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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
不審の探求に覗かれる兆し
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ポームへの調査結果報告および今後の意思確認

 リーピとケイリーの帰りを、ラーディの靴工房にて待ち続けるポーム。


 既に入っていた靴作り作業がひと段落し、その合間に思い立ってポームのための靴を設計し始めたラーディは、既にミシンで縫い上げた仮製作の靴をグラインダーに掛け、形を整えていた。


 初めて見る靴のオーダーメイドの現場に、すっかり興味を惹かれたポームは立ち上がってラーディの手元を覗き込んでいる。


「もしかして、もう完成しちゃったんですか?ついさっき、私の足の形を確認したばかりで……。」


「いえいえ、これは仮素材で作った試着用のモデルです。実際に履いて歩き回っていただかないと、履き心地は確認できませんからねぇ。もちろん、この時点でもあなたの足に極力合わせているつもりではありますけど。」


 グラインダーを止め、ラーディは出来たばかりの仮製作靴を左右揃えてポームの前に差し出した。


 目視と手先の感覚だけで削られたソールは、見事な左右一対の対称となっているようだった。実際には、既にラーディが掴んでいるポームの歩き方の癖や、左右にかかる体重のバランスに合わせて僅かながら非対称となっている。


 ラーディから促されるままにスツールへ腰掛け、仮製作の靴を履かされたポーム。


 しっかりとした革が柔らかに足を包んだ時点で、彼女がこれまで履いてきたどの靴とも異なる品質は明瞭であった。


「すごい……ぴったりです。あんな短時間で書いた型紙で、ここまで合わせられるだなんて……。」


「いやいやいや、ちゃんと立って歩き回ってみてくださいよ。動かない状態で足の形にピッタリだなんて、そりゃ当たり前の話ですよ。ほらほら立って立って、ぐるっと工房の中を歩いて回ってください、狭いですけど。」


 急かされて立ち上がったポームは、おずおずと一歩一歩足を進め始める。


 歩き回ったところで靴の中で足が擦れるような感覚は無く、靴底は足裏をしっかりと支えて履き心地は充分であった。真剣な眼差しで足元を見つめてくるラーディに対し、ポームは告げる。


「歩いても、全然変なところは無いです……このまま、これを完成品としていただきたいぐらいです。」


「ポームさん、緊張しちゃってません?ごめんなさい、私がグイグイ距離を詰めちゃってるせいですかね、ここに来られた時とは歩き方が明らかに違っちゃってますよぉ。普段の歩き方を、あらためてじっくり見させていただきたいですねぇ。」


「あ、歩き方……ですか?そこまで見られてたんですか。」


「私が見てるのは、足の形が全てじゃないです。歩く癖、体重の掛け方まで、靴作りでは気にしなきゃ、なんですよぉ。その人がどれだけ気を抜いた歩き方をしても、それこそ靴を引きずるような歩き方でも、足を傷めないような靴を目指して作ってるんです。」


 視線は靴へ向けつつも、熱く語るラーディ。休みの日など、暇さえあれば街へ出ていって、往来する人々の足元を見つめ続けているラーディの職人魂であった。


 再びラーディから促され、あらためてポームは出来るだけ緊張を抜いた歩き方を試みた。


 ……しかし、むしろぎくしゃくとした足取りになってしまう。


 無理のないことであった。ポームの胸中を占めている緊張の主体は、この場での表面的なものではない。


 リーピとケイリーが調査現場から戻ってきた時、ポームは、兄であるソントが菌糸罹患者であったか否か、調査結果を告げられることになる。ポームにとって唯一の家族であるソントが菌糸罹患者であり、すなわちもう助からない状態となり果てている可能性は、濃厚であった。


 よたよたと歩いているポームをしばらくラーディは見つめていたが、思い出したように口を開いた。


「あっ、そうだ、靴の履き心地の確認だけじゃなくて、お好みのデザインもお聞きしておかなきゃ。」


「で、デザイン?」


「そうです、やっぱり日常的にお客さんご自身の一部となる靴ですからねぇ、履いて気分が上がるデザインじゃなきゃ、ですよぉ。どんなのがお好みでしょうか、私に任せたら田舎出身の野暮ったいセンスで固めちゃいますよぉ。」


「わ、私だって、素人ですから、デザインなんて全く触れたこともないんですけど……。」


 ポームは言いながらも、工房の隅へ向かっていったラーディが戸棚から取り出した分厚いスケッチブックへと、視線が吸い寄せられていた。


 パラパラとめくられていくページはいずれも煤けたように黒ずんで、各ページにはこれまでラーディが手掛けてきた靴のスケッチ、パース、三面図が、用いるべき素材等を示すびっしりとした文字とともに描きこまれている。


 ラーディ本人が描いたものゆえ当然ながら、どのページに何があったか、彼女は全て記憶しているのだろう。スケッチブックを手早くめくっていく動きを止め、ひとつのページをラーディは差し出した。


「これなんてどうです?ブランドさんみたいにスタイリッシュなデザインには到底及びませんけれど、靴擦れやマメとは無縁な歩きやすさと両立した、女性向けデザインですよ。」


「……目立ちすぎなくて、かわいいかも……。」


 抱え込んでいた不安を一時忘れ去ったように、ポームは目の輝きを取り戻してスケッチブックの方へと歩み寄っていた。


 その瞬間を、ラーディは見逃していなかった。


 手にしたスケッチブックをポームの方へ差し出しながら、ラーディの視線はポームの足取りを鋭くとらえた。


「なるほどぉ、ポームさんは靴底が擦り減ってしまうのを気にしちゃって、踵を出来るだけ擦らないように爪先から地面を踏むような歩きの癖がついちゃってるんですねぇ。ポームさん、体重が非常に軽いから目立たないけれど、これなら足首でしっかり支えて、靴の中で足が擦れにくい構造が良さそうですねぇ。」


「あ……今ので、私の歩き方、見たんですね。」


「何気なく歩いてるところ、どうしても見させていただきたくって。もちろん、お好みのデザインをお聞きしたいのだって本当ですよ。このスケッチをベースに、いろいろとポームさんらしいアレンジを描いてみますので、じゃんじゃん注文を言っちゃってくださいねぇ。」


 椅子を引き寄せて座り、古いスケッチブックに新しいスケッチブックを並べ、木炭筆の先を削りはじめるラーディ。


 ポームも彼女の隣にスツールを持って行き、肩を並べて座り、人生で初めて自分のために作られる靴のデザイン案に、目を輝かせ始めた。


 余りに多くの苦難を越えて来なければならず、今後も越えねばならないポームは、ごく一時の安寧とて拒みはしなかった。


―――――


 ポームの兄、ソントの住まうアパート前で特殊清掃局の到着を待ち、ソントの身柄確保、現場の滅菌処理、そして警邏隊からの事情聴取まで済ませたリーピとケイリー。


 ラーディの工房へと戻ってくる頃には、すでに夕映えの頃を過ぎ、薄暮が迫っていた。大規模感染の兆候についてフィンク議員へ情報提供を早めに済ませておいて正解であった。


 まだリーピとケイリーの頭や肩に積もっている真っ白な滅菌剤ばかりが、工業区画の路地を歩む薄闇のなかで浮かび上がって見える。


 その粉を極力払い落としつつ、リーピは口を開いた。


「ソントさんが特異菌糸に感染していたこと、すなわち実質的には既に亡くなられていたことに関して、妹であるポームさんにはどのようにお伝えすべきでしょうか。むろん、調査結果が明瞭となった今、伝えるだけであれば容易なことではあるのですが。」


「私たち自動人形とは違う、ポームが人間として有する感情を鑑みれば、事実を淡々と告げても彼女が現実として受け止めるのは困難かもしれないな。とはいえ、少なくともポームが済んでいたアパートの一室は今ごろ滅菌剤まみれだ、マトモに生活できる状態にない。」


「何も知らせずに彼女を帰宅させては、より衝撃的な現場の状況を見せつけてしまう結果となってしまいます。伝えないという選択肢はありません。」


 ケイリーと頷き合ったリーピは、ポームへと告げるべき言葉を選び組み立てつつ、ラーディの工房入り口がある路地へと入っていった。


 幸いなことに、リーピとケイリーは帰ってきてすぐ調査報告を行わねばならない立場に置かれたわけではなかった。


 ラーディとポームは、靴のデザイン案をあれこれと描きこんだスケッチブックを前にして、話に夢中となっていたのだ。


「せっかくですので、ソールはこちらのベージュでお作りしましょうかねぇ。真っ黒や真っ白と違い、汚れや擦り減りが目立たない色味の方が、長く履き続けても靴全体が消耗している感じがしなくていいんですよぉ。」


「え、でも、あまり注文が入らない色味の素材が余っているから、私のために靴を作ってくれるということだったのでは……?」


「いやいやいや気になさらないでください、もちろん私も商売で靴職人やらせていただいてますけど、でも一番うれしいのは靴作りに一緒になって向き合ってくれる方に履いていただくことですからねぇ。私の方も、まだまだ疎いファッションのセンスを磨く、良い機会をいただけました。ポームさんみたいに細い足に、ちょっとアンバランスなゴツめのデザインは意外とクールに合うんですねぇ。」


「私も、もしも自分で靴を買えるなら、小さめの靴を選んでたと思います。これも、ラーディさんの造る靴が軽くて履きやすいおかげの新発見ですね。ホントに、お代はお支払いしなくても良いんですか……?」


「構いませんって、私の大好きな靴について、今日は丸一日お喋りにもお付き合いいただいちゃったんですもの。ありゃ、もう外が暗くなって……。」


 工房から外へと視線を向けたラーディは、入り口に滅菌剤まみれ姿のリーピとケイリーが立ち並んでいるのにようやく気付いた。


 言葉を途切れさせたラーディの視線を追い、ポームも同じくリーピ達の帰還に気づく。


 リーピは伝えるべき言葉を思考回路内でしっかりと選別したところであったが、そもそも滅菌剤の白粉が身体にまとわりついた姿であるため、既に調査結果は雄弁に語られていた。


 ポームの表情から、笑いが消えた。


 だが、頬の紅潮がすぐに失せるわけではなかった。もしも、ラーディとのお喋りを直前まで楽しめていなければ、いよいよもってポームは顔面蒼白になってしまっていただろう。


 調査結果が出るまで待たせる間、ラーディのもとへポームを預けたのは正解だった……そう考えつつ、リーピは口を開いた。


「ポームさん、今回の調査結果を報告いたします。お兄様であるソント氏は特異菌糸への感染が確認され、さきほど特殊清掃局および警邏隊によって身柄を搬送されました。居住されていたアパートの部屋は、滅菌剤の散布が行われたため、当面の間は進入できません。」


「……そう、ですか。……私の気にしすぎ、なら良かったんですけど……やっぱり、そうだったんですか。」


 ポームは、工房のスツールに腰掛けたままうなだれている。


 彼女の真隣りで、ラーディもしばらく言葉もなく、じっと沈黙していたが……ラーディはすぐにペンを手に取り、今しがたポームと共に決めた靴の仕様書を作成し始めた。


 それはポームが今後も生きて長く履き続けるための靴を、確かに完成させるとの証書であった。


 ペン先が紙面を走る音と共に、リーピは言葉を続ける。


「アパートの部屋の原状回復についてはご心配なく、菌糸感染の事実は確定しているため管理会社には警邏隊が話をつけます。今のうちに、住居内にて貴重品や回収しておきたい品は残されていませんか?室内の家具や私物は、部屋の復旧手続きが始まり次第すぐに焼却処分されますので、現段階で申し出があれば警邏隊が回収を行ってくれます。」


「いえ、そんな貴重品は、何も……身分証とか、大事なものは、全部もう持ち出してますので……。」


 ポームは、おそらく財布を入れているのだろう、ズボンの膨らんだポケットを上から力なく握りしめていた。


 リーピとケイリーの探命事務所へ連絡を入れた時点で、彼女も結末は既に予測し、覚悟していたのだ。


 さきほどリーピ達が抱いた懸念とは異なり、調査結果を現実として受け止めることについてであればポームは充分に可能であった。ラーディが曲りなりにも談笑する余裕を、ポームに与えていてくれていたおかげである。


 とはいえ、大幅に気力を削られた個人が、ここから先に為すべき手続きをすぐさま開始することは困難だ。


 本来の依頼は調査だけであったが、リーピは探命事務所として必要とされる働きを現状に見出していた。


「菌糸汚染の発生によって現住所が被害を受けた市民に対し、汚染の認定された当日から仮住居を提供する市の制度があります。ただし、専用の書式で申請を出した後、本人確認はもちろん必要ですし、さらに申請者が菌糸に感染していないかの検査も必要であり、実質的には一日のうちに申請が通ることはありません。現場での状況確認が終了したのがこの時刻であるため、市役所の窓口も閉まっています。」


「仕方ないです。そもそも、現場に駆け付けた警邏隊の方たちは、そこの住民である私を呼びに来ることもなかったんですし。」


 ポームの言葉を受けて、作業台に向かっていたラーディは声を上げる。


「そっ、そう言われれば、一番の被害者であるラーディさんに警邏隊が何も言いに来ないの、おかしいですよぉ!?ちょっと今から、私が警邏隊の詰め所に行って、フィリックを呼びつけてやりましょうか!」


「落ち着いてください、ラーディさん。彼らの仕事は、現場を速やかに滅菌し、菌糸汚染拡大を食い止めることですので。それに……警邏隊が遺族の存在を確認することは、指示されていません。」


 リーピになだめられ、ラーディは腰を下ろす。警邏隊にも、事情があった。


 いちおう市民を救済する制度を用意している役場が、最も厭うのはその制度を利用しようとする市民からの申請である。


 菌糸汚染の発生が確認された時点で、彼らが確認するのは遺族の有無である。菌糸汚染を生き延びた遺族がおり、その住居を世話する責務が暫し街に発生しかねないとなった場合、特殊清掃局や警邏隊に現場確認を長引かせるよう裏の指示が飛ぶ。積極的に遺族の存在を捜索することなど、ますますもって歓迎されない。


 どれだけ急を要する状況があったとしても、申請受付時刻を過ぎ、窓口のシャッターを閉めてしまえばその日、役場の仕事は増えない。その後、失意の底にある遺族が申請を行う気力もないまま、仮住居提供制度の期限が過ぎてしまえば御の字だ。


 役場で働く人間の、怠惰の極地であった。


 リーピからの説明は、少なくとも今後途方に暮れることになるだろうポームに現状を伝え、解決策を提案するためのものだった。


「ですので、ポームさんにはしばらく僕らの事務所内で過ごしていただく準備があります。次の住居を探すお手伝いも、協力させていただきます。相応のお代はいただきますが……。」


「……ですね、協力してくれる方が居ないと、私も行くあてが見つからないでしょうし……。」


 リーピとケイリーには、ディスティと出会った時の記憶が鮮明に残っていた。


 この街では、やせ細った少女が路地で行き倒れていても、誰も救いの手を差し伸べたりしない。何の得にもならない行為に、労力を割く市民は居ない。利益を見出された場合は、話は別だが。


 ポームを放っておいても救いが訪れることは期待できない以上、リーピ達も看過する選択肢は択び難かった。この直近で、フィンク議員にはかなり手を貸している。フィンク議員からの協力を得られれば、身寄りの無い少女に住居を世話するぐらいは造作もないだろう。


 が、ここでラーディが声を上げた。


「あのぉ、リーピさん所の事務所って、トイレとかお風呂とかないですよねぇ?前に、私が行った時に気になったんですけど。」


「……そうですね。清掃用の水道だけは通っていますが。自動人形には不要な施設については、失念していました。」


「でしたら、ポームさん、私のうちに来ませんか?せっかく、これだけ仲良くなれたんです。明日は工房も休みですし、いっしょに夜更かししてお喋りしたり……どうです?」


「えぇと……。」


 唐突な提案に、ポームは流石に戸惑いを見せたものの、表情からは翳りが僅かに除かれた。


 リーピとケイリーも、ラーディの提案には肯定的であった。無機質な自動人形と共に事務所で夜を明かすよりは、この災難の中でも得られた友人と共に一晩を過ごす方がよほど良いだろう。


 ポームは自らの感情をどうにか抑えてはいたものの、天涯孤独となったばかりなのだ。


「では……お言葉に甘えて、ラーディさんのお宅に、お邪魔させてもらっても……いいですか?」


「いいですもなにも、こっちからお願いしたいところですよぉ。いやぁ、実は初めてなんです、女子会みたいなお泊りするのは。お泊りって言っても自宅ですし、私も女子なんて言える年齢じゃないかもですけど、へへ。」


 ポームの手を取りながら、浮き浮きとした声で喋るラーディ。受け止め難い現実とはいずれ直面せざるを得ないにせよ、そこから暫し距離を置くべき今のポームには確かに必要な友人だ。


 今までずっと孤独だったラーディも、確かに嬉しそうであった。

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