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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
生き、捕える網は地下に
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相互の思考整理 帰路の菌糸動力車内にて

 ロターク本社敷地から街へと帰る際にも、リーピとケイリーのために菌糸動力車は出動した。


 メンテナンスに手間がかかるゆえ、よほどのことが無ければ出動しない車両であったはずが、今となってはリーピとケイリーの身柄を搬送するためだけに駆動している。


 モース研究主任の意思がそこに働いていることは明確であった。内包しているのが既存菌糸でありながら、人間に比肩する思考や感情を自力で学習し得たリーピとケイリーの価値を、ロターク社そのものからも認められているのだろう。


 とはいえ、車内貨物室の高価値物品固定用ハンガーに身を預けながら、リーピもケイリーも表情は浮かぬものであった。


「モース主任は、特異菌糸は危険であるとの意向を強く抱いておられました。そのこと自体に、否定の余地はありません。」


「特異菌糸罹患者たち、特に先日のレイストスによる市長私邸襲撃が、あれほどの犠牲を出した今となっては、な。」


 リーピの言葉に、ケイリーは少し声を張って返答する。普段の声量では、この場所の会話は少々伝わりづらい。


 極太の動力菌糸が収縮と弛緩を高速で繰り返しているシリンダーや、その動力が伝えられているクランクの音がやかましいためだけではない。リーピとケイリーの身が固定されている高価値物品用ハンガーは、万一の事故をも想定して分厚い緩衝材を備えている。


 大きな衝撃を感知すればハンガー内部に密閉されていた緩衝材が一斉に放出され、搬送物品を瞬時に包み込む構造。通常時であっても、足先から胴体、顔周りまでをフワフワの緩衝材が覆っており、それらが容赦なく音や声を吸収するため、身体が固定されているリーピ達は喋りづらいことこの上なかった。


 もとはといえば新品の自動人形を納入するために用いられる物品搬送ハンガーなので、商品が勝手に会話することなど想定されていなくて当然ではある。


 しかし今、街へと帰路を辿る間、リーピとケイリーは無言のままではいられなかった。双方、帰り際のモース主任の様子について、互いの認識を確かめ合いたかったのだ。


「ただ、これまでの特異菌糸罹患者たちが行動を起こしていたのは、自分達の身体から生態上の欠陥を取り除くためです。大量の養分と水分を摂取し続けなければ、見る間に栄養分が不足し、枯死に至ってしまう……そんな欠陥から逃れるためです。」


「だからこそ、ずっと彼らは本来の特異菌糸、生態上の欠陥を付与される前の特異菌糸を見つけ出し、取り込もうとし続けているんだよな。先日のレイストスが辿り着いたのは、市長秘書のナービルの身体だった。」


 昨夜、市長私邸裏庭での光景を、リーピとケイリーは共に記憶領域へ浮かばせる。


 大鉈を振り回す攻撃を散々見せ続けた上で、不意を突き、視認性の低いワイヤーによってナービルの手足を切断し無力化したレイストス。あの時点でナービルは男性型自動人形用パーツを全身に纏い、ケンと名乗る警護の男に変装していたのだが、レイストスの観察眼は誤魔化せなかった。


 特異菌糸罹患者が、生態上の欠陥を持たない原初の特異菌糸保有者の特定および捕捉に成功したのは、あれが初のことであった。


 生態上の欠陥が無い特異菌糸保有者は、人間と外見も行動も全く変わらない存在ゆえ、人間社会に紛れて活動している間は判別など至難の業である。そも、健常者たる人間と違い、常に養分不足による寿命のリミットが迫り続けている罹患者が十分に調査活動を行う猶予を得ること自体が難しい。


 養分として人間を狩り続け、数多の犠牲を出したレイストスの生存手段は強引だったとはいえ、彼の計画性と執念がこれまでの罹患者の中でも飛び抜けていたことには違いなかった。


「レイストス氏がナービルさんの身体に噛みつき、彼女の菌糸細胞を体内に取り込んだ際、急激に菌糸が増殖し本来の体外へ逸脱してまで生育していったあの現象が何だったのか、未だに不明です。モース主任には尋ねそびれてしまいましたし。」


「あの様子を見る限り、実際に尋ねても答えてはもらえなかったのではないだろうか。ただ、当時の現場が非常に危険な状態であったことは間違いないし、あのまま放置すれば更にまずいことになっただろうことは想像に難くない。」


 手段を択ばぬ延命によって暴走しかかっていた特異菌糸が、生態上の欠陥を持たない原初の特異菌糸を取り込み、発生した急生育。


 ロターク社の滅菌部隊が市長私邸の門扉を破壊してまで現場急行した挙動を鑑みるに、その先に待ち受けていたのは最悪の未来であったのかもしれない。


 あの時点では、まだ即座に滅菌剤を散布することで抑え込める規模だったからこそ枯死処分には成功したものの、対処が遅れれば山のような菌糸の塊に多少滅菌剤を打ち込んでも効く事はなく、タガが外れた速度で急成長する菌糸は相当な巨体を形成し得たのではないだろうか。


 ……現状、生態的欠陥を有さない存在がなお、少なくとも一名が健在であることは、新たな脅威を呼ぶ状況だと言えなくもなかった。


「しかし、トロンドさんは、警邏隊の一員として欠かせない存在です。」


「人間にとって危険な現場でも活動できるうえ、自動人形には下せない判断も自主的に行い、フィリック隊長の代わりに現場指揮を執ることも可能なのだからな。」


 警邏隊員のほぼ全実働力は自動人形隊員で占められている。言うまでもなく出動先は常に危険を伴い、菌糸汚染に限らず化学物質や酸素不足といった人間に適さぬ活動環境も強いられる恐れがあるためだ。


 とはいえ、自動人形に指示を下すのは人間の立場であるため、現場で指示を出す人間の警邏隊員もまた不可欠である。


 警邏隊長フィリックは紛れもない人間であったが、その副官としての立場に収まっているのがトロンドであった。自動人形でなければ危険な現場でも活動でき、人間クラスの判断能力も持ち合わせているのだから、重宝される存在には違いない。ついでに、おそらく休憩や睡眠も必要なく活動可能だ。


 トロンドが通常の人間とは異なる体質を有していることは警察上層部にも把握されているのだろう、菌糸汚染が実際に発生している現場へと、彼女が警邏隊自動人形と共に突入するよう命じられることは以前までも繰り返されてきた。


 警邏隊員として有用な存在であることは言うまでもなく、リーピとケイリーも幾度か共に仕事をして実感したトロンドの真面目さ勤勉さは、未だに暗部の根強く残るあの街から失われるべきでないものだと評価された。


「彼女の身体を構成しているのが特異菌糸であることがほぼ確実である以上、モース研究主任はトロンドさんをも枯死処分にしたいとお考えなのでしょう。」


「モース主任本人が、まさにそう言っていたからな。だが……その体質はともかく、人間とほぼ変わらぬ外見で、人間社会の安全のために働き続けている存在を、敢えて排除する理由なんてあるのだろうか?」


「それこそまさに、レイストス氏がやったように、トロンドさんの保有する菌糸を狙った特異菌糸罹患者が襲撃を起こす恐れを断つためでしょう。」


「そのレイストスは処分された。例の製剤会社敷地から脱出し周辺地域にて感染者を増やした罹患者群も、レイストスに並ぶ行動力を持ち合わせている奴は生き残っていないだろう。現状のままに、トロンドが警邏隊の一員として働き続けているほうが、よほど人の社会のためになるんじゃないか。」


「……その通りですね。」


 ケイリーの言葉を、リーピは迷わず肯った。が、声音の端に迷いは残っていた。


 ロターク社研究棟での別れ際、『その残った一体も、いずれ滅菌処分しなければなりません』と語ったモース主任の語調は、特異菌糸に対し一切の酌量を余地を与えまいとする、冷徹なものであった。


 警邏隊員トロンドの活動続行を肯定することは、創造主モースの意に反することに違いない。


 製造間際のリーピとケイリーであれば、ここで迷うことなどなかったろう。モース研究主任の意思は絶対であり、いずれモースがトロンドを滅菌処分する目論見を開始するだろう際には、モースの指示に従うことを迷うまい。


 しかし、現在のリーピとケイリーは、まさにモース本人が価値を見出した通り、自我を有する人間に限りなく近い思考回路を構築していた。与えられる指示や命令に従う以外の思考、自らの認識や価値観を元に自主判断することが可能な状態にあった。


 他ならぬモース主任が、ふたりの思考回路に調整をいれず、状態維持することを決断するほど精巧な、そして価値ある判断能力である。


 今、リーピもケイリーも、トロンドの身に危険が及ぶ可能性の排除を迷わないことについては、言外に意思の合致を見出していた。


「もしかすると……。」


 リーピは自然と小声で言いかけて、小声ではこの菌糸動力車貨物室に響く騒音にかき消されてしまうことを思い出し、少し声を張って言い直した。


 おのずと小声にならざるを得ない、少し危険な憶測であった。


「もしかすると、モース主任は、排除する理由が見当たらない特異菌糸の存在をこそ、懸念しておられるのかもしれません。」


「まさにトロンドのような存在を、か?」


「はい。これまでの菌糸罹患者のように、人間に危害を加える行為が明確であれば、それを取り締まり排除すべきことは明白です。しかし、むしろ人間の益となる活動しかしていないのであれば、排除する理由も明瞭となりません。」


「トロンドは警邏隊員として活躍しているし、今回の件で滅菌処分されたナービルも、何事も無ければ市長の秘書兼護衛として仕事を続けていただろうな。そんな面々までもモース主任が処分しようとする意図は、実際に今ここで私たちが考えても分からない。」


「菌糸感染源となる恐れがあるため、とも思われますが……トロンドさんの身近で働き続けているフィリック警邏隊長が、まったく菌糸感染していないことを鑑みれば、その線も薄いですね。」


 人間に対して明確な危害を加えていない特異菌糸保有者までモース主任が処分しようとしている理由は、いよいよ憶測の域を出なかった。


 補給や休息無し、危険な汚染状況でも活動でき、さらに物理的な身体出力も人間を凌駕している、菌糸保有者。人間の上位互換とも呼べる彼らが、万が一にでも悪意を以て行動する際のリスクを恐れているのだろうか。


 あるいは、菌糸保有者自身が悪意を抱かずとも、その菌糸組織を奪取して己がものとしようとする存在は、菌糸罹患者のみならず人間の中からも十分に現れうる。奪われる前に、死滅させてしまうべきだとの判断を、モースが抱いているとも考えられる。


 しかし、彼も研究者である以上、回収して研究対象とする意思があってもよさそうだ。トロンドであれば、人間社会に役立てるためという名目ならば、彼女の身体サンプルを採取させて欲しいとの申し出にも協力の姿勢を示すだろう。


 ……生態上の欠陥が無い特異菌糸保有者が、市長や警邏隊長といった権力者に近しい立場に据えられていること自体に、モースが忌々しがっている政治的意図のあらわれがあるのかもしれなかった。


「そういえば、その特別な菌糸を保有している存在のことを、モース主任は『ウィタリズァール』と称しておられましたね。僕らの体内に有している既存菌糸の名称である『ウィタミーキス』とは近しくとも、明確に異なる存在だと区別されているのでしょう。」


「『ミーキス』が『リズァール』に呼び替えられているのか。言葉の響きがガラリと変わったのは感じるが、語源は全く分からない……モース主任をはじめとする研究者たちは、どうやって名付けているのだろう?」


「あの方々は、僕ら自動人形どころか、世間一般の人間の皆さんが知らないことばかりをご存知です。」


 リーピとケイリーが語り合っている菌糸動力車の貨物室は密閉状態ゆえに真っ暗であったが、外は昼下がりの頃であった。


 ロターク社から長く続く舗装路を走ってきた菌糸動力車は、昼間からヨタヨタ歩いている半酔いの老いぼれた通行人らを驚かせ、道をあけさせながら、街外れの寂れた街区へと入っていく。


 せっかく菌糸罹患者絡みの騒動も落着し、暫し取り戻された老い先短い平穏をほろ酔い気分で過ごしていた暇人たちは、また何か事件でも起きたのかと訝しげに車両が巻き上げた砂埃を目で追い、気の曇りを改めて忘れ去ろうと紙パックの酒に口をつけた。


 ラーディとケイティーが待っているはずの探命事務所前に、リーピとケイリーが到着するのも間もなくであった。

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