フィンクからの報酬受取 およびケイティーとの情報共有
翌朝早く、暫く空けていた探命事務所に一旦帰ったのはケイリーである。
カッシングが昨夜の夕食および入浴から睡眠時間を無事に過ごしたことを確認し終え、今度はリーピがカッシングの介助行為に専念する当番を引き受けていた。一晩中眠らず老人の容態を確認し続け、そのまま昼間の介護を続行できるのも自動人形の長所である。
早朝の時間帯に合わせて事務所を訪れたケイリーは、想定していた可能性のひとつが的中していることを確認した。
以前と同様、朝一番にフィンク市長のもとから遣わされた秘書のひとりがちょうど訪問しに来たところだったのだ。市長秘書の男も、このところのリーピとケイリーがたびたび事務所外に居を構えていることを知っているのか、背後から現れたケイリーには驚かず口を開いた。
「フィンク市長から通達および謝罪です。先日の市長私邸における警護依頼について、報酬のお支払いが遅くなりましたことをお詫び申し上げます。こちら、お検めください。」
「確かに、受け取った。」
分厚い封筒を秘書から手渡されたケイリーは、封の為されていない口から中身をチラと覗き込み、自動人形の視覚受容器を以て額を把握し頷いた。
現金の入った封筒を扱うとはいえ、フィンク市長から絶対の信用を得ている秘書、そして依頼契約を正確に認識している自動人形によるやり取りであればこそ、ごく短時間で済む受け渡しである。
市長秘書に与えられた必要最低限の用事はそれまでであったが、彼にはもうひとつ、彼自身にも詳細を伝えられていない用件があった。
「そして、こちらはフィンク市長からの些細な質問なのですが……『今も、モースの言いなりで動いているのか?』とのことです。申し訳ありませんが、自分も市長の質問の意図については、詳細を存じておりません。」
「単純に答えを返すのであれば『違う』としか言えないな。確かに私もリーピも、私たちを製造したモース研究主任が指示を下せば従うだろうが、しかし普段はあくまで独立した探命事務所として活動している。先日の市長私邸襲撃現場からは一旦ロターク社に回収されたが、あちらでは身体パーツの修理を受けただけだ。」
「確実な返答としてお受け取りして構いませんね?」
「あぁ、自動人形が原則的に虚偽を答えないことは、フィンク市長も理解しているだろう。それに、そちらでも把握しているかもしれないが、私とリーピは現在ある老人の介助依頼を続行している。他の依頼を引き受ける余裕などないのも事実だ。」
すらすらと答えるケイリー。理屈立てて喋るリーピの癖が、彼女にも知らぬ間にうつっていた。
市長に対する返答を得られ、ついでに彼自身もどこか納得したのか、秘書の男はすんなりと帰っていった。
むしろ不納得を思考内部に残されたのは、ケイリーの方である。フィンク市長は、何を知るために先ほどの質問を秘書に言づけたのだろう?リーピとケイリーが、モース研究主任の指示に従って行動していたら、何か不都合な事があるのだろうか?
あるいは先日の市長私邸に対する襲撃で軽からぬ被害をこうむったことについて、モース主任の意図が介在しているとフィンクは疑っているのだろうか?
屋敷そのものや、屋敷を警護していた面々の被害だけではない。秘書であったナービルは、生態上の欠陥を持たぬ特異菌糸を保有する、ごく貴重な存在だった。ナービルがレイストスに襲われた直後、好機を得たと言わんばかりにロターク社滅菌部隊が現場突入し、もろともに滅菌処分をおこなったのだ。
「言われてみれば……モース主任は、研究施設に収容できていない特異菌糸の保有者を、滅菌処分すべきと仰っていた……。」
リーピと共に身体メンテナンスを受けた後、モースと交わした長い対話の締めくくりを、ケイリーは思い出して呟く。
とはいえリーピとケイリーは確かに屋敷の警護に尽力したし、被害をもたらしたレイストスは独自行動する菌糸罹患者であり、モース主任の制御下には決して収まる存在ではない。
常に周囲を信用しきらず、あらぬ嫌疑であっても一応は抱いてみるのが政治家の常なのだろう……ケイリーは、一旦そのように思考を片付けるしかなかった。
ケイリーと市長秘書との会話の声は聞こえていたのだろう、事務所の扉を開けてケイティーがこちらの様子を窺っていた。
「お話は済みましたか?お帰りなさい、ケイリー。書置きは拝見しましたが『旧市長邸の元執事さんの自宅』の位置については私もラーディも存じ上げず、そちらへ合流することはかないませんでした。」
「あぁ、気にしなくていい。私とリーピのことを心配させないように書いただけだ。ケイティーも、ラーディとの同行に問題はなかったか?」
「はい。ラーディの自宅、および作業場には窃盗等の被害は無く、ラーディは仕事を再開可能な状態となっています。」
レイストスの襲撃以降、めっきり人口の減ってしまった工業区画。
人通りが疎らとなれば危惧されるのは治安であったが、少なくとも優れた体格で製造されたケイティーが随行している限りラーディの身辺に危険は及ばぬだろう。
それに、ケイティーの側も、得る所はあったようだ。
顔だけ覗かせていたケイティーが、事務所の入り口扉を大きく開けた際、ケイティーの服装が変わっていることにケイリーは気づいた。
「その服装はどうしたんだ、ケイティー?確か、もともとは警備用自動人形の制服を着ていたはずだが。」
「ラーディからの提案により、服装を変更しました。彼女が言うには、あまり堅苦しい制服姿のままでは、いっしょにお出かけも楽しめない、と。お出かけではなく護衛を目的とした随行であると一度訂正はしたのですが、挙動を阻害しない範囲での服装変更は実行拒否する理由も見出されません。」
ケイティーが羽織っていたのは、スーツに似ているがより柔らかな印象の素材のジャケットである。
ケイリーをモデルにしているだけあって生真面目そうな顔つきに合う黒のインナー、そして下半身にはゆったりした裾のワイドパンツを合わせている。そして靴も、おそらくラーディが選んだのだろう落ち着いた色味の革靴だ。
「その服や靴の購入費は?」
「ラーディが支払おうとしましたが、依頼遂行を円滑化するための出費として、モース主任より預けられていた手持ち金から出しました。ロターク本社との定時連絡の際、経費として請求します。」
「こういった件も、モース主任の想定内か。」
ケイティーが出費を担うと申し出た際には、きっとラーディは随分に恐縮したことだろう。ケイリーには、冷や汗をにじませながら口早に謝罪するラーディの様がありありと想像できた。
それにしても、自身でオシャレをしようとしては似合わぬコーディネートを身に着けているラーディであったが、容姿を客観視できる同行者の服装については話が別なのだろう。そも婦人用雑誌に載っているような装いは一般人の体型では似合わずとも、理想的なモデルを意識して製造された自動人形に似合うのは必然だ。
現に、上背のあるケイティーの体格をもってすれば、布地に余裕のあるスタイルでもすっきりとしたシルエットになっている。
自動人形であるケイティーは、自分が新調した服を見せている間も無表情であった、が、ケイリーの方は同じ自動人形でありながら、いつも作業服姿の自分とは対照的な彼女に羨ましさのようなものを抱いていた。
「似合っている、と思う。とはいえ、ラーディの護衛に専念すべき事態が予見される場合は、防御効果の期待できる警備用制服に着替えるのを忘れるなよ。」
「理解しています。」
探命事務所内の隅には、確かにケイティーが本来身に着けていた制服がハンガーに掛けられていた。
そして、応接用ソファに腰掛けていたラーディが、ケイリーの顔を見てペコリと頭を下げている。初めてここに連れてきた際の緊張感はすっかり解けた様子であった。
どもりながら喋るラーディの癖は、相変わらずであったが。
「あ、お、お邪魔してます、昨夜こちらに戻ってみれば、リーピさんとケイリーさんが別の場所におられるという書置きを見つけたものでして、いつお帰りになるか分からないので、一晩こちらに泊まらせていただきました。あ、もちろん、事務所の中のお掃除は、今朝やらせていただきましたよ。」
「気を遣わなくてもいい、この事務所内の管理は私たちが担う前提に変わりはない。ラーディは、身に危険を感じた際にだけ、この事務所を避難場所として利用してもらえればいい。」
「いえ、でも、ケイティーさんを私に同行させてもらって、こちらが何もお返ししないの、悪いですし……それに、ホントのところを言うと、自宅のボロいベッドよりも、ここの仮眠場所の方が上等で寝心地いいんですよ、ホントに、えぇ。」
ラーディの口調は常に曖昧さを含んでおり、本心とも冗談ともつかぬ響きを有していたが、彼女の顔色を窺うという判断方法を既にケイリーは習得していた。
久々にケイリーと話せる嬉しさで紅潮している以外には変化のない顔色を見るにつけても、ラーディは真実しか語っていないのだろう。ケイティーと同行できる感謝も、工業区画での暮らしとの格差も。
ケイリーとしては、自分たちの事務所の管理、およびラーディとケイティーとの情報共有さえ済ませられれば構わぬところであったのだが、ラーディは今のタイミングで帰ってきたケイリーの意図を汲みとりかねたらしい。
不安げな表情で、ラーディは尋ねてきた。
「そ、そのぉ、工業区画の騒動はひと段落して、私の自宅も仕事場も無事だってのが確認できたところですけどぉ……私の護衛として、ケイティーさんはいつごろまで同行していただけるのでしょうか?」
「菌糸罹患者による襲撃の現実的な可能性は消えてはいるが、まだ工業区画内には警邏隊による立ち入り規制が為されているエリアも残っており、治安上の不安は皆無ではない。ケイティーには極力ラーディの護衛を続行してもらうつもりだが、警備用人形に付きまとわれるのが嫌ならその指示を解除しようか。」
ケイティーの服装をわざわざ着替えさせているあたり、常に随行してくる自動人形の存在をラーディが気にしていないとは言えない。人間の感じ方をある程度学習しているケイリーは、必要と判断される護衛も好まれないパターンがあると推測できていた。
が、ラーディは激しく首を横に振った。さらに、両手を突き出して、これもまた激しく横方向に振る。
突然奇妙なジェスチャーを始めたラーディのことをケイティーは不思議そうに見つめていたが、これが人間にとって明確な拒否の意思表示であるとケイリーには分かっていた。それも、意思だけが先行しがちで、言葉がすぐにまとまらない類の人間に特有の振る舞いである。
ケイリーはラーディの言葉を待つことなく、先んじて口を開いた。
「むしろ、ケイティーと今後も共に居たい……と言ったところか?」
「えぇ、それはもう、は、はい!私、ケイティーさんとずいぶん仲良くなったんですよ!一緒にお洋服選んだのもそうですけど、本屋さんに行って気になる本を見つけたり、晩御飯のお惣菜を買っていっしょに帰ったり……まぁ食べるのは私だけ、ですけど……。」
ラーディの言葉を、彼女の背後でケイティーが黙って聞いている。
ケイリーから視線を向けられ、ケイティーはようやく首を縦に振った。誰から意思表示を求められずとも相槌を打つ、という人間的な振る舞いは未だケイティーには習得されていなかった。
むろん、ラーディが語った内容は、護衛の任を与えられただけの自動人形にも十分に可能な行動ばかりだ。人間と共に店舗へ向かい、即時に対応可能な指示に従い、帰途には荷物持ちとして同行する。ケイティーは、その時々の命令に従っているに過ぎないのだろう。
“仲良くなった”という認識は、人間であるラーディが一方的に抱いているだけの、言うなれば錯覚であった。
しかし錯覚であってもなお、自らの妄想内で構築される親愛や信頼の情に十分な価値を見出しているからこそ、人間は自動人形を傍に起きたがるのだ。時に人間社会を崩壊させかねない菌糸が、人形の中枢に封じられていると知っていながら。
純粋な真実と異なる見解を人間が有していたとしても、それを敢えて否定しない選択を採れるのが現状のケイリーであった。
「あなたが案じていた内容は理解した。護衛の必要が無くなればケイティーと離れねばならないのかもしれない、という懸念に伴う不安だったんだな。もちろんラーディが望むなら、今後もケイティーと一緒に居てもらっていい。構わないな、ケイティー?」
「指示内容の続行は可能です。」
ケイリーの言葉に頷くケイティーを見て、ラーディは目を輝かせ口を開く。
「わぁ、よかった!それじゃ、こないだお話したんですけど、ケイティーさんのために私が靴を作ってあげるって計画、気兼ねなく進められそうです!今は街のお店で買ってきた靴を履いてもらってますけど、せっかくならケイティーさんに合わせたオーダーメイド、デザインしたいんですよねぇ。どれだけ早くても数週間はかかっちゃうので、完成の前にお別れになっちゃうのが怖かったんですけど、今ならじっくり出来そうです!」
つい先ほどまで不安そうな様子だったのが、急に快活に、そして早口になったラーディの振る舞いを、またしてもケイティーは小首をかしげて不思議そうに見つめている。
先ほどからケイリーは、ケイティーが自分よりは人間の感情を理解できていない様を認識してきたが、しかし完全に人間理解の糸口を得ていないわけでもない、ということに気付いていた。合理性に当てはまらぬ人間の挙動を前にして、ケイティーは全く反応せぬわけではなく、たびたび不可解を見出している。
自動人形が本来有する思考回路では拾いきれない処理を、人間の意識は為している。
そのことに気付く能力は、やはり全ての自動人形が製造されながらにして有しているのだ。
人間によって製造された後も成長を続ける自動人形に、いずれ精神をも受け継がせんと期待しているモースの判断は、あながち突飛な考えでもなかった。




