滅菌部隊封鎖任務開始 フィンク市長による尋問
ロターク社滅菌部隊による街全体の封鎖は、モース主任がリーピとケイリーに対してだけ予告していた通り、夜明けと共に実行された。
街の内外を繋ぐ道路は、主要な幹線道路は勿論ながら地元民しか知らぬような細い路地に至るまで、水も漏らさぬ厳戒態勢で封鎖されている。
もとより一切の出入り許可を想定していないため、検問のようなものすら設置されていない。昨日から夜を徹して、膨大な量の作業用自動人形が搬送してきた金属製の壁面が、あらゆる道路や建物の隙間を遮るように幾枚も立ち並んでいる。
いずれも地中深く打ち込まれた楔で固定されており咄嗟の除去は不可能であるが、これもあくまで応急的に設置された遮蔽であろう。金属製壁面の外側では、既に建材を満載した菌糸動力車や大型作業用自動人形が続々と到着し、恒久的に街を外部と隔離するための壁を建築する準備が進められていた。
さらには、土壌中を移動して外部へと繁茂の手を伸ばそうとする特異菌糸の挙動も初手で挫くべく、ロターク社謹製の粘液タイプ滅菌剤を地中へ注入するポンプが壁面に沿ってズラリと並び稼働し続けている。
高価すぎるため市の特殊清掃局が満足に導入できずにいる粘液タイプ滅菌剤を、販売元のロターク社自身は惜しげもなく街の外周全体へと垂れ流しているのだ。つぎ込まれている莫大なコストを鑑みても、現代社会にて最大規模の企業が、いかに本気で街の封じ込めを行おうとしているかは明白であった。
公式な予告を受けていないフィンク市長が、自分の街を唐突に大企業によって封鎖されたことについて、動揺しないわけがない。
「滅菌部隊で助けに来るわけでもなく、外部の医療機関に協力を要請するでもなく、この街を最初っから孤立させるつもりで動いてやがる。いよいよ人間性を擦り切らしたか、大企業めが。」
むろん彼とて、雨が降れば土壌中に残留していた特異菌糸が活性化する可能性については理解している。
とはいえ、その菌糸の大半が枯死したと思しき現状、街そのものの封鎖を行うのは極端すぎる決断だとしか思えなかった。
市長は、ロターク社との繋がりを有している存在が市内に残っていれば、例外なく自らの元へ召喚した。自身も各部署との書面上でのやり取りを続けつつ、ロターク社から秘密裏の指示を受けていないか、ロターク社の動向や意図について知っていることはないか、と執務机越しの詰問を続ける。
その大半は、市庁舎の警備のため購入した警備用自動人形たちだったが、いくら問い詰めたところで何も有用な情報は引き出せまい。自動人形たちはただ命令に従って市庁舎周辺を警備していただけであり、質問の仕方をいかに変えようとも、開示できる情報は全て最初から隠すこともない。
すなわち、いずれの個体も「ロターク社の意図については何も知りません」としか答えないのだ。
後手に回った自分の行動がことごとく空回りしているのを実感しつつも、フィンク市長は禿げあがった頭をコツコツと叩いて自身の苛立ちを宥めていたが、流石に彼も海千山千の政治家、手詰まりを突破する糸口を見出すには時間がかからなかった。
「そういや、警邏隊の連中、妙に動きが迅速だったな……?」
相変わらず復旧していない菌糸通話線の代わりに連絡手段として走り回っている秘書たちの一人を呼び止め、フィンク市長は警邏隊長を急ぎ連れてくるように告げた。
その後もロターク社製警備用自動人形への実り無き詰問が数回繰り返されたのち、フィリック警邏隊長は市長秘書によってほぼ連行されるがごとき状態でフィンク市長の眼前に顔を出した。
警邏隊長が現れれば時を置かず尋問に掛かろうと考えていたフィンク市長であったが、フィリック警邏隊長の目の下にくっきりと隈が浮かび、顔面の血色も薄れている様を目の当たりにして考えを変えた。
「その様子じゃ、一睡もせず駆けずり回ってたみてぇだな。おい、警邏隊長さんを座らせてやれ、一番いい茶を淹れろ。」
「あぁ、いえ、どうかお構いなく。自分は用件が済めば、すぐに持ち場へ戻らねばなりませんので。」
「市長に遠慮すんじゃねぇよ。それに、お忙しいところ呼び出しちまって悪いが、すぐに済む用件、ってワケにもいかねぇんだ、警邏隊長殿。」
執務机を離れたフィンクは、ソファに座らされたフィリックに向かい合うように、ローテーブルを挟んで反対側のソファに腰掛ける。
フィリックはすぐにでも立ち上がれるように浅く腰掛けていたが、そう簡単に帰すつもりもないフィリックはテーブル上に盛ってあった茶菓子を薦めながら口を開いた。
「ロターク社の連中がウチの街を完全包囲して封鎖しやがった件、最初に俺の耳に入ったのは夜明けとほぼ同時だ。夜明けっつっても、雨雲のせいで真っ暗な頃だったがな。暗闇の中でも街外れの異変に気付くほど秘書が優秀じゃなけりゃ、俺は異常事態に気づきもせず寝てたこったろうな。」
「えぇ、自分も、ロターク社が予告なく、この街の市民たちの生活も顧みることなく、一方的に封鎖を行った事実を知らされ、非常に驚かされました。」
「……予告が無かったわりには、警邏隊の各街区への配備、随分とスムーズだったじゃねぇか?そも、俺の秘書だって、朝っぱらからやけに警邏隊連中が街を走り回ってるのを見て、違和感に気付いたようなもんだ。」
市長から告げられる言葉を前に、フィリックは押し黙る。
返答を明確には求められていない状況では下手に口を開くまい、としているフィリックの腹の内は、フィンク市長には易々と透けて見えた。絶対に嘘をつかない自動人形が相手では発揮できないフィンクの観察眼であったが、嘘や感情を反応に含む人間に対しては存分に効果を発揮するのであった。
ソファの背もたれに預けていた身体を起こし、フィンクは多少前のめりになってフィリックへと尋ねる。
「あまり身内を疑いたくはないんだが……ロターク社が今朝になって街を封鎖すること、警邏隊にだけは知らされてたんじゃねぇのか?だとしたら良い案だ、街中の情報統制なら、その街を知り尽くしてる連中に任せるのが一番だからな。それに抜け道ひとつ残さず封鎖するってのも、現地の土地勘がある人間の協力がなきゃ難しいこったろうな。」
「そのような事実はありません。あくまで警邏隊は、街の外縁部に企業の滅菌部隊が集結しているとの通報を受け、各街区へ警邏隊員を送っただけのことです。」
「ま、お前さんの立場じゃ、そう答えるしかないか。ほとんどの市民が寝静まってる時間帯に、誰が街外れの暗闇に紛れてコソコソ準備してる滅菌部隊に気付くんだ?って疑問は残るが……偶然にも夜勤中の労働者が気づいた、とでも言いたいか?しかし労働者風情が、真っ暗な中で集団を目撃して、ロターク社の滅菌部隊だと気づく、ってのも不自然な話だな?」
再び、フィリックは口を噤む。
しかしフィンク市長は、次なるフィリックの言葉を引き出すための労力を支払う必要はなかった。言い逃れるためではなく街の治安維持を優先したいがため、フィリックが警邏隊長としての仕事に戻りたがっていることは紛れもない事実であった。
「フィンク市長、我々警邏隊がロターク社と連携し、街の封鎖を行っているという推測は完全に誤りです。むろん菌糸の感染拡大を防ぐことは重要な任ではありますが、それ以前にこの街の市民の暮らしを崩壊させないことが、街の警邏隊としての第一目標です。事態の混乱を収拾するため、市長におかれましても警邏隊を信頼し今後の活動をお任せいただけますでしょうか?」
「あぁ、そうするとも。何にせよ、街の外から人を呼べるわけでもねぇんだ、お前らにおまわりさんを任せる他に無ぇ。ただ、身内に虫が入り込んでる恐れは、極力残したくない。なぁ、正直に答えてくれ。お前ら警邏隊が、今の状況を事前に察知できてたってのは隠しようがないんだ。どうやって情報を入手した?」
「……。」
「答えてくれよ、俺だって警邏隊の連中を信頼してやりてぇんだ。いつ背後から刺されるとも知れん状況で、大企業を相手に戦わにゃならん立場の苦労も分かってくれるか?」
フィリックの視線が大いに泳いでいることから、フィンクは相手が返答するか否か尋常でなく迷っていることを明瞭に察していた。
沈黙の中でも、フィンク市長の推測はごく素早く組み立てられていった。
もし仮に、ロターク社と警邏隊が実際に連携していたのなら、むしろ警邏隊は敢えて遅れて活動するはずである。今回のように、わざわざ市長から疑いの目を向けられるほど素早く行動開始するような選択は、積極的には採らぬだろう。
それに、フィリックは退屈なほど潔癖で正義感を大いに備えた男だ。彼が不自然さを疑われることなど厭わず、急な封鎖で市民が混乱に陥りかねない街全体に治安維持目的の警邏隊派遣を行ったのも、純粋に街の市民を危険から守るためだと考えて差し支えない。
ならば情報源は、ロターク社の手の者でありながら、事前に察知させまいとする本社の意図から敢えて外れることが出来る存在ということになる。
「早く持ち場に戻りたい警邏隊長さんが、そこまで言葉を詰まらせるってことは、言っちまったら情報提供者にご迷惑をおかけしちまうから、ってことか?」
「いえ……その……。」
「アンタは潔癖すぎだ。嘘を吐くぐらいの鷹揚さは身につけてもいいんじゃねぇか、警邏隊長さん。そんだけ無言を続けたら、ほぼ答えを言っちまったようなもんだ。リーピとケイリーだろ。あの人形ども、気味悪いほど人間臭いところがあるんだよな。ちょくちょくロターク社との繋がりも匂わせてやがったし。」
フィンクの推測が図星であることは、もはや隠し事など出来ていないフィリック警邏隊長がはっきり慌てた表情を浮かべたことで明らかだった。
フィリックが何を危惧して、そのことをずっと黙っていたのかについても、フィンクの推測通りであった。フィリックは警邏隊長の制服に皺を寄せつつ身を乗り出し、焦り気味に告げた。
「かっ、彼らを呼び出すのは、勘弁してやってもらえませんか?現在、リーピとケイリーには、旧市長邸にて前市長ガリティス氏の下で働いていた元執事さんの介助を依頼しているのです。元執事さんはご高齢のため、ほぼ常に付きっきりで看なければならない状態にありまして……。」
「そんぐらいは知ってる、前市長の関係者を気に掛けにゃならん義理など俺には無いが……介助担当を呼び出したせいで老人ひとり死なせた、となれば俺の評判に響く。直接、リーピとケイリーの居場所へ、俺じきじきに出向くことにしてやる。俺も暇じゃねぇんだが、ロタークの内通者、その最有力候補を炙りださねばならんとなりゃ話は別だ。」
「しかし市長、あなたが秘書たちを引き連れて踏み込んでいくのは、旧市長邸の元執事さんにとって大いに心的な負担となりかねません。また、市街内での特異菌糸活性化は既に進行中でして、市長ご自身の安全性にも懸念があります。」
制止するフィリックの声を背にしつつも、フィンク市長は既に席を立ち、雨天用のジャケットを羽織り始めていた。ドア越しに会話の流れを聞いていたのか秘書たちも時を同じくして部屋に入り、市長が外出するための支度を開始している。
市庁舎に残る秘書へ指示のメモを書きつつ、フィンクは返答する。
「俺がどこにでも行けるように、当のロターク社に大金を払って最新鋭の警備用自動人形を導入してんだ、当然ながら俺の護衛をそいつらにやらせるに決まってるだろ。緊急事態に、市長が市庁舎に引きこもって現場を全く見てねぇ、ってワケにもいかない。他でもない警邏隊長さんが、ついて来てくれたって構わねぇんだが?」
「……いえ、先ほども申しましたとおり、自分は本来の持ち場に戻らねばなりませんので。警邏隊員に通達して、市庁舎から住宅街までの経路を重点的に警戒するよう指示しておきます。」
「俺のことは、一般市民と平等に扱ってもらって構わんぜ、所詮は対処が後手に回る程度の市長なんだからな。優秀でいらっしゃる警邏隊とは違って。」
皮肉交じりの言葉を口にしつつも秘書に留守中の指示内容を手渡しているフィンクに一礼し、フィリックは急ぎ足で部屋を出た。
市庁舎から警邏隊詰め所へ戻るまでの道は、なおも激しく降り続ける雨で白い水煙が立ち込めている。この一帯の路面は舗装されているのだが、既に側溝を泥混じりの水が勢いよく流れ続けていた。
そして……等間隔に植えられている街路樹の根本にはいずれも、旺盛な繁殖力で地中から湧き出してきたのだろう、白い綿のような菌糸の塊がこんもりと小山を作っている。
「ちぎれた菌糸が路面の水と一緒に流れれば、感染機会は格段に増えてしまう。市民に外出を控えさせるだけでなく、浸水の恐れがある地域では高所への避難を指示しなければ。」
生身の人間であるフィリック自身も危険にさらされる状況に違いなかったが、彼は自らの役目を果たすべく警邏隊詰め所へと足を急がせた。




