情報共有 留守中のラーディおよびケイティーの動向
探命事務所前に帰ってきたリーピとケイリーは、自分達を送り届けるためだけに駆り出された運転手に向けて頭を下げ、ロターク社へ引き返していく菌糸動力車を見送った。
暴動や混乱状態にも突入する想定で作られた菌糸動力車の運転席は、分厚い金属板の装甲で覆われており、小さな窓の奥に居る運転手の姿は外部からは窺えない。再び通行人らの安全など考えぬ速度で街路を飛ばしていった車両の挙動を見るに、運転手も暇ではないのだろう。
振り返って帰りの遅くなった探命事務所の入り口に目をやったリーピとケイリーは、即座に異変に気付いた。
「ケイリー、見えますか?事務所入り口に立っているのは……ケイティー型警備用自動人形の一体、ではありませんか。」
「あぁ、昨晩の市長私邸現場で、私がラーディへのことづけを頼んだ、あの自動人形だ。オリジナルのケイティーなら、常にラーディに付き添っているはずだから、単独で立っているはずがない。」
まるで、元から事務所入り口の門衛として働いているかのように、直立不動の姿で立っているのは確かにケイティー型自動人形の一体であった。
ケイリーの容姿を原型として、製造されたケイティー型。顔は皆ケイリーと同じではあるが、細身のケイリーより一回り体格が大きく、髪型や髪色だけで個々の外見上の区別をつけている。
最初の製造品であり同型のプロトタイプである「ケイティー」はブロンドの髪色であったが、今、事務所前に立っているのは灰色のショートヘアが特徴となる個体だ。昨晩、市長私邸の襲撃現場からリーピとケイリーがロターク社に回収される前に、『帰りが遅くなる』とラーディに伝えるようケイリーから頼まれた一体である。
彼女がまだ事務所前から離れていないということは、日が明けて昼になった今もなお、ラーディに会えていないということになる。
「何かあったのでしょうか。」
「外観を見る限り、事務所で騒動が起きた形跡はないが……。」
リーピとケイリーは足早に事務所入り口へ近づく。
ずっと待っている様子だったケイティー型自動人形は、むろん先ほど菌糸動力車が去っていった時点でリーピとケイリーの存在に気づいていた。
疲労を感じることのない自動人形、それも製造からさほど時間が経っていない自動人形。
彼女は、昨夜から今日の昼まで立たされ続けている事実など感じさせず、つい先ほど頼まれたことを伝えるかのように機械的に言葉を発した。
「メッセージ伝達の要請に従い、こちらの事務所に到着しましたが、伝達対象の存在が確認できません。」
「僕らにとっても想定外の事態です。昨晩から今まで、この事務所内には誰も居ない状態が続いていたのですか?」
「無許可での侵入は行えないため、直接の視認には拠りませんが、この場で確認できる限りはどなたの存在も確認できません。」
明確な事実のみを、淡々と伝えてくるケイティー型自動人形。
人間が同じ状況に陥れば、多少無理をしてでも窓から覗き込んでみたり、あるいは連絡の取れる身内に状況を伝えて解決策を講じたりするはずのところではある。命令にただただ忠実な自動人形では及ばぬ部分が、浮き彫りとなっていた。
彼女との対話を早々に切り上げ、リーピはさっそく探命事務所の扉を開ける。
「施錠は……されています。監禁状態とならないようラーディさんには鍵を渡しているので、施錠を行ったのもラーディさんでしょう。」
「それなら、緊急性は薄いか。ラーディが自らの意思で外出したのであれば、彼女の警護を任せたケイティーも必ず同行している。」
一応警戒しながら先んじて事務所内に踏み込んだケイリーは、誰も居ない建物内に異変が無いことをくまなく視認している。
応接用のソファの前、テーブルの上にはラーディのスケッチブックが閉じられ置かれている。彼女が自身のアパートから避難する際、何よりも優先して持ち出した物品だ。これを置いて、戻ってこないことはあるまい。
ケイティーに与えていた書籍は、きちんと揃えてテーブル上に積まれていた。ケイティーは全てに目を通し終えたのだろう、本が積まれているのは最初にケイリーが置いた位置とは異なっている。出来れば横積みにせず、書棚に戻しておくべきであったが、学習していない内容は自動人形には理解し得ない。
何にせよ、昨晩から事務所に戻っていないラーディとケイティーは、少なくとも緊急にこの場を退避する羽目にはなっていなさそうではあった。
「この事務所を離れて、安全に過ごせる場所を他に見出したのでしょうか?ここが安全であったのは、昨晩からずっとケイティー型自動人形さんが入り口に立ち続けてくれていたおかげでもあるでしょうけれど。」
「安全に過ごしているとも限らない、想定外の事態に巻き込まれて、帰れない状態になっているとしたらどうする……?」
そんなリーピとケイリーの言葉を遮ったのは、事務所入り口へ新たに近づいてきた足音である。
先ほどから変わらず事務所入り口に立ちっぱなしだったケイティー型自動人形が、リーピとケイリーは取り込み中であると判断したのか、率先して応対している。
今しがた近づいてきた存在が何者であるかについては、応答の声を聞くだけでリーピもケイリーも分かった。
「どちら様ですか?」
「あなたこそ、どなたでしょうか。私と同じ顔をしているということは、ケイティー型の一体であるとの推測は立ちますが。」
互いに問い質し合う、全く同じ口調、同じ声質。
リーピとケイリーが事務所入り口へと視線を向けてみれば、そこに居るのは果たしてケイティーであった。ケイティーの背後に隠れて、状況を飲み込めぬ様子のラーディが恐る恐る覗き込んでいる。
ラーディにもケイティーにも損傷の痕が無いことに、ひとまずリーピとケイリーは安堵した。
「あ、あ、よかった、リーピさん達、ご無事だったんですね……。」
ラーディの側も、リーピとケイリーの姿があることに安堵したらしい。とはいえ、女性型とはいえガタイのいいケイティー型自動人形が睨み合っている現場は、傍から見るだけでも相当な緊迫感である。
とはいえ製造間もない自動人形同士に感情のやり取りなどあるはずもない。
事務所入り口にずっと立ち続けていた方のケイティー型自動人形は、彼女の原型たるプロトタイプモデル、ケイティーに必要な情報を淡々と伝えた。
「市長私邸の警護依頼に参加なさっていたリーピ、ケイリーの両名から、ラーディ様とケイティーへ伝言があります。『帰りが遅くなる』とのことです。」
「伝達事項を確かに受け取りました。リーピとケイリーの帰りが遅くなる、ですね。」
全く同じ顔をした自動人形が、やはり全く同じ声色で、情報を伝え、復唱している。
それは人間の感性に照らし合わせれば少々不気味な光景ではあったが、しかし既に帰ってきているリーピとケイリーが同じ場に居る状況での伝言内容としては、あまりに間の抜けたものであった。
さておき、指示を受けた自動人形の挙動としては、何も間違いはない。
人間であるラーディだけがポカンと見つめている前で、ケイティー型自動人形はこの場の全員に頭を下げ、自分本来の持ち場へと帰っていった。
「……あの人、もしかして、昨日の晩からずっと、今の伝言を喋るためだけに待っておられたんでしょうか?」
「人ではなく、自動人形です。今のが、指示に対し正常に動作した結果なのです。」
ラーディの呟きに対し、答えるリーピ。
人間らしい感覚を学んだリーピとケイリーには、ラーディがポカンとしている理由を推察することが出来ていた。一方のケイティーは、ラーディが何に引っ掛かっているのか理解できていない様子であったが。
ラーディとケイティーを事務所内に迎え入れながら、リーピは情報共有を開始する。
「なぜ、この事務所内に居られなかったのですか?連絡を取る手段がない状況が続いているため、心配しました。」
「あっ、すっ、すみま、ごめんなさい……!その、私も、ここに居れば安全、ってのは分かってたんですけど、居てもたってもいられなくって、ですね……!あぁ、さっきの、ずっと私たちに伝言するため待ち続けてくれてた自動人形さんにも、悪いことしちゃいましたよね、一晩中どころか、次の日の昼まで待ちぼうけだなんて、あの方にも、お仕事があったでしょうに……!」
さっそく、ラーディは常通りの調子を発揮して、勝手に慌てて謝罪から返答を開始している。
彼女の口腔内が血の気の通った色であることを既にリーピもケイリーも確認していたが、この言動を以てますます、ラーディが特異菌糸罹患者になり果てている可能性は皆無であると判断出来た。理路整然とした発話の正反対、まさに人間でしか出来ない言動を示せるのがラーディという人間であった。
リーピは安堵しつつも、情報交換の迅速さを優先し、ケイティーへと視線を向けて告げる。
「今の僕の質問が、ラーディさんを批判するような口調に聞こえてしまっていたのでしたら申し訳ございません。ただ、純粋に情報を得たいがための質問です。ケイティー、答えていただけますか?」
「昨晩リーピとケイリーが警護依頼を受けて赴いた市長私邸にて、菌糸罹患者による大規模な襲撃が発生したとの情報を得て、ラーディさんが現地の様子を確認したいと意思表示されました。現地の危険性を鑑み、事態終息まで待機する提案を私は行いましたが、現場が見える範囲まで近づくだけで済ませるとのことでしたので、私もラーディさんと同行し市長私邸が見える街区まで出かけておりました。」
要するに、リーピ達のことを心配して見に行こうとするラーディを説得しきれず、ケイティーともども現物人の仲間入りをしていたということだ。
思考能力がいかに備わっていても、結局は人間の指示を優先的に実行することになる自動人形らしい行動選択であった。
リーピは重ねて尋ねる。
「市長私邸における大規模襲撃の情報を、いかにして得たのですか?新聞の発刊も停止して報道手段が皆無となり、菌糸通話線網も復旧には程遠い状態のはずですが。」
「窓の外から、通行人の声が聞こえたのです。『市長の屋敷、ヤバいっぽいぜ。死人まで出てるってさ。ちょっと見に行かね?』と。現地の若者同士が会話している様を、ラーディは聞き取ったのです。」
淡々と語っているケイティーの隣で、ラーディはバツ悪そうにもじもじしている。傍らで聞いているケイリーは、既に顔面パーツの眉根に深く皺を寄せていた。
リーピは一旦口を結んで沈黙を挟み、そしてラーディへと真っすぐ向き直って伝えた。
「……ラーディ。この僕の発言は、今度こそ批判的な響きを聞き取っていただいて間違いありません。行動選択も危険ですし、不確かな情報源を元に行動決定することも褒められた判断ではありません。」
「でも、その、リーピさんとケイリーさんが無事な姿を一目でも確認出来たら、いいかなって……結局、すごい混雑で、全然見えなかったんですけど。」
「でも、ではありません。僕ら自動人形は仮に大規模に破損したところで、パーツ交換により修復可能です。しかし、人間であるあなたが騒動に巻き込まれて損傷を負った場合、治療が容易いとは限りませんし、治癒に成功しても後遺症が残る恐れもあるのですよ。」
「ご、ごめんなさい……。」
落ち着いた口調ながらリーピからの明確な叱責を受けて、恐縮しきったラーディは頭を下げている。
語っている内容は正確そのものではあったが、今のリーピの言動は、現状のケイティーには再現不可能なものであった。人間の発言を遮り、否定し、その上で思考を訂正させること。それは自動人形の本質から大きく外れた振る舞いに違いなかった。
昨晩のラーディが、現場の様子を詳細に見ることが出来ない位置にいたのは良かった。あの現場に集まっていた見物人たち、その最前列に居た面々は菌糸に感染するリスクが極大にあった。また、身体を酷く破損したリーピの姿を目撃すれば、ラーディは少なからず精神に傷を負ったことだろう。
むろん、今の状態のラーディを質問責めにすることもまた、彼女の心境面に良い結果を生まないことはリーピも理解しており、問いただす話頭はケイティーへと主に向かった。
「ラーディ共々、無事に帰ってこれたのは何よりですが、今までどこに居たのですか?ラーディは人間なのですから、昨晩から現在に掛けての時間帯には、睡眠や休息の機会が必要です。」
「しばらく帰宅されていない工業区画内のご自宅の様子が気になるとのことでしたので、私を護衛に引き連れてラーディは一時帰宅なさいました。既に行動規制は解除され、工業区画アパート内には散布された滅菌剤が未だに残留していましたが、ラーディの部屋は施錠が保たれており侵入の痕跡はありませんでした。」
「昨晩から今までの時間帯を、ラーディはそこで過ごしたのですね。」
「はい、そのままラーディは自宅で一睡し、昼前に目覚めてこちらへと帰還しました次第です。リーピとケイリーへの連絡手段がない状態で帰還を遅らせるべきではないとの提案も行いましたが、その時点のラーディは疲労蓄積により睡眠を優先すべき状態となっていました。」
ケイティーという贅沢な護衛が居る状態だからこそ可能な一時帰宅。
リーピが始末した菌糸罹患者の遺骸が横たわり、更に特殊清掃局による滅菌作業も行われていたおかげで、空き巣が入る隙もなかったのだ。荒らされていない自宅を確認したラーディは、ようやく束の間であるとしても安堵を得たのだろう。襲撃現場にいたリーピとケイリーについて気を揉み続けたこともまた、精神面の疲労に直結していたと思われる。
万一の際は護衛にもなる自動人形たちと共に探命事務所内に籠っていれば安全には違いない、それはラーディも理解している。だが、人間らしく明確な根拠もないままに心情を抱くラーディには、ただただ何もせず時間が過ぎゆくに任せること自体が、不安を増幅させる要因なのだ。
ずっと申し訳なさそうな表情を浮かべ続けているラーディに、リーピは頭を下げた。
「僕の側からも謝罪しなければなりません。安全を確保することのみに終始してしまい、しばらく帰ることの出来ていないご自宅について気を揉むラーディさんの心境を理解しきれておりませんでした。申し訳ございません。」
「いっ、いえ、ホント、今日のは、私の勝手な行動ですから……しばらく、おとなしくしてます、はい。」
人間らしい気分の揺れがあり自動人形とは対極の存在たるラーディであったが、気分が委縮しきった際の従順さは自動人形同様であった。それは人間が陥るには相応しからぬ状態に違いない。
リーピは、ケイティーへと視線を移して喋る。
「しかし、ラーディさんの行動を制限し続けては軟禁状態も同然です。昨晩の襲撃を起こした首謀者たる特異菌糸罹患者は処分されましたし、街の安全は取り戻されつつあります。ケイティー、今後もしばらくラーディさんの護衛として付き添い、彼女の意向を優先して同行してください。」
「承りました。ラーディの護衛を続行します。」
ここでラーディに対して何も言わず、指示を下したリーピに対してのみ返答するあたりが、ケイリーと違うケイティーの自動人形らしさである。
引き続き自分には贅沢すぎる護衛がつくことが決まったラーディは恐縮しっぱなしであったが、しかし目の輝きは増している。
菌糸罹患者による被害を恐れて避難場所に籠る日々が終わり、護衛付きとはいえ自由に行動できる日常が戻ってくるのならば、その機会をこそ逃すべきではなかった。
次にいつ、被害を恐れて引きこもらねばならぬ事態となるか、分かったものではないのだから。




