが、ただ一つだけ気になることを口にした。


「顔面パーツの造型に変化はありませんか?僕らは街の住民の方々から依頼を引き受けるのが仕事です、容姿が変わってしまうと支障が出ます。」


「初期製造時の設計図面を参照して新規パーツも製造されているため、外観に変更はありません。」


 その返答を聞かされながら、リーピは今まさに頭部の清掃を済まされ、顔面パーツを装備された。


 リーピの視線は真っ先に、このメンテナンス場の隅に設置された鏡面へと向かっていた。ここで整備された自動人形が現時点での自分の姿を認識するための鏡だったが、今のリーピにとっては自分の容姿に変化が無いことを確かめるのが最優先だった。


 今までと変わらず、小柄でほっそりした身体の上に、輪郭こそ幼げながら、あどけなさの足りない、やたらと知性ばかりが先行した目つきの少年の顔が乗っている。身体パーツそのものは完全に新品、すなわち厳密には誰にも見せたことのない姿でありながら、リーピを見知る人間たちからは問題なく同一存在だと認識されるだろう。


 街での依頼引き受けを通じて知り合った人間たちとの交流が今後も円滑に進むことを望むうえで、真っ先に気にするのが外観であることは随分と人間的な発想であった。


 人間を模倣した疑似的な自我を保っているのは内部の思考回路である、とはリーピも承知していたものの、彼の思考パターンはかなり人間に近付いていたのだった。


 耳元で、作業用自動人形の声が響く。


「ここでの処置は全て完了しました。研究棟へと進み、モース研究主任の元へ向かってください。」


「丁寧なメンテナンス、ありがとうございます。ところで、自動人形メーカー本社内とはいえ、僕が衣服を着ける必要はないのですか?」


「すでに装着しています。」


 言われて自分の身体を見下ろせば、確かにこれまた新品の作業服を既にリーピは着こんでいた。


 知らぬ間に、である。


(僕の認知能力が、一時的に遮断された……?)


 服を着せられる過程を、リーピは認識していない。ついさっき、身体パーツを装着した直後の自分の姿を視認したばかりなのだ。


 以前から着続けて汚れていた作業服と同じものは、流石にモース主任も用意できなかったのだろう。似通った色味ではあるものの、以前とは若干ながらデザインの細部が異なっている作業服を今のリーピは着させられていた。


「……どうも。」


 リーピは頭を下げ、メンテナンス設備の社内側出口から外へと出た。


 ケイリーの方も、ほとんど同時に身体パーツの清掃および装着が完了したらしい。隣のメンテナンス設備から出てきた彼女もまた、着慣れていたのと近しいデザインの、新品の作業服を着こんでいた。


 むろん外見も変わらず、細身に引き締まった体型、几帳面の中に模倣表情の揺れが時おり覗く鋭い目つきの顔面である。


 一足先に廊下で待っていたリーピの姿を見て、ケイリーは一瞬足を止め、僅かに表情パーツの緊張を緩めて口を開いた。


「リーピ……よかった、お前の外見が全く異なる物になっているかもしれない、と私は危惧していたんだ。まさか、再び完全に新品の身体パーツが用意されているとは思いもしなかった。」


「僕も、ケイリーについて同様の推測を行っていましたが、あなたも容姿が変わらず何よりです。毎度モース研究主任が僕らへ気をかけていただけるのは有難いのですが、たびたび新規製造の身体パーツを用意されるのは少々過剰な恩寵かもしれません。」


 ケイリーが寄ってきたので、リーピはそこから先は声を低めて喋った。


 周囲に聞かせるべき内容ではないと判断したためでもあり、モースとの会話を行う前にケイリーと共有しておきたい話題でもあった。


 モースとのやり取りを行えば、今まさに思考に浮かんでいる懸念は消し去られるのではないかとの恐れもあった。


「ところでケイリー……先ほどのメンテナンス時、僕らは認知能力を一時的に切られたかもしれません。経過時間が飛んだか否かは分かりませんが、少なくとも僕は衣服を着用する過程を認識していません。身体パーツを装着された後、いつのまにかこの作業服を着こんでいました。」


「……リーピ……!確かに、私も、同じことを気にしていた。この作業服自体に何かあるのかと思って、メンテナンス設備から出る際に細部まで確認したが、何の変哲もないただの作業服だった。」


「流石に、仕掛けがある服をわざわざ僕らに着せることは無いでしょう。より現実的に考えれば、身体パーツ装着後、思考回路を直接弄られたのではないでしょうか。」


 リーピの告げた仮説に、ケイリーも頷いた。


 身体パーツのみならず、自動人形の思考回路を直接調整することもまた、メンテナンスにおいて勿論行われる。こればかりは他の調整と並行するわけにもいかないため、身体パーツが万全となった後、挙動確認も含めて実施される。


 ゆえに実際のところ、新たな身体パーツを装着した直後というのは、自動人形の思考回路を弄る上で現実的なタイミングなのだ。


「これは、モース研究主任にお尋ねすべき項目でしょうか。今回の、製剤会社敷地内における僕らの行動選択に若干の異状があったことを鑑みても、僕らが思考回路に何らかの傾向変化を施された可能性は高いです。」


「決して許容されない質問ではないと思う。私たちの認知能力についてはモース主任が一番よく分かっているだろうし、本気で隠すつもりがあるのなら完全に気付かれぬように実施するはずだ。」


 ケイリーからの返答に、リーピは頷いた。


 文字通りに身も心も委ねたメンテナンスを経て、自分達の思考能力や記憶が保たれているのなら、モース研究主任にとって不都合なことは無いはずだ。リーピとケイリーにとって創造主たるモースは、今なお現実で最も信頼のおける人間に違いなかった。


 ただ、人間の意図通りに扱われ、調整され、意図次第では姿や思考まで変えられる可能性が自分たちにあることは、今さらながらこのメンテナンス処置を経てあらためて認識させられたのであった。

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