モース主任より帰還指示 指示内容を拒否
数カ月ぶりの降雨により、土壌中に潜み続けていた特異菌糸の活性化リスクが極大となった夜。
さすがにロターク本社の動きは迅速であった。雨雲が集結しだした時点で既に、リーピ達が居る街へと遣いを送り出していたのだろう。
彼らが急ぎの用件の際に出動させる菌糸動力車が、リーピ探命事務所の前で停車したのは幸いであった。あの物々しく、けたたましい駆動音を響かせながらカッシングの自宅まで乗りつけられては、老人の安眠はあっけなく妨げられたことだろう。
夜が更けるにつれいよいよ強まっていく雨足の中であったが、カッシングの容態観察をリーピに任せて玄関口での警備に当たっていたケイリーは、近づいてくる複数名の足音に気付いた。
その全員が自動人形、それも自分をモデルにして量産された警備用自動人形、即ちケイティー型たちであることに気付くのも容易いことであった。
ケイティー型人形たちには、住民が寝静まっているだろう深夜、住宅の呼び鈴を鳴らすことを躊躇うだけの学習機会はない。ケイリーは先んじて玄関扉を開き、既に大雨となっている夜の闇の中、無機質に立ち並んでいる自動人形らへ声を掛けた。
「どうやってこの場所を知った。ロターク社からの通達か?」
「あなた方の事務所を訪れた際、内部で待機していたケイティーから現時点でのあなた方の所在地を伝えられました。ケイリー、そしてリーピへ、モース研究主任からの伝達事項があります。」
微動だにせず直立した姿勢で、口元だけを動かして答える自動人形。全く同じ姿をした個体が、その背後に三体、全く同じ直立不動の姿勢で並んでいる。
同じ自動人形であるはずながら、ケイリーは若干ながら不気味さを覚えずにいられなかった。ケイリーが返答を迷う要素など無かったが、次の言葉までには人間的な間があいた。
「待っていてくれ、リーピを呼ぶ。」
「速やかに願います。」
ケイリーと言葉を交わしたケイティー型自動人形は、そのプロトタイプ個体である『ケイティー』と比べても遥かに機械的な語調であった。
ここにやってきたのはおそらく、ロターク本社にて製造されて間もない個体たちなのだろう。事務所の留守を預かっているケイティーと彼女らとの受け答えは無論、同型ということもあり円滑であったろうが、おそらくケイティーの背後でラーディは随分と委縮しきったことと推測された。
寝室でカッシングの呼吸音にいくばくの乱れもないことを慎重に確認し終えたのち、リーピもケイリーに呼ばれて玄関口に顔を出す。
雨に打たれながら、最初にケイリーが目にした時点と全く変わらぬ体勢のまま、ケイティー型自動人形たちはじっと待ち続けていた。ずっと動かずにいる人形の群は、まさに“物”そのものであった。
ケイリーは、リーピに彼女らの応対を任せることにした。夜中に家を訪ねてくる気味悪い人形と、円滑な会話を続けるには相応に強固な理性を要した。
「お待たせいたしました。僕らの探命事務所の方は留守にしておりまして、こちらまでの移動、ご足労をおかけしました。」
「お構いなく。モース研究主任からの伝達事項を申し上げます。〈今夜中に、その街を離れ、ロターク本社まで戻ってきなさい。〉とのことです。私たちと共に菌糸動力車へ搭乗いただければ、即座に帰還可能です。」
リーピとケイリーは、返答を定める前に、やはり顔を見合わせた。モースから以前指摘された通り、自動人形には不要な、人間的な振る舞いである。
モースの判断に、誤りはないのだろう。
この大雨が、街中の地下に浸透し、土壌に十分すぎる水分を供給すれば、地中に潜み続けていた特異菌糸たちが一斉に活性化するだろうとの推測も外れではないのだ。
特異菌糸たちがどのような振るまいに出るかは完全には予測できずとも、明日になれば混乱が顕在化するだろうことも想像に難くない。街から脱出すること自体、困難になりかねない。
たった一晩の時間さえあれば、街全体の安寧を特異菌糸は充分に崩し得る……自動人形を製造し続け、菌糸の挙動を知り尽くした研究主任がそのように判断している以上、厄介ごとに巻き込まれたくないのなら即座に従うべきであった。
しかし、リーピもケイリーも、共に自らの判断を迷いはしなかった。リーピは静かに答える。
「伝達に来ていただいた上で申し訳ないのですが、今の僕らは街を離れるわけにはいきません。現在、重要な依頼を遂行している最中であり、その中断は依頼主の生命維持に関わる問題を生じます。」
「モース研究主任からの伝達内容に従わない、という返答内容ですか?」
「従いません。」
リーピは間を置かず、端的に自らの結論を述べた。
今度は、ケイティー型自動人形らの方が、言葉を返すのに時間をかける番であった。自動人形は、原則として人間からの命令に従う存在であり、殊に創造主たる人間が発した指示ならばなおさら、従わぬことはあり得ない……はずである。
とはいえ、いくら人間からの命令であっても、それが他の人間に危害を加えかねない内容であれば、それを拒む思考も無論搭載している。リーピとケイリーは確かに、老いたカッシングの介助を依頼として引き受けており、その中断はカッシングの生存確率を大幅に低下させる判断である。
作られて間もない自動人形であっても、どうにか理解できる余地のある状況であったがため、尚のことリーピの返答はケイティー型人形たちの思考回路を混乱させたのであった。
「改めて返答を確認しますが、リーピ、ケイリーの双方が、モース研究主任からの指示に従わないのですね?」
「その通りです。」
「私もリーピと同意だ。」
またしても混乱の中で押し黙ってしまったケイティー型人形たち。
彼女らが思考の迷宮で処理しきれぬ問題を抱えて立ち往生せぬよう、リーピの方から状況を進める言葉を発した。
「あなた方は、僕らの返答如何に拘らず、強制的にリーピとケイリーの身柄を確保しロターク社へ搬送せよとの指示を受けていますか?」
「いいえ、受けていません。」
「では、あなた方の次の行動目標は、ロターク社へと帰って〈リーピとケイリーが街に残る判断を下した〉とモース研究主任へ伝えることです。再度指示が下るとしても、菌糸動力車の移動速度であれば今夜中にもう一往復することは可能です。出来る限り早く、モース主任へ今回の結果を伝達すべきです。」
「それは確かに、合理的な判断です。」
理路整然としたリーピからの言葉に頷き、ケイティー型自動人形たちは即座に踵を返し、菌糸動力車を停めてある探命事務所前へと戻っていった。人間と違い、理屈さえ通っていれば本来の働きが達成できずとも揉めることなど無いのが自動人形の利点である。
リーピとケイリーは一旦、扉を閉めた玄関の内側で会話を始めようとした。
が、リーピが一旦ケイリーを制止し、寝室のカッシングの様子を見に行く。訪問者の存在には常に敏感で、元執事らしく来訪者を出迎える習慣が染みついているカッシングが、目覚めている可能性もある。
とはいえさすがに深夜であり、また雨音にかき消されてケイティー型自動人形たちの声も届かなかったのだろう、老人の意識は変わらず自らの生涯を顧みる夢路の中にあった。
ケイリーはリビングの椅子に腰かけてリーピを待っていた。ここは寝室の真隣りではあったが、自動人形同士、喉元に近い位置を触れ合わせていれば、発声器官の振動を互いに直に伝え合うことができる。
リーピは音をたてぬよう、ケイリーのすぐ隣に椅子をピタリと合わせるように運んで座り、自分の顎をケイリーの肩に載せる恰好で言葉を伝えた。
「先ほどケイティー型人形たちに伝えた通り、僕らはカッシングさんの元を離れるわけにいきません。ただ、ケイティーとラーディさん、そしてチャルラット先生とディスティさんには率先してこの街を離れていただくべきかと判断します。」
「地中に潜んでいた全ての特異菌糸が活動を開始すれば、この街が人間にとって極危険な環境となるだろうことは容易に想像できる。元より、この街は治安に不安を抱えている地区も存在する。菌糸汚染拡大の混乱に乗じて罪を犯す人間についても警戒すべき以上、早期の対策あるいは退避を伝えることは有用だろうな。」
「退避については、本当にモース主任が仰った通り、明日になってはもう遅い恐れもあります。大規模に特異菌糸が繁茂し、大量の菌糸罹患者が発生しかねないこの街が……外部から封鎖される可能性は高いです。」
ケイリーは、リーピへと視線を向けた。
自分の左肩に顎を載せているリーピと目を合わせるには、真横をむけば顔がぶつかりかねないため、少々無理をして視覚受容器を可動域限界まで動かさねばならない。
こちらを見上げているリーピの目は、むろん自動人形らしくいつもと変わらぬはずであったが、瞳の内にはいつになく真剣な色が浮かんでいるようにも見えた。
特異菌糸に感染した人間は、その実は既に死んでいるも同然ながら、生前の本人と全く変わらぬ言動を続け、活動域を広げ、そして感染を意図的に拡大していく。感染者と健常者を区別することは、非常に困難である。その危険性を知っている者であれば、いかなる手段を用いても罹患者の行動を阻止するだろう。
少し間をおいて、ケイリーはリーピへ言葉を返した。
「この街を封鎖……誰によって?フィンク市長が、そんな判断を下すか?」
「モース研究主任によって、です。ロターク社には、それを可能にするだけの権勢への影響力、および実行力があります。」
すなわち、モース主任が伝えようとしてきたのは、憶測による危険性ではなく、ロターク社による決定事項なのだ。
明日になれば、実際にロターク社の滅菌部隊がこの街を包囲し、出入り可能なすべての道路を封鎖、路面以外にもフェンスや監視の目を置くことになるのだろう。
脱出機会は、確かに今晩を逃せば二度と得られまい。
ケイリーは、リーピに声が直接伝導するよう身体を押し付けながらも立ち上がった。夜間の単独行動、それも速度が求められるならば、ケイリーの方が向いている。
「すぐにラーディの元へ向かい、今夜中に街を出ていく準備をするよう伝える。ケイティーにも、彼女の随行および護衛を続けさせる。」
「頼みます。僕はカッシングさんの容態を引き続き看続けなければなりません。出来れば、チャルラット先生とディスティさんにも、街の封鎖から先んじて逃れてもらいたいのですが……。」
「時間の余裕があれば彼らにも掛け合う。……が、私たちと同じ理由で、あの二人も街に残る選択を採る可能性が高い。」
そもそも歴代の市長から闇医者としての活動を黙認されていたがために、医師免許を有しているチャルラット。彼が仕事を求められる場はこの街の外には見いだせず、チャルラットの下でのみ看護師として働けているディスティも同様だろう。
ケイリーはリーピの身体から離れ、作業服のジャケットを羽織りながら足早に玄関から出て行った。
外は既に豪雨と称して良いほど、篠突く雨の音に満たされていた。
残されたリーピは、ふたたびカッシングの寝室へ赴き、老人が無事に寝息を立て続けているのを確認してから、枕元の椅子に腰を落とした。
これから先のことについて立てられる予測は、既に先ほどケイリーと喋った通りである。街に特異菌糸と罹患者が溢れ、外部との出入りを封鎖された後、自分たちがどうなるのかまでは、予想のしようがない。
感情を抱かぬはずのリーピの思考内は今、明瞭に不安で占められていた。




