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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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街が蓋される 最後の晩に

 リーピが待つカッシング宅へと、ケイリーが戻ってきたのは夜半過ぎのことであった。


 ラーディとケイティーに必要事項を伝えて戻ってくるにしては時間がかかり過ぎだったが、ケイリーの帰りが遅くなった理由をリーピは充分に推測できた。


 滝のような雨音が深夜の家の中を騒がせぬよう、速やかに玄関扉を閉めたケイリーが、雨水のしたたるジャケットを脱いでいるのを手伝ってやりつつ、リーピは言葉を掛けた。


「チャルラット先生とディスティさんにも、街の封鎖予定についてお伝えしたのですね?」


「あぁ、やはり二人とも、この街に残って仕事を続けるとの決断を示した。菌糸感染の蔓延に備え、防護服の予備を相当数確保すべきとの判断材料を得られたことについてのみ、礼を言われた。」


 この街の市長から活動を黙認されているからこそ、仕事を続けられている闇医師チャルラットと看護師ディスティの判断は、元より推測された通りであった。


 ほぼ確定したこととはいえ、まだ公にも現実にもなっていない街の封鎖を理由に他の街へ移転することが難しいのは、裏社会の人間との繋がりが少なくない闇医者となれば尚更であろう。片手で数えられるほどの顧客しか抱えていないラーディですら、現時点で街を去る決断を下すには相当に思い切らねばならなかったのだ。


 一般人と違って、急場で判断に迷う時間をそう掛けないだろう面々とケイリーとの対話はすぐに済んだと思われた。


 靴を脱いだケイリーに、水気を拭き取るためのタオルを渡すリーピ。どれほどの豪雨で全身が濡れたとしても、皮膚が水分を含んでしまう人間と違い、自動人形は表面を拭き取りさえすれば床を濡らす心配がない。


 足先の外殻をキュッキュと拭いているケイリーへ、暫しの沈黙を挟んでからリーピは推測をもって告げた。


「帰還までの時間を鑑みるに、他にも会いに行った面々が居るようですね、ケイリー。」


「……私独自の判断となるが、雨に伴い地中に潜伏していた特異菌糸が活性化し感染が爆発的に拡大する恐れ、そしてロターク社が既にこの街の封鎖に動いているだろうことを……警邏隊にも通告した。」


 リーピの問いかけから一瞬の間をおいて、ケイリーは視線を逸らしつつ答える。


 むろんケイリーはリーピに対して情報を隠すつもりなど無かったろうが、しかし敢えて情報伝達を遅らせていたのは間違いなかった。


 モース研究主任の意図から大きく外れる行動選択であることを、ケイリー自身が明確に理解していたためだ。


「僕らに対してのみ街の封鎖予定を告げたモース主任は、この件が広まることを決して望んでいないはずです。」


「分かっている、だからこそ私も、ごく狭い範囲での知り合いに対してのみ伝えるつもりだった。……だが、対処が後手に回ったが為に、警邏隊が……いや、警邏隊長フィリックや、その部下であるトロンドが窮地に陥る懸念は極力排除しておきたかった。」


 平時ならば真っすぐリーピに視線を返しながら語るはずのケイリーが、今はずっとリーピから目を逸らし続けていた。


 確かに、街の治安維持に務める警邏隊への情報提供は、街の住民としての立場であれば誤った判断ではない。


 しかしリーピとケイリーは、それ以前にロターク社製の自動人形であり、モース研究主任による被造物である。秘密裏に進んでいる街の封鎖準備を大々的に知らせてしまうことは、この街から保菌者も含め住民が抜け出す事態に繋がりかねず、ロターク社やモース主任の思惑を崩す判断である。


 創造主の意に反する行動は、即ち自動人形としては不良動作だ。


「もちろん、私が伝えた情報が真実であるとの裏付けは皆無であり、警邏隊も即座に行動開始するわけではない。だがフィリック警邏隊長は自動人形が虚偽を伝えるはずもないと判断し、既に混乱状態を想定しての行動準備を隊全体で開始している。彼からは感謝の言葉も告げられた。」


「ケイリー、あなたの為した判断は間違いではないと僕も評価しますが……きっと、フィリック警邏隊長からの好感触を想定したことが、あなたの行動選択へ大いに影響を及ぼしたのだろうとも推測できます。」


「……。」


 今度こそケイリーは即座の返答が出来ぬまま、動きが固まっていた。


 右脚部に付着した雨滴を拭き取りおえた彼女は、続いて左脚部もタオルで拭いている途中だったが、手が止まったケイリーの腓側部外殻、すなわち人間でいうところのふくらはぎ辺りを雫が伝わって垂れた。


 むろん直前のリーピの発言は返答を促す類のものではなく、ケイリーが返す言葉を見出せていない様を見てとったリーピは、言葉を続けた。


「モース主任の意思に反する行動をとった事実が、モース主任本人に勘づかれる恐れについては、さほど心配する必要はないと考えられます。」


「朝になって街の封鎖が行われた際、警邏隊側の反応が想定以上に迅速であることは、容易に察知されるのではないだろうか。」


「えぇ、僕らの判断が伝わってしまうことについては不可避です。ですが、モース主任が何としてでも僕らの行動を制約しようと考えたのであれば、先ほどロターク社から派遣されてきた自動人形たちは有無を言わさず僕らを連行していたはずです。」


「……私たちの判断能力に委ねることも、モース主任の想定通りということか?」


「主任の言い方を借りれば、判断能力というよりも、僕らの意思に任せるといったところでしょう。自動人形が本来有していないはずの、意思に。」


 最後にモース主任と会い、対談した時のことが思い出される。


 状況次第では嘘を吐くことが出来てしまったリーピ、感情に似た要因で判断を左右されるようになったケイリー。この本来であれば動作不良としか評価されない要素を、モース研究主任はリーピとケイリーの成長であると受け止めて喜んだのだ。


 今宵の件でも、リーピとケイリーを連れ帰ることが出来なかった警備型自動人形たちを前にして、研究主任としての意図は通じておらずとも、モース本人の胸中には悪しからぬ思いが生じたのではないだろうか。


 思えば、先日のモースは、随分と長いことリーピとケイリーを引き留めて話を続けていた。


 あの時点で、彼は自分の生み出した最愛の自動人形に、二度と会えなくなることまでも想定していたのかもしれない。


「ともあれ、僕らが為すべきはカッシングさんを介助し続けることです。今後、街中にて感染が拡大し、治安上の不安も懸念せねばならないとなれば、ますますもって僕らがカッシングさんの暮らしを助ける必要性は増大します。」


「モース主任が先日警告したように、ロターク本社での例外的なメンテナンスを受けられなくなることについては常に考慮し、行動選択は慎重にせねばならなくなるな。」


 リーピとケイリーが現在独立して活動しているのは、本来の雇い主から所有権を放棄された結果であり、実質上の扱いで言えば保証の切れた製品となる。


 荒事に巻き込まれ身体パーツが破損しても、ロターク本社へ回収されて破損パーツの交換およびメンテナンスを受けられていたのは、リーピとケイリーを自社製品の傑作として可愛がっているモースが例外的な指示を通していたおかげだ。


 今回、封鎖される街の中に残留することが、モース研究主任との実際的な決別になってしまうのであれば、今後の活動全てがそのままリーピとケイリーの身体パーツを損耗する行為に直結するとも言えるだろう。


 とはいえリーピは、より明るい予測も口にした。


「街の封鎖が永久に続き、僕らがここから二度と出ていけなくなる、と決まったわけでもありません。当然ながら感染状況が抑え込まれ、土壌中から表出してきた特異菌糸も今度こそ全て滅菌されれば、封鎖も解かれることでしょう。ロターク社とて街ひとつを封鎖し続けるだけのリソースは重く、無期限に続けるつもりはないはずです。」


「当然、そうあってもらいたいが……犠牲は避けがたいのではないだろうか。これまでの、局所的な菌糸感染の現場を思い返すに、特に自動人形を雇えない貧困層は生身で出歩いて生活を続ける他にないのだから。」


「その被害の記憶や経験は、すなわち現時点での生存者にも比較的新鮮な記憶として共有されています。以前よりも対処の意識は、一般市民の間に浸透しているでしょう。」


「……ずいぶんと……人間の価値基準で言えば“楽観的”になったな、リーピ。」


「その評価は、今さらです。リスク回避に専念していては、積極的な活動へと移ることが出来ませんので。」


 そもそも自動人形であるリーピとケイリーは、何も行動をせず、じっとしてさえいれば、破損のリスクも負うことなく自身を半永久的に保存できる。


 身体中枢に封じられている菌糸も、あくまで激しい活動を連続で行った際に養分補給が必要となる存在であり、全く動かぬままであれば少なくとも人間の寿命を悠に超える期間、枯死することがない。


 何よりも……本来通りの手続きに従うのであれば、リーピとケイリーは元の雇い主が所有権を放棄した時点で、ロターク社へと返品されて解体されている筈の人形だ。この街の流儀に従うのなら、非合法な解体業者に委ねられ、高値で取引されるパーツに分解され、今ごろは自動人形のブラックマーケットで販売されていたかもしれない。


 人間から与えられる指示に拠らず、自分たちで次なる行動を判断して活動することの価値は、敢えてリスクへ向かっていく選択の中に見出せるのだ。


 それが出来る自動人形を作り出せたことに、モース研究主任も満足感を抱いたことだろうが……それでも、未練を向けてくるのもまた人間らしさであった。


 時間が過ぎてなお降りしきる雨の中、分厚い雲が薄明を遮り続けている明け方近くのことである。


 再びロターク社から派遣されてきた警備型自動人形たちの一部隊がリーピとケイリーを訪問してきた。今度は、既にリーピとケイリーの居場所を記憶していたおかげか、菌糸動力車の駆動音はカッシング宅の前まで来て停まった。


 けたたましい駆動音は大雨の音に紛れてはいたが、老人がそろそろ目を覚ます早朝に物々しい訪問者が姿を現すことは望ましくない。


 今度はリーピが、訪問者たちが呼び鈴を鳴らすのに先んじて玄関扉を開いた。


 菌糸動力車から降りてきたのは、日付が変わる前にも一度やってきた面々であった。ケイティー型は全員が同じ顔と声であるが、髪型の違いで個体ごとの識別が可能である。


「再びのお越し、ご苦労様です。またしても、ロターク本社モース研究主任からの伝達でしょうか?」


「はい。内容は前回お伝えしたものと凡そ同じです。〈街の封鎖が完了する前に、そこを脱出してロターク社へ戻ってくる気はないですか?〉とのことです。」


「では、僕らの返答内容も変わりありません。ここに残って、現在の依頼者である老人の介助を行うことを優先します。あなた方が、僕とケイリーを強制的に回収するよう指示を受けているのでなければ、ですが。」


「そのような指示は受けておりません。」


 自動人形の思考回路を理解しきっているモースが、自らの意を通させるならば詳細な指示を失念するはずもない。二度の誘いを拒むのならば、いよいよもってリーピとケイリーの自由意思を尊重しようというのだ。


 創造主の手から離れた先が、どのような道であっても。


 ……事ここに至って、情のようなものに揺れたのはリーピの方であった。


「別の提案があるのですが……僕とケイリーだけでなく、介助対象の老人であるカッシングさんをあなた方が回収し、共にロターク社へ受け入れてもらえるのならば、この街を脱せよとの指示には従える形になります。」


「私たちは人間の回収を指示として引き受けておりません。自動人形ではなく人間の身柄を企業として搬送する場合、人権侵害が発生しないよう本人の意思を証明する書類、および行政機関からの許可証が必要となります。また、ロターク社が保有する菌糸動力車は人形を始めとする物品の搬送を目的としており、人員の輸送を行う際には適した車両を準備しなければなりません。また、介助や診察が必要な人間の身柄を保護するのでしたら、その人物が過去に受診した医療機関から引き継ぎ用のカルテを取得し、移転先にて医師や介護士をはじめとした受け入れ態勢を整えてから……。」


「分かった、分かりました。要するに、現時点ではカッシングさんの身柄は引き受けられないということですね。」


 リーピは、ごく珍しく相手の言葉を遮った。


 彼が多少粗い言葉遣いで、相手の発言を阻むのは、ほとんど初めてのことであった。機械的に規定について述べていたケイティー型の声と比べれば、リーピの声はハッキリと感情らしきものを含んでいた。


 用件が済んだことを確認したケイティー型警備用自動人形たちは、そそくさと菌糸動力車に乗り込んで去っていく。


 車両が、来た時ほどの速度を出していないのを見るに、彼女らもまたロターク本社へと帰る予定はないのだろう。そのまま、この街の外周部へと移動し、通行の封鎖を行う部隊に組み込まれるのだ。


 夜勤の人間を除けば、まだ街全体が目覚めるには早すぎる時間帯であったが、既にこれまで通りの日常が続行できぬ兆しは明瞭となっている。


 玄関扉を閉める間際、リーピが目を向けた庭木は、既に全ての葉を枯らし、散らしていた。その根元には、地中から湧き出てきた菌糸の塊が、真っ白い綿のようにまとわりついていた。

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