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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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依頼達成報告 チャルラットへ

 警邏隊によって立ち入り規制が行われていた工業区画から『作業用自動人形破損に伴う菌糸漏洩事故リスト』を回収したリーピは、その足で依頼主たる闇医師チャルラットの元へ向かった。


 自動人形である現場の警邏隊員からは持ち出しを許可されたとはいえ、その事実が警察本部へと連絡されないはずがない。菌糸通話線網が機能停止している現状、即座の通知は行われないにせよ、定期的に現場と警察本部の連絡を行う隊員の行き来はおそらくあるだろう。


 従業員に関する個人情報について記載されていない、その一点のみの基準で下された判断が、警察本部の人間の意思で即覆ることは想像に難くなかった。


 ゆえに、夜が更けつつある時間帯であろうとも関係なく、リーピは雑居ビルの一室、チャルラット医院の扉を敲いたのだ。


 急用を告げる訪問客か、と警戒の念を顔面全体で示しつつ覗き返してきた看護師ディスティの面立ちは、若い女性が表情に示せる険しさの極致にあった。


 リーピが自動人形らしからず怯んだ様子で後ずさったのを目の当たりにし、ディスティは顔を緩めて応対の声を出した。


「すみません、今日はもう医院を閉める所でしたので、無理難題を言ってくる患者さんは追い返そうかと……また来ていただいたんですね、リーピさん。」


 闇医師チャルラットの医院を訪れるような“患者”は、大抵の場合は病気や怪我の治癒を求めているわけではなく、警察に介入されたくない状況で事件性を消し去るための死亡診断書を求めている場合が殆どである。


 この町では需要の尽きぬ仕事であり、その日の業務を終える間際に駆け込んでくるような客は追い返さなければ、チャルラットもディスティも休息時間を得られないのだろう。もとより不愛想な顔つきのディスティは、ここで看護師として働き続けるうちに威圧的な眼光を研ぎあげるに至ったのだ。


 むろん、声と表情をやわらげれば旧市長邸で使用人として働いていた時の彼女に戻る。彼女がここで生きる糧を得るきっかけを作ったリーピ相手であれば、ディスティの声は更に和らいだ。


「先ほどチャルラット先生から依頼された内容に、何か疑問点が生じましたか?それとも、もしかして、既に……?」


「はい、目標地点である金属加工工場敷地内から、ご依頼の文書を回収してまいりました。」


「早いですね、迅速な達成ありがとうございます。……先生!チャルラット先生!もうリーピさんが、アレを持ってきてくれましたよ。」


 ドアを開けてリーピを迎え入れながら、部屋の奥に向けてチャルラットを呼ぶディスティ。


 常に書類仕事に追われていて訪問者の応対はほぼディスティに任せているチャルラットも、流石にこの件については即座に席を立ってリーピの元へ現れた。


 ついでに、ディスティへと小言を告げるのも早かった。


「あんまりデカい声で言うことやあらへんでしょ、ディスティさん。このオンボロビルに住み着いてる人間なんてほぼおらんにしても、どんな拍子で話が漏れるかわからへんっちゅうに。」


「ごめんなさい、でも、ここ数日チャルラット先生がずっと、例の書類が警察に回収されてしまうことについて頭を悩ませ続けているご様子だったので、いよいよ解決するかと思うと、つい。」


「解決できひんわけやあらへんけど、こっそり回収してくれる誰かさんがおったら、だいぶ手間が省けるっちゅう話ですがな。何にせよ、リーピさんが回収してきた物がちゃんと目当てのもんか確認するのが先ですわ。」


 チャルラットが手を差し出している前で、リーピは自分の服の裾をめくり、ボディパーツ腹部の外殻を開き、体内から書類を取り出した。


 この自動人形にしか出来ない貴重品の隠し方については、チャルラットやディスティに見せるのはおそらく初めてのことであった。これほど付き合いが長い相手であれば見慣れているはずとリーピは踏んでいたが、チャルラットもディスティもしげしげとこちらを見つめてくる仕草を示したことで、リーピは自分の認識を訂正した。


 さておき、リーピは取り出した書類をチャルラットへ手渡す前に、それが白い粉に覆われている様を示しながら忠告を発した。


「ご覧の通り、現場に散布されていた粉末タイプ滅菌剤が書類表面に付着しております。おそらく汚染源である菌糸は死滅しているはずですが、粉末タイプ滅菌剤の効果は信頼しきれるものではないため、直接触れぬよう手袋を着用してください。特異菌糸は空気感染しないため、直接接触を防ぐことで十分な対処となります。」


「言われんでも、ちゃんと用意してます。それが分かってるから、自動人形さんに今回の仕事を頼んだんですがな。」


 リーピが書類を取り出す動作を見つめていたがためにチャルラットもディスティも着用が遅れていたが、すぐに二人とも手元に用意していた医療用手袋、および使い捨てマスクを着用し、書類に向かい合った。


 むろん書類の内容自体はリーピが回収現場で確認した通り、チャルラットの求めていたそのものである。


 格安自動人形の販売業者に対し賠償請求を行うため、工場経営者が記録していた作業用自動人形破損に伴う菌糸漏洩事例の一覧。この記録が事実として残っていることが明るみに出れば、闇医者であるチャルラットが虚偽の死亡診断書を作成していたことも露呈する。作業中に菌糸感染した従業員たちは、補償金を支払いたくない経営者の目論見によって、個々人の健康問題による死亡として処理されているのだ。


 チャルラットは満足げな色を目に一瞬浮かべたが、すぐに彼の表情には警戒の色が戻ってきた。回収がごく困難であると想定していた書類を、リーピがあまりにもあっさりと持ち帰ってきた事実が、今度は不穏であったのだ。


「これ、持ち帰ってくるときに、誰にも見つかってませんか?さすがに、現場は警邏隊さんがずっと封鎖してはるはずやけど。こっそり忍び込むには、相当念入りな下準備が要るはずでっしゃろ。」


「はい、全く警邏隊に察知されず侵入するためには、相応の準備期間、および僕単独ではなくケイリーとの連携も必要となります。が、前にお伝えしました通り、現状僕らはカッシングさんへの介助行為を中断することが出来ないため、僕単独で遂行可能な手段を選択しました。」


「その手段、っちゅうのは……?」


「現場を封鎖している警邏隊へ、警邏隊長により発行された正規の許可証を提示し、正式な手続きを以て規制区画内へ進入、現場からの物品持ち出しにも正規の許可を得るという手段です。」


 リーピからの説明を聞きながら、チャルラットの表情はみるみる曇っていった。


 頭を抱えるような動作で手を目元に持っていきそうになり、慌てて手をおろすチャルラット。滅菌剤に覆われているとはいえ、汚染源のリスクを排除しきれぬ物を触った手で顔に触れるわけにはいかない。


 粉末の類を落とさぬよう慎重な手つきで、リーピから受け取った書類を樹脂の密閉袋へ入れ、それをチャルラットはデスクに置く。その後、手袋とマスクを裏返しつつ外して蓋つきのゴミ箱へ捨て、水勢の強い蛇口で手を洗浄し、あらためてリーピの前へ戻ってくるチャルラット。


 とはいえ、その一連の動作を経ても、チャルラットはリーピへ何を言うべきか決まらなかったようだ。苦虫を噛み潰したような表情で黙り込んでいるチャルラットの背後で、ディスティも彼に倣って手袋とマスクを廃棄し、手を洗浄している。


 確かにチャルラットにとっては、現状最も手元に置いておきたい書類を回収してきてくれたことへの感謝は大きいが、警邏隊に直に持ち出し許可を得てくるとは思いもしなかったのだ。


 先んじて、リーピは伝えるべき情報をチャルラットへ述べる。


「ご安心ください、当然のことですがチャルラット先生が依頼主であることは告げていません。現場に立っていた警邏隊自動人形には『重要書類を回収するよう依頼された』こと、そして『警邏隊長フィリックから正規の立ち入り許可証を得た』ことの二点を伝えています。」


「……リーピさんが自動人形やっちゅうことを鑑みたら、嘘をついてるとは思われへんわけでんな。実際、その二点は嘘ちゃうし。それだけ聞かされたら、この書類は警邏隊長さんから依頼されて回収したもんや、って思われてもおかしないな。」


「そのように誤解される余地が生じたことは、事実かもしれません。後日、警邏隊長さんがあらぬ誤解を掛けられる可能性はあります。」


「言ぅて、代わりが出来る人間もおらへんし、気にせんでえぇでっしゃろ。」


 淡々と述べるリーピの顔にチャルラットは視線を遣りつつ、ようやく彼の表情からは険しさが薄らいだ。


 出会いの時点から例外的な処置を求めてきたリーピに対して、相手が自動人形であるとは分かりながらもチャルラットは今もってますます人間味を見出していた。


「ほな、警察さんがこの件を嗅ぎつける前に、今回回収して来てもろた書類はさっさとフィンク市長さんに渡してまいましょ。」


「市長へと渡す前に、付着している滅菌剤の除去、念を入れての再消毒はお忘れなく。」


「分かってますがな。そしたら、約束通り、カッシングさんのお宅には明日にでもお伺いいたします。それなりの恰好、していかんとな。」


 喋りながら立ち上がったチャルラットは、緊急時には常に持ち出せるよう荷をまとめているスーツケースを開け、樹脂袋に畳んで密閉してある白衣を取り出していた。


 いつも通りであれば、洗濯しているとはいえ染みついて落ち切らない汚れが浮かんでいる作業服に、生地がくたびれて皺の寄っている古い白衣を羽織った姿のチャルラット。死亡診断書を作成しに行く平時の現場では容姿など気に掛ける必要はないが、そうもいかぬ状況にも備えはあるのだ。


 体裁を整えるためだけに作った名刺と名札のケースを取り出しながら、チャルラットはため息交じりに呟いた。


「お仕事として引き受ける以上、往診カルテの引き継ぎもやらんとアカンな。偉いお医者様の病院に闇医者が入ってきたら、えぇ顔はされへんやろうけど。」


「カッシングさんの往診を行っていた医師の所在でしたら、僕も分かります。代わりにカルテの受け取りを承りましょうか?」


「いやいや、気にせんといてください。さっきの書類で交換条件は充分ですねん、これ以上頼んだらリーピさんに借りを作ってまう。そもそも自動人形にカルテみたいな個人情報の塊、渡さへんやろうし……その医者、たぶん自分の知り合いですし。」


 チャルラットはそれ以上言葉を続けなかったが、リーピは聞き返さなかった。


 カッシングの往診を行っていた医者がチャルラットの知り合いだから、どうなのか……については、リーピにも十分に推測できた。知り合いであるからこそカルテの受け取りは円滑に済むのだろうし、また、こういう機会でもなければ闇医者の立場で会いに行くことも出来ないのだろう。


 正規の医師免許を有しているチャルラットが、少なくとも医師になった時期には医師本来の職務に就いていたのだろうことは間違いない。その当時の同僚と袂を分かつに至って以来、積もる話もあるのだろう。


 あるいは、今後再び会える保証のない状況下で、その相手が大して好意的な存在でなくとも、永久に顔を合わせず済ますことを惜しいと感じるのも、人間らしさだったのかもしれない。

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