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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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依頼28?:製剤会社敷地内罹患者探索

 見張りたちの遺骸を後にし、正門脇の門衛詰め所から製剤会社敷地内へと侵入するリーピとケイリー。


 人間であれば視覚が鈍化する夜間、暗所に溶け込みやすい灰を基調とした迷彩模様の作業服を着こんでいるとはいえ、相手が特異菌糸罹患者となれば話は別である。暗所での生育を根源とする菌糸の性質ゆえ、菌糸罹患者たちも暗所では目が利くのだ。


 とはいえ、宿主たる人間の身体構造を模倣している菌糸罹患者と比べれば、純粋に菌糸の性能を発揮できる自動人形の方が視界確保では有利である。


 外部からの侵入者に対し優位に立たんとする目的ゆえか敷地内の照明は悉く消灯されていたが、自動人形たるリーピとケイリーにとっては活動に理想的な環境が整っていた。


 詰め所脇の塀に身を寄せ、建物の周囲を見回っているのだろう人影が遠ざかるのを見つめながら、リーピはケイリーと体を触れ合わせながら告げる。身体パーツが接触していれば、音声を振動として直接伝達できるため、ごく小さい声量でも意思疎通可能である。


「正面入り口周囲の監視は手薄です。強固に閉ざされている正門からの侵入は、さほど警戒されていない様子ですね。見張りの排除をごく静かに完了できたおかげでもあります。」


「しかし、身を隠せる遮蔽物が非常に少ない。人間としての活動が不要となった今、侵入者にも警戒している彼らは、不要な設備や備品を可能な限り片付けたのだろう。事前に得られた情報と様相が異なる。」


 自動人形をはじめとする菌糸技術が普及した現代社会において必需品となる滅菌剤を、日々絶えず出荷していた製剤会社。


 全国シェアのほとんどを担っていたこの巨大な工場敷地の出入り口となれば、商品運輸用の菌糸動力車が支障なく通行できるよう、メンテナンス設備も充実していたはずである。また、通行する従業員と車両の接触が起きないよう、動線を仕切る柵や誘導表示の看板も設置されていたことだろう。


 だが現在、正門から入った先には何もない、がらんとした空き地が建物まで広がっているのみだった。辛うじて、禿げかけた白線の痕跡が残されているばかりである。ロターク社から供与された敷地内情報とは食い違う内容であり、こうなると当初の予定を修正せざるを得ない。


 敷地内を巡回する見張りが建物の角を曲がっていくのを見つつ、ケイリーが提案する。


「監視が手薄とはいえ、遮蔽物の全く無い広場を突っ切っていくのはリスクが高すぎるだろう。建物外の見張りを避けても、建物内から窓越しに見られる。何も居ないはずの場所で動いている存在がいれば、視野の隅に入っただけでも勘づかれるぞ。」


「そうですね、移動に際しては極力、塀沿いから離れるべきではないと僕も考えます。雨水排出用に、塀に沿って大型の排水溝も設けられているわけですから、身を潜めることも容易です。」


 リーピは頷き、ケイリーと共に身をかがめながら塀沿いの排水溝を進み始める。


 地下深くの下水管と異なり、敷地内のみに巡らされた排水溝は外部と繋がっておらず、ひとたび塀の内側に入ってしまえば警戒されずに進める。特異菌糸が生存のために土壌の水分や養分を徹底的に吸い上げている現状、排水溝の中には乾ききった砂礫が僅かに残留しているのみであった。


 今回の調査の主目的は、この敷地内に居るはずの市長一派が菌糸罹患者になり果てていることの確認である。とはいえ、この広大な敷地内の全員を確認するわけにもいかないことは元より明白だ。調査を強行するあまり、無闇にリスキーな手段を取る必要性はない。


 以前にも清掃作業用の自動人形に紛れてここに来たことはあり、また事前に敷地内の図面を見覚えていたおかげで、リーピもケイリーもここから先のルートに迷うことはない。


「塀沿いの排水溝が最も建物に接近するのは、かつて従業員の休憩用に作られた緑地帯近辺です。現在そこから排水溝へと流れ込む水分の余剰は無いでしょうけれど、そのポイントから罹患者たちの様子を確認できる可能性は高いです。」


「特異菌糸の生存に必要な養分が、緑地を維持しうるほどの土壌に蓄えられているのだから、罹患者たちがその流出を許すはずもないな。」


 ケイリーはそう言って、先行するリーピの背に置いていた手を離した。


 振動伝達による会話も、ここから先は中断すべきと判断したのだ。養分や水分が固定された土壌がむき出しとなっている場所ならば、菌糸罹患者たちがそこに集結している可能性は高まる。


 あるいは、集団で長期間生存するという目的のもとに組織化されているのならば、ただ寄り集まっているのみではないかもしれない。


 その推測は、間もなく的中していることが明確となった。


 塀に沿って掘られた排水溝内を進んでいき、角を曲がった先に緑地帯は確かにあった。同時に、複数名が活動している気配も。


「……!」


 言葉を発する代わりに、リーピの肩に再び手を置いて静止を促すケイリー。


 とはいえ、リーピも同時に前進を止めていた。


 緑地帯は、その光景をすっかり一変させられていたのだ。


 余計な養分を奪われぬようにするためだろう、本来の緑地帯に植えられていた草花や樹木の類は残らず引っこ抜かれ、ゴミ集積場所に積み上げられて萎れていた。


 代わりに、養分を蓄えて耕された土の上には、丸みのある影が、ぽこぽこと小山のようにいくつか並んでいる。


 リーピもケイリーも、最初見た時は、それが何なのか判断できなかった。暗さゆえではない。自動人形の視覚は、暗所でも明所同様に機能する。


 実体があまりに異様な存在だったため、正常な認識か否か、判断に時間を要したのだ。


「膨張した、人体か……?」


「はい。」


 ケイリーは顎をリーピの首筋に押し付け、発声器官の振動を直に伝えられる体勢のまま、最小限の声を伝えた。


 地面に半ば埋もれるようにして並んでいるそれは、ほとんど球体になるまで膨れ上がった人体であった。正確には、下半分が重力にしたがってつぶれているため、半球に近い形状である。


 かろうじて元人体だと判断出来たポイントは、盛り上がった肉の小山の頂点に、頭髪を生やした僅かな突起が残されていた所だ。それが無ければ、じっとりと水分が滲み出す、皺の縦横に走った皮膚の袋にしか見えない。


 いや、もう一つ、人間の形を保っていた頃の名残が、おそらく背面と思われる位置に残されていた。


 その人間が元々着ていたのだろうシャツが、今や肥大した胴体を包めるはずもない頼りない布切れと化して、袖から抜けないままの両腕を縛り上げている。胴体の肉にほとんどが埋没した腕は、退化しきった指先ばかりがシャツの残骸の袖から飛び出している。


 ほぼ球体の肉塊と化した菌糸罹患者の背に、飛べようはずもない矮小な翼の如き形状を与えていた。


 身体が肥大するにしたがってちぎれ落ちたのだろう、上等なネクタイがすぐ近くで土にまみれていた。それを見つめながら、リーピも身体を密着させているケイリーにだけ伝わる声量で答える。


「市長夫人の末路と同じです。」


「養分貯蔵に特化した発達か。」


 生存に大量の水分と養分を必要とするため、長期間の活動が困難な特異菌糸。


 とはいえ、全く自分の身体を動かす必要のない状態で、潤沢な水分と養分を得続けていれば、枯死を遠ざけようと過剰摂取の末に極度な肥満を引き起こす。消費量が膨大であるがため、消費が途絶えた分すべてが蓄積に回るのだ。


 市長邸宅の地下室にて、ほぼ動くことなく生存し続けていた市長夫人も同様の状態となっていた。枯死とは真逆の末路とはいえ、身動きが困難な体型に発達してしまうこともまた、生存には不利な生態に違いなかった。


 が、しかし外部からの供給や、脅威の排除を担当する別個体の協力を得られる場合は、話が別である。


 既存生物の中にも、社会生活を営む蟻の一種には養分貯蔵に特化した個体をつくる生態がある。それと同じ生存戦略を、人体に感染した特異菌糸は実行しているのだ。


 しかも動物ではなく菌糸が主体であるため、土壌に接触している部分では植物の根に似せて菌糸を張り巡らせ、養分や水分を吸い上げることも可能である。本来の人体構造に則っての経口摂取にこだわる必要もないのだ。


 土壌は掘り返されており、自動人形でも明確に分かるほど異臭を放っていた。養分源となる物質を、あまさず土壌に含ませているのだろう。以前大量購入された液体肥料のみならず、攫ってきた近隣住民の肉体も、一部が切り刻まれ、ここに撒かれたのかもしれない。


 肉塊の小山と化した人体の下部、綿の様に繁茂した菌糸が広がっている様を見つめながらリーピは言う。


「地中で急増した養分を吸いあげる構造、ですね。」


「菜園で肥育する人体……か。」


 ケイリーの声は、隠れ続ける必要性のためのみならず、極低くなっていた。


 養分蓄積に特化し膨れ上がった人体が、生存の形として最適解であるか否か、判断が下せる段階ではなかった。


 これは、自然淘汰を全く経ずに得られた生態であった。既に個体数を増やしていた人類に、後天的に感染した特異菌糸が試行錯誤を行う過程、その最序盤に過ぎないのだ。


 ただ、自動人形としての判断能力しか持ち得ないリーピとケイリーながら……これが人間の受ける扱いとして、全く想定の許されざるものだとの思考が無いわけではなかった。であればこそ、最初この光景を見た時、正体を判別するのに時間がかかったのだ。


 進化というよりも、局地的なニーズに応じて見いだされた人体加工と呼ぶべき状態だった。


 地面に菌糸を張り巡らせ、膨れ上がった胴体の人間たちが、もともと誰だったのか判別できるはずもない。上等なネクタイをしていたと思しき痕跡から分かるのは、市長派の議員か秘書のいずれかであったろうことだけだ。


 とはいえ、養分貯蔵の要がここまで無防備な状態で放ってある時点で、特異菌糸罹患者たちは警戒すべき存在が敷地内に居ないと判断しているのだろうとの推測は立った。製剤会社を占拠した市長一派が全員、残らず特異菌糸に感染している、と考えて差し支えないだろう。


 周囲を見渡し人影がないことを確認しながらリーピは言う。 


「正門の見張りが無力化されたことに気付かれれば、この場所の警戒は一気に厳重となるはずです。侵入の事実に気付かれる前に、貯蔵特化型の罹患者を枯死させましょう。」


「あぁ、たしかに菌糸罹患者たちの生存に有利な条件を、あえて残すべきではないだろうな。」


 ケイリーも、視線を前へ向けながら答える。


 現状の事実を確認した現時点で調査を打ち切り、このまま侵入経路を引き返して脱出しても良い。


 が、正門の見張りに滅菌剤を注入して無力化した事実はほどなく露呈する。侵入の痕跡が明確となれば、いよいよもってこの製剤会社敷地を占拠した特異菌糸罹患者たちは籠城の態勢を硬くするだろう。


 養分や水分の補給さえ出来れば、睡眠も休憩も必要ない特異菌糸。堅固な塀の内に籠る彼らの元へ踏み込むのは、ますます危険を伴うはずだ。彼らが人口密集地への大規模感染を企図する可能性を鑑みれば、放置することも出来ない。


 一方で、補給の目処が無くなれば、人間以上に兵糧攻めに弱いのもまた特異菌糸である。


 今ここで、地中からの養分集約および貯蓄に特化した個体を死滅させておけば、菌糸罹患者たちの補給手段は格段に弱体化する。この製剤会社敷地を鎮圧するのみならず、無力化して捕獲、感染経路や生態の変化を研究する材料も得られるはずだ。


 殊に、ロターク社は期せずして、本来は門外不出だった特異菌糸について実地試験同然の成果を入手できることになる。


 リーピはケイリーと暫し目を見合わせ、小さく頷き合い、粘液タイプ滅菌剤の注入器を手にし、排水溝から外へと身を乗り出しかけた。


「……!!」


 が、ケイリーはすぐさまリーピの肩に手をかけ、彼の動きを制した。


 何者かの足音が近づいてくる。


「おや?誰か、いないのですか?おーい?」


 聞き覚えのある、甲高い声。どれだけの喧騒の中でも、自分の言葉だけは意地でも通す声質。


 すんでのところで身を潜めたリーピの視線の先、声を張り上げながら現れたのは恰幅の良いスーツ姿の男……ガリティス市長であった。

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