モース主任との対話:特異菌糸の来歴について
驚きの表情を浮かべているリーピとケイリーを前にして、モースはずっと満足げであった。
むろん愛玩用自動人形は、本物の感情を本来抱くことは無い。その代わり、人間の表情を模倣して顔面パーツを動かす機能が搭載されている。
が、ロターク社の研究主任、自動人形の生みの親であるモースには、今まさにリーピとケイリーが示している表情が「作り物」であるか否かの判断など容易い。製造時に設定された表情パターンのいずれにも当てはまらない、生の表情が彼らの顔には浮かんでいたのだ。
リーピは言葉に詰まりながら……これも本来の自動人形にはあるまじき挙動だ……モース研究主任へと問う。
「僕らの活動の源となる菌糸は、モース主任がお作りになったのではないのですか?」
「むろん、製造目的に合わせ、そして制御を容易にするためにも、菌糸に手を加えることはしました。ですが、そもそもの菌糸は自然界に存在する生命体です、無から生み出す技術はさすがの私も持ち合わせていません。」
「それは、確かに。」
モースの言葉に頷いているリーピの傍らで、ケイリーはつい昨晩、市長私邸を襲撃したレイストスもまた似たようなことを喋っていたのを思い出していた。
レイストスの主張は、自動人形や罹患者たちが内包する菌糸もまた生命の一種であり、人間によって使役されるだけの存在であってはならない、という内容だった。
ケイリーはその場で彼の言葉を否定し、菌糸は人間からの需要に応じて製造された物品に過ぎない、と反論したのだが……今まさに、自分たちの創造主たるモースの口から、菌糸をひとつの生命として認める発言があったのだ。
創造主の言葉であればなおさら、否定のしようがない。リーピは、モースへの質問を重ねた。
「モース主任、僕らの体内中枢にある菌糸は、どのような過去の遺物から取り出されたのでしょうか。」
「自らのルーツに興味を抱いていますね?自動人形本来の思考であれば、知る必要のない情報と認識されるはずですが。」
「……申し訳ございません、僕らが知るべきではない情報であれば、お教えいただかずとも結構です。」
「いやいや、話しますよ。わざわざここまで来てもらったのも、そろそろ教えてあげるべきだと私が判断したためですし。」
言いながら、モースはソファに腰掛ける。コーヒーテーブルを挟んで向かい側のソファに、リーピとケイリーも腰を下ろした。
どこに座れ、と明確に指示を受けずとも、その場の状況に応じて相応しい行動選択が出来るのは、もはやリーピとケイリーにとって当たり前のこととなっていた。
腰を落ち着けて話せる状況が整うまで、モースは随分とウズウズし続けている様子であった。口を開けば、自然と彼は早口になり始めた。
「そうは言っても、きみたちが有している既存菌糸そのものは、明確な出自が不明なのですけれどね。菌糸技術の黎明期から人類とともに歴史を歩んできたのが既存菌糸ですので、最初の発見の現場がいずこであるかは、数百年前に遡らぬかぎり判明させようがありません。」
「では、モース主任が実際に過去の遺物から取り出された現場を見たのは、既存菌糸ではなく……特異菌糸の方ですか?」
「そうです、きみならば即座に察してくれますね。特異菌糸は、既存菌糸と性質こそ異なるものの、根幹となる生態は同じです。それゆえに、既存菌糸もまた我々の与り知らぬ過去の文明が生み出した存在だと推測されるのです。」
喋りつつも、モースは振り返ってソファの背もたれ越しに書棚へと手を伸ばし、一冊のアルバムを取り出した。
リーピとケイリーに見せる予定で用意していたのだろう、分厚い写真台紙を幾枚も綴じて重量のあるアルバムは、手の取りやすい位置に半ば引き出されていたのだ。
「もともと、私は歴史学者でも考古学者でもないので、遺跡の発掘なんかをやっていたわけじゃありません。あれは、まだ私が研究助手だったころの話です。鉱石採掘の坑道にて、原因不明の菌糸感染事故が発生したとの一報を受け、菌糸研究者の端くれとして現地へ向かったのです。」
モースが開いて示した写真は、今よりも現像技術が拙い頃のものであり、写っている人物の顔は粗い白黒の画像のなかで辛うじて判別できる程度である。むろん遠景などは、ほとんどぼやけて詳細は分からない。
写真乾板の一枚が今以上に貴重だった時代のこと、写真には必要な記録以上の意味は持たされず、菌糸感染事故の調査隊メンバーがただ居並んで写っているだけである。
ベテラン研究員や教授らが画面の中心を占め、精悍な顔立ちの護衛たちがそれを囲んでいる一方、まだ若かりし頃のモースは画像の端の方で人垣の隙間からどうにか顔を出していた。
リーピと共にアルバムを覗き込みながら、ケイリーが口を開く。
「当時のモース主任は、髪色が真っ黒だったのだな。」
「えぇ、顔の皺も今のようにはありませんでした。人間は老化するものです、これも自動人形には模倣出来ない部分ですね。さて、当の現場で発生していた菌糸感染は、確かに謎多き状況ではありました。当時は自動人形破損時の安全性が十分に確保されておらず、損傷リスクが付きまとう坑道での採掘作業には一体たりとも自動人形が用いられていなかったのです。」
「ということは、その現場で発生した菌糸感染の元凶こそ、地中から掘り出された物だった……ということですね。」
モースからの説明を待つことなく、先回りして推測を述べたリーピに対し、モースはにこやかに頷く。
とはいえ、そこから先の内容は、にこやかな表情で告げられるようなものではなかった。
「地中深くで採掘作業員たちが掘り当てたのは、ごく狭い空間でした。あまりに風化が進んでいたため自然洞穴と見紛うほどでしたが、菌糸罹患者の収容および滅菌処理が完了してから入ってみれば、垂直の柱や平面の壁などの痕跡は見出されました。そして、あの傷ひとつない、完璧な状態で残っているガラス板も、です。窓枠だけが綺麗に朽ち落ちている光景など、今後二度と見ることはないでしょう。」
「そんなものが発見されれば、人工物であることは否定できませんね。その太古の文明を築いたのも、人類であるか否かは分かりませんが。」
「人間と同種の存在が作った物と考えて差し支えないでしょう、その部屋の大きさは、ちょうど人間が内部で過ごすのにぴったりの大きさでしたから。崩落の危険があるため掘削はそれ以上進められませんでしたが、本来はより大きな施設の残骸だったのではないかと思われます。」
「過去に存在した菌糸が封じ込められていた空間を、採掘によって開けてしまったということなのですね。しかし、菌糸罹患者の収容は困難だったのではありませんか?特異菌糸の罹患者は、健常な人間と言動面で区別がつかないはずですが。」
「採掘現場の監督さんが早急に現場を隔離していたため、罹患者の区別自体は容易でした。……本来は感染していなかったはずの作業員たちまで、我々の到着までに菌糸感染してしまった可能性は否めませんが。」
労働現場での問題が表立って報告されることが今以上に少なかった昔の話、救出よりも隔離が優先されたがために助からなかった作業員は数多存在しただろう。
だが、特異菌糸による感染事例でありながら、罹患者と健常者の区別がつきやすかった理由は別にあった。
「どれほどの長期間、その地下空間に封じられていたのか分かりませんが、掘りだされた直後の特異菌糸は劣化が激しい状態だったものと思われます。罹患者たちは、自主的に思考回路を構築できない既存菌糸に感染した時と同様、明確な言葉を発せず、意思なく徘徊する死体のごとき状態となったものが大半でした。」
「それなら確かに、健常者との判別は容易そうです。特異菌糸の脅威は、感染状態の識別が困難な事にありますし……しかし“大半”ということは、例外もあったのですか?」
「えぇ、隔離された区域にて、他の罹患者たちと共に長時間閉じ込められ、確実に菌糸感染しているにもかかわらず、健常者同様の明瞭な思考を維持している作業員が一名、居たのです。研究者たちが、彼の身柄を拘束し、研究機関へと最優先で搬送したのは言うまでもありません。」
人間の肉体に入り込み、神経系を菌糸に置き換えてなお、人間に比肩する知性を発揮できるという特徴は、現在の特異菌糸に見いだされた性質に他ならない。
感染事例発覚直後から、大量の作業員が菌糸暴露環境に閉じ込められたため、発覚したレアケースであった。菌糸漏洩事故現場が、そのままに十分な試行回数を備えた実験場として機能したのである。
さすがにそこから先を語るモースの表情は、曇った。
「あの時代は、菌糸研究が将来的に莫大な利益を生むだろうことが、全ての研究者たちの共有認識となっていました。まさに、現在のロターク社がそれを実現していますね。既存菌糸より優れた特異菌糸を競合相手に先んじて実用化することだけを第一に、例の採掘現場から回収された作業員の身柄は研究対象となったのです。」
「……その特異菌糸に感染した作業員は、どうなったのですか?」
「いち研究助手に過ぎない私には、詳細を知ることなど出来ませんでした。ただ、報道においては坑道内の菌糸感染事故での生存者は“居ない”ことにされていましたし、数日後には特異菌糸に感染した肉体片のサンプルが研究室に並んでいたことだけは事実です。」
要するに、身柄を研究機関に回収された作業員は、もはや生存者として扱われることなく、その身を単なるサンプルとして切り刻まれたのだ。
モースからの話を聞いているリーピとケイリーの表情も、翳る一方であった。人間の模倣に過ぎない感情ではなく、実際の感情を両名共に確実に抱いていた。
「しかし、あの当時の研究主任が冷静であったおかげで、現在の人間社会は維持されました。きみたちも認識している通り、特異菌糸漏洩時のリスクがあまりに高すぎることが明確となったため、商品としても研究対象としても利用されることはなくなっています。禁じる法律があるわけでもなく、あくまで研究者レベルで自制しているのみですがね。」
「現在度重なっている特異菌糸罹患者による事件の発端、特異菌糸を使用した自動人形が製造されてしまったうえ、回収され損なった件が発生してしまったのも、自制に過ぎなかったがため、でしょうか。」
「えぇ、間違いありません。正式に禁止する法案が通らないのも、技術上のリスクに目を向けず、特異菌糸の実用化による権益ばかりに期待を寄せる政治家の思惑ゆえではないかと考えていますが……研究者の声が、議場まで届かないのは今に始まったことではありませんね。」
以前、このロターク社研究棟地下にて、ケイティー型自動人形の動作テストが行われた時のことが思い出される。
あの時、処分標的として用意されたのは本物の特異菌糸罹患者たちであり……感染させられていたのは、元研究員たちであった。モースは深く語らなかったが、おそらく彼らが特異菌糸の封を解き、研究室から持ち出して新型自動人形の内部に組み込んだ実行犯たちなのだろう。
司法を介することなく与える罰であるがゆえに歯止めが利かず、ロターク社という巨大企業を隠れ蓑にして私刑が行われたも同然の状況であったが、それを躊躇なく実行するほどにモースは特異菌糸漏洩の発端を強く憎んでいるのだ。
一通り語り終えたモースは、目の奥の暗い色を払拭するように顔を上げ、声色を明るめてリーピとケイリーへ告げる。
「特異菌糸が漏洩した際の危険度が強く認識され、特異菌糸罹患者が今回のように凶悪な事件を起こすことが重なれば、いよいよもって特異菌糸を実用化することなど非現実的となるでしょう。だからこそ、きみたちの存在には大きな期待をかけているのです。既存菌糸でありながら、出来得る限りの学習機会を重ね、独自の知性を構築するに至っているのですから。」
「今の僕らが有しているのは、本当に自ら構築した知性なのでしょうか。モース研究主任が設定した思考能力通りに機能しているものと考えるほうが、本来の製造目的に合致する気がしますが。」
「“気がする”などと感じる機能を、きみたちの製造時に搭載した覚えはありませんよ。そのように人間らしい感覚の構築は、ずっと研究棟に籠っている自分が最も苦手とする分野です。きみたちが、自ら学習した成果だと断定して問題ないでしょう。」
モースに対して反論する余地はなく、リーピもケイリーもただ頭を垂れて自分の手元を見つめるばかりであった。
この挙動も、自動人形本来の必要に応じた行動選択ではない。腕部を凝視する必要があって実行しているのではなく、次に口にすべき言葉が出てこないがために視線を落とす、まさに人間らしい挙動なのだ。
近しい環境で育ってきたがため、習慣や癖が酷似している幼馴染ふたりそのものの振る舞いを、リーピとケイリーは今モースの目の前に示していた。




