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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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依頼34 特定重要文書回収任務

 工業区画の中心部分は、未だ復旧が進まず、散布された滅菌剤が積もったままに立ち入り禁止状態が続いている。


 以前レイストスが引き起こした大規模な菌糸感染は、現場を深刻な汚染状態に陥らせたのみならず、多数の従業員が犠牲となったことで、いくつもの工場を操業再開不可能な状況に陥らせていた。


 現場に残留する菌糸から感染が広がる恐れとならび、無人となった工場での盗難の恐れに備え、警邏隊による立入規制・周辺巡回は昼夜を問わず行われている。


 駆り出されているのは自動人形の警邏隊員ばかりだ。


 自動人形の視覚は、暗所であろうとも明所同様に機能する。ゆえに、立ち入りが規制されている工場敷地内にリーピが忍び込もうとする際、それが昼であろうが夜であろうが侵入の難易度は変わりなかった。


 カッシングの自宅を出発し、高級住宅地を離れて街の中心部での用事を済ませ、中流階級の宅地、倉庫区画、飲み屋街を抜け、工業区画へとリーピがたどり着いたのは夕刻のことである。


「自動人形である以上、現場を監視している警邏隊員が警戒を緩める隙などやはりありませんね。」


 今や人気のない工業区画の路地を進みながら、リーピは今回の依頼の標的が存在する金属加工工場へと視線を向ける。


 元より部外者の立ち入りを硬く拒む工場の性質ゆえ、敷地は高い塀で囲われ、正門も裏口も頑丈な金属扉で封じられている。そのいずれの入り口にも、直立不動で見張りを続けている自動人形の警邏隊員たちが複数名配備されている。


 監視に隙が生じやすい菌糸罹患者たちとは雲泥の差であった。自動人形は、養分補給も休息もほぼ不必要だ。既にリーピが隊員たちを視界内に捉えている時点で、あちらもリーピの姿を視認しているだろう。


 気付かれず、こっそりと忍び込むことは明確に不可能であった。


 ゆえにリーピは、警邏隊員たちのもとへ真っすぐ接近して話しかけることを、最初から決めていた。


「職務お疲れ様です、リーピ探命事務所です。こちらの封鎖現場にて、重要物品の回収を行う依頼を受けて参りました。」


「民間業者の立ち入りは基本的に禁止されています、正規の委託を受けている場合は、警邏隊あるいは警察本部からの許可証をご提示ください。」


 警邏隊員は機械的な声でリーピに応じる。


 事件現場の規制は本来、警察組織が捜査活動を終えるまで解かれることはない。


 だが、菌糸汚染が発生した現場では話が変わってくる。自動人形だけで判断を下せない状況は多く、本部からの捜査部隊には当然人間も含まれている。人間が現場に踏み込む前に、当然ながらある程度は汚染が除去されていなければ現場検証どころではない。


 殊に、この無人になった工場のように稼働再開の目処が立たない場所に関しては、捜査自体が後回しになりがちだ。ただでさえ、現在は市長私邸における襲撃被害の方が、市民の注目を集めており警察としても着手せぬわけにはいかないのだから。


 ゆえに、菌糸漏洩発覚直後に現場急行する特殊清掃局をはじめ、滅菌処理後に残留している滅菌剤を除去する作業用自動人形の立ち入りは部分的に許可されるなど、菌糸汚染区域の扱いは例外的な部分が多くなっている。


 人間のように個の意思を持たず、私欲を以て行動する恐れも無い前提の、自動人形であるからこそ許可される話でもあった。


 リーピが差し出した許可証を、現場規制に立っていた警邏隊員はじっと見つめる。


 自動人形の処理能力であれば記載されている文言は一瞬で読み込めるが、正規の許可証であれば必ず押印されているはずの、極短波長によってのみ読み取れるインクを確認するのに時間をかけているのだ。


「本日付けの警邏隊発行による正規の許可証であることを確認いたしました。お入りください。現場より持ち出す物品に関しては、退出時に全て提示するよう願います。」


「了解です。」


 規制区画を示すロープを引き上げる警邏隊員へ頭を下げつつ、リーピは規制線をくぐって無人の金属加工工場の敷地内へと入る。


 重要な証拠物品を警察に回収されぬよう阻止する目的がありながら、警邏隊が本日発行した正規の許可証を入手できたのは、むろんリーピ自ら警邏隊長へと話を通した結果である。


 警邏隊長フィリックは、自分が心配していた前市長の元執事が無事、リーピとケイリーによる生活介助を得られたことを聞き、大いに安堵し喜んでいた。そのついでと言わんばかりに、リーピはフィリックに対し、規制区域立ち入り許可証の発行を求めたのである。


 むろんフィリックは唐突な提案に戸惑い、若干の警戒も示したが「ある人物が思い出の品を回収したがっている」とのリーピの説明を信頼し、警邏隊長権限で許可証を発行するに至った。なにぶん、嘘を吐くはずのない自動人形による申し出であるし、何よりもリーピ探命事務所は人助けのために尽力する存在だ……とフィリックは認識していた。


 その認識は、確かに誤りではなかった。


 闇医師チャルラットにとっての「思い出の品」を回収することで、闇医師を助ける仕事には違いないのだから。


 リーピは積極的な嘘こそ吐いてはいなかった。


 この現場でも同様である。重要物品を回収する依頼を受けたこと、警邏隊から正規の許可証を得たこと、それぞれは事実に違いない。


 応対した警邏隊員も無論なんら疑うそぶりは示さなかったが、リーピを規制区域に招き入れつつも、敷地内で控えていた別の隊員に声を掛けた。


「民間業者の自動人形が一体、域内活動を行う。監視追跡任務の発生。」


「了解。」


 入り口からは視線が通らぬ物陰には、幾体か待機状態の警邏隊自動人形が直立していた。人間や菌糸罹患者と違い、運用さえ出来れば動員数不足には決して陥らないのが、自動人形の強みである。


 正規の許可証を有していることは確認できたとしても、必ず同行する隊員をつけることは現場で徹底されているのだ。進入許可した存在の活動を監視して、規制区域内の状態を変える行動を全て記憶するためでもあり、万一の敵対的な侵入者との遭遇に備え護衛するためでもあろう。


 むろんリーピは監視役が同行することも想定してはおり、警邏隊員が自分の背後での随行を開始した際も何も言わない。


 無人の金属加工工場内は、かつて炎熱に曝された空間であることが嘘のように、雪の様に降り積もった真っ白い滅菌剤に静かに覆われていた。


 やはりロターク社が販売する粘液タイプ滅菌剤は高額ゆえ、供給が途絶えてもなお粉末タイプ滅菌剤が備蓄の尽きるまで主に運用され続けることになるのだろう。例の製剤会社が末期に納入していた不良品が多分に含まれることを思えば、滅菌剤が降り積もっている現状も菌糸汚染のリスクは除かれきっていない。


 破損した樹脂窓から入ってきた夕映えの光が、滅菌剤の積もった床に細長く歪な形を照らしている。


 粉末の積もっている場所ゆえに、小柄なリーピは普通に歩いているだけでも足音がほぼ吸収される。


 一方、リーピに付き添っている警邏隊員は、多少足音が軽減されているとはいえ、重々しい響きを立てている。重装型警備人形と比べれば細身とはいえ、標準装備の警邏隊自動人形は装備品も含めた相応の重量と、それに見合った物理的出力を備えているのだ。


 そんな警邏隊員が同行している以上、出発前にケイリーがリーピに対し抱いていた心配は部分的に解消されてはいたが、チャルラットに頼まれた文書を秘密裏に持ち帰ること自体の難度は上がっていた。警邏隊員から行動の制約を掛けられた場合、リーピには抵抗のしようがない。


 とはいえ今のところは順調である。事前に手渡されていた書類のおかげで、敷地内の構図を理解しきっているリーピは迷わず歩を進め、工場の事務室へとたどり着く。


 この場所も、念入りに滅菌剤が吹き付けられ、デスクも金庫も粉まみれの直方体となって薄暗い部屋に並んでいる。リーピは振り返り、自分の背後についてきている警邏隊員に問いかけた。


「こちらの室内に入り、金庫内部に保管された書類を持ち帰ります。構いませんか?」


「許可に関してはこちらに権限はありません。あなたの行動を監視し記録すること、明確な破壊行為を阻止することが自分の役目です。」


 人間が聞けば、どこか含みを感じさせるようになったリーピの声色と比べれば、警邏隊員の語調はハッキリと機械的な響きを有している。


 警邏隊員を引き連れ、リーピは床に積もった滅菌剤を踏んで事務室へと入っていく。


 金庫の暗証番号も複雑なものではあったが、自動人形の記憶能力に誤りはない。リーピは迷いのない手つきでダイヤルを回し、金庫を解錠した。


 想定通り、内部には書類の束が生前と収められていたが、一枚だけ場違いな、乱雑に投げ込まれた紙片が書類束の一番上に乗っている。


「これは……?」


 本来自動人形には不要な行為、独り言を口にしながら紙片を手に取るリーピ。ただ黙って背後から見つめている警邏隊員が無言であるのとは対照的である。


 リーピがつい声を出さずにいられなかったのは、その紙片に書きなぐられた文字を見るだけで、往時の切羽詰まった状況、追い詰められた人間の断末魔まで聞き取れるようであったためだ。


 菌糸罹患者が続々と増え、自身も感染して罹患者の仲間入りをする状況に置かれていたのは、この工場で働いていた人間も同様だったのだろう。



『今日こなければよかった ほんとは休みだったけれど 人手が足りないって だから来たのに』



 ここで働いていた事務員か誰かが、メモ用紙の一枚を引きちぎり、乱雑な字でそれだけを書きなぐり、金庫におさめて閉めたのだろう。


 外部に逃げ出すことなど不可能な状況で、自分の声をどうにか残す唯一の手段をかろうじて実行し、その後菌糸罹患者に襲われたのだ。


 その紙片をリーピがじっと見つめて動きを止めているため、警邏隊員は背後から声を掛けた。


「あなたが回収する重要書類は、それですか?目標を発見し次第、速やかに原状復旧し、規制区域から退出してください。」


「いえ、これではありません。少しお待ちを……。」


 リーピは手に取っていた紙片を金庫内へ戻す。これは、実際に人間の捜査官が来ることがあれば、その人物が発見すべき物品だろう。


 目当ての書類は、金庫の最奥部に押し込まれていた。工場で発生した、作業用自動人形破損に伴う菌糸漏洩事故リスト。労働災害として認めることなく、この工場が被害者への補償を意図的に逃れてきたことを示す、最たる証拠だ。


 ちらと背後へリーピは視線を向けたが、自分に随行しつづけている警邏隊員は瞬きも不要な視覚受容器をじっとリーピの手元へ注ぎ続けるばかりである。とても誤魔化せる隙は無い。


 とはいえ、先ほど隊員自身が告げた通り、この場で持ち出しを禁止する判断が下されることはない。


「この文書を回収するよう、僕は依頼されています。」


「お預かりします。あなたは周辺状況の変化を最小限にとどめるよう留意し、金庫を元通り施錠してください。」


 素直にリーピは警邏隊員からの指示に従い、彼に標的物たる文書を手渡して金庫を閉じた。


 ダイヤルも、この部屋に入ってきた時と同じ角度に戻し、リーピは振り返って先ほど預けた書類を受け取るつもりで手を差し出す。


 ……が、警邏隊員はリーピへ書類を返そうとする動作を示さなかった。リーピは尋ねる。


「その書類は、僕が回収する目標物なのですが。」


「現場からの持ち出し許可が正式に下されれば、あなたにお渡しします。」


 淡々と警邏隊員は告げ、今度はリーピを先導するように工場敷地の外へと歩を進めはじめた。


 相手が菌糸罹患者であれば……あるいは作業用自動人形であったとしても、リーピは背後から滅菌剤を打ち込んで相手を無力化し、書類を奪い返す選択肢を瞬時に浮かべただろう。現在のリーピには、それを可能にするだけの手段と発想が備わっていた。


 が、警邏隊員となれば別である。万が一警察組織の自動人形に危害を加えたとなれば、リーピもケイリーも即座に拘束され、まさに不良品として解体処分されることは避けがたい。そも、無力化を実際に試みたとしても、格安の自動人形ならまだしも警邏隊員の菌糸組織が密封されている中枢構造には容易に注入器の針も通るまい。


 徹底して既定通りに行動する警邏隊を相手にしては、自分は無力そのものであることをリーピは実感せざるを得なかった。


 入り口まで戻ってきた警邏隊員は、見張りに立っていた自動人形に先ほどリーピから取り上げた書類を手渡す。


「民間の自動人形が持ち出しを希望する物品。」


「内容物の確認を行う。」


 待機していた警邏隊自動人形は、書類を一枚一枚めくって内容に目を通していく。


 見た目上は全て同じ警邏隊の自動人形であるが、現場ごとで個々に与えられている権限には差があるのだろう。この工場敷地の規制現場においては、入り口で最初にリーピに応対した個体が現場指揮を担っていたのだ。


 念入りに内容を確認する必要があるためだろうが、いかに文面を瞬間的に読み込める自動人形とはいえ、幾年分もの事故発生リストがぎっしり記載された書類を全ページにわたって読み込むのには流石に時間がかかる。


 ペラ、ペラ、と紙をめくる音が響く傍らで、リーピは持ち出しを許可されない場合の対処について、思考回路をフル回転させて案を練っていた。


 自分は警邏隊長直々の許可証を持参している、今回の回収物品も警邏隊長のもとへ急ぎ搬送するためのものだ、とでも言おうか。それは明確な虚偽であり、自動人形の原則から外れる言動である。


 だが、今のリーピには嘘を吐くことが出来る。先日、モース研究主任が自動人形としての成長であると喜んだ通り、リーピの内面は人間に近付きつつある。


 嘘を吐くことは罪ではない、単なる自動人形から進化した証、創造主から認められた特権だ。


 リーピはそこまで自分を言い聞かせた。



 可能であったとしても、積極的な虚偽を口にすることは、今のリーピでもかなりの覚悟を固めねば実行できぬことではあった。



 しかし……持ち出しを許容されるか否か相当に怪しかった書類は、思いの外あっさりとリーピの手元へ返された。


 中身をチェックしていた警邏隊自動人形は告げる。


「内容の確認が済みました、記載されている内容はいずれも自動人形および製造元に関するデータであり、この工場に勤務していた従業員らに関する個人情報漏洩の恐れはありません。持ち出していただいて構いません。」


「確認ありがとうございます。では、僕はこれにて失礼させていただきます。」


 リーピは頭を下げ、受け取った書類を腹部外殻を開いたカバー内に収め、さっさと現場を後にした。


 持ち出し禁止を判断する基準が、個人情報の保護を重視して設定されていたが為に、見逃されたようなものであった。


 むろん、先ほど書類の中身を確認した警備用自動人形も、これが工場内で発生した自動人形からの菌糸漏洩事故のリストであることは理解しただろう。とはいえ、それらがいずれも警察組織内で捜査中の事案ではなく、記されている日付が過去のものばかりである時点で、解決済みであるはずとして思考内では処理されたのだ。


 警察による捜査が行われなかったのは、チャルラットが雇用主の意を汲んで被害者の死亡診断書を作成し、事件性のないものとして処理したおかげではあるが。


 警邏隊に所属する自動人形である以上、人間の虚偽を見抜くことが出来ないわけでも無いだろうが……“正式”な形で処理された件について疑いを挟む余地を見出せないのも、純粋な自動人形らしさに違いなかった。

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